間話 戦後のあれこれ。
大陸暦1314年夏の時
ハーレバー王国が大陸の歴史にその終わりを刻んでから早二週間が経っていた。
北軍はそのまま元王都である帝国領『ハーレバー』の街に駐留している。
近いうちにここは北部辺境伯領領都へとなる予定である。確定ではないが、副都とここが新しい辺境伯領になり、元の辺境伯領は国領となる。
それに伴い、北軍も新たにここを本拠地とする予定だ。
まだ国から正式な話が来ていない為、そちら方面には動けずにいた。
ジャックやソウも戦前と変わらず、書類仕事に追われている。
二人とも怪我はなく見た目上は変わっていないが、実は少し変わっていた。
「曹長!」
下士官に支給されている使い古された天幕に新兵が駆け込んできた。
「なんだ?」
曹長と呼ばれたまだ15になっていない男が新兵に応える。
「エルメス中佐がお呼びです!」
「わかった。すぐに向かう。行こう」
男は呼びに来た新兵を伴って中佐の元に向かう為に天幕を後にした。
男の姿が見えなくなるとすぐに。
「中佐の腰巾着で出世した田舎者が偉そうにっ!」
「おいっ!やめろ!もし聞かれでもしたら軍法会議モノだぞ!!」
天幕の中に残っていた下士官達が今しがた出ていった男について噂をしていた。
「だって、お前もそう思うだろ?!俺達と同じ平民出だと最高位の曹長にあの若さでなっているんだぞ!?」
「確かに曹長は俺達より年下だが、軍歴は遠く及ばないぞ。同じ平民で年下に頭を下げるのは気に入らないが、軍では当たり前のことだ。
少なくとも曹長以上に敵を殺してから嘆くんだな」
天幕の中にいた三人の内、一人が愚痴を溢し、一人は軍法会議を恐れ、最後の一人は至極当然という反応を返した。
この反応はまだ良い方である。
曹長をよく知らない下士官以下の一般兵ではさらに若い曹長への不満を抱える者が多い。
この国では珍しい黒髪の曹長に味方は少なそうだ。
「お呼びと聞きましたが?」
大隊長以上に与えられている宿を間借りした臨時執務室に、ジャックはいた。
ソウは暑さのせいか開け放たれた扉を一応とばかりにノックをしたが返事はなかった。よって先程の言葉だ。
「悪い。入って掛けてくれ」
ジャックは書類から目を離さずにソウに応えた。
「忙しそうですね。まぁこの規模の引越しは忙しいでしょうが…」
ソウも中隊長である。人数分の部屋をジャックに用意してもらうために書類を書いた。
そしてそのジャックは他の中隊の分も目を通さなければならない。
他の大隊長はここまでしないが、ジャックには味方も多いが敵も多い。その為、手を抜くところがどこにも存在しないのだ。
「引っ越しだけならいいが、功績が多過ぎだ。新兵以外全員出世させているのではないのかと錯覚するくらいだぞ」
「中佐も出世したのだからいいじゃないですか。私なんて同じ天幕内にいる他の師団の下士官に、聞こえるように悪口を言われる日々なんですよ?」
「それも直に終わる。帝都から手紙が届き次第、第四大隊は南門にある建物を拠点として貰い受ける」
「軍はわかるのです。何故、王国戦が終結したのに隊を解散させないのですか?私には帰るところがないので構いませんが、他の隊員は不満が溜まるのではないのでしょうか?」
「解散させられないのだろうな。俺たちは偶々元王都でこうしていられるが、他の師団などは元王国の別の街の防衛、防犯、抑圧の為に派遣されている。
ま、その殆どの理由は目の前にいるんだがな」
他の師団が戦後一生懸命働いているのは手柄が少なかった為だ。ここで少しでも軍や国に良いところを見せておかないと。と、考えての行動である。理由はもちろんソウであった。
「まぁ戦争に出ると何年も帰れないとは聞いていましたが…終わっても直ぐには帰れないのですね…」
地球の様に移動が簡単であればそうだったかもしれない。
戦争が終結してあからさまに気が緩んでいるのだ。
戦中であれば直ぐに気付く事も、今のソウは気付かない。あの時のソウは過集中していたのだ。
剣と同じ。武は文に通じていたのだ。
ジャックとソウは戦後一週間程で開かれた軍内での論功行賞により一つずつ階級が上がった。
論功の中でソウを昇進させすぎとの声が上がったが、大き過ぎる功績の前ではすぐに声は消えて無くなった。
そんな論功の場で一つ事件が起きた。
ダージー・ザイール大佐という人物を覚えているだろうか?
