30話 14回目の夏の始まり。
大陸暦1314年夏の時
「やっとか…」
天幕で呟いたのはジャック。
「まだ一年あります」
その呟きを拾ったのはレンザ。
「もうそんなに変わらないのでは?」
そんな二人の言葉に加わったのはソウである。
「確かにそうなんだが、成人というのは結婚と同じくらいの節目だからな」
ソウは14歳を迎えていた。
ソウが変わらないと言っているのは、普通は成人から入隊する軍にすでに所属しているからだ。
ジャックはそれはそれといっている。
帝国では誕生日や誕生月を祝う風習はない。その代わり15歳の成人の時だけは盛大に祝うのだ。
人生で人から盛大に祝われるのは成人、結婚、出産くらいのもの。
軍に入ってからは誰かを祝う事が極端に少なくなる。何故なら入隊時に皆成人しているからだ。
そして故郷からも離れる事が多くなると周りで結婚という話も減り、出産なんかはさらに縁遠い話になる。
二人からそれ故に成人が慶事である事の説明を聞いたソウは一つ疑問が湧く。
「少佐と大尉はご結婚はされていないのですか?」
どれくらいの平均寿命なのか知らないが、少なくとも前世の日本よりは短いはず。それなら結婚の適齢期も早いのでは?と疑問に思ったソウは、オブラートなど知らんとばかりに、ストレートに聞いた。
「ん?二人ともしてるぞ?」
「えぇっ!?」
驚愕の事実である。ソウが転生してから一番驚いたのは言うまでもない。
「驚く理由がわからんが、聞きたくもないから答えなくていい。俺も大尉も実家が貴族家だ。貴族は二十歳、軍人などで婚期が遅れたとしても二十五歳くらいまでには結婚するのが慣例だ」
ジャックは伯爵家出身だが、今は騎士爵としての身分だ。貴族家の者は男であればミドルネームにドが入り、女であればレが入る。しかし、一代限りの騎士爵にはミドルネームが存在しない。
もう一つの例外は皇族だ。皇族のミドルネームはジとなる。
貴族家出身であっても、その身分が成人後も貴族のままの男は跡取りのみ。女は結婚相手が平民ではない限りは、一生貴族籍に身を置く。
「はぁ〜そうなのですね。ということは、お見合い結婚ですか?」
「お見合いとはなんだ?」
「紹介されて顔を合わせて二人に問題がなければ結婚するというやつです」
「ソウ殿。貴族は早い者では生まれた時にはすでに婚約者がいる人もいるくらいです。紹介というのはまるで『自分やその家では結婚相手が見つけられない』と言っているようなもの。それは貴族家では殆どありませんよ」
それを聞き、貴族のプライドの高さは、前世の知識通りだなと思った。
「そうなのですね…少佐と奥様はどのようにして出会われたのですか?」
「…何故そこに食いつく?まぁ、隠すことではないからいいが。
俺は知っての通りエルメス伯爵家の次男だ。俺がそろそろ結婚しようかと考えた時に、釣り合う家格で年頃も近い相手が妻くらいだったから、妻と結婚した」
「なんてドライな……お子様は?」
「いないぞ。そもそも妻には結婚してから一度も会っていない。子供がいたらそれはそれで大問題だな」
はははっと、貴族軍人ジョークを飛ばすジャックを呆れた顔で見つめるソウだった。
「結婚されたのは最近ですか?」
「2年前だな」
ソウと出会う以前の話だが、出会う前から一度も会っていないとなる。
「二年間放ったらかしで、よく愛想を尽かされませんね…」
「そもそも愛想など元々存在せんから尽かしようがない」
元々何もないのだから無くなるものもない。
「…子供は良いものですよ?」
「何で子供のソウがわかるんだよ」
ソウは前世で最愛の娘がいた。だからこそ子供の良さを伝えたいのだが、ジャックに前世の事を伝える気はないので、誤魔化しに入る。
「私みたいに可愛い子供が欲しくないのですか?」
「部下には欲しいが、息子にはいらんな。普通の子供でいい」
「その言い方だと私が異常者みたいに聞こえますよ?」
「そう言っている。どこの軍人に上官のプライベートを知りたがる奴がいるんだ?ソウくらいのものだ」
「………」
話が平行線を辿るどころか、このまま行けばソウの精神的ライフポイントはすぐにゼロになる。
貴族という自分とは相容れない人生観に触れたソウは、二度と触れないと誓うのだった。
「トリストンは結婚しているのか?」
貴族には触れたく無いが、平民は別だ。
「はい。妻は二人の子供と故郷の村で暮らしています」
聞いてもいないのに家族構成まで話し出した。それもいつもの怖い軍曹の表情ではなく、だらし無い表情をして。
それを見たソウは『我が意を得たり』と話し出す。
「ほう。子供はいくつになる?」
「息子は6歳で娘が4歳になります。最後にあったのは娘が…ハイハイしていたので、今はどんな風に成長しているのか…」
子供の事を語り出してトリストンが涙ぐむ。
そんなトリストンの肩をソウは優しく叩くのであった。
「きっと素敵なお嬢さんになっているだろうな」
「中隊長……ん?まさか…!うちの娘はまだ四つです!勘弁して下さい!」
娘を狙っていると勘違いされた。
「アホか!!早とちりするなっ!」
ソウはこの手の話をする事を諦めた。
真面目に訓練を見つめていると、ソウの元にジャックがやって来た。
普段はあまり顔を出さないのに珍しいな、と思いながら敬礼をした。
「ほう。かなりの練度だな」
「はい。初期の頃と比べると見違える程にはなりました。何かありましたか?」
「これなら問題なく戦地で使えるな。……出陣の日が決まった。三日後だ」
!!
