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31話 進軍と魔物。

 





「これよりハーレバー王国王都に向けて進軍を始める!第四大隊前進!」


 ソウ達第四大隊は北部辺境伯が統治している元副都を出立した。

 帝国領土が王国内に食い込んだお陰で、物資の輸送は強化されていて、大きな街道のため進軍に使う道も問題ない。王都まで普通に歩けば五日の道程だが、恐らくそれまでに()()がある。


 ソウは第六中隊ということもあり、第四大隊での殿で出立をした。





 帝国軍が我が物顔で王国領土を闊歩しているが、この()は帝国のモノでもましてや王国のモノでもない。


 そう。この世界は人が支配しているように見えて、その実そんな事はない。

 人は安全な場所でしか生活できない程度には弱く、魔法という地球には存在が確認されていない未知の力が存在しているが、それは人以外も同じ事だった。


 魔力を帯びた生物というべきか。それを定義にすると人もその枠に入ってしまうが……魔物がいる。


 それはよく知られたゴブリンやスライムなどではなく、地球でいえば神話の生き物の様なモノを指す言葉である。


 その魔物と言う名の災厄は自分の縄張り(テリトリー)を持っていて、その縄張り意識がかなり強い。

 そこに害意を持って立ち入れば如何なるものも排除されてしまう。


 つまり人の生活圏というモノは、その災厄のテリトリーから外れた土地を指すモノであり、決して世界の支配者とは言えなかった。


 この帝国と王国の北の先はそうした災厄のテリトリーの内の一つである。

 帝国軍が向かっている王都は、そんな災厄から離れていく場所に位置していた。


 位置関係のおさらいだが、帝国の北に本拠を構える北軍は国境を抜けた後に東に向かった。

 そして副都を落とし、今は街道を南下している。


「魔物は移動したりはしないのか?」


 ソウは大隊最後尾の隣にいるトリストン軍曹に話しかける。


「稀にテリトリーから出てくる事があるそうですが、もしそうなっても我々矮小な人では何も出来ません」


「帝国軍全軍でもか?」


 そんな神話の存在に一人で立ち向かうなんて事は考えもしない。ソウは英雄でも何でもないのだ。


「今存在している国全ては、大昔に大移動した魔物から逃げのびた人達が作ったモノです。

 聞いた話では戦いにもならないらしいです」


「稀ってどれくらいの頻度だ?」


 頼むから俺の寿命があるウチは大人しくしていてくれ。と、ソウは願いを込めて聞く。


「普段魔物は眠っていると聞きました。完全に起きて人や動物を喰らうために大移動するのは1000年に一度くらいの頻度のようです。この期間に生きているモノ達はある意味諦めなくてはなりません」


「1000年に一度か…」


 それくらいなら…


「はい。あくまでも大移動は、です。時々起きるのです。完全覚醒ではない為、移動距離は短いですが。それは凡そ100年に一度と言われています」


「…前回北の魔物が動いたのはいつの事だ?」


 100年に一度は割と高確率なのでは…?


