21話 開かずの門が開く時。
ゴーンゴーン
翌朝、副都の外で帝国軍の銅鑼が鳴り響いた。
「やはり破城槌か?」
ロイドは隣に立っているソウに問う。
「恐らくは。輜重隊で使っていた馬車を改造して、魔法用と物理用の盾をつけて突っ込むのでしょう」
自分で言っていてなんだが、その部隊に選ばれなくて良かったと、ソウは安堵していた。
やはり致死率が高いのだ。
「俺も何度かさせられた事があるが…嫌な役目だよ」
矢や石が上から降ってくるのだ。
初めは破城槌一つにつき三十人以上で突っ込むが、門に到達できるのは半数以下。門にたどり着けない部隊もザラにある。
その説明を聞いて、ソウは初めてロイドに尊敬の眼差しを向ける。
何度でも言うが、ソウにとっては生き残る事が至上。
ロイドは過酷な状況から何度も生きて帰ってきたのだ。尊敬せざるを得ない。
「どうやって生き残ったのですか?」
極意を聞いた。ソウにとってはどんな叡智よりも貴重な話だった。
「言われた事を忠実にこなしただけだ。
戦場ではビビった奴から死んでいった。作戦は基本死なないように組まれているからな。ならその作戦通りに行うのが生き残る秘訣なのかもな。
時には死を前提としたものもあるから一概には言えんが」
ソウは記憶を頼りに帝国式破城槌の形を思い浮かべた。
確かに攻城兵器は真っ先に狙われるが、その為防御も硬い。
ロイドが言っている死んでしまった兵達は降り注ぐ石や矢を恐れてその攻城兵器から離れてしまったのだろう。
「言うは易く行うは難し。ですね」
「…態々難しくいうなよ。要は気合い入れろってこった」
「………」
それは全然違うだろうと思ったが口には出さなかった。
ロイドは仲間想いで、頼りになる上官だが、手が出るのも早い事は知っているからだ。
それは昼に起こった。
ドゴーーーーン
「どうやら突破したようですね」
何か重たい物が遠くでぶつかる音がここまで届いた。
「そうだな。一度崩れればそこからは早い。準備しろ」
ソウの言葉にロイドは経験則を述べて行動を促した。
「わかりました。下がります」
ロイドの指示に、これから門が開くかもしれないところでソウは後退を告げる。
「第一小隊の者に告ぐ。これより我らは遊撃隊として後方に下がる。着いてこい」
「「「はっ!」」」
ソウがジャックから命令されていた事は遊撃だった。正確には王国軍が必死で逃がそうとする何者かを仕留めること。
この指示を聞いた時に『また守られるな』とソウは感じた。
実際にその通りだ。
ジャックの考えは最前線にいるソウを生かすためのものである。さらに言えばソウの武の才能も活かす。
副都から出てくる王国軍は死に物狂いだ。
そこを盾で押さえつけながらの戦いになる。
そうなると最前線のソウを活かしきれない上に死亡率もかなり上がってしまう。
王国軍と帝国軍の圧を一番受けるからだ。もし転べば助かる事はない。転ばなくとも盾と人に押し潰される可能性すら有るのだ。
そこで何か理由を付けてソウを生き残らせるのに、打って付けの案が思い浮かんだ。
戦争はトップを生き残らせるのが必然である。
この場合は必ず別働隊として護るはず。
それを考慮した時に、そこに向かわせる部隊として後方にソウを呼び寄せたのだ。
もしそうならなくとも言い訳としては十分だし、いざそうなれば精鋭部隊と共に向かわせればいいと。
ソウ達第一小隊はこちら側の戦場が見渡せれるところまで下がってきていた。
「あれはソウ達か?」
最後方にいるジャックは自分達よりも少し副都に近い位置に陣取った小隊を指差した。
「恐らく。かなり南側に陣取っているのは南側に逃げられる可能性が高いと踏んだのでしょう。
やはり何も言わずともきちんと考えて行動出来るソウ殿は有難いですね」
「これくらいは言われなくともしてもらわないと困るな」
ジャックは嬉しそうにそう答えた。
「さて。決断が早ければそろそろだな」
「はっ!」
「はっ!ソウ上等兵の所には私が」
ソウの所に行くと告げたのはイェーリー大尉だった。
イェーリーが従えるのは小隊規模だが、皆曹長クラスの風格があり、実力も大隊屈指の強者ばかりだ。
この部隊がジャック率いる第四大隊の精鋭部隊の一角である。
「頼む。必ず仕留めろ」
「はっ!」
イェーリーは敬礼後、ソウの元へと向かった。
「心強いです」
ソウの元へと着いたイェーリーは早速話しかけた。
「ソウくんにそう言ってもらえるならまだまだ頑張らないとね!」
「少佐の護りは大丈夫でしょうか?」
イェーリーの言葉には苦笑いを返してジャックの心配をする。
万が一ジャックを失えば自身を権力から守ってくれる人がいなくなってしまうのだ。
「大丈夫でしょ?訓練は欠かしていないみたいだし、逃げるだけなら問題ないよ」
そもそもジャックは強い。
しかしここは数がモノを言う戦場。イェーリーもいい加減な事は言わずに事実だけを述べた。
「それよりも音が大分集まってきているよ」
「そうですね。お互い生き残りましょう」
「ははっ!なにそれ!?普通は敵将の首をどっちが取るか競争するところでしょ?」
音は副都内から聞こえる、徐々にこちらに近づいてくる音だ。
軍靴が鳴らす音だったり、怒声だったり様々だが、ようやく東門に動きが出始めた。
カンカンカンカンッ
東門に陣取っている帝国軍から開門を告げる鐘が鳴った。
大楯を構えた混成第四大隊が東門目掛けて前進していった。
ソウからはすでに帝国軍が影になり門は見えないが、恐らく王国軍側も盾などを構えて帝国軍を押し返そうと出てきていることだろう。
盾と盾がぶつかる金属音と叫び声が東門前を支配した。
ソウはそんな喧騒を他人事の様に見ているが、実際にはあそこにいたら生き残れるのかを考えていた。
身体は大きくともまだまだ子供。屈強な戦士の力にはまだ勝てそうにない。
そう冷静に分析してるソウは、三割は死ぬか怪我をすると結論づけた。
暫く前の方でガチャガチャとしていたが、王国軍が押し返してきた。
やはり新兵の混成部隊という事で、差が出始めたようだ。
門という限られた空間から出てこれる王国軍に数の利は少ない。
だが、死に物狂いという事と前述した理由から王国軍側に戦況が傾いたのだ。
「西門と南門の部隊はまだ時間がかかりそうですね」
「そうだね。恐らくここを死地とした王国軍人が命と引き換えに引き留めているんだろうね」
王国軍も全員が逃げる訳ではない。
そんな事をすれば士気が下がり、指揮を取れなくなる。文字通りの壊走となるだろう。
ここで覚悟を決めて死ぬ人達がいるからこそ、思いを一つにして帝国軍包囲網からの脱出が可能となるのだ。
「出ましたっ!やはり南側です!」
ソウの小隊員である、目が良いと言っていたアーリーがおかしな動きをした部隊を目敏く見つけた。
「行くよ!」
「はっ!大尉に続け!」
「「「はっ!」」」
ソウ達の副都戦が始まった。




