28話 小さな反乱の結末。
「何故です!?あんなガキにいいように言わせたままなんですか!?」
朝の訓練前。一つの声から広がった不満は瞬く間に全体を侵食した。
「だから!ソウ軍曹は別格だって言っているだろうが!」
「は?俺達と同じ平民出身って話を聞きましたよ!貴族でも軍学校を出たわけでもなく、ただお偉いさんにくっついているガキにペコペコするのは我慢出来ないんだよ!」
「貴様!上官に対しての口の利き方も知らんのかっ!?」
「あんなガキにペコペコしてるだけの奴は上官でも何でもねーよっ!」
その声が広場全体に広がった時、原因がやってきた。
「何の騒ぎだ!!?」
ソウの補佐として付いてきているガイルが声を張り上げた。
「じ、実は…・・・」
近くに居た小隊長がガイルとソウに報告をした。
全てを聞いたソウは告げる。
「お前達は何を学んできたんだ?軍では上官の命令は絶対だ。そこのお前。その理由を言え」
小隊長に食って掛かっていた新兵を指名した。
「そ、それは…」
「わからんか。簡単に言えば死なない為だ。お前はルールを破った。お前のせいでみんな死ぬぞ?」
「こ、ここは戦地じゃねーよ!」
その言葉に何人かが追随するが、手を挙げて黙らせた。ソウの気配が普段と何か違うと察したのか、はたまた怒気のような気配を感じたのかは定かではない。
「戦地であれば潰走して各個撃破されて、皆死んでいる。
お前が言うように、ここは戦地ではないが軍内だ。
軍内ということは、軍の法で裁かれるということだ。
お前のせいで隊の全員が、軍法会議にかけられて罰を受けるだろう。
鞭打ちか、はたまた斬首かは知らんがな」
ソウの言葉を聞いて新兵達の顔が青くなる。
少しすると罪のなすり付けあいが始まるが、ソウが黙らせる。
「黙れっ!貴様らの言葉は聞くに耐えん!俺のことが気に入らないと言ったな?誰が言い出した?!」
軍法会議にかけられると思い、またもや騒ぎだす。
「小隊長達!誰だ!?言え!」
「はっ!この者です!私の管理不足です!申し訳ありませんっ!」
「黙れ。余計な事は言わなくていい」
「はっ!」バッ
小隊長に連れてこられたのは一人の新兵だった。
顔は青白くなり、口がガタガタと震えている。
「お前を突き出すのは簡単だ。だが、一つチャンスをやろう。どうだ?」
「…う、うるせぇ!」
ガタガタと口や足を震わせながらも、後には引けなくなっている。
「お前の次は誰だ?どうした?お前だけが罰を受けるのはおかしいと思わないか?」
ソウはその新兵に聞いた。黙ったままだったが、ソウの言葉を聞いて一人の新兵の名を告げた。
そこから同じ事を繰り返して、十人の新兵を壇上前に呼び出すと話を始める。
「お前達に選ばせてやろう。このまま軍法会議を受けるか、俺と戦うかだ。勝てば見逃してやる」
その言葉にまたも全体が騒めく。
「どうした?俺の悪口を言っていたと聞いたが…小隊長達が嘘を吐いていたのか?」
「や、やる!お前を倒してやる!」
全員がソウと戦う事を選んだ。
「今回は言わないんだな?」
準備を終えたソウは、ガイルに話しかけた。
「前回は罰でも何でもなかったからな。今回は殺したとしても問題にならないだろう」
ジャックに迷惑が掛からないのであれば、真面目なガイルにとっても許せる事ではなかった。
ガイルは規律を重んじる男なのだ。
「重ね重ね俺も同意見だ。殺したところで寧ろ少佐は中央軍に貸しが作れるだろう」
そう言って、広場の中心へと進み出た。
「呼び出した順番でやる。出てこい」
先程の口の悪い新兵がソウの前にやってきた。
審判はその者が所属する隊の小隊長がする事になっていた。
「りょ、両者構え!」
構えるのは鉄で造られた模擬剣。
