36話 続、試し斬り。
「以上です」
翌日、朝からの行軍で北軍本隊の元へ帰ってきていたソウはジャックへと報告を済ませた。
今は夕刻である。
「わかった。ご苦労だったな。これから報告に行ってくるから食事でも摂って待っていろ」
「わかりました」
「ロイドは一緒に来てくれ」
「はっ!」
責任者である為、報告まで付き合わなければならない。これがソウであれば『お前もこい!』と言えるがジャックに言うことはまずない。
少し早めの夕食にありつけたソウは行軍で消費したカロリー以上はある、いつもの大盛りを事もなく平らげた。
食休みをしているとジャックだけが戻ってきた。ロイドとは既に別れたようだ。
「出立は明後日になった。それと明日の昼に昼食を共にと、辺境伯軍のラファエル中将に言われた。はぁ…ソウは出世の役に立つのか妨げになるのかわからんな…」
北軍内部だけではなく、辺境伯軍のお偉いさんにまで知遇を得たと思われれば益々締め付けはキツくなる。
「そんな事を私に言われても…仕事をしてきただけですからねっ!」
「犯人探しは頼んでないんだけどなぁ」
部下が功績をあげる。上司であれば嬉しいはずの出来事を素直に喜べない境遇に、ジャックは遠くを見つめて呟いた。
翌日昼前。いつもの通り天幕へと来ていたソウは、ジャックと共に準備を終えた。
「はぁ…気が重たいです」
「間違っても人がいる前で言うなよ?それに原因はお前だ。それも忘れるな」
「言いませんよ…だいたい原因ってなんですか!頑張ったご褒美が別会社の役員との昼食なんて、平社員にとっては拷問と何ら変わりません…」
「時々意味のわからん単語を出すよな。全く興味はひかれんから聞きたくもないが」
ソウは平社員ではない。主任もしくは係長くらいにはなっている。どうでもいいが…
「さっ。そろそろ行くぞ。早く行きすぎてもダメだが遅刻はあり得んからな」
「その辺の感覚も一緒です…はぁ…」
ため息ばかりのソウ。しかし忘れている。いつもご飯を共にしているのも上司だということを。
「よく来た。まぁ座りなさい」
ここで一番大きく一番綺麗な天幕の中にいたのは、ラファエル中将だけではなかった。
所謂上座にはディオドーラ将軍、その左にはサザーランド副将軍、右にはラファエル中将が長テーブルを囲んでいた。
「はっ!失礼します!」「失礼します」
二人は入り口に近い席へと腰を下ろした。
「さぁ。食事を食べながら話そう。遠慮せずに食べなさい」
二人をここへと呼んだラファエル中将が告げるが…
「「はっ!」」
遠慮しかない。
「ソウ。聞いたぞ。大した活躍じゃないか。どうだ?北部辺境伯軍に来ないか?大尉扱いで迎えるぞ?」
「おいっ!勧誘はしないと言ったであろうが!?」
ラファエル中将の冗談なのか本気なのかわからない言葉に、サザーランド副将軍が割と本気目に怒る。
「そう言わないとサザーランド殿は反対していただろう?」
「当たり前だ!辺境伯軍の有望な若手を十人出されても応じんわっ!」
「はははっ!移籍の話は先手を打たれたな。困った困った!」
どうやらこの二人の関係は浅からぬものがありそうだ。
「ったく。ソウ中隊長。耳を貸さないように」
「はっ!私は北軍が好きです。特に第四大隊が。ですので移籍の件は…」
「そうか。振られてしまってはこれ以上嫌われる前にこの話を止める他ないな」
ソウのストレートな想いを聞いて、ユーモアで返したラファエル中将。
その後もソウの話題ばかりになった。
初陣の時の話。副都戦の話。この場所での話。街に戻った話。
ソウは恥ずかしさを通り越して無の境地へと至った。
「うむ。そうであったか。ところで本人がいるのだから直接ソウに聞きたい。
我らの知っている話題は尽きたのだが、何かないか?」
「何か、ですか…」
「そう難しく考えなくてもよい。例えば…そうだな。あの剣の使用感はどうだった?」
ディオドーラ将軍からの無茶振りがソウを襲った。
前世の宴会芸を勧める上司のようだとソウは思った。
「はい!あの剣は素晴らしいです!初めは見た目の良さに惹かれたのですが、試し切りをしたところ、鉄でも斬れたのです!
