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      一章 終話         陽が昇る前に沈むモノ。

 




「そうですか。良くやりました。では皆さん、手筈通りお願いします」


 ソウが天幕に戻り報告を終えると、バハムート師団長が取り仕切った。

 もはや師団長の権限の範疇ではない。だが、誰も何も言えない。


 ソウがいない間に集められていた大隊長以下の者達がディオドーラ将軍に敬礼後、天幕を後にした。

 残されたのは師団長達と将軍副将軍、ジャックとソウと最後にあの中将だ。


「大門を開けるのに五千で足りますかな?」


 ベルガルド・ラスプーチン中将がバハムートに問いかけた。


「五千でも多過ぎるくらいでしょう。敵は壁の向こうから我々がやって来ると思っています。元々練度で大きく勝っている上に、タイミングや気構えもこちらに味方しています。道の先がどこに繋がっているのか不明なので、少し多めに采配したくらいですね」


「ほぅ…」


 ラスプーチン中将は一応の納得をしたようだ。


「我等も向かおう。直ぐに騒がしくなる」


 ディオドーラ将軍は獰猛な笑みを浮かべて門前の陣へと向かう。

 ここにいる者達はそれに付き従った。


 最後方で何やらヒソヒソ話に花を咲かせる者が。


「将軍ってあんな顔もするのですね?」


「むしろあの顔が普段俺たちに見せている顔だ。最近の顔やソウに見せる顔を、俺は初めて見た」


「そうだったのですね。将軍よりも武人といった感じです」


「どの世代も軍内で最強を決めたがる。将軍もそんな世代最強の一人だ。だから強ち間違いではない」


「はぁ…凄い人なのですね…」


「俺達の世代最強に勝っているソウが言ってもな…」


「私は同世代ゼロなので元々最強ですね!」


 ゴチンッ


「くぅ〜」


「馬鹿者!声がでかい!」


 ジャックは小声で怒鳴るという器用な技を習得していた。

 そしてソウ渾身のボケは、自身の声のデカさに掻き消されたのであった。





 大門前では帝国軍による、嫌がらせが続けられていた。こちら側に注意をひかせて侵入部隊を見つけづらくしているのだ。


 大門前に新たに陣を張った。そこに椅子が並べられて将軍達は着座したが、もちろんソウ達に席はない。

 だがそれでいい。王都戦では第四大隊は本陣防衛部隊なのだから。


「エルメス大隊長!」


「ご苦労。休息は短かったが問題はないか?」


 ジャックの元に第四大隊の中隊長達が集まった。

 確認だけすると持ち場に戻す。守る時に作戦などないから伝えることはない。唯一の作戦らしい作戦は今の布陣くらいのものである。


「私も戻『ダメだ』えぇ…」


 ソウは第六中隊の中隊長だ。こんな場違いな所からは早々に離れたかった。


「後ろが目標だっただろ?良かったじゃないか。目標が達成されて」


「……」


 わかっているくせに。と言い返したかったが、無駄に終わるのは分かっているので視線だけで不満を伝えるに留めた。

 何もしなければ良いのだが、ソウの辞書に何もしないで受け入れるという文字はない。注釈として『但し、ジャックに限る』とつくが。




「「「おぉ…」」」


 ソウが不満を抱えていると将軍達の居所から声が上がった。

 皆の視線の先を辿ると…


「城から煙が出ていますね」


「そうだな。派手に暴れているのだろう。バレずに出来ないのであれば、後は帝国軍得意の実力行使あるのみだからな」


 出口でバレたのか、別の場所での戦闘でバレたのかはわからない。

 ジャックが話し終えるタイミングで王都から鐘の音が聞こえた。


 カンカンカンカンカンカンッ


 非常時に鳴らす鐘なのだろう。門近くの城壁の上にいる王国兵が驚いて後ろを振り返ったところで投石の餌食になった。


「内部に侵入されたのを伝える鐘なのでしょうか?それともあの兵が間抜けだったのでしょうか?」


「さあな?出来れば後者であって欲しいがわからん」


「まさか破れかぶれで開門して突撃してこないですよね?」


「それなら楽でいいな」


「本当に?もし流れ矢でも将官の方たちに当たれば、少佐の首が飛ぶのではないですか?」


 ソウの言葉を聞いてジャックは少しだけ『出てこないで欲しい』と願うのだった。万が一はいつでも起こるから。


