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3話 無限の劫火、雪を焼く。

 




 一面の銀世界は世界の音を奪う。

 その静かな世界に雪を踏み鳴らす音だけが聞こえた。


 ザッザッザッザッザッザッ


「くそっ!この辺りのはずなんだけど!」


 ソウは雪が積もっていない木の根元をしきりに覗き込んでいた。


「あった!」


 ソウが見つけたのは冬に咲く青い花。

 その花は寄生花で栄養がとれない冬にのみ樹木の根に寄生して花を咲かせる。

 栄養価の高い茎を煎じ、適量の水と一緒に煮詰めて残った結晶が滋養強壮剤となる。

 ソウが住む村では万能薬としてその知識は広まっていた。


「これを母さんに飲ませれば…」


 父は死んだ。

 何故死んだのかは簡単だ。栄養失調だったのだ。

 揺らした父の肩は子供の自分(ソウ)と大差のない痩せ細ったモノだった。


 子供の自分(ソウ)に内緒で両親は何も食べていなかった。その事実に今更気付いたソウは『母さんは助けてみせる!』と息を吐いた。


 ヒュゴォォオオ


 そのソウの目の前に暗雲が立ちこめた。

 文字通りの暗雲だ。先程まで辺りを照らしていた太陽はすでに見えなくなっており、強風が吹き荒れて視界はホワイトアウトしている。


「くっ…こんな所で死んでたまるかっ!」


 視界が30cm程になったので帰るのは不可能。ソウは花が生えていた木の根元に飛び込んだ。


「吹雪がやむまではここにいるしかないか…」


 ここから出たところで遭難するのは目に見えている。

 ソウは穴の中でジッと耐えることしか出来なかった。




 チュンチュン


 翌朝ようやく吹雪が止み、太陽が顔を出した。


「母さん!待ってて!」


 ソウは木の根元の穴から飛び出して家へと向かった。


 ソウが凍え死ぬ事がなかったのはこれまでに狩ってきた獣の毛皮を何重にも纏っていたお陰だ。

 そしてすぐにジッとして体力を温存出来たのも大きかった。

 さらには青い花は雪が積もらない大木の根にしか生えない事もソウが助かった要因の一つだろう。

 穴は冷たい風からソウを守ってくれた。後はソウが間に合うのかどうか。




「母さんっ!!見て!青い花だよ!幸せを運んでくれる!」


 文字通り家に飛び込んだソウは、『もし母まで死んでいたら』という気を紛らわせる為に、幼子の自分に母が聞かせてくれた青い花の物語と共に一息に伝えた。


「ソ…ウ…」


「か、母さん!良かった!間に合ったんだね!今から煎じるから少し待ってて!」


 ガシッ


 弱々しく息子の名を呼んだ母は、その声に近づいたソウが離れそうになる前に腕を力強く掴んだ。

 その事に少し驚いたソウだったが、これだけの力が出せるなら間に合うと一息ついた。

 そのソウの耳に優しい声が届いた。


「母さんはもうダメよ。ソウが自分で飲みなさい。強くなくていい…優しくなくてもいい…必ず生き延び…」


 ソウの腕を掴んでいた母の手は地に着いた。

 まるでソウが帰ってきたのを確認してから死んだみたいだ。

 事実そうなのであろう。

 吹雪の中、帰らぬ息子の無事を確かめるまで旅立つ事が出来なかったのだ。


「な、なんで…そ、そうか。僕が子供だからだ…僕だって娘のためにならなんだってしたはずなのに……何で両親(ふたり)の状況に気付いてやれなかったんだぁぁぁあっ!!」


 ブチッ


「ぐあっ…ダメだ…感情を抑えろ…生きなきゃ…紗奈だけじゃない…父さんや母さんの分まで……うっ」


 バタンッ


 静まり返る粗末な小屋に、動いているモノは何一つとしてなかった。






「うっ…さむっ!」


 静まり返る室内。扉が開けっぱなしになっていた事で雪が吹き込んできていた。


「あれ…なんで…」


 小屋の中は真っ暗である。唯一の灯りは外の薄暗さのみ。

 扉を閉めたソウは全てを思い出した。


 二人の遺体を綺麗に並べた後、母の遺言の通り握ったままだった幸せの青い花を煎じる事にした。




「二人をこのままにしておくのは忍びない」


 もう子供を演じて喜んでくれる人はいない。ソウは考えを纏める為に出した言葉に酷く違和感を覚えた。


「心に蓋をし過ぎた弊害か?どちらにしてももう関係ないか…」


 前世ではもう少し言葉に感情が乗っていた気がした。

 しかしそれもどうでも良くなっていた。

 決して自暴自棄になったわけではない。

『自然死…寿命で死ぬ事』以外に興味が持てなかったのだ。