しかも私だけでした!ロイド中隊長にも、他の隊員にも試してもらったのですが、何故か私が使わないと斬れなかったのです!」
子供は自分が興味のある話の時には饒舌になる。そんなソウを三人は温かい目で見ていたが、ジャックだけはヒヤヒヤだ。
「斬鉄か!それは凄い!」
「本当か!?是非見せてくれ!なんなら私も試したい!いいか!?」
ラファエル中将は素直に驚き、ディオドーラ将軍はどちらかというと自分もあの剣を振ってみたい方に揺れている。
「もちろんです!取ってきますので暫しお待ちください!ではっ!」
「ちょっ!?」
引き止めるジャックに気付くこともなく、ソウは天幕を飛び出していった。
伸ばした手が空を切ったジャックを見て、サザーランド副将軍が声をかけた。
「エルメス大隊長。許してやりなさい。我々が頼んだことだ」
「はっ!もちろんに御座います」
「それにしても意外だ。あれだけ年齢を感じさせないソウ殿が年相応に振る舞うのは」
「ん?ソウは15くらいだろう?」
サザーランド副将軍の言葉にラファエル中将が口を挟んだ。
「ソウは先日14になったばかりでまだ成人していない」
「なんと…それであの活躍とは…」
「我々は英雄の誕生を目の当たりにしているのかもしれんな」
いてもソウの話。いなくてもソウの話だ。ジャックの心境は『英雄…?』とかなり大きくなる期待に、本人でもないのに心臓を握られる思いをしていた。
(まさかソウの頑張りが、出世して安全な後ろに行きたい為などとは言えないな…言うつもりもないが)
英雄とはかけ離れた動機だ。
しかし、世の中に溢れる英雄伝とは周りの過大評価から生まれるものなのかもしれない。
「戻りました!」
剣を持って走ってくるソウを見て、入り口に立っている兵士に緊張が走ったが、事情を聞いて天幕内へと伺いをたてて、無事に戻ってこられた。
『だから止めただろうがっ!』焦って飛び出したソウを止めようとしたジャックは内心思うが、後で拳骨にしようと、ここでは何も言わないのであった。
「よし。早速試そう。試し斬りの的と鎧の補修用の鉄板を持ってくるんだ」
「はっ!」
ディオドーラ将軍が天幕内の兵に指示を出して準備を整えた。
用意したのは普通の的と薄い鉄板。
先ずはディオドーラ将軍が普通の的を斬りつけた。
「うむ…確かに普通の剣に感じるな。これで斬鉄出来るとは思えん」
「ソウ殿。出来るか?」
サザーランド副将軍はソウが嘘を吐いているとは思っていない。
ただ、少し大袈裟に言ったのでは?と、子供扱いして心配したのだ。
「やります」
自信満々に答えるソウは、天幕内の兵士二人に長さ1m幅25cm厚さ約2mmの鉄板を持たせた。
「すぅぅ。ふぅぅぅ」
長く細い呼吸を繰り返し、そして止まる。
「しっ」
キィンッ
甲高い音を残して鉄板を剣が通り過ぎた。
天幕内に剣の軌跡を捉えられた者はいない。音の後には静けさが天幕を包み込んだ。
パキンッ
「おぉおっ!やりおったぞ!」
「素晴らしい…」
「…有望兵二十人ではどうだ?」
「マジかよ…」
四者四様の言葉が口から出てきた。ジャックの声は驚きのあまりだ。
「その剣はもしや魔剣かもしれんな」
試し斬りが終わり、食事の片付けが終わったテーブルに着いた四人は会話に戻る。そこでディオドーラ将軍が放った言葉にソウが食いついた。
「魔剣…?」
もしや呪い殺される?と思ったソウは通常運転だ。