「はっ!」バッ
「今回も期待している」
そう告げると、ジャックは背を向けて去っていった。
「遂に来ましたか…」
トリストンが遠くを見つめながら呟いた。
「十分ではないがやれるだけの事はやってきた。出陣は三日後だから怪我をしないように、今日から午後は休みにする」
「はっ!」
ソウがジャックに気安くするのはいつものメンバーだけの時のみ。
ジャックがソウにそれを許しているのはソウが分別つく子供だからだ。
出陣まで時間は少ない。ならば無駄に足掻く事はせず、兵達の身体と心を休ませる事に決めた。
副都を王国から切り取った帝国は、この短い時間で元副都を帝国の一つの街として機能させていた。
なので北軍の兵達は休日になると街に繰り出していた。
「給金を貰っていたけど使う事が無かったのです」
そう伝えるのはもちろんソウだ。
後三日で出陣になるからと、色々と整理していたジャックが偶々目についた帳面を開いて、ある事が判明した。
ソウは軍に入る前からも、お金を一度も使っていないという事実だ。
「俺が振り込んだモノもそのままだぞ…」
平軍人は出陣時に余計なモノを持てない。
その為、軍内に預かり金制度というものがあり、そこに預けたお金はいつでもどこでも引き出す事が出来るのだ。給金も皆、そこに振り込まれている。
この制度を使って仕送りなども行われている。
そんな他人のプライベートな情報にジャックは興味は無かったが、まさか本人なのに興味を持っていない奴がいるとはジャックですら想像が出来なかった。
「雨風が凌げる寝床があって、お腹いっぱいに食事を摂る事が出来る。更には着る物も支給されるのです。何に使えと?」
衣食住は揃っていると訴えるが、人が生きるとはそういうことではない。
「俺でも給金に使い道はあるぞ?」
「えっ!?あっ…仕送りですか」
それなら納得だと思うソウだった。
「確かにそれもあるが、他にもある」
「え?何ですか?」
「ソウは遠慮という言葉をしらんのか?」
最初の頃とは違い、今のジャックは何でも教えてくれるウィキ○ディアのように思っている節がある。
「私は遠慮の塊ですよ?それで何を買われるのです?」
「……。はぁ。酒だ」
色々と面倒臭くなったジャックは端的に答えた。
「お酒ですか…何の参考にもなりませんでしたね」
ソウはまだ成人前だ。帝国では成人前に飲酒する事を禁じてはいない。だが、勧める事もしていないため、未成年は基本的に飲酒をしないという風潮だ。
ゴチンッ
「いてぇーっ!?!」
この拳骨は当然のことだろう。
「それで私のところに来たのですね」
天幕を後にしたソウが訪れたのはレンザ大尉の所だ。レンザは出陣前という事で、第四大隊の物資の確認を行っていた。
「見ての通り暇では無いのですよ」
「誰かについて来てもらいたいのですが…」
ソウはアトミラス伯爵領領都で、買い出しの為に街中に繰り出した時、災難に見舞われた。
それの二の舞を防ぐ為に付き添いが欲しかったのだ。
「中隊の者に頼めばいいのですよ」
「それが難しいのはわかっていますよね?」
軍隊の上下関係維持のためには威厳が必要だ。
女性が怖いからという理由で着いて来てくれなんて事は、口が裂けても部下には頼めないのだ。
パタンッ
レンザは持っていた帳簿を閉じるとため息を吐いた。
「はぁ。わかりました。可愛い元教え子の頼みです」
「では!?」
「私は無理です。ですが、人を手配しましょう」
待っていてください。そう告げたレンザはソウをその場に残して消えていった。
5分程その場で待っているとレンザが人を伴って戻ってきた。
「彼女はこの街にも詳しいです。案内にも女性避けにも最適でしょう」