 ソウの心の拠り所はそれを守る事で維持される。


「まずは村の様子が気になるが…また吹雪出したな。一先ずこの吹雪がおさまってから見て回ろう。それまでは体力を極力使わない為にも休もう」


 手を繋いだ両親の亡骸を一瞥して表情を緩めると、二人の足元へ身体を収めて眠りについた。




 チュンチュン


「晴れたようだな」


 ソウの家は隙間だらけである。その隙間から差し込む陽の光と小鳥の囀りにより天候を推察した。


「父さん、母さん。行ってきます」


 物言わぬ抜け殻となってしまった両親に声をかけて家を出る。

 ソウがまず向かったのは村長宅だ。

 この村の現状を村長であれば把握していると考えたのである。


「全く雪かきがされていないな」


 どの家の前も雪が積もったままであった。もちろん村長宅の前も例に漏れず、扉からしか入れない為、雪掻きを行った。


 漸くソウの力で引き戸を動かせるまで雪かきを終えるとノックも無しに扉を開いた。


「村長さん。起きてる?話しがあるんだけど」


 この冬以前に、どの様に声を掛けていたのか思い出せないが、多分これだろうと思う口調で言葉を紡いだ。


「おーい。起きて…まさか!?」


 この村はどの家も大差ない建物だ。扉は玄関の引き戸くらいしかなく、玄関に入ると料理をする土間があり、後は一部屋あるのみ。

 玄関を開けて中にいるであろう村長に声を掛けたソウは暗闇に目を凝らして動かないモノを睨んだ。


 ダッ!


「村長さんっ!起きてくれっ!…ダメだ。すでに冷たくなっている」


 駆け寄ったソウだが時すでに遅く、村長の死を確認した後、隣で眠る村長の妻の死も確認した。


「まさか…俺以外生き残っていない…?」


 強烈な悪寒がソウを襲うが、すぐに『冷静に。深呼吸だ』と自分に言い聞かせて他の家も見て回った。





「全滅だったな」


 何処か他人事の様に呟いたソウの瞳は、酷く濁って見えた。

 自宅へと帰ってきていたソウは、しなければならない事を纏めた。


「まずは食糧だ。ウチには塩が残っていたが他の家には塩すらなくなっていた。残された食糧はない。冬の間は危険だからと行かせてもらえなかった川に行って魚を獲ろう。

 ある程度食糧の目処が立てば皆んなを荼毘に付そう」


 そう決めて家を後にした。


 この世界でどんな弔いをするのかソウは知らない。まだ人の死に立ち会った事がなかったからだ。そのため、日本式ではあるが火葬後に埋葬しようと考えたのだ。



 冬の間の魚取りが禁止されていたのは此処が豪雪地帯であり、誤って足を踏み外し川に落ちれば助かる可能性は低い。

 川自体は浅いが周りに雪が積もれば子供一人では川から上がる事が難しいのだ。

 しかし、食糧難で残されたのは己一人。


 他の人の為に死ぬ事は親としては許せなかったのだろうが、自身の為であれば許してくれるだろう。

 ソウは心の中にいる笑顔の両親にそう弁解して、()()()()()()()()()()


 ソウの川魚の捕まえ方は囲い罠の一種である、石を積み上げてそこに魚を追い込むという方法。

 追い込んだ魚は逃げ場がなく桶で掬えば獲れる。


 冬に行う漁法ではないが、これしか知らないため、文字通り全てを賭けて川へと入った。

 心にいつもある『俺は寿命で死ぬんだ』という強い願望を唱えて。






 一陣の風が吹いた。


「今のが春一番か?」


 ソウは長い冬を生き延び、春を迎えていた。

 霜焼けになりながら魚を獲り食糧を確保した後、それを燻製にしたり干してみたりと色々な方法で保存食作りを試みた。

 ある程度作れた後は焼いただけの魚を食べて、次にしなくてはならない事に取り掛かるのであった。


 火葬だ。


 他の村人には申し訳ないが、燃料となる薪が心許ない。

 そう心の中で謝罪しながら、雪掻きを終えてそこに山の様に積んだ村民の死体へと火を放った。

 ・

 ・

 無限の劫火にも思えたその灯りも次第に弱くなってきた。


 村人達の骨を集めた後は同じ場所に両親の遺体を並べた。

 もう随分前に別れは済ませたはず…しかしソウの瞳から溢れる雫は止まることを知らなかった。





 〜時は戻り〜


「父さん。母さん。どうやら俺は死に損なったみたいだよ」


 本当は悪態なんてつきたくない。しかし、また涙の日々に戻るわけにはいかないのだ。

 春を迎え、無理に強がった(少し大人になった)ソウの元に足音が近づいてきた。

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