4話 春の訪れは来訪者と共に。
ダッダッダッダッダッダッ
「うん?何だ?」
多数の同じ音が混ざり合ったモノがソウの元へ近づいてくる。
パカラッパカラッパカラッ
「「ヒヒィン」」
気付けば10頭程の騎兵が村の中に無遠慮に入ってきていた。
離れた位置で騎馬は立ち止まるが、ソウを確認するとその中から三頭が近づいてきた。
「童!この村の者か!?」
三頭の内一際豪勢な鎧を装備している騎士が、他の二頭よりソウに近づき問いかけた。
「そう…ですが、騎士様が何か御用でしょうか?」
ソウは口調をどうするか迷ったが、斬り殺されては敵わんと下手に出ることにした。
「うむ。この村の村長に話があってな。村長の家はどこか?案内せよ」
「は、はい。しかし…」
ソウは言い淀んだ。騎士であれば準貴族以上の可能性がある。であれば口答えはいかがなものかと前世の記憶がそう告げていたからだ。
しかし、村長が死んだのは事実だし無駄足を踏ませるよりはマシだろうと言葉を続けた。
「村長は…いえ、この村の人達は私の両親も含めて皆死にました」
ソウは脱力して俯いてしまった。礼儀知らずかもしれないが、言葉に出した事であの光景が脳裏に蘇ってしまったのだ。
そのソウの態度をどう捉えたのか、騎士は言葉を返した。
「誠か?何故死んだのだ?」
「は、はい。秋に採れるはずの果物が実らず、それにより食糧難に…」
「…童。名は?」
「ソウと申します」
「ソウ。身寄りはあるのか?」
「いえ。両親の眠るこの地が、私の唯一身を寄せる場所に御座います」
「……ソウは何故生き残れた?栄養は十分足りている様に見えるが?」
「冬の閉ざされた家の中、両親が食糧難を隠し、私にだけ食事を……村の者達が死んだのを確認した後は、生き残る為に死を覚悟して冬の川に入り魚を獲って過ごしました。その時に少量ですが山菜がなっていたのでそれも」
「………」
ソウが質問に答える毎に騎士の沈黙は伸びていき、やがて何も言わなくなった。
騎士がしばらく考えた後、口を開く。
「ソウ。俺のとこに来い。キツイ仕事場だが、お前ならやっていけるだろう」
「は、はい」
ソウとしてはここでやっていこう、生きていこうと覚悟を決めたばかりであった。
しかし騎士の…準貴族の誘いをただの村人が断る事は死ぬ可能性がある。ソウの脳裏にそれがチラついた為、返事は『はい』しか用意できなかったのだ。
(ここで一人で生きていける可能性よりは貴族の召使いの方がマシか?)
この世界の常識も何も知らないソウには、ただ都合のいい予想に縋る他なかった。
此処で待て。そう言われたソウは直立不動で騎士の背を見送った。
こちらにいた三頭の騎馬が村の入り口で佇んでいた騎馬に合流して何事か話している。
やがて先程の豪華な鎧を着た騎士がソウを手招きした。
騎士の元に駆けつけたソウに騎士が語りかけた。
「俺の名前はジャック・エルメスだ。家は伯爵家だが俺は次男坊で軍人だ。階級は少佐だ。皆が呼ぶ時はエルメス少佐だが、お前には特別にジャック少佐と呼ぶ事を許可する。
ソウはとりあえず俺の専属の小間使いだ。仕事は盗め。俺は細かい仕事を教える気はない。
一先ず街に報告へ帰る。馬に乗った事はあるか?」
ジャックは一息でそう告げると、フルフェイスの鎧兜を取り、中から階級からは想像しづらい若々しく人好きのする笑顔を浮かべながらソウに手を差し伸べた。
「の、乗った事はありません」
「だとしても乗せるがな」
よっと。そんな掛け声と共に、馬上から差し伸べられた手を握ったソウを馬の背へと軽々と引き上げるのだった。
「馬の乗り方も盗め。俺は教えん。これからはそれすら言わん。わかったな?」
わかったか?ではなくわかったな?
