35話 いつも通りの日常。
試し斬りはその後も続いていた。
倍は太い木から、布、薄い鉄に至るまで。
ソウはそれら全てを斬り刻んだ。
「すげぇな。俺もいいか?」
それを見ていたロイドはつい心の声が漏れ出た。
「うっ……壊さないでくださいね?」
本当は貸したくない。
だがこれまでに沢山世話にもなり迷惑も掛けてきた為、『断るのはなぁ…』と、嫌々渡した。
「ん?持ったら普通だな…おい。そこの木を持て」
兵に命じて自身は剣を構えた。
ロイドは強者だ。そして強者は感覚を重んじる。
ソウが構えていた時、この剣からは魔剣の様な凄みを感じていた。しかし、自分が持てばどうだ?
確かに悪い剣ではないが、どこにでもあるロングソードだとロイドは思った。
「フンッ!」
バキッ
流石20年以上も軍で剣を振ってきただけはある。兵が担いだ木を見事に叩き斬った。
切断面を覗くと半分は剣の切れ味で、もう半分は体重を乗せた威力で折ってあった。
「よくこれであんな風に斬れたな…」
ロイドは不自然に感じる。
如何にソウに剣の天賦の才があろうとも、あんな芸当がこの剣で出来るとは思えなかったのだ。
「この剣に愛されているのでしょう」
ソウは冗談めかして告げるが、事実そうであったことを知るのはまだ少し先の話である。
「ま。これで目的は果たせたな。賊でも出たらソウに任せよう」
「えっ!?一応副隊長なのですけど!?」
「ほう?隊長様に副隊長様が逆らうのか?」
ソウは初めてロイドに隊長の座を譲った事を後悔した。
もちろん二人とも冗談で言っているのだが、周りにいる兵にはそんな事はわからない。
笑えない上司同士の馴れ合い程、周りが困るものはないのだ。
ソウは前世で嫌だった事を気付かずにしてしまっていた。
そんな隊員達のギクシャクに気づく事なく行軍は続いた。
「やっと戻ってこれましたね」
以前白旗が掲げられていた場所に、今は帝国国旗が掲げられた街へと、漸く辿り着いたのだ。
「エルメス大隊長から宿が準備してあると聞いている。隊員を預けたら俺達は輜重部隊と辺境伯軍との話し合いだ」
「…副隊長要ります?」
ゴチンッ
「くぅぅぅう…少佐より痛い…」
全てをロイドにやらせて、自分は休もうとした罰が脳天に振り下ろされた。
「あの大隊長を怒らせてるのかよ…やはり大物だな…」
ジャックは恐れられてはいない。畏れられているのだ。その畏れは憧憬の様なモノ。
そんな人にも同じ態度をすると聞いて、ロイドはソウの呟きにある意味慄いたのであった。
辺境伯軍と輜重部隊との打ち合わせが終わり、ソウは宿で休んでいた。
「寝付けない…」
いつもは陽が沈んだ後も書類仕事に精を出していた。だが、今は遠征中の身。まだ完全な夜とはいえない薄暗い中で寝ることは出来なかった。
「初めての街だし散歩でもしてくるか…」
久しぶりのプライベートな時間に何をして良いのかわからないソウは、若干年寄り臭くはあるものの目的のない散歩へと出る事にした。
「やっぱり大したことなかったな…」
王国の街並みは副都で確認していた。ここはそこよりも遥かに規模が小さい街なので、見るところも無かった。
大きな道を通ってきたので帰りは路地を通って帰ることにした。
迷子になるくらい入り組んでいる事を期待していたが、ただ狭く薄暗いだけで、前世ではコンクリートジャングルで生活していたソウにとっては、迷う道でも無かった。
「ん?誰かいるな。何してるんだ?」
そんな裏路地を進むソウの視線の先に、不審な人物が。
周りには建物はあるが、裏路地である為、建物は全て背を向けている。
向こうからしたらソウも不審人物なのだが…そこには気付かない。
そこにいたのは何の特徴もない男だった。老いてもおらず、若くもない。大柄でもなく小柄でもない。髪の色は王国でよく見かけるくすんだ金髪であった。
