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間話 戦後のあれこれ2。

 




「精が出るな」


 あれからさらに一週間の時が過ぎていた。

 引っ越しを終えた大隊には王都南門付近の哨戒と衛兵の様な仕事が与えられていた。


「暑い時に動いていないと、いざという時に動けませんから」


 声を掛けたのはジャックで、掛けられたのは鍛錬に励んでいたソウであった。

 南門付近の兵舎を増築した建物に引っ越したソウは、日課の鍛錬をそこにある広場で行っていた。


「…周りに倒れているのは死体じゃないよな?」


「当たり前です。真剣でやっていたらこんなに綺麗には死ねませんよ」


 ソウの周りには二十名からの兵士が倒れていた。熱中症対策に一応日陰には運んであるが中にはうつ伏せのままの兵士もいる。


「戦後間もないんだ。程々にしてやれ」


「私もそのつもりですよ?それは倒れている彼等に言ってあげてください。何を思ったのか連日鍛錬の邪魔をしてくるのですよ」


 それは邪魔じゃなく教えを乞うているのでは?と、ジャックは思ったが言わない。

『じゃあ中佐が教えてあげれば?』と言われるのがオチだからだ。


 ソウの武はイェーリーが育てた。

 つまりは教え方がアレなのだ。

 本人は自身が教わった通りに剣を教えている。他の術を知らないから。

 もちろん他の曹長に聞けば教えてもらえる。そしてそれをソウが今度は部下に教えればいい。

 これをやらないのには訳があった。


「何故コイツらはアレが気に入らないのだろうな?」


「全くです。アレを作るのにどれだけ私が苦労したことか…」


「その恨みがこれか?」


 ジャックは倒れている兵士に視線をやる。


「す、少しだけですよ?公私混同は良くありませんからねっ!」


「少し混同しているといっているな…まぁわからんでもない」


 実は兵達は自由時間にソウに稽古のお願いにやって来ていたのだ。

 それ以外の時間は第四大隊では決められた訓練が行われる。

 もちろん仕事もあるから訓練は中隊毎で行っている。


 その決められた訓練こそがアレであった。


 アレとはソウがジャックに命じられて作っていた訓練書である。

 それに書かれた指導内容と指導方法で隊を強くするのだ。

 別の場所、別の時間に訓練を中隊、又は小隊で行っても内容が同じであれば大隊内で力の差、技術の差が生まれづらくなる。


 目的としては足並みを揃える為に作ったのだ。逆に言えば足並みを揃えるためのものでしかなく、難しい技術については触れられていない。


 しかし、そのやり方に不満を持つ兵士達が現れ出した。

 簡単に言うと、それではいつまで経ってもソウを超えられないからだ。


 不満を持つ兵士達は皆元新兵であった。

 先の戦争で初陣を済ませた後は二等兵(新兵)とは呼ばれなくなったが、何かが大きく変わったわけではない。まだまだ成人間もない気質なのだ。

 よく言えば向上心がある。悪く言えば現実が見えていない。


 ソウもそれがわかっているので口では多くを語らない。伝わらないなら意味がないからだ。

 代わりに完膚なきまで叩きのめす。それでも立ち上がってくるならば……それは強者の器。いずれ、そう遠くない未来で光り輝くだろう。


「ああ。この光景に用件を言いそびれるところだった」


「何かありましたか?」


「サザーランド中将に夕食に誘われている。もちろん目当てはソウだ。日が沈む前までに準備を済ませておけ」


「はぁ…わかりました」


 ため息も吐きたくなる。

 ソウはこの一週間二日と置かずに食事に誘われていた。

 誘っていたのはサザーランド中将だけではない。


 以前ジャックの足を引っ張る様な発言を繰り返していたギベット・マーラン大佐など何名かの者がソウを引き抜く為に誘ってきていた。


 遠回しにジャックから鞍替えしないかと誘われたが、ソウは通常通りののらりくらりを発揮して気付けば誘えない道へと誘導していた。

 街で美味しいものをご馳走されるのでソウとしては特に嫌でもなかった。


 しかしサザーランド中将は別だ。

 悪意があればそれ相応に対応しても心は痛まないから良いが、素直な気持ちで来られるとキチンと対応しなくてはならない。


 少々気が重たくなるが、断る事も出来ずに応じた。


 知り合いである他の高官の人達は今は帝都に行っている為、誘いがないのが唯一の救いだったりもする。





「ほう。であれば、次に何か功績を上げればといったところか?」


 ここは夕食の席。

 何処かの店にでも行くのかと思ったが、まさかの城内だった。