その言葉の違いはソウに何かを感じ取ったからなのか、それとも単に説明が面倒なのか。
ジャックの事を理解すればソウはこう思うだろう。『両方だ』と。
初めて乗った馬の背に揺られながら、この世界に生を享けてから未だ出た事がない生活圏を、半ば強制的に連れ出されたのであった。
ソウのこれまでの活動限界域を優に超えて、今は故郷の山を下り終えた所だ。
「山を出るのは初めてか?」
辺りをキョロキョロと見回しているソウに話しかけるジャック。
急に背中から話しかけられたソウは少しビクッとなったがすぐに…
「は、はい。産まれてから12年で初めて山を下りました」
「なに!?それは本当か?」
ソウは何か拙い事を言ってしまったのかと慌てるがそれが勘違いだとジャックの次の言葉ですぐに気付く。
「ああ。年齢の方だ」
「は、はい。夏に産まれたので今年の夏で13になります」
「そうか……いや、なに。気にするな。もっと上かと思っていただけだ。そうか…13か…」
(気になる…そこまで言われると気になる……)
もはやジャックにソウの様子を観察する余裕はなさそうだ。
またもや無言での旅が再開された。
夕刻。まだ空に太陽が見える時間。
「今日はここで野営する。皆の者、準備に取り掛かれ」
「「「はっ!」」」
ジャックの号令により他9名が返事をして各々の役割をこなす。
「あ、あの!私も…『ソウはいい』はい…」
年上で明らかに身分も階級も上の人達があくせく働いているのを黙って見ているのは、ソウでなくとも居心地が悪い。
しかしそんなソウの思いは雇い主であるジャックの一言で砕け散った。
「お前の事を教えてくれ。まずは身体だが、親は大きかったのか?元兵士か何かだったのか?」
「い、いえ。両親は普通の…といっても普通がわかりませんが、農民です。父は私からすれば大きかったですがジャック様より頭一つは小さかったかと」
ジャックの身長はソウの目測で180程。父は175ないくらいでソウの身長は170ないくらいだ。
実際は頭一つも低くはないが他に良い言い方が思いつかなかった為、そう答えたのだ。
「何故お前は大きいんだ?」
「…恐らく食生活かと。父はあの村で育ったそうです。あの村の普通の暮らしは麦を主食に野菜が少々あるくらいで肉も魚も食卓には滅多に並びません」
「お前はそうではなかったと。なんでだ?」
「私が10の時から魚を獲るようになり、食卓には毎日朝晩と魚が並ぶようになりました。
11の時からは野生動物を罠を使い捕らえるようになり、食卓には肉もふんだんに並ぶようになったのです。そのお陰もあり、10を過ぎてからは背が大きく伸び始めました」
話をしようと振ってきたのはジャックからなのに、またも沈黙の時間が流れる。
ソウは叱られるのを待つ子の気持ちを痛いほど体験することになるのだが、これもすぐに慣れることになる。
「その知識は誰から得た?村に猟師はいないのだろう?」
「はい。猟師はいません。魚を得る方法も動物を捕らえる方法も自分で考えました」
もちろん前世の知識あればだ。それを踏まえると嘘だが、自信満々に答える。バレたら絞首刑の気持ちで、そして墓場まで持っていく覚悟で嘘をついた。
堂々と嘘をついたソウの目を覗き込んでくるのは、全てを見通していそうな蒼い瞳だった。
「そうか。やはり拾い物だったな。よし。今日は沢山食べろ。いや、毎日死ぬほど食え」
「えっ?…はぁ」
最初の方は何を言っているのか聞き取れなかった。
ソウの気のない返事に初めての叱責を受ける。
「返事は『はいっ!』か『はっ!』だ!わかったかっ!」
「は、はいっ!!」
軍とは…いや、争いごととは無縁の前世を送ってきたソウは、急に締まった空気に身が震えた。
「よし。軍では返事が重要だ。忘れるなよ?」
「はいっ!」
(教えないって言ってなかったか?絶対指摘出来ないが…)
優しいのか厳しいのかイマイチ掴みきれないジャックを前にして、今後のことを少し不安に思うソウだった。
その日は何もさせてもらえず、夕食を苦しくなるまで食べさせてもらったソウは、久しぶりの人との関わりを問題なく過ごせたことに安堵しつつ深い眠りについたのであった。