22話 散りゆくモノ。残るモノ。
アーリーが見つけた部隊は、外壁沿いを南側へと向かっていた。
数は一個中隊ほど。
外壁沿いに逃げたのは囲まれづらくする為だろう。
ソウ達が接敵する前に東門に向かっていた部隊の一部が逃走部隊へとたどり着いた。
「何かおかしいです」
走りながらソウはイェーリーに伝えた。
「何が?」
ソウは敵の逃走部隊からただならぬ雰囲気を感じたが、それが何なのかを伝える言葉を持たなかった。
ドンッドンッドンッ
何かが炸裂した音が前方から聞こえた。
その音と共に逃走部隊に向かっていた帝国兵が弾けた。
鎧の破片と血肉を撒き散らしながら吹き飛ぶ兵を見て、イェーリーが声をあげる。
「魔法だ!熟練の魔法使いがいるよ!気をつけて!」
「あれが…魔法」
ソウは実践向けの攻撃魔法は見たことがなかった。
魔法が使えないソウに見せても仕方ないし、ソウもソウでそんな時間があるなら剣を振っていたかったからだ。
逃走部隊の魔法により、近づいた帝国兵達は文字通り弾け飛び、その後方から詰め寄っていた他の帝国兵は立ち止まってしまった。
足が止まった帝国兵に向かいイェーリーが告げる。
「ここは僕達が行く!お前達は他の敵軍を止めろ!」
その言葉にイェーリーをよく知る曹長が矢継ぎ早に指示を出し、足を止めた帝国兵を動かした。
敵はもう目の前。
向こうは百人ほど。ソウ達は第一小隊とイェーリーの部隊と少し離れた所からこちらへと向かって来ている三十名ほどの部隊の五十人。
「憎き帝国兵めっ!死ねぃっ!」
ドンッ
突っ込んでいくソウ達に向けて魔法が放たれる。
その魔法は白く発光したなにかであり、目視する事が出来た。
ソウ達の部隊もイェーリーの部隊も足が速いモノ達ばかりだ。
向かってくる魔法を交わして遂に逃走部隊へと肉薄した。
「しっ!」
ソウは最前列にいた兵に剣を振るう。
体格はソウより大きい兵だったが、走って突っ込んだソウの斬撃には腕力以上の威力が乗っていた。
ギンッ
剣を合わせてきた兵は、予想以上の速さと威力に受け流すことが出来ず、体勢を大きく崩された。
返す刃で体勢が崩れた兵の喉元を切り裂くことに成功した。
ザシュッ
血飛沫を上げて崩れ落ちる王国兵の後ろから他の王国兵が斬り掛かってくるのが見えた。
どうやらこの兵達は先の戦場で戦った兵達とは練度が違う様だ。
だが、少し強い程度であればソウの眼は誤魔化せない。
天性の動体視力でその剣を交わし、仲間を踏みつけながらも突っ込んできた兵の首を刎ねた。
後ろには仲間しかいない。
ソウは仲間を信じて前だけを見据え剣を振い続けた。
ソウが十人ほど屠った所で遂に目的の人物を視界に捉えることが出来た。
戦場には似つかわしくない豪華な服を纏った青年と、明らかに上等な鎧を纏った者の二名。
周りはしきりにその二人を庇う姿勢を見せていた。
「撃てぇーっ!!」
その時、逃走部隊から声が上がった。
その直後、ソウの視界が白く染まった。
「ソウくんっ!!」ガッ
「うわっ!」
バタンッ
「熟練の魔法使いがいたようだな」
少し前。ソウ達がまだ辿り着く前の、初撃の魔法攻撃を確認したジャックの言葉だ。
「だが、ソウには魔法が効かないから安心だな」カタカタ
「………そうですね」
貧乏ゆすりを繰り返す上官の言葉に、レンザ大尉は呆れを込めて言葉を返した。
「ソウ殿は兎も角、イェーリーは大丈夫なのでしょうか?」
「アイツは魔法くらいなら避ける。心配はいらないな」
ジャックは同い年の部下を信頼していた。
過去のことではあるが、自身がずっと追いかけていた背中なのだ。その信頼は揺るぎなかった。
閃光と衝撃が収まり、自身の怪我の有無を確かめた後、覆いかぶさっていたモノを退かして身体を起こした。
(目が…少しすれば戻るか?)
