24話 曇ったままの心。
「ぐ、軍曹ですか?」
ソウは小隊に戻るとアーノルドを呼び、出世した事を告げた。
「ああ。それに伴い、小隊長は解任された。流石に軍曹に小隊長は役が軽すぎるという理由からだ」
「おめでとうございます」
「隊の皆には俺から言う。後の事は任せたぞ?アーノルド小隊長」
ソウは何も自慢する為にアーノルドだけを呼んだわけではない。
空いた職をアーノルドに任せる為に呼び出したのだ。
「あ、ありがとうございます。小…ソウ軍曹はこれからは?」
「とりあえずはエルメス少佐に付くが、調整が済み次第、第一中隊の副中隊長になる予定だ。未定だがな」
「そうですか。またご一緒できる時を楽しみにしておきます」
そう応えたアーノルドに敬礼をして他の隊員の元へ向かった。
アーノルドを含めてソウの小隊の皆は戦後に昇進が約束されていた。
あくまでも戦後の事なので、ソウはこれを隊員達に伝える事はしない。
そして異例なのはソウの戦中昇進である。
帝国では不測の事態以外では異例な事であった。
流石に士官以上では難しいが、ソウの階級の低さであればこそ行えたことであった。
何故このような異例を押し通したのか、その説明は少し時間を遡る事になる。
少し前。
「そうか。やはり出る杭はいつも打たれるモノだな」
ディオドーラは副都戦を任せていた副将軍、サザーランド中将から報告を受けていた。
「はい。バハムート少将がエルメス少佐を上げたいのはわかりますが、やはり直ぐには無理でしょう」
「うむ。何か手はないか?王国を落とした訳ではないからまだこの戦争は続くぞ?」
「いくら同じ北軍の中の事とはいえ、やはり少佐の昇進は難しいです。少なくとも王国戦が終わるまでは。ですのでここは代わりのモノを昇進させては如何でしょうか?」
「代わり、だと?」
「はい。エルメスの悩みの種はソウです。彼が優秀であり強い事は北軍ではすでに誰でも知っている事です。しかしエルメスにとってはそこを突かれるのが悩みの種。エルメスをこちらに引き入れる手段としても、若き芽がつまれないようにする意味でも、ソウの昇進を提案致します」
サザーランドの言葉に暫し黙りこんだディオドーラだったが、答えを出したのか口を開いた。
「そうだな。今あやつを昇進させればこれまでの様な細かい嫌がらせは少なくとも減るか。それにいくら戦時中に昇進させたと言えど、たかだか下士官。文句も出てこまい」
「はい。我々の目の黒いうちに何とか浄化させましょう」
「はぁ。こういうことが嫌で軍に入ったというのに…貴族はどこへいっても貴族であるな」
ディオドーラの不満と共に二人の話し合いは終わった。
「来たか」
東門の外に設営されている第四大隊の天幕にやってきたソウをエルメスが迎え入れた。
「はっ」
「ソウなら近いうちに軍曹になるとは思っていたが、流石に予想を遥かに超えてきているぞ」
「私も望外の喜びです」
「…」
全く嬉しそうではない。
「兎に角おめでとう。成人より先に昇進を祝うとはな。
早速で悪いがソウにやってもらいたい仕事がある」
「ありがとうございます。仕事はしますが…もう目処が?」
ソウが聞いたのは第一中隊の幹部の席を用意出来たのか?という意味だ。
「いや。そちらはまだだ。ソウにやってもらう仕事は第四大隊の再編だ」
その言葉にソウの眉間に皺が寄った。
「なに。難しく考えるな。大きくは異動させない。もちろんソウに意見があれば別だがな。
今回の戦で問題点が出てきた。ソウも気付いているだろう?」
「役割分担と新兵の練度と初陣を済ませた後の変化…でしょうか?」
恐らく合っているが、今は時間がある。ソウは確認の為に聞いた。
「そうだ。これまではただ強い奴だけを集めた精鋭部隊はあれど、専門的な部隊はこの大隊にはなかった。
