26話 育てても、新芽ばかりが出てくる。
「これが指導要領になります。細かい技術面を省いたモノですのでその辺りは了承してくださいね」
決して笑顔ではない。だが、元々愛想を振り撒いていたわけではないのでこれが通常運転だ。
ソウはこの日、ようやく出来た指導者用の教本をジャックに提出した。
「細かくないって…この厚みは細かいだろうが」
「そうは言っても、理屈も分からずに指導するのはやりづらいのですよ。
その辺を考慮するとそれ以上は削れません」
実はこの書類を提出するのは都合3回目であった。
ジャックとしては文の才能が殆どない小隊長には難しいと、何度も却下してきた。
しかし、これ以上ソウの時間を割くのも勿体無いと諦める。
恐らく困るであろう部下達に、心の中で謝罪をしながら。
「わかった。これは本国で写本させておく。それで?アイツらの訓練はどうだ?」
少なくとも帝国の書物は手書きの様だ。
「指導書の作成に付きっきりでしたからわかりません。命じた訓練をしていたらある程度はモノになっているとは思いますが。
これから見てきます」
「それだったら俺も行くか」
「変な噂が立つので遠慮してください」
「…俺は上官だよな?」
「何を当たり前の事を?」
いつも通りの日常が戻ってきた。
故にジャックの疑問は解消されることはない。
「集合!」
副都近郊の誰も見当たらない森に、ソウの号令が響いた。
ザッ
「第四大隊特殊部隊集合しました!」
そう名乗ったのは例の試験で見た顔ぶれだった。
人数は未だ五人と小隊規模にすら至らないが、一応形としては部隊を名乗らせている。名前が無いと不便だからだ。
「森で3日過ごしてどうだった?」
どうやらこの鬼教官は放任主義のようだ。
「はっ!右も左も分からない最初に比べてマシになったかと」
「そうか。では今日は一日大隊に戻り、休息を命じる。戻るまでが訓練だ。誰にも見つかることなく戻るように」
「「「「「はっ!」」」」」
ザッ
まだ足音が消し切れていない。ソウはそう思ったが、動きに柔らかさが出てきたとも思えた。
普通の兵士は動きに硬さがある。
それは鍛え方と儀礼により作り上げられるのだ。
音や気配を消すには硬さは邪魔になる。その為、足元の悪い森で過ごさせた。表面的な力より体幹を鍛えさせたのだ。さらに森に慣れれば偵察にも使えるとも考えた。
まだ身体が出来ていないこの五人の新兵は、目の良さと、動きの速さを例の試験で買われてこの部隊に配属となったが、それは不幸の始まりなのかもしれない。
「中々良い動きだ」
ソウが褒めたのは精鋭部隊候補の兵達だ。
ここには新兵だけではなく、上等兵までも含まれていた。
「もう少し重心を落とせ。重心は左右前後にブレても不安定になるが、高くてもだ。
剣は上段だけではなく、横薙ぎも加えろ。仲間に当たる事を考えるな。当たる奴が悪いと思え」
始めに理屈的な指導をして、後から精神的な指導を加える。
人は納得する事を言われると後の会話も勢いで納得する事が多い。
「はっ!」バッ
「訓練中に指導者への敬礼はいらん。身体を動かせ」
イェーリーとは剣で語り合った。
懐かしむ程昔のことでは無いが、もはや記憶の中にしか存在しない。
もしイェーリーが言葉で教える指導者であれば、ソウはここまで苦労しなかったのかもしれない。
しかし、言葉では伝わらない事をたくさん教えてもらったソウに、その事で後悔はなかった。
精鋭部隊を育てる事は問題ない。
元狩人など弓が上手い者達を集めた弓隊も、すでに上手いので問題はない。全身鎧相手に弓の効力は極めて低いが、モノは使いようだ。
しかし、特殊部隊は…
「そうか。難航しているか」
ジャックの元に帰ってきたソウは、報告を済ませた。
「当然です。私は斥候の知識も工作員の知識も持ち合わせていないのですから。
あくまでも想像だけです。誰か適任者はいないのですか?」
「残念だが俺も門外漢だ。前に王国兵を森で見つけた、第一小隊のアイツはどうだ?」
「パーカーですか。確かに森には精通していましたが、それ以上は素人でしょう。弓兵達の知識と大差ないかと」
そういったが、パーカーの評価は高い。
確かに知識の面では他の元狩人達と大差ないだろう。だが、パーカーのその知識の使い方と応用には目を見張るものがあった。
獲物を追う要領で王国兵を見つけたのだ。
今弓隊として仮採用した者達のうち、同じ事を知っていても同じように出来るものはいないかもしれないと、ソウは評価している。
しかし、目指しているのは狩人でも人探しの達人でもない。
斥候や工作員、諜報員と呼ばれる者達に育てないといけないのだ。
「少しずつでしょう。気長に待ってください」
「…この後はどんな訓練を考えている?」
「とりあえず工兵に思いつく限りの罠を作らせています。
