20話 ただ立っているだけの戦。
ロイドに説明した後、ソウは少し悩んでいた。
隊員達がいたのではっきりとは言わなかったが、自分達は囮にされていると。
その事を伝えるべきか迷ったが、ロイドに伝えても気にしないだろうと考えて、伝えない事に決めた。
籠城戦で最も嫌なのは、徹底抗戦される事だ。
相手は自分達が滅びるのを覚悟して、最後の一人になるまで抗う。もしくは援軍を待つ。
そんな事になれば損耗を抑えられない北軍も再建に時間がかかる。つまり勝ち戦で何も得られずに撤退するほかないという事だ。
そんな事態を防ぐ為に、敵側に逃げ道を作ったのだ。いよいよになれば、たった二千の壁なら突破出来るだろうと。
敵が二千であれば副都を捨てても一万近くの軍を生かせると思い、何処かで割に合うと考える。
しかしこれが門への均等割で五千人の布陣であれば、その判断に躊躇してギリギリまで抗戦するだろう。もしくは徹底抗戦か。
故に二千。簡単ではないが現実的に逃れると思える数であった。
そして副都を抑えることが出来れば、ある程度方は着くため、多少逃げられても大勢に影響はない。
しかし、逃したモノはただでは済まない。
そういった思惑からジャックが新兵ばかりを集めたここのトップに据えられたのだ。
ゴーンゴーン
「始まったな」
帝国軍の銅鑼の音を聞いてロイドが呟いた。
「はい。向こうの弓兵も後ろを気にしてますね」
東門付近に布陣しているソウからは壁の上からこちらを牽制している弓兵が見える。ここは壁まで200mも離れていない。
ソウは最前線に、ジャックは最後方に。
これが今の二人の立場と距離を如実に現していた。
「どれくらいで破れる?」
「さあ?流石に攻城戦の事は…習いましたが、最新の技術は秘匿されているので」
「勘でいい」
そんな馬鹿な…と思うが、ソウは答える他ない。
「…最短ですぐにでも。最長だとどれくらい掛かるか…最悪は諦めるでしょうが…」
「ほう?ソウにもわからん事があったか」
「わからないことだらけですよ」
「………」
!!!!
「こちらに向かう前に少し見えましたが『カタパルト』(投石機)を組み立てていました。
どの程度の精度があり、調整が必要なのか不明なので分かりませんが、カタパルトで門や壁を壊せないようであれば、二、三日掛かると予想します」
ロイドの安い挑発に普段のソウなら乗らない筈だが、今回は乗って無理矢理答えをだした。
何故なら…
「よっぽどこれが欲しいみたいだな…少佐から聞いた通りだ」
中々はっきりとは言わないソウに、ロイドがチラチラと見せていたのは干し肉だった。
それを教えてくれた褒美にソウに渡した。
「当たり前です!これで今日のスープに肉の旨味と塩分が…」
ロイドは年相応に喜びを顕にするソウを見て、普段の自分達が子供を虐待しているように感じ、居た堪れなくなり報告に向うためにその場を後にした。
もちろんジャックの所へ。
何度も言うが、ジャックはソウに簡単には会えない関係になったのだ。
基本はソウの上官であるロイドを介して、ということになる。
「なるほどな。やはり似たり寄ったりの答えになったか」
ロイドの報告に答えたのはもちろんジャックである。
ジャックもソウが居なくともほぼ同じ答えに辿り着くが、やはり自分だけが出した答えよりも、他にも同じ考えの者が居た方が人は自信がつく。
ジャックにとってソウは、一種の安定剤なのかもしれない。ソウはそれに気付いていたから、前回会った時に『少佐と同じです』と言ったのだ。
「報告は以上です!では」
「待て。ちゃんと分かっているな?」
「はっ!王国軍がこちらに向かった場合は指示通りに」
ロイドの言葉に頷きを返すと、退室を促した。
「それって後から突かれたりしないの?」
ジャックに軽口を叩いたのはイェーリー大尉だ。
周りに知らない者はいないのでいつもの口調だが、他の者がいれば、流石に言葉使いを改める。
「問題ない。むしろ功績が増えて悔しがる表情が見えるかもな。…いや、ソウに功績が増えると争奪戦が激化するからダメか?」
「ソウ殿は少佐から離れません」
ジャックの珍しい姿に、一種の憧れを抱いているレンザ大尉はため息混じりに告げた。
「そうか。よし。恐らく明日明後日には厳しい戦いが待っている。
王国軍にもそうだが、俺達を囮にした者達に苦渋を味合わせる為にも、絶対に一人も逃さないぞ!
