23話 束の間の休息。
副都を手中に収めた北軍はここでの待機を命じられて、今は少なからずおった傷を癒していた。
「ソウの様子はどうだ?」
ここは第四大隊の天幕内。ジャックは呼び出したロイド中隊長に問う。
「はっ。普段と変わらない様に見えます…が、それが逆に不自然にも感じます」
「アイツは大人びているが、中身は意外と不安定だからな。
昼過ぎには大将閣下が副都に来られる。
もしかしたら呼ばれるかもしれないから、ソウにもそのつもりで準備している様に伝えておいてくれ」
「はっ!!」
ロイドはソウに会う為に退室した。
ソウに前世の記憶がある事は誰も知らない。故に言動の端々から大人びて見えるが、その精神的な弱さも見抜かれていた。
普通であれば将軍職に就くものが一般兵に過ぎないモノと会話を交わす事はない。
これはソウが期待されているという事も大いにあるが、それ以上に将官達から見たソウは、孫のような存在である事が大きい。
貴族である彼らの孫は幼いながらも言葉遣いが独特である。
その孫を想起させるソウの年齢とはかけ離れた言葉遣いと、体格に不相応な幼い容貌が将官達の心を掴んでいたのだ。
もちろんジャックもソウ本人も、その事は知る由もないのだが。
ただ期待している程度では、名前を覚えてもらうことが精一杯の誉れなのである。
この規格外の扱いが今後周りをどう動かすのかは……
「呼び出しだ」
ロイドの言葉に抑揚なく返事をする。
「はい」
「…大丈夫か?」
「?何がでしょうか?」
「…何でもない」
「?」
この世界へやってきて沢山の死別を経験してきたソウは、感情に蓋をする術を身につけていた。
しかし、一度蓋をすると中で消化し切るまでは元に戻らない。
何処か存在感が希薄なソウを伴い、ロイドは先を歩いた。
「連れて参りました」
ロイドがやって来たのは第四大隊の天幕。
「ご苦労。戻ってくれ」
「はっ!」
退室していくロイドには目もくれず、ジャックはソウを見つめた。
(これが…ソウなのか?)
「何だその目は?」
「何と言われましても。生まれつきです」
視線は合っているはずなのに全く何も映し出さない瞳を見て、ジャックはソウに近づき…そして。
バキッ
「しょ、少佐!?」「ソウ殿!?」
ジャックがソウを殴るという奇行を目撃して、レンザとガイルが動揺した。
軍では軍曹などが新兵を殴って教育する事は多々あるが、ジャックがソウを今更殴るとは思っていなかったのだ。
「殴られ足りないか?」
殴り飛ばされたソウはまるで幽霊の様に立ち上がり、再びジャックと視線を合わせた。その瞳にはなんの感情も見えない。
「イェーリーが死んだのはお前のせいじゃない」
「わかっています」
ん?じゃあ何が気掛かりなんだ?
と、ジャックは考えるが答えは出ない。
当たり前である。
ソウはイェーリーの事で憤死しないように感情に蓋をしたのだ。
蓋をした状態のソウに何を言っても通じるはずがない。
その蓋を無理矢理こじ開けたところで、ソウが憤死する事はあれど、何の解決にもならない。
そんなジャックにソウは言葉を紡いだ。
「考える事が多すぎたので一時的に思考することをやめているのです。
問題がなければこのままでお願いします」
「…そんな事が可能なのか?」
「そう言われましても…」
「まぁいい。時間が経てば戻るんだな?」
その問いに頷いたソウにジャックは『過保護だったか?』と思うが、今のソウが不気味に見えるのは事実だ。
特に長い間一緒に過ごして来たジャックには、別人のように見えて仕方がない。
「将軍に呼ばれた。今から行くから着いてこい」
「はっ」
声は強いが感情のない返事にジャックは不安を覚えた。
しかし、相手は雲の上の存在。待たせるわけにもいかず、殴られた頬が赤いソウを伴って天幕を後にした。
二人が向かっているのは副都内にある領主館だが、ここ副都は王族の直轄地であるため、館ではなく建物は城であった。
副都自体に外壁が備わっているためか、城自体はそこまで防衛力がなく、激戦区になった割には綺麗なモノだった。
内部には未だに薄らと血の臭いが残るが、中にいる者たちは皆戦争慣れしている為、気にも留めていなかった。
そんなモノよりも異様なモノが城の門前にあるせいなのかもしれない。
「あの片方が王弟の息子で間違いないな?」
城に入る前にその異様を指差してジャックが確認する。
「はっ。間違いありません」
二人の前には二つの生首が晒されていた。
青年とは別のものは青年に似ている中年男性のものだった。
恐らく王弟と呼ばれた人物のものだろう。
民たちへの見せしめの為の生首の前を通り、二人は城へと入っていった。
「大活躍は聞いておるぞ!良くやった!」