かつてバハムート少将の席を掠め取ろうと画策していた者のことだ。
そのザイール大佐はジャックの昇級が決まりそうになると、自身の保身の為に声を張り上げたのだが…
『ソウ曹長の件はわかります。しかし、それを部下に持っただけで昇級させるのはあり得ません!!』
これが致命傷になった。
『ソウ曹長はエルメス少佐が自ら見つけてきたのです。おかしいですね?何故その様な人材が在野に埋もれていたのか…』
バハムート少将の追及にザイール大佐は詰まりながらも返す。
『そ、それは…まだ成人していないからです!その様な者を見つけろとは少将閣下も手厳しいですね』
『彼の出身地をご存知ですか?』
『……いえ?それが何か?』
『大佐の担当地域でしたよ?おかしいですね?ソウ曹長は村には軍の者はエルメス少佐しかやってきたことがないといっていましたよ?』
帝国軍が入隊者を集めている時に、ソウの故郷は辺境ということでその調査から除外された。
これは何もザイール大佐だけの怠慢ではないが、追及されれば言い逃れは出来なかった。
もし、ソウがいなければ。
この『もし』の重さはディオドーラ大将が一番よく分かっていた。
『大佐は疲れている様だ。暫く休むと良い』
ディオドーラ大将の鶴の一声によって、ザイール大佐は論功から摘み出されていった。いや、論功からだけではない。軍からも・・・
自身の仕事に片をつけたソウは王都散策に出掛けている。
しかも今回は…なんと…!ありえないが…!目的があった。
「あれがそうかな?」
ソウが見つけたのは武器屋である。
建物の見た目はやはり普通の民家。違いは玄関が通りに大きく開かれていることくらいだ。
民家にはない、開け放たれた両開きの大きな扉の先に窺えるのは、幾つもの刀剣などの武具であった。
「こんにちは」
中に入り声をかけると奥から返事が聞こえてきた。
「はい。御用は何でしょうか?」
奥から返事と共にやって来たのは40歳くらいに見える中年の男性だ。
「この剣の整備を頼みたいのですが…見てもらえますか?」
「研ぎでしょうか?お預かりします」
ロイド曹長から鍛冶師に直接頼むのは一見には難しいと聞いた。
街の刃物や武器を扱っている商店であれば整備くらいなら頼める。だが腕はまちまちだから気をつけろよ。とも聞いていた。
「これであれば一時間も頂ければ全てバラして綺麗に出来ます」
「そうですか!ではお願いします」
ソウは喜んで預け、前金を支払った。
「うーーん。やはり俺には難しいな…」
街を時間潰しに散策していたが、欲しいものもやりたい事も見つからなかった。
ここは元王都というだけあって、この大陸では都会と言える程発展している。
ソウにシティーボーイの才能は皆無のようだ。
ただ一時間も歩き続けて疲労が溜まって時間がやってきた。
店に受け取りに入ると、すでに終わっている様で先程の男性はカウンターにいた。
「こちらです。検めて下さい」
渡された黒い鞘に納められた漆黒の刃を抜き身にする。
心なしか以前より光沢が増して見えた。
「はい。ありがとうございます」
「またのご利用をお待ちしています」
少なくない技術料を支払ったソウに店主も愛想よく挨拶した。
まさか自分が先程まで研いだりバラしたりしていた剣が魔剣であるとは…寝耳に水であろう。
もしソウの剣の真相を知れば二度と扱ってはくれない。それ程魔剣は希少なのだ。




