37話 魔剣。
「魔剣…ですか?」
前世では聞いたことのある言葉だが、ここは異世界。全く違う意味かと思い、疑問をあらわにした。
「そうだ。何らかの魔法・魔術が籠められたモノを魔剣と呼ぶ」
「それは…呪いのようなものですか?」
「はははっ!安心しろ。態々剣に持ち主を害するモノを籠めるとは考えられんし、私は聞いたこともないからな」
立場の違いに質問してもいいのか一瞬迷うも、命には代えられない為、すぐに聞いた。
「魔剣ですか。ですがソウにはそれを扱う為の魔力がありません」
ここまで黙っていたジャックではあるが、伝えておかないと後で何を言われるかわからないのでここで腹を決めて伝えた。
「なに?それは本当か?」
「はははっ。エルメス殿は冗談が上手いな!」
ジャックの事をよく知っているディオドーラ将軍はすぐに再確認の言葉を告げて、よく知らないラファエル中将は冗談だと思った。
「はい。二度検査しましたが、魔力がないどころか魔法が効きません。そのお陰で元副都戦では生き延びれたそうです」
「ば…馬鹿な…」
「……」
ジャックの説明にラファエルは未だに信じられないと言葉を残し、ジャックが嘘を吐かない事を知っている他二名は言葉にもならなかった。
「そうなんです。だから魔剣と言われても魔力の無い私には扱えていないのではないでしょうか?」
「その剣のことよりもソウの事だ。魔剣は確かに貴重で珍しいが、無いわけでは無い。
しかし魔力を持たない人は、ソウ以外に知らぬ…いや、ここは明言しよう。いないのだ」
ソウはあくまでも愛剣の事が気になるが、他の三名からすれば魔剣よりもソウなのだ。
特に魔法が効かないというのは、戦争屋からすればかなりの武器に思う。
「ど、どうか!その事は内密にお願いします!」
「ソウ!弁えろ!」
ジャックが狼狽えるソウを戒める。
ソウは魔法の盾として使われる可能性を瞬時に危惧したのだ。
「エルメス大隊長。構わん。他の目が無いところでは私に如何なる口を聞いても咎めん」
「それは私もだ。北軍の中将として約束しよう」
「もちろん、私もだ」
三人の大物が無礼を許すと告げた。
それだけソウが可愛くもあり、有能であり、稀有な存在だと認めているということだ。
「あ、ありがとうございます。それで…内密に…」
「勿論だ。だが…」
言い淀むディオドーラ将軍。
「もう一度検査させて欲しい。もし良ければ攻撃魔法も」
サザーランド副将軍が言葉を繋げた。
「…人に見られないのであれば」
ソウも王国の魔法をうけて『自分には本当に魔法が効かないのかも』と半信半疑よりも確信に近く思い、又感じてもいた。
だから魔法をうけるのはまだいいのだ。
盾にだけはなりたくはなかった。もし飛んできたのが魔法ならいいが、投石や弓矢などは普通に怪我をするし、死んでしまうから。
ソウを盾にする作戦が一度でも成功したのならば、最前線からも逃れられなくなってしまう。
死ぬまで・・・
「無論だ。約束は守ろう」
「ではソウ中隊長に命じる。今夜この天幕に訪れるのだ。エルメス大隊長も。よいな?」
北軍最高責任者の約束にソウは安堵した。
その言葉を受けてサザーランド副将軍は命令を下す。
「「はっ!」」
二人の明瞭な返事に将軍副将軍は鷹揚に頷いた。
「…私も行くぞ?」
ラファエル中将は自身が開いた食事会で置いてけぼりをくらっていた。
日が沈んで間も無く、二人は昼間の天幕にやってきていた。
「本当に魔力が…」
四人は絶句していた。
四人とは、将軍副将軍に辺境伯軍の中将に師団長だ。
そう。バハムート師団長もここへ呼んでいた。
呼んだのはソウとジャックの二人の意見だ。
理由は二つ。ソウの噂を精査して、真実に辿り着いていたバハムート師団長への隠し事が難しいこと。下手をすれば既にバレている事を危惧したのだ。
それなら自ら進んで知らせた方が印象は良くなると判断した結果が、今の天幕内ということであった。
「驚きましたが、結果は明瞭です。ソウ中隊長。魔法を受けてくれると聞きましたが、私たちはロクな魔法が撃てません。なので口の堅い魔法使いを参加させたいのですが。どうでしょう?」