城の中の大会議室に通された二人は、居並ぶ上官達の前で建前の報告を済ませた。
二人の報告が終わり、人払いをした後に今は二人を呼びつけた本題へと入ったところだ。
ソウの肩をバシバシと叩きながらディオドーラ将軍が手放しで褒める。
「ありがとうございます」
「ん?どうした?元気がないぞ?」
第一印象と違い、機械的な返答を返したソウを訝しむディオドーラ。
「先の戦でこの者の指導者の一人が…」
ソウに代わりジャックが答えるが、途中で手で制され止められる。
「そうか。その者の最期は?」
「私を庇い、敵の攻撃魔法の前に倒れました」
その言葉にはソウが答えた。
ジャックは内心ハラハラしていた。
子供の扱いに慣れていない為、先が読めないからだ。
ソウは子供ではなく『生きる為に感情に蓋をした』見た目が子供の前世年齢は中年だが。
「そうか。では厚く弔ってやらねばな」
「少佐に弔って頂きました」
「そうか。では祈ろう。その者の旅路を」
将軍にはソウが泣きじゃくる子供に見えたのかもしれない。
どこまでも優しく語りかける将軍に、ソウもジャックも言葉が出ない。
「ディオドーラ大将。二人が困ってますよ。そろそろ本題に入られては?」
「ん?おお。そうであったな」
バハムート少将の言葉に将軍は意識を切り替えた。
「此度、二人をここに呼んだのは報告を聞く為でも、慰めの言葉を伝えるためでもない。
二人の今後の事についてだ」
その言葉にジャックは身を硬くした。
「これは内密な話だが、時期にザイール大佐の席が空く。その席にいずれエルメス少佐を、と我々は考えている」
「あ、ありがたき幸せにございます」
思わぬ二階級特進の話題にジャックは礼を述べるが…
「まぁ、待て。話はそう単純ではない。今回のエルメス少佐の働きは目を見張るものがあったが、二階級特進には及ばん。
よって今回の昇進は見送る」
その言葉にジャックは無表情を作るのが精一杯だった。
では何故今伝えた?と、疑問に思うジャックに答えたのはもう一人の人物。
「勘違いなされないように。大将はこう言っていますが、別に少佐に人参をぶら下げる気はないのです。
今回はわざと何もなしにするのです。頭の良い貴方ならここまで伝えればわかりますよね?」
少将の言葉にジャックはハッとなった。
「はっ!」バッ
「うむ。次いでソウの番だが。こちらは簡単に上げる事が出来る。功績は十分であるし、妨害もないからな」
ジャックが敬礼で返すと将軍が言葉を続けた。
「ソウ上等兵に命じる。貴殿をこれより『軍曹』に任命する。
しかと励むように」
「はっ」バッ
何の感情を出す事なく受け入れたソウを見て、ディオドーラ大将は残念そうにするも、仕方ないと二人に退室を命じた。
「新兵が皆患う病でしょう。彼ならすぐに戻ると思いますよ?」
退室した二人を扉越しに見つめるディオドーラにバハムートが声を掛けた。
「いや。それについては何も心配しておらん。それよりもおかしいと思わんか?」
「何がでしょう?」
「ソウの指導者が死んだ時の事だ。少なくともかなりの魔法だったと報告を受けた。
いくら庇われたといってもソウが無傷なのはどうにも腑におちん」
「はぁ。しかし、無事なのですから。もしかしたら彼は天に愛されているのかもしれませんね」
そういった事を一切信じていない少将の言葉を鼻で笑ったディオドーラは、考えすぎかと思考を振り払った。
ソウに魔法は効かない。
この事が広まるのはまだ先のようだ。
将軍と書いたり、大将と書いたりしているのは、読んでいる方に向けたメッセージとかではないです。
単純に皆さんと私が役職と階級を忘れないように都合よく使っているだけです。
もちろん普段は大将であり、戦地では基本将軍呼びなのは間違いないです。
ジャックの少佐と大隊長呼びも同様です。
軍隊モノに慣れていない方達が慣れた頃に、使い分けを統一して行く予定です。
(まぁ…私が一番慣れていないのですけど)小声
慣れていない読者の方と私向けに
少佐=大隊長ではなく、あくまでも少佐階級にあるジャックが、北軍で大隊長に任命されているという感じです。
なので大隊長の役職が解かれても少佐という階級は残ります。
現代社会風にいうと、会社では係長だけど、現場では現場監督みたいな感じです。
(わかりづらくてすみません)
なので戦地(現場)では大隊長呼びであり、帰還場所(会社)では少佐呼びが主流な感じです。
ちなみに今回少将が将軍ではなく大将呼びしていたのは、戦っている最中ではない事と、普段呼び慣れている気安い感じを出す為です。
ソウが殴られた事をスルーしたのは軍では日常茶飯事だからです。暴力反対!パワハラ撲滅!
冗談はこの辺りにして、この後も楽しんでいただけると幸いです。
ではまた。多謝。




