27話 入学式と鬼教官。
「はぁ…」
「やめろ。俺でも我慢しているんだぞ」
第四大隊に与えられた場所からさらに元副都を離れた広場。
そこに新たに第四大隊に配属された新兵四百人と第四大隊員が集まっていた。
大隊は基本1,000〜1,200の間の人員だが、今回の増員でその枠からはみ出ることになる。
「私は少佐とは違い、ただの平民ですので…お許しください」
「褒めていない事はわかるぞ?」
溜息について言い合いをしている二人の元にレンザ大尉がやってきた。
「挨拶をお願いします」
「わかった。ソウ。次はお前だからな」
レンザの言葉に返事をして、ソウに釘を刺した。
「なんで私が…」
ギロッ
「わかりました…」
いつまでも逃げようとしているソウをジャックが睨み黙らせた。
ソウがここまで嫌がっているのは挨拶だけのことではない。
挨拶をする事がどういう事かというと…
ジャックの挨拶が終わり、ソウの番がやってきた。
「私が諸君の教官に任命されたソウ軍曹です。諸君はこれから共同生活を行う。その生活の大半は訓練である。その訓練で認められた者から大隊の各部隊に正式に配属されることになる。
短い間ではあるが…短い間で皆この部隊を卒業して欲しいと切に願っている。以上」
バッ
壇上から新兵達に敬礼をしたソウは元居た場所に戻る。
最後の本音を聞いてレンザは笑い、ジャックは呆れていた。
そんな二人の元に戻ったソウは口を開いた。
「本当にいいのですよね?」
「何度も言っているだろうが。構わん」
「ふふふっ。何人残るでしょうか?」
ソウがジャックに確認をとり、ジャックはしつこいとあしらう風に手を振りながら応え、レンザは不気味に笑う。
「中央軍が勝手に訓練を終わらせて渡してきたんだ。何人辞めたところでこちらに責はない。
むしろそれを盾に攻撃してこないか期待しているくらいだ」
ジャックが言っているのは同じ北軍の幹部がそれを使ってジャックを陥れようとしないかという事だ。
「エルメス少佐。それは流石に馬鹿にしすぎですよ。ふふふ。もしそんな愚かな者が私の上役にいるならば許せませんね」
レンザは実に楽しそうだ。
是非そうなってほしいと表情が如実に語っていた。
新兵達が辞めて、それを責めるなら中央軍に、である。
ジャックは責められたら矛先を中央軍に向けるつもりだ。そんな事になればジャックを責めたものは怒られるだけでは済まないだろう。
「…辞めた者から嫌われるのは私なのですが?」
そんな二人に冷めた視線を向ける幼気な少年が一人。
「ソウがそんなタマか?ないない」
「ソウ殿。今更ですよ?」
二人からの言葉に、バカデカい溜息を吐いてその場から離れていった。
「あれで13歳とは未だに信じられませんね…40くらいの歴戦の強者だと言われた方が納得できます」
「それは俺も同じだ。頼もしい奴だよ」
二人の期待(?)を背にソウは四百人の新兵の元へ向かった。
「鎮まれ!いいか!今目の前にいるこの二十人の者達が仮の小隊の隊長達だ!
これからこの小隊長達がお前達の指導者となる!言うなれば親みたいなものだ!