それをしっかりと把握させることですかね。
後は森で生き抜いてもらうとか」
「…死なないよな?」
「さあ?私も罠を見たことがないのでなんとも。逆に森には特に危険がないので食料と水さえ確保して、時々襲いにくる私から逃げるだけなので大丈夫だと思います」
「ソウも大変だな」
広大な森の中から訓練兵を見つけなくてはならないのだ。しかし、ジャックは忘れている。ソウがどこで育ったのかを。
「私は狩人ではないですが、罠を使った狩猟はしていました。なので生き物がいるところや通り道を探すのは得意なんです。その要領でアイツらくらいなら簡単に見つけられます。パーカーが見つけた王国兵の様なプロの斥候は無理ですけど」
「…その方法は教えたのか?」
「最初に教えましたが無理でしょうね。森に慣れるまでは痕跡なんて見つけようがないでしょう」
かくいうソウもパーカーが言っていた王国兵の痕跡は全くわからなかった。
獣とは草の踏み方が違う、なんて言われてもわかるはずがない。
二人は試行錯誤しながら新たな部隊編成と人材育成を行なっていった。
それからさらに一週間後、本国から物資と共に人員の補充が送られてきた。
「新兵千人ですか」
「そうだ。実際には向かうで鍛えるのもこっちで鍛えるのも費用は変わらんなら、実戦の方が効率がいいと考えたんだろうな」
人員の補充という名の押し付けだ。
「中央軍と仲が悪いのですか?」
「ん?そうか。ソウは他の軍の事を知らないのか」
「知らないことは恥ではありません。知らないままにしておく事が恥なのです」
「…うん。誰も恥なんて思ってないから」
誰も何も言っていないのにソウが言い訳を始めた。
ジャックはその事についてこれ以上突っつく事はせず、説明を始める。
「ごほん。まずは中央軍とだが、ここと喧嘩する理由は一つもないな。
軍の総本山的な役割をしているから、出世として目指す事はあっても、毛嫌いする理由はない。逆はあるかもしれんが」
「自分達が育てた新兵を無駄死にさせたとか、思われるのです?」
「そうだな。それはあるかもしれん。まぁ一々気にしていたら指揮など取れないから、ソウも気にしなくて良い」
帝国は実力主義であり、その中でも軍はさらに実力主義である。
中央軍は自分達が帝国軍の中心であるというプライドが高い。そのプライドを傷つけなければ大丈夫だとジャックから教わった。
「では他の軍とは?」
「悪いな。だが仲良しこよしでは成長せん。これは上がそういう風に思わせる様に、操作していると言われている」
「何だかどうでもいい話でした…聞いてすみません…」
これこそ出会った当初に聞いていたらゲンコツを食らっていた話題だっただろう。
今でこそソウに色々な情報を与える事はジャックにプラスに返ってくることだと思われているから平気だが。
閑話休題
「それでその千の新兵はどうなったのですか?」
まさかこの街の衛兵に?と少し考えたが、すぐに頭の中で否定した。
軍人は身体を張れば誰でもなれるが衛兵は違う。最低限の計算と読み書きは必須である。
性質上入領審査や犯罪の取り締まりをしなくてはならない。つまり金勘定と法律を知っていなくてはならないのだ。
新兵は殆どが職にあぶれた村人。良くて町人だ。みんながみんな読み書き計算が出来ないわけではないが、得意であれば職など他にもある。態々命懸けの軍人を選ぶ必要はないのだ。
「四百人がウチに入る」
「…は?」
「だから四百人がウチに入るんだよ!!俺だって嫌だわ!!」
北軍は三つの師団からなる。
つまり三つの第四大隊があるのだ。
その全てに均等に振られて、被害の大きかったジャックの大隊に百人多めに振り分けられたのだ。
「嫌だとはいっていませんよ?子供じゃありませんし」
「…お前、さっきの顔を自分で見るか?」
先程ソウは『何言ってんだ?この馬鹿は?』という表情をしていた。
「そ、そんな事はいいのです。はぁ…折角再編が纏まりそうだったのに…」
「また中隊長達に押し付けなければならないのか…」
その日天幕からは、ため息ばかりが聞こえてきたそうな。
『拝啓、最愛の娘へ。お父さんは人殺しになってしまったよ。でも紗奈に会えるならなんだってするつもりだ。これは紗奈がなんて言おうがね。死後の世界で叱ってくれ。
ところでお父さんはある事で悩んでいたんだ。それをね、紗奈以外の人が親身になって一緒に悩んでくれたんだ。
その人にも転生の事を伝えるつもりはないよ。でも嘘を吐くつもりもないんだ。嫌われてもなるべく思った事を素直に伝えるよ。それがその人の気持ちに応える事になると信じて。
紗奈がここにいたら、もしかしたら気が合ったかもね。
あ。異性として気が合うのはお父さん許さないからな? 敬具』
その日燃やした手紙は量が多く、危うくテントに燃え移るところであった。