いいなっ?!」
「「「はっ!!」」」
レンザが憧れているジャックが、無事に戻ってきたようだ。
「小隊長。こんなに悠長な事をしていても良いのでしょうか?」
ロイドがジャックに報告に向かった為、そばに居たアーノルドがソウへと疑問を投げかけた。
「それは俺たちのことか?それとも帝国軍全てのことか?」
「両方です。あまり時間を掛けると…」
「王国軍に援軍が来る。か?」
アーノルド副隊長の言葉を遮り、ソウは先回りをした。
「…はい。帝国軍に有利な内に一斉に攻撃しないのは何故ですか?」
「それはな。援軍が来ないからだ」
「!?」
「俺も習った事で見た訳じゃないが、王国は帝国の北部と東部に隣接している。これが意味するのはこの戦争で王国と戦っているのは北軍だけではないという事。実際に帝国軍東軍が王国に攻め入っているのかは、末端兵である俺の知るところではないが、国境で睨みを利かせているのは間違いない」
帝国の東側の国境に布陣しているのであれば王国側はそこを退くわけにはいかない。
帝国軍としてはどちらから攻めてもいいのだ。
「そうでしたか。無知とは罪なことです。要らない質問でした。すみません」
「そんな事はない。他の上官の考えは知らないが、俺はアーノルドのように疑問を持つ事も大切だと思っている。
自分が生き残る為なのだからな」
「………」
ソウの言葉をアーノルドは年下の成人もしていない者の言葉だとはどうしても思えなかった。
最後の言葉に乗せられた重さは、不躾ながらもアーノルドに返事を忘れさせた。
ソウからすれば『怒られる程度で済むなら何の問題もない。それで生き残る確率があがるのならな』と伝えたつもりなのだが、あまりにも極端な言葉だった。
「何もなかったですね」
その日の夕食時、アーノルドが話しかけてきた。
「そうだな。緊張感が長引くのは嫌な所だが、こればかりは仕方ないな」
その日、東門では何も起こらなかった。
つまり、カタパルトが機能しなかったか、通用しなかったのだ。
「邪魔するぞ」
そう声を掛けて第一小隊の輪の中に入ってきたのはロイドだ。
ロイドはこう見えて部下に気配りの出来る男である。今回も第一小隊からではなく、他の小隊に顔を出してからここへとやって来ていた。
誰かをエコ贔屓して接しない。そんなロイドを慕う者は多い。
「投石機が放った石が魔法で迎撃されたそうだ」
まさに今考えていた事であり、ソウにとっては知りたかった情報の一つだった。
「凄いですね。私には魔法の素養が全くないので羨ましい限りです」
「魔法なんて余程の才能がなけりゃあ、ただの誤魔化しにしか使えん。
ま。今回みたいな使い方が一番理に適っているだろうよ」
魔法はある程度離れた距離から放っても、以前説明した盾や装備で塞がれてしまう。
逆に近距離では準備に時間がかかる魔法は何の役にも立たない。
ロイドが言っているのはその準備の時間が短い才能ある者の事だ。
「明日の朝だ」
それだけ言ってロイドは輪を抜け出した。
「どういう意味ですか?」
「朝になればわかるさ。今日はしっかり休めって事だな」
アーノルドの質問を無視する形でソウは答える。態々言う必要を感じなかったのだ。
総攻撃だ。
カタパルトが役に立たなかったのであれば直接損害を与える手段に切り替えなければならない。
時間が味方しているとはいえ、物資や資金は無限ではないのだ。
明日の朝、ここでの戦いが大きく動く。
ソウは理解しているが、結局することは同じと切り替えてぐっすりと休んだ。
『死ななければいいんだ』