そんな男は後ろからやって来たソウに気付くことはなく、何かを落とした。
紙だ…
それを拾い一瞥したソウはすぐに男の後をつけていく。
男は暗くなり人が疎になっている大通りに出る。
そのまま後をつけること30分。男が普通の家へと入っていくのを見届けた。
「ホントか?間違いなく報告案件だ」
宿に戻り、休んでいたロイドに事情を説明したソウは、ロイドを伴い辺境伯軍の宿舎へと向かった。
宿舎に着いたソウはここの責任者である北部辺境伯軍ラファエル中将に全てを伝えた。
「よくやった。早速部下を向かわせる。二人には申し訳ないが、ここで結果を待っていてくれ」
「「はっ!」」
白いモノが混じり出した赤髪を靡かせてラファエル中将は部屋を出ていった。
「結果はそいつが噂を流していたかどうかってことだろ?ここで待つ意味があんのか?」
「ありますよ。もし噂の原因が王国の策略だと確定したのであれば、辺境伯軍が北軍に合流出来ます。
そうなると我らは明日ここを発つことが出来なくなります。大軍は日程にゆとりが必要ですから」
そうなると今日明日での出立は不可能。他にも犯人がいるのであれば捕物はまだ続く。
仮にいなくとも、尋問も裏付けも必要だ。それらを今晩中に終わらすことが出来たとして、明日ここを出立することは難しい。
「なるほどな…明日出ることがないのなら夜更かししても平気だな」
ロイドはいい歳である。若い頃と違い睡眠不足は体調不良に直結するのだ。
「どちらにしても本隊への報せに何名か走らせなければなりません。
そしてロイド中隊長には手紙を書いてもらわなければ…」
そこまで言うとロイドが手を出して言葉を遮る。
「それはソウに頼もう。いや命令だ」
「…酷い上司です。わかりました。ラファエル中将にお願いします」
「やめろっ!!馬鹿!!」
ソウは北軍本隊への報せには元々ラファエル中将が動いてくれると思っている。つまりこれはロイドを揶揄っているだけである。
暇だから……
「若い中隊長の言う通りだった。北軍への報せはこちらでやっておくから二人は隊の者達へ知らせてやってくれ。それと君は…」
2時間程宿舎の応接間で待たされた二人の元へとラファエル中将が戻ってきた。
事の顛末を伝えた後にさらに言葉を続ける。
「元副都の手前の戦場で、獅子奮迅の活躍をしていた兵士かな?」
「それかどうかは分かりかねます」
「それもそうだな。北軍の遊撃部隊で…なんといったか…あぁ。そうだ。エルメス大隊長の部隊だ」
ラファエル中将は明後日の方向へ視線を向けて記憶を探った。
「それであれば確かに私か、こちらのロイド中隊長か、その後の副都戦で亡くなられたイェーリー大尉かのいずれかです」
「おお…やはりか!恐らく君だろう。鎧で黒髪かどうかはわからなかったがな。
済まないがもう一度名を聞かせてくれないか?」
「はっ!第四大隊第六中隊中隊長のソウであります!」バッ
ラファエルに名乗ったソウとロイドは宿に帰り隊への報告を済ませた。
二人が別れる前にロイドが『お前わかってて揶揄っただろ?』とソウを問い質したがソウはのらりくらり躱して部屋へと逃げ帰ったのだった。
翌朝、癖で日の出と共に目覚めたソウの元に報せがやってきた。
「北部辺境伯ラファエル中将閣下より『報告は走らせた。犯人は単独。明朝出立の予定。今日はこの街を楽しめ』以上です!」
ソウの部屋へとやってきた兵は、そう告げた後退室した。
「楽しめって…この街は見るところがないんだよなぁ…」
仕事より何よりもソウが悩んだのは言うまでも無かった。
そして結局何も出来ず、いつも通り日課の素振りと走り込みをして一日を終えた。
軍に入ってからというもの、ソウは鍛錬を欠かしたことはない。
それは戦地であっても。
周りはそんなソウを奇異の目で見ていた。
生き残る為に最善を尽くす。そんな日々を今日も過ごしていた。