新兵も初陣を済ませて評価出来るようになったのを機に、ここで再編を済ませておきたい」
「わかりました。私だけですか?」
「まさか。中隊長に顔が効くガイルを補佐に付ける。他にも人員が必要なら都度言ってくれ。任せたぞ」
「はっ」バッ
敬礼を返事としたソウはガイルに声を掛けて、天幕を後にした。
「もう少し時間がかかりそうだな」
「そうですね。仕事が忘れさせてくれますよ」
「だといいが…」
ジャックの心配にレンザが応えた。
ジャックは次の戦までにはいつものソウに戻っていて欲しいと願う。
「足の速い奴と、元狩人を洗い出せだぁ?」
この人物は第二中隊長である。非常に強面であり、威圧感のある言葉使いが拍車をかけて、どう見てもその筋の人にしか見えない。
「はい。それと剣の腕が立つ新人もお願いします」
「そりゃオメェだろ」
「…いえ。第二中隊からの選抜でお願いします」
ソウはここに人数制限を付け加えなかった。
同じ要領で第五中隊まで全て伝え終わると、次は工兵に会いに向かった。
「そんなモノを作るのですか?」
初めは子供にしか見えないソウに、上からモノを言っていた工兵は、ガイルに怒られて口調を改めた。
前世の海外番組でやっていた、大企業の社長が現場に素人として潜り込むモノに似てるな。と、少しおかしく思う。
「ああ。頼めるか?」
「それくらいでしたら。いつまでに必要ですか?」
「出来たら早い方がいい。明日か、明後日までに」
「わかりました。簡単ですが数が必要なので今から取り掛かります」
色良い返事が聞けたので、今日動くのはここまでとした。
「そうか。それは構わん。好きに使え」
ジャックに進捗報告と工兵を借りた事を伝えた。
「はっ。では私はこれで失礼します」
「待て。飯くらい食っていけ。もうじきこの仕事にも方がつく」
報告を終えて出て行こうとしたソウを止めた。
「わかりました。ご一緒させていただきます」
「……」
中々元に戻らないソウに苛立ちを覚えるジャック。
他人に対してここまで感情的になったのはジャックも初めての事で戸惑いが大きい。
これが友情なのか、弟としてみているモノなのか、はたまた父性なのかは誰にもわからないことだった。
「中隊長達は予想していたよりも協力的だったな」
翌日、中隊長達からの進捗報告を受けたソウとガイルは昼食を共にしていた。
昨日のジャックとの夕食は普段通りの馬鹿食いを見せた為、ジャックは少し安心していた。
ソウにとってはいついかなる時も『生き残る』事が最優先の為、感情に蓋をしていても食事はきちんと摂るのだが……
「そうで……いや、そうだな。どうやら心配を掛けているようで申し訳ない」
ガイルは真面目だ。
ソウが同階級になった為、敬語を辞めさせたのだ。前世の記憶が足を引っ張り、誰が見ても目上のガイルにタメ口は使いづらいが、怒られてまで続けるほどではないと切り替えた。
「それだけではないだろう。ソウの獅子奮迅の活躍を見ていた者からの噂は、すでに北軍全体に広がりつつある。
中隊長クラスの者でそれを知らないものはいないという事だ。
要は、皆がソウを認めているということだ」
「そうだといいが」
ソウはそんな簡単には考えられなかった。
前世でも昇進の早いものはやっかみを受けていた。娯楽の少ないこの世界ではさらにそれは多いと考えている。
そしてその考えは間違いではなかった。
その日も変わった事はなく、翌日。
工兵から準備が出来たと報せを受けたソウは、中隊長達に『昼から例の人達を借りる』と告げて、到着を待っていた。
「来たな」
そう告げるガイルの視線の先を窺うと、五十人程の人がこちらへと近づいてきていた。
ソウ達がいるのは外門から離れた何もない広場。
そこにはソウとガイルの二名の他に、ジャックとレンザの姿もある。そして何かが積まれた荷馬車も。