 サザーランド中将のポケットマネーでもないならと、元々遠慮の少ない胃袋の食事は進んだ。


「はい。その時には是非中将閣下の推薦を頂きたく」


 中将の言葉にジャックが答える。


「うむ。任せなさい。とは言うものの、無論私は融通が効かないで通っているから忖度はしない。

 色眼鏡抜きで推薦させてもらおう」


「有難き幸せにございます」


 ソウはお礼を述べるも…


「よせよせ。我等にその様な堅い口調はいらん」


 どうやら色眼鏡は多分に使用されていそうだ。


「はい。中将閣下。一つお聞きしても良いでしょうか?」


「まだ堅いな…なんだ?」


 下士官にとって雲の上の存在の将官にそう言われていきなりフランクにはなれない。前世の感覚に引っ張られているソウは尚更だ。


「王国は無くなりました。そして北軍はここを拠点としました。

 北軍…いえ、帝国軍の今後の動きはどう見ますか?」


「そうきたか。本来であればソウとは孫娘の話でもしたかったのだが、どうも真面目過ぎるな。

 軍を取り仕切る将官としては『お前が気にするところでは無い』と言うべきなのだろうが……相手がソウであれば別だ。

 もうある程度気付いているのであろう?」


 サザーランド中将は残念そうにそう言いながら、自身の毛のない頭を撫でた。

 サザーランド中将は世間話がしたかった様だ。

 大将も少将も帝都に行き、向こうで家族との束の間のひと時を楽しんでいる事だろう。

 サザーランド中将も家族…いや、孫に会いたかった。

 自身が若い時には決して子煩悩ではなかった。しかし歳を重ねる毎にその感覚は変わっていったのだ。


 まさか赤子があんなにも可愛いとは…


 初孫で衝撃を受けたサザーランド中将は、その後に生まれてくる孫達も全て溺愛した。


 ソウとの食事も純粋に愉しみたかった。他の将官とは違い孫に会うことが出来ない分まで。


「間違っているかもしれませんが、水の都…都市連合国からの防衛でしょうか?」


「その通りだ。王国を手に入れた帝国は大陸の他の国から見ても大国になりつつある。

 帝国に戦争の準備をされて攻め込まれるくらいなら、準備が整っていない時に逆に攻め滅ぼそうと考える国が出てきても不思議では無い。

 実際に北部(ここ)ではないが南の方でその気運が高まってきている」


「南の方…それで東軍に援軍がなかったのですね」


「先程の情報だけでそこまで読んだか…末恐ろしくもあり頼もしい奴だ」


 ソウが言っている東軍の話は王国戦に遡る。

 東軍も北軍と手柄を争っていたのだ。何としても王国に食い込みたかった。

 それは帝国全てに言える話だ。


 北軍は副都を呑み込み王都へと向かった。その間、東軍は王国軍を引き付ける事は出来ても打ち破る事は出来なかったのだ。

 帝国全体から見れば北軍でも東軍でも、どちらが倒してもいい。そして王国内が荒れない方がいいため、早く終わらせるに越した事はない。


 普通であれば援軍を出すのがセオリーである。

 これは子供でも思いつく程度のことだ。

 なのにそれをやらなかった。つまりは、出来ない理由がその時から帝国にはあったのだ。


 ソウはその時は間に合わなかったのかな?くらいにしか思わなかったが、戦後の資料を見て、考えが変わった。

 援軍が間に合わなかったのでは無く、そもそも出していなかったのだ。


 皇帝達から北軍東軍とも信頼されていると言ってしまえばそれだけだが、これだけの軍事国家が手を抜くことの怖さを知らない筈がない。


 答えは一つ。『援軍を出さなかったのではなく、出せなかった。理由は王国以外の国とのバランス』


「そして王国を落としたことにより隣国となった都市連合国にも、その気配が見られると」


「そうだ。帝国は嬉しいことにその領土を広げてきた。しかし急速に広がり過ぎてしまった。

 ここで一度国内の方に力を入れる方向で帝国議会の方針が定まったのだ」


 まだ内密にな?と中将は付け足した。




 食事が終わり兵舎に帰ってきたソウは自室で机に向かっていた。


「頼むから攻めてこないでくれよ」


 そう願いながら、机の上の蝋燭に手紙を近づけた。

 手紙は勢いよく燃え、皿のような燭台にその灰が落ちた。


『拝啓、最愛の(きみ)へ。手紙を書くのが遅れてごめんな。言い訳だけど、お父さん出世して忙しかったんだ。士官までもう少しだよ。

 話は変わるけど、最近外食が増えて色々な料理を口にしているんだ。こっちの食事は紗奈の手料理とは違い大雑把な味付けなんだけど慣れたよ。でも慣れたからこそ紗奈の手料理が恋しい。向こうに行ったらまた作ってくれるかな?

 敬具』

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