頭を打ったことと、閃光を直視してしまった事により、視界がぼやけていた。
「ん?なんだこれ?」ベチャ
何か滑り気のあるものが手に付着した。
「血…みたいだな。でも俺はどこも痛くない…」
無音の世界の中、ソウの頭が覚醒する。
オォォオオッ!!ガチャガチャ
どうやら轟音により耳までおかしくなっていた様だ。それが戻ると辺りの騒音が耳を突き刺した。
そして、視界が戻り手元に視線をやるとべったりと血肉が。
「イェーリー大尉っ!!」
ソウに覆いかぶさっていたのはイェーリーの亡骸だった。
イェーリーの鎧は背中側が激しく損壊していて背骨まで見えていた。即死だ。
「お、俺は一体…」
何があったのか。衝撃により記憶が飛んでいたソウに声が掛かる。
「小隊長!立ってください!」
「パーカー隊員!何があった!?」
「小隊長は敵の魔法に狙われました!向こうにも被害が出ていることから自爆攻撃に近いものかと思われます!」
パーカーの説明を聞いてソウは全てを思い出した。
イェーリーに護られたのだ。
魔法ならソウに効かなかった可能性は高いが、そんな話ではない。
人とは時として計算では測れない事をするものだ。
「くそっ!敵将は?!」
「あそこです!大尉と隊長が抜けた事で敵の守りを突破できません!」
第四大隊ではソウとイェーリーの実力が突出していた。
他の第四大隊員では守りに入った敵を突破するのは難しいようだ。
「援護しろ!後ろは任せた!」
「「はっ!」」
ソウは気持ちに蓋をした。
考えたり感じたりするのは後でいい。後悔するために生き残る事を今一度決意した。
再び最前線へと戻ってきたソウは相手の状況を理解した。
綺麗な鎧ばかりだった敵兵は泥を被った様に汚れていたのだ。
恐らくイェーリーを屠った魔法の影響だろう。いくらソウ達に向けたモノであったとしても距離が近すぎたのだ。
そして魔法部隊は無事だったが、王国兵の数は確実に減っていた。
最初にあった逃走部隊の数の有利はなくなっていたのだ。
「しっ!」
ザシュッ
他の帝国兵と相対していた王国兵の首を刎ねる。
騎士の決闘であれば卑怯と言われるだろうが、ここは戦場だ。
隙を見せた者からあの世へと旅立つ。
顔に飛んできた返り血を利き手ではない方で簡単に拭うと、次の隙を見せた敵へと次々に斬り込んで行った。
ソウは自身の不甲斐なさを払拭するかのように王国兵を屍へと変えていく。
そこに…
「撃てぇぇえっ!」
ドンッ
衝撃音と共に白く光るモノにソウは包まれるが以前とは違い動揺はない。
目を閉じて光に向かい真っ直ぐ突き進んだソウは、光を破り、敵前へと躍り出た。
まさか魔法を気にせずに突っ込んでくるとは思ってもいなかった王国兵は隙だらけだ。
要人を警護していた恐らくは王国軍の精鋭達。
いくら精鋭といえど、隙を晒せば刃物の前ではただの肉となる。
ザシュッザシュッザシュッザシュッ
魔法を突破した走力を殺す事なく放たれた連撃に、王国で武勇を誇っていた者達は散った。
ソウの周りは魔法から逃れる為に敵も味方もいない。
前にいるのは魔法を無傷で突破してきた少年を唖然とした表情で見つめる雑魚達のみ。
相手の力量を空気で感じ取ったソウは瞬時に距離を詰めて四人の魔法使いを地に伏せた。
そして華美な装いの青年と豪華な鎧を纏った男を見据える。
「大人しく捕虜となるか、ここで死ぬか選べ」
本当は斬り殺したかった。
このモノ達に何の決定権も無いことは理解している。
それでも『お前達が逃げなければ死なずに済んだ』という思いが湧いて出てくる事を止める事は出来なかった。
出来なかったからこそ、それすらも受け入れて命令を忠実にこなす。
『指示に従えば死ぬ可能性は減る』と言ったロイドの言葉を思い出して。
『必ず生き抜いて寿命で死ぬ』と誓った言葉を胸に。
「副都を陛下から任されていた王弟殿下は自害なされた。この方は王弟殿下の一人息子であらせられる。どうか丁重に扱ってほしい」
豪華な鎧を纏った男はその言葉の後、倒れている王国兵を見渡し、剣を抜いた。
「覚悟!」
声は掠れていて男の老年を思わせた。だが最期の剣筋は歳を感じさせない、全くブレることのない素晴らしい騎士の剣であった。
「ばかやろう…が」
副都戦後。ここは副都東門前に新たに設営された第四大隊の天幕の中。
見る影もない遺体を前に、ジャックの言葉が霞んだ。




