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25話 体力測定と消化を促す薬。

 




「これより体力測定を行う」


 集まった年齢も体格もバラバラな者たちにソウが告げた。

 割合としては新兵が8割を占めているせいか、その聞いた事のない言葉に騒つく。

 彼らは学校に通った事がない者達なのだ。


「静かに!ここにはエルメス少佐とレンザ大尉も居られる!結果如何では昇進もあるやもしれない。戦と同じく手を抜く事は許さん。わかったな!?」


「「「「はっ!」」」」


 ここに集まった者達もソウの噂だけは聞いていた。しかし、それを鵜呑みにしているものは少ない。

 やはり新兵の自分達よりも年下のモノが、嘘みたいな活躍をしたとは信じられなかったのだ。


 だが、悪い噂は信じてしまっている。

『ジャックの腰巾着』『ジャックの男娼』『上の者に媚びを売る天才』

 などを。



 集まった者達にある程度説明をしたソウは、その者達を使い荷馬車から積荷を下ろし、準備に取り掛かった。


「あれは…的か?」


「そのようですね。しかし、あれは何かわかりません」


 ジャックの疑問にレンザは答えるが、見たこともないものはわからない。

 ソウが用意したものは、弓の的。ハードル。鳴子が着いた布であった。



「これから実演する。的はわかるだろうから省く。先ずはこれからだ」


 そう言うとソウは等間隔で並べられたハードルに向かい、鎧を着たままそれを次々と越えていった。


「ふぅ。次はこれだ」


 鳴子が着いた布を鎧の上に巻き付けて、地面に印がついたところを跳んで移動した。


「この様に出来るだけ音を鳴らさないように動くんだ。本当は得意分野だけ見ようかと思っていたが、どうせなら全員に同じことを全てしてもらうことにした。

 整列!」


 ババババッ


 ここは軍隊。

 いくらソウの事が気に入らなくとも、上官の命令は絶対である。

 並んだ者達に先ずは的当てから行わせた。


 トンッ


「合計41点だ。こんな感じで5本射った合計点を記録してくれ」


「わかった。終わったら声を掛ける」


 ガイルに得点の付け方をレクチャーしたソウは、的当てを終えた者を連れてハードルへとやってきた。


「では…始め!」


 ソウの合図の後、スタートをきった。

 この世界にはタイムを測れるものは無い。タイムは測れないが一定の時間を刻むモノはあった。

 砂時計である。


 なので、10本のハードルを越えるタイムではなく、砂時計が落ち切るまでに何本のハードルを越えられるかを得点とした。倒すと原点だ。


 次の鳴子は音が鳴らない事もだが、足の運び方などもチェックした。


 全ての試験を終えて全員が再び集まった。


「軍曹。中々面白い内容だった。これで終わりか?」


 ジャックの言葉にソウは


「いえ。最終試験があります」


 こう答えた。


「鳴子の試験を終えた順に並んでいるな?では、先頭のお前。こちらにこい」


「はっ!」


 近づいてきた兵に刃を潰してある模擬剣を投げ渡した。


「あの…」


 剣を受け取った兵は戸惑う。素振りをするなら愛用している剣でしたいのだ。

 それとも他の兵と模擬戦をするのか?まさかこの人数を試験官二人で相手しないよな?