「始めっ!!」
開始の合図と共にソウは全力で突っ込んでいく。
これは訓練ではない。罰なのだ。
「オオォォオオー」
ソウの速さと気迫に新兵は完全に呑まれた。
身じろぎすら出来ない新兵にソウの剣が迫る。
ガギィンッ
移動速度も乗った横薙ぎの一撃が、新兵の左腕に決まり、身体ごと吹き飛ばした。
砂の上を滑るように倒れた新兵は叫ぶ。
「ウギャアッ!?う、腕、腕ガァッ!?」
拉げた鎧に挟まれた腕は、あらぬ方向へ曲がっている。
そこにソウが迫る。まだ戦いは終わっていないのだ。
「しっ!」
ガキンッ
先程とは違い手加減された剣が兵の頭を打った。
その一撃で気を失った新兵を一瞥したソウは告げる。
「さっさと片付けろ!次っ!」
「は、はっ!」
審判をしていた小隊長は自身の隊員を使い、倒れた新兵を退かした。
漏らしたのか新兵が居なくなった場所には黒い染みが出来ていた。
「か、構え!始め!」
その場の全員がソウに呑まれていた。
元々ソウを知る人物でさえ、ここまでするとは思っていなかったのだ。
そして気付く。自分達はぬるま湯に浸かっていたのだと。
ソウがやってきた訓練の噂は本当で、それを無理強いしなかったのは優しさではなく、受ける資格すら無かったのだと。
三人目からは戦う前に命乞いを始めた。
もちろんそんなモノを聞く気のないソウは、ただ審判に開始の合図を促すだけだった。
結局ソウは無傷で十人の負傷者を出す事になった。
「そうか。ご苦労」
ジャックに報告するが、いつもの労いだけに終わった。
いや、少し怒っていた。
「しかし、もう少し痛めつけても良かったかもしれんな」
もし、この騒動が戦中であれば帝国軍の被害は甚大なモノになっていたのだ。
ジャックは見せしめとして罰が軽いかもしれないと考える。
「そうですね。あんな者達のせいで仲間が死んでいたら許せなかったでしょう」
「それもあるが、問題は上官に言い返した事だ。一応建前として、奴らの身分は北軍預かりとなっているからまだマシだが…正式に部隊所属になっていたら有耶無耶には出来なかっただろうな」
ジャックが危惧したのは、こんなお荷物達のせいで、責任を負わされては洒落にならないといったところだ。
「所属を見送ったのは英断でしたね」
「そうだな。何とか送り返せないか粘った策が良い方に出たな」
本当に面倒な事を押し付けられたものだと二人はため息が出た。
模擬戦でソウは怒っていた。
仲間の死を経験していたからこそ、勝手を許せなかったのだ。
ジャックも同じ理由かは置いて、同じように怒ってくれた事でその溜飲がやっと下がった。
「その十人は送り返しておこう。レンザ大尉!」
「はっ!書面はすでに出来ております」
二人が話している隙にすでにこうなると思い、報告という名の苦情を添えた書類を書き上げていた。
「お手数をお掛けします」
ソウにとってはもう一人の師である。敬って当然だが、それが気に入らない者が一人。
「俺と扱い逆じゃないか?」
「いえ?合っていると思いますよ?」
そう聞かされても腑に落ちないジャックだった。
「整列っ!…は、しているな。どうした?昨日みたいに騒がないのか?」
翌朝、指導の為に訪れた広場には規律のとれた新兵達がいた。
「無言か。良いだろう。それは俺の指導に文句がないと受け取るぞ?いいなっ!!?」
「「「「はっ!」」」」
急にお利口さんになった新兵を見て『イェーリー中佐の指導方法は間違っていないのでは?』と思ったが、よくよく考えなくとも、指導(模擬戦)をした者達は皆リタイアしたのだから、やっぱり違うなと思い直した。
その後、訓練の厳しさから夜中に逃げ出した者が何名か出たが、一ヶ月を無事に過ごせたのであった。