 確かに破れかぶれの突撃があれば帝国軍にとっては楽だろう。目指しているところが時間短縮なのだから。

 しかし戦場は暗闇の中なのだ。

 昼間とは違い、流れ矢や闇に紛れた敵の危険性が上がっている。紛れは起こしたくはない。


 煙が上がってから30分ほど後。大門が軋みをあげながらゆっくりと開いた。





「王都西側制圧致しました!」


 ソウ達がいるところへと伝令兵がひっきりなしに訪れている。もちろん伝える相手は将軍達なのだが。


「王都南側制圧完了しました!」


「ご苦労」


 ディオドーラ将軍は口元が緩みそうになるのを必死に堪えて兵達労った。


「さて…残すは城のみであるな。誰ぞあるか?」


 言葉の意味は功績の譲渡である。

 戦場では何の意味もないが、国への報告書にはデカデカと名前が載る。


「第一師団に任せては頂けませんか?」


「ジェイサー師団長か。異論はないか?」


 ジェイサー師団長なる者がディオドーラ将軍に立候補した。

 特に異論はない様でそのまま決まる。

 一番後ろから聞いていたジャックはある事に気付いた。が、今は不要な事なので知らないフリをした。


 ジェイサー師団長が王都攻略に使っていない第一師団の残りを引き連れて城へと向かった。


「どうかしましたか?」


 ジャックの隣に立っていたソウは、些細な変化に気付いた。


「…隠すつもりはなかったが、今言うことでもなかったのでな」


「そうですか。考え事をする時に一点を見つめる癖は多くの人に共通します。しかし外では控えられた方がいいですよ?」


「………」


 ジャックは『お前は人の観察をやめろ』と言いたかったが、役に立つことが多い事を知っていたので言えなかった。そして自分も同じ事をしていたからブーメランになってしまう。


「ジェイサー第一師団長が指名された時にバハムート師団長の顔色が一瞬曇ったんだ。それだけだ」


「そうでしたか。政敵なのかもしれませんね」


「上に上がっても、か…」


「何を他人事の様に…バハムート師団長の敵であればイコール少佐の敵でもあるのですよ?」


 まるで少将も大変だ、と他人事の様に話すジャックにソウが釘を刺す。


「いや、別に俺はまだ誰の派閥にも属していないぞ?」


「やはりあるのですね。派閥。でもそれは勘違いですよ。ここまで少将や大将と顔を合わせているのです。犬や猫でもなければ、少佐はいずれかの派閥に属したと思われているでしょう。

 事実今更疎遠に出来ますか?」


「やはりか…まぁディオドーラ大将は兎も角、バハムート少将の派閥に入るのは考えていたことでもある」


 大将には派閥は存在しない。強いて言えば北軍全てが派閥である。

 大将は出世争い、派閥争いを上手く利用して軍を強くさせる。

 今回のジェイサー第一師団長(大佐)の立候補を受け入れたのもそういった考えの元である。特にバハムート師団長の派閥入り濃厚であるエルメス大隊長は十分に活躍したのでバランスを取る意味合いが強い。


「ソウも…いや、ソウは選び放題だったな。大将に中将、少将と。なんなら辺境伯軍にも」


 嫌味の一つでもと思ったジャックだったが、ソウには通じないのでやめた。


「私ですか?私は軍に入った時からエルメス派ですよ。それは皆さんご存知でしょうね」


 うっ。と、喉が鳴りそうになるのをギリギリで堪えた。

 周りからしたら『何を今更…』と呆れられる事であったが、迷いもなく直接告げられた言葉に、ジャックは思いの外嬉しかった事を、生涯忘れることはなかった。


「なので私が失敗した時は、全責任をジャック少佐に投げますのでよろしくおねがいしますね!」


 喜んだ自分を殴りたくなったジャックであった。





 空はまだ暗い。

 夜明けはもう少し先のようだ。

 辺りには幾つもの篝火が焚かれている。

 その灯でとれた視界の中には死体こそ転がっていないが、遠くの地面には血の痕が見られる。

 その血の痕が多く見て取れる開かれた大門から多くの兵が出てきた。

 その兵達は帝国軍の鎧に身を包んでいる。第一師団が戻ってきたのだ。その一段の中心には護るように連行されている煌びやかな装いをした人達が何人も伺える。


 帝国が王国との戦争に勝った瞬間であった。

 戦場に陽はまだ昇らない。

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