「50年以上は昔の事らしいです」


 つまり、ソウが生きている間に、一度くらいは魔物が起きる可能性が高いという事になる。


 ソウは気をつけなければならない事が戦争以外にも増えたことに頭に手をやった。


「でも意外でした。子供でもおとぎ話などで知っている事でしたので、物知りな中隊長が知らないとは」


「俺は辺境の中の辺境の村の出だからな。魔物の事を知らない大人ばかりだったのだろう。もしくは俺が幼過ぎて伝えなかったか」


「そうでしたか。まぁ魔物については知っていても知らなくてもどうしようもない()()なので知っている意味は少ないです」


 地震や津波のようなものか。いや、津波は知識と心構えで死ぬ事は回避可能か。

 ソウはこの場合の死は不慮にならないかな?と、考えたが、やはり生き残る事が最善で間違いのない事だと思い直した。


 どちらにせよ、この世界の住人からしたら魔物の覚醒は災害と同列のようなモノだ。

 自分の生涯で起きない事を祈るしか出来ない。






「ああ。知らなかったのか」


 その日の夜、野営場所に設営された大隊の天幕で魔物の事をジャックに聞いたところこの返答だった。


「はい。何故話題にもあがらないのですか?」


「どうしようもないからだ。大昔…それこそ何千年も前にどうにかしようと考えた研究者がいたそうな。

 魔物が通る場所、通らない場所などその者の弟子が代々研究を受け継ぎ、ブラッシュアップさせてきた」


「どうなったのです?」


「研究結果はどうしようもない。だ」


「………」


 魔物は北一体だけではない。一体が大移動を始めると別の魔物のテリトリーを侵し他の魔物を刺激して起こす。つまり大移動とは大陸中の神話の生き物が一度に目を覚ます事を指すのだ。

 研究者が一体のルートを予測してもその後に起こる事までは予測不可能だったのだ。


 この世界が地球と比べて発展していないのも、チグハグな文化が存在しているのも、魔物という災厄が文明を強制的に中途半端なリセットをしてきたからなのである。


「我々人は分かっていてもどうしようもない事を考えるのではなく、今できる事を考えるように。と、魔物のおとぎ話は終わるんだ。

 それで?ソウの出来る事は出来たのか?」


「本当にどうしようもないのですね…」


 運が良いものしか生き残れない。生き残っても文明は破壊の限りを尽くされた後だが…ソウはそれでも生き抜きたい。


「中隊は戦えるようになっています。特殊部隊だけは微妙ですが…」


「それでいい。出来ない事にばかり目を向けるな。行き詰まってしまうからな」


「はい。では失礼します」バッ


 ソウが出て行った天幕で大人達が話し始めた。


「言わなくてもよかったのですか?」


「言ってもどうしようもないからな」


「そうですか。しかし、不満がまた出るとは…」


 どうやらまたソウの事を気に入らない者が出たようだ。


「それもどうせ次の戦いで黙ることになるだろう。新兵の不満は常について回る。大隊としてはその不満のコントロールが楽だから助かるがな」


「はぁ。いつの世も能力のない者の声がデカいものですね」


 どうやら不満はソウの事を知らない別の中隊の新兵達から出ているようだ。

 他の中隊長達も気付いてはいるが、態々犯人探しのような事まではしない。

 ここは学校ではないのだ。


 むしろ新兵達の訓練の厳しさや苦しさから向かう負の感情のやり場が、ソウであるなら問題ないとすら考えていた。

 これも皆、ソウの実力を認めているからなのであった。


『アイツなら大丈夫』弱冠14歳にして強面の中隊長達からの信頼をソウは既に勝ち取っていた。

 若い者には嫌われているが……







 進軍から二日目、帝国北軍は王都とは違う街へと着いていた。

 正確には包囲している。


「白旗が上がっていますね」


 トリストンは街の外壁上にいくつも上がっているモノを目にして、ソウに話しかけた。


「王国軍は既にこの街から撤退しているのだろう」


 トリストンにこう返すが、ソウはここに王国軍が既にいない事を知っていた。

 前日の天幕内でジャックから報されていたのだ。

 人口一万人というギリギリ街の規模であるここよりも、明日到着予定の大きな街を王国側は守る為に布陣していると。


 その情報を北軍に齎したのは北軍の斥候部隊と聞いて『そんな立派な部隊があるなら副都までの道を俺達が偵察しなくても良かったんじゃ?』

 と一瞬思うが、あれはジャックに対しての嫌がらせでしかなかったと思い直した。

 周りに嫌われている上官を持つと部下は大変だ。と、自分の事を棚に上げるソウであった。



『拝啓、最愛の(きみ)へ。お父さんが部下に嫌われているって言う上司がいるのだけど、その上司も嫌われているんだ。

 でもお父さんには紗奈がいるから誰に嫌われても平気だけど、その上司にはそんな人がいないからお父さんだけでも嫌わないように頑張るよ。      敬具』


 篝火に燃える手紙を見つめながら気付く。


「少佐は部下には嫌われるどころか慕われていたな…」


 ソウがジャックの事を普段どう見ているのかが垣間見えた。

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