バハムート師団長にも約束の事は伝えてある。その為、断れる程度の言葉にしてソウに伝えた。
「わかりました。私は構いませんがここでするのでしょうか?」
ここは天幕内。ソウに効かなくとも辺りに被害が出る事は十二分に考えられる。
「まさか。ちゃんと場所を用意しています。その魔法使いは既にそこで待機させてますので、皆様が宜しければこれから向かいましょう」
バハムート師団長の用意の良さにソウとジャックは顔が引き攣る。
他の三人にとってはいつもの事なのか、それについては何も言わなかった。
場所を陣地の外へと移した六人は大きな岩の影へと来ていた。
「まさか我々だけで陣地外に来ているとは誰も思うまい」
くくくっと笑いを溢しながらディオドーラ将軍が誰ともなしに喋った。
「笑い事ではありません。この様な事は一度だけです。もしここに王国兵がいたらと思うと…」
最初バハムート師団長は反対していた。自分はあくまでも師団長程度の地位であるため、もし死んでも軍に多大な影響は及ぼさない。
しかし、将軍副将軍は意味が違ってくる。その為反対していたのだ。
『我らは皆武に精通している。それに未来の英雄の護衛もあるし問題はない』
この言い訳に返す言葉が見つからなかった為、バハムート師団長は認める他なかった。
「バハムート師団長だけにこんなに面白い事をさせるわけにはいかんからな!
それはそうとその魔法使いは?」
「はぁ…私だけでよかったのに。今呼びます」
そう告げるとバハムート師団長は手を叩いた。
すると大岩の反対側から黒いローブ姿の人物が姿を現した。
バッ
「北軍魔法部隊隊長のナイーブと申します」
「彼は北軍で一番の魔法使いです。威力、発動の速さは目を見張るものがあります」
北軍の魔法部隊は全員ローブ姿で鎧は着用していない。例え前線にいたとしても兵に守られている為だ。そして身軽な方が逃げやすい。簡単に言えば剣は素人だから近づかれたら逃げるのが魔法使いということだ。
ジャックの様に魔法にも剣にも精通している人の方が少ない。
ジャックは剣も魔法も超一流に近いくらいの腕があるが、超一流には届かない程度で満足している。それ以上は出世に必要がないからだ。
「ソウ中隊長。準備はいいですか?」
「はっ!いつでも大丈夫です」
それを聞いて五人はその場を離れる。
ソウは大岩を背にして10m程離れた位置に立ち、魔法使いはさらに20m離れた位置で構えた。
これはもし魔法が逸れた場合に、被害を出さない為である。
距離があり、暗闇の中という事も合わさって、魔法使いが何やらしているが、ソウにはわからない。
直ぐに魔法使いの手元が輝き出して魔法の発動を視認した。
カッ
バシュンッ
一際輝くと何かがソウに向かって飛来して来る。
ソウはそれに身構える事もなく、むしろ一歩前に出て受け止めた。
「本当に霧散したな」
ディオドーラ将軍の一言が全てを物語っていた。
魔法消失。
ただ明るかっただけだった。
ソウもイェーリーの事がなければ、魔法の効果などしれていると高を括っていたことだろう。
しかしそれを知っている今は皆の驚きに戸惑いはなかった。
「はい。嘘はないと信じていましたが…見て、知って、尚更理解が深まらなかった事は初めての事です」
バハムートは優秀だ。一を聞き十を知る程度には。そのバハムートがこういうという事が事態の不自然さを物語っている。
「あの…一ついいですか?」
「なんだ?」
ソウの問いに応えたのはディオドーラ将軍。
「何故魔剣が…いえ。まだ魔剣と確定はしていませんが…この剣が私に使えるのでしょうか?」
「どういうことでしょうか?」
バハムート師団長は剣の事も知らない。ディオドーラ将軍は勝手に剣を与えた事をバハムート師団長に黙っていたのだ。
将軍曰く『小言が増えるからな』だそうな。
一からソウが説明をしてバハムート師団長は理解した。
「どう思いますか?」
バハムート師団長が聞いたのは先程の魔法使い。誰も何も命令しなかったので、偶々残っていただけに過ぎなかった彼にお鉢が回ってきた。
「はっ!」
元気に応えた魔法使いは自身の予想を伝えた。