そういって連れて来た者を紹介すると、隣にいた赤髪の女性はその長い髪を垂らしながらお辞儀をした。
「えっ?お辞儀?軍人ではないのですか?」
「流石の観察眼ですね。ですが紳士としてはまずは名乗る事をお勧めします」
「あっ!すみません。第四大隊第六中隊中隊長のソウといいます。お忙しい中すみません」バッ
軍隊式の挨拶をしたソウを見て、女性は驚いた。
「わ、若いですよね?おいくつですか?」
「せ、先日14になりました」
ソウはこういうのが苦手なんだけど?とレンザを見据えるが、レンザは帳簿を見ていた。
しかし頼んだのは自分である。断るわけにもいかず、ソウは女性の案内で街に向かうのだった。
女性の名前はシンディ。ソウは前世の年齢的に『ローパー?』くらいしか出てこないが、見た目は大人しそうな印象で似ても似つかない。
年齢は18歳でこの街出身の臨時職員…パートのようなものだ。
ソウは攻め込んだ帝国兵に嫌悪感などを感じないのかと聞いていたが『街に住んでいるものからすれば、無法を働かれないのであれば王国軍だろうと帝国軍だろうと一緒』とのこと。
帝国ではその後の統治の事も考えて、軍人の占領地での略奪強姦殺人などを厳しく取り締まっている。
統治者からすればそこに住む者は等しく働き蟻なのである。
潰すのは簡単だが、潰した所で旨みはなく、それなら働きやすい環境を作ったほうが自分達上位者の為にもなると考えている。
この働き蟻は使い方を間違えると時々軍隊蟻となり我が身を滅ぼす事も知っているのである。
閑話休題。
街にやって来たソウは、久しぶりにここが異世界であることを実感していた。
「あれは何ですか?」
目に付くものが全て新鮮だった。
「あれは魔導具屋ですね。私達庶民には縁遠いお店ですが、のぞいていかれます?」
「はいっ!」
14年生きてきて漸くそれっぽい事が出来る。ソウの期待は膨らむがすぐに意気消沈する事になる。
ソウ達が入った魔導具屋と言われる店の外観は、煉瓦と漆喰のようなもので出来た可愛らしい建物だった。
他の建物とは違い、ガラス窓が付いていて中の様子が外からでもわかるものである。
中は棚に商品が綺麗に並べられていて、地球のお洒落な雑貨店の雰囲気があった。
「これは何をするものですか?」
目についたのは何やら木の棒のようなもの。
魔法使いが持って何かしらの呪文を唱えれば様になる雰囲気があり、ソウのイメージもそれで固定されていた。
「着火の魔導具です」
そう答えたのはソウ達が入店した時に店のカウンター内にいた男性。
「そうなのですか。使い方は?」
「これは枝先を木に擦ると先端が熱を持ち、赤くなった所で火種に付けると着火します」
うん。マッチと原始的な火起こしの中間みたいなものだな。
一気に興味を無くしたソウは別の商品の説明を受けた。
「なんだか夢がないです…」
ハリー○ッターを娘の影響で見ていたソウは、この世界の魔法に期待しすぎていた。
「夢…?」
「いえ。なんでもないです。やはり特に欲しいモノはないので、目的を果たしたら帰りましょう」
結局欲しいモノ、お金の使い道が見当たらなかったソウは、普段お世話になっているジャックやレンザにお土産としてお酒を買って帰ることにした。
可愛い(?)教え子や部下からの贈り物だ。それが大変喜ばれたのは言うまでもなかった。
そして顔は幼くもガタイが良く、軍服の似合うソウを連れて街中をデート(?)していたシンディは、知り合いからあれやこれやと聞かれて変な噂が立ち、婚期が遅れたのはまた別のお話。
ストーリーが進んでいないので話を分割出来なくて文字数多かったです。