名前を呼ばれた順に前に出てこい!」
再び壇上に立ったソウは新兵に告げた。
壇上の前には二十人の兵がいる。この者達は次代の小隊長や中隊長候補である。
どうせならこの機会に上に立つ者も育てようと考えたのだ。
全員の名前と仮の配属先を伝えたソウはすでに疲れていた。
マンモス学校の卒業式かよ、と呟いたのも仕方のないことかもしれない。誰にも伝わらないが。
「今日は隊毎に別れて解散する!隊長の指示をしっかり聞いておくように!以上!」バッ
ソウが敬礼すると四百二十人から返礼されて解散となった。
「何も全員の名前は呼ばなくてもよかったのでは?」
大隊の天幕に帰ってきたソウの声はしゃがれていた。
レンザは可哀想なモノを見る目で言うが、ジャックの反応は反対のものだった。
「いや。それでいい。名前を呼ばれるということは名前が知られている、自分の事を知ってもらえていると思うものだ。
サボろうとしたりズルをしたりする事の抑制にもなる。
名前を呼ぶだけでその効果を得られるなら安いモノだ」
「…安くはないですよ?」
ジャックは恨みがましく言うソウから視線を逸らした。
「そんなモノですか。訓練は明日からですね?」
「はい。この世の地獄を見せてやりますよ」
「ふふふ。私も行きましょうかね?」
「おい…二人とも趣旨を間違えるなよ?あくまでも直ぐに使い物になるように指導するだけだからな?」
ソウは不条理に対する不満を。レンザは教鞭を罪なき新兵達にぶつけようとしている。
その二人にジャックは釘を刺した。
「少佐は編成を頼みますよ?折角鍛えても入る部隊がないのでは困りますから」
「く…やはり指導は俺がすればよかったか…」
新兵の指導の為、ソウは大隊編成の仕事から解き放たれていた。ここぞとばかりにジャックを攻撃するソウであった。
「素振り千回ですか…?」
翌朝、昨日の場所にやってきたソウは壇上から指示を出した。
その指示を受けた一人の小隊長(仮)が聞き返す。
「お前は何番隊だ?」
「第六小隊であります!」
「罰として第六小隊は素振り千五百だ」
素振りが増えた瞬間、その場に静寂が走った。
「始めっ!」
ソウは壇上から始まりを告げた。
「これより模擬戦を始める!対ごとの総当たり戦だ!優勝した小隊は翌日の午前中を休みにする!わかれっ!」
午前のしごきが終わり、今は午後一。これから毎日同じ事の繰り返しにする予定である。
午前では基礎体力と忍耐を。午後からは与えられた仕事を熟す為の実戦形式。
ここでは小隊長を育てる意味合いが大きい。
模擬戦の全ての組み合わせを見たが、ドングリの背比べだった。
もちろん期待はしていなかったので、ソウにショックはない。二十人の小隊長候補にはソウの元第一小隊の新兵達も名を連ねていたが、指導者、リーダーとしては素人だ。
ただ午前中のしごきには嫌な顔一つせずに黙々とこなしていたところを見て、良い手本にはなれていたと思った。
「優勝は第十六小隊!アーリー隊長。明日の午前は好きにしてくれ」
「はっ!ありがとうございます!」
アーリーは第一小隊の目が良い、あのアーリーだ。
その目の良さから隊員に指示を細かく出して、上手く戦っていた。
試合の決着は各小隊長が頭に巻いている鉢巻を取るか、決定打を入れるかだ。
20対20の試合だが、5分もすれば決着がついた。
総当たりのためかなりの時間は掛かったが、初めはこんなモノだろうとソウは納得していた。
これがお互いに攻防の粘りを見せて試合時間が伸びてくれば、育成成功の目安になる。
「今日はここまで!解散!」バッ
新兵達の長い一日が終わった。
「そうか。ご苦労。誰も死んでいなくて安心した」
大隊の天幕に戻って、ジャックへの報告を済ませた。
「この程度の訓練で死んでいたら誰が何をしても死にますよ。それよりも編成は進みましたかました?」
「全然だ。新兵の成長がわからんからな」
「そうですね。このままだと小隊を増やす事になるかもしれませんね」
「それが嫌なんだよな。ただでさえ第四大隊は中隊長の負担が大きいのに、さらに荷物を背負わせるのはな…」
ジャックの悩みは解決する気配がない。
しかし然程遠くない未来に、この悩みを一気に解決する策をジャックが閃くことは、まだ誰も知らない。
『拝啓、最愛の娘へ。お父さん学校の先生のような事をしているよ。
紗奈には絶対に入って欲しくない学校だけどね。
そういえば、紗奈は卒業式では泣いた事がなかったね。お父さんの方が泣いていたのは二人だけの秘密だよ? 敬具』
「こうして手紙を書く事で日本語を忘れずに済むな」
寿命で死んだ後、折角娘と会えても会話が出来なければ、切なすぎる。
そう思い、もう少し小まめに書こうかと悩むソウであった。