 兵が思考を巡らせるがすぐにソウが答える。


「最終試験は模擬戦だ。別に勝つ必要はないが殺す気で掛かってこい」


「い、いいのですか?」


「構わん」


 ソウのその言葉に、鎧兜の中の新兵の顔がイヤらしく歪んだ。


「ガイル。審判を頼む」


「わかった。くれぐれも殺さないようにな?」


「余程の事がない限り死なん。そんな事で少佐を窮地には追い込まんさ」


 他の者に聞こえない声で二人は会話を交わした。ガイルはもちろんソウの心配ではなく、ジャックの心配をしている。


「それでは『ぐ、軍曹の兜は?』…軍曹には必要ない。仮に当てて殺したとしても咎はない」


 ソウは鎧こそ着ているものの、顔は外気に晒されていた。

 これは舐めているわけではない。ソウにとっては視界が遮られず見えやすいというのもあるが、イェーリーとの修練でも木剣ではあったが、防具はつけていなかったからだ。


 この方が集中力が高まるのだ。

 死と隣り合わせの方が。


「いいな?それでは、始めっ!」


 イェーリーとの模擬戦ではソウがいつも先手で突っ込んでいた。

 実戦でもそう。しかし今回は兵達の実力を見極める場である。

 兵から視線を逸らさずに見据えた。


「うっ…はぁぁあっ!!」


 すでに十人以上を斬り殺しているソウの見えない圧に気圧されそうになるが、何とか気合いを入れて、基本通りに上段から全力で打ち下ろした。


「うっ…」


 打ち下ろしを難なく躱したソウは、模擬剣を兵の首筋に添えた。


「そこまで!!」


「5点」


 ソウの言葉に審判をしていたガイルが帳簿に記載する。


「次!出てこい!」


 その次に出てきたのは大柄の新兵だった。


 バギッ


「ぐあっ!?」


 一回戦を見て、寸止めされると思っていた兵はソウの剣に強かに打ち据えられた。


 それを見た他の兵は震え上がった。

 あの噂は本当だったと。


 噂とは鬼教官と名高いイェーリーとの修練の事だ。

 新兵達は見る機会がなかったが、話だけは自身が所属する隊の小隊長などから聞かされていた。

 もちろんそんな噂は嘘であろうと聞き流していたが。


 自分達にとっては地獄の様な訓練を終えて、やっと辿り着いた戦地にまできて、自分の耳に悪いモノは入れたくなかったのだ。

 人は自身の心を保つ為に耳を塞ぐ生き物。今のソウは心までも塞いでいる。


「も、もう一度お願いします!」


 すでに二十人以上を相手にしてきたが、ここに来て初めての言葉を聞いた。


「悪いがこれは試験だ。終わってからなら相手してやる」


「はっ!」バッ


 兵は敬礼の後、並び直した。


「3点だ」


「…根性や姿勢は加味しないのか?」


「これは剣術のテストだ」


 ガイルは返す言葉を無くした。


 ソウはその後も淡々と模擬戦をこなしていった。






 全ての試験を終えた後は解散させた。

 先程の根性を見せてきた兵は、試験の後にソウが2回ほど撫でると音を上げた。


 試験の後、結果を纏める為に第四大隊の天幕に戻ってきていた。


「どうだった?」


「問題はないと思います」


「…いや、そうではなく、お前のお眼鏡()にかなう者はいたのか?」


 ジャックの問いに答えたソウであったが、そういう意味かと思い直した。


「今回はあくまで特殊部隊の振り分けです。なのでそういった風には見ていません」


「そうか…」


「これが名簿です。現所属、名前、年齢、体格、そして適正を纏めてあります。

 今はいずれもエキスパートには程遠いでしょうが、訓練次第では。といったところです」


 ソウから帳簿を受け取ったジャックは目を通した。


「うむ。数値化してあると評価しやすいな。ウチの隊はこれからこれを使おう」


 試験もそうだが別の事も褒めた。

 純粋にわかりやすいと思ったのだ。


「それで?他はどうする?」


「新兵の練度ですが、それには時間が掛かります。ですが、一つ提案があります。

 これまでの訓練は基本は小隊ごとだったと記憶しています。それだと小隊ごとに差が出てきます。

 競争はいい事だと思いますが、あまりの差は望んでいません。この差を埋めるためにも、教育者の指導を提案致します」


「新兵ではなく、それを教える者の教育か…なるほどな」


 これも新しいと思った。

 これまではどこかの隊で訓練し実戦を積み重ねた者が出世して、新たな配属先で上官として自身の経験で教えるのが主流だ。


 ソウはこれを全てでは無いが統一しようと言っている。

 これなら指導者の良し悪しに関係なく兵が育つ。

 逆にいい指導者の良いところも薄れてしまうが、そこは指導方法を少しずつ改善していけば良い。


「時間は掛かるが、確実性は上がるか…その指導方法も考えてくれるか?」


「命令とあれば」


「そこは命令しなくとも手を挙げるところだぞ?」


「少佐への太鼓持ちは噂だけで充分ですので」


 ソウとしては面白い事を言ったつもりは無かったが、ジャックにとっては以前のソウが帰ってきた気がして、久しぶりに笑った。


「イェーリーは確かに馬鹿な死に方をした。だがわからなくは無い。それはソウも同じだろ?」


 このタイミングでしか切り出せないと思ったジャックは意を決した。


「……そうです、ね。馬鹿だとは口が裂けても言えませんが、私に魔法が効かない事をあの一瞬忘れてしまうのは仕方のない事かと…」


 それでもソウは責任を感じる。

 あの時、魔法は効かないとたかを括り、目の前の敵だけを見てしまった。

 あれが魔法ではなく投石や矢なら死んでいたかもしれない。


 やはり自分に責任が…と思ったソウにジャックが語りかける。


「アイツはいつも自分以上の剣士にやられて死ぬのなら本望だと言っていた。

 そのせいで何度前線に突っ込んでいくイェーリーを止めるのに苦労したことか。

 そんなイェーリーが最近変わったんだ。

『自分より強い剣士が味方にいるんだけど、なんで?』ってな。

 俺はそんなアイツに『じゃあ最強の剣士を育てたって満足しろよ』と伝えた。

 そしたらアイツは『育てたって…勝ち方はないの?戦う方法とか?』…馬鹿だろ?

 そんなアイツに『じゃあ死にそうになったら守ってやれよ。そうしたらお前は最強を守った剣士になれるだろ?』って……

 ソウが殺したんじゃない。

 俺がそう仕向けて、結果そうなってしまった。

 全ては大隊長である俺の責任だが、アイツは俺がそう伝えていなくとも同じ事をした。これは断言できる。

 何せ剣に生きてきた男だ。

 そんな男が、自分が目指す背中を、みすみす見殺しになんて出来やしないんだよ。

 もし、これを聞いてもソウが責任を感じるならそれでも良い。だが、その責任は俺のモノだからな?

 だから上官として命じる。半分だけ背負う事を許そう」


「…はっ!」バッ


 少年の震えた声が、天幕を震わせた。

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