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2話 心豊かな暮らしの終わりの始まり。

 




「曹長!」


 下士官に支給されている使い古された天幕に新兵が駆け込んできた。


「なんだ?」


 曹長と呼ばれたまだ15になって(成人して)いない男が新兵に応える。


「エルメス中佐がお呼びです!」


「わかった。すぐに向かう。行こう」


 男は呼びに来た新兵を伴って中佐の元に向かう為に天幕を後にした。

 男の姿が見えなくなるとすぐに。


「中佐の腰巾着で出世した田舎者が偉そうにっ!」


「おいっ!やめろ!もし聞かれでもしたら軍法会議モノだぞ!!」


 天幕の中に残っていた下士官達が今しがた出ていった男について噂をしていた。


「だって、お前もそう思うだろ?!俺達と同じ平民出だと最高位の曹長にあの若さでなっているんだぞ!?」


「確かに曹長は俺達より年下だが、軍歴(功績)は遠く及ばないぞ。同じ平民で年下に頭を下げるのは気に入らないが、軍では当たり前のことだ。

 少なくとも曹長以上に敵を殺してから嘆くんだな」


 天幕の中にいた三人の内、一人が愚痴を溢し、一人は軍法会議を恐れ、最後の一人は至極当然という反応を返した。

 この反応はまだ良い方である。

 曹長をよく知らない下士官以下の一般兵(兵卒)ではさらに若い曹長への不満を抱える者が多い。


 この国では珍しい黒髪の曹長に味方は少なそうだ。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼






「ソウ。母さんの手伝いを頼む」


 30歳くらいに見える薄汚れた服を着た男性が少年に声をかける。


「わかったよ。父さんも疲れを出さない程度にね?」


「ははっ。父さんはまだまだ大丈夫だ!生意気言ってないで行った行った」


 はーい。その気安い返事を残してソウと呼ばれた少年は男といた畑を後にして、すぐ横にある粗末な小屋に入った。


「母さん。手伝うよ」


「あら。お父さんの方は良かったの?」


 小屋の中にいたのはこちらも薄汚れているボロ布のような物を纏った20後半くらいの女性だ。

 どうやらこの木で出来た粗末な小屋はこの親子の家のようだ。


 そう。宗一郎は無事に『ソウ』として転生を果たしていた。

 とある国のとある貴族領にある、とある山の中にある、とある小さく貧しい村。そこが今回のソウの人生の故郷である。


 村は蜜柑に似た、木になる果実を育てて生計を立てている。

 その果実を売り、主食である麦を購入しなければ生きてはいけない。ここでは麦を育てる事が出来ないのだから。


 それ以外の野菜などは村の皆がそれぞれの家の裏に小さな畑を耕していてそこで栽培している。

 狩人がいないこの村では肉は殆ど食べられず、偶に川魚が食卓に並ぶ程度である。


 そんな村でソウは10歳になっていた。


「うん。水汲みが終わったから後はいいって」


「そう。今日はソウが獲ってきてくれた魚があるから豪華な夕食になるわね」


 家は貧しいが優しい両親に愛情を注がれて育てられたソウに不満などない。

 もちろん前世の記憶もそうさせているのだが、本人はあまり前世の記憶に左右されないように考えていた。


『今世では絶対に老衰死しなくてはならない。それ以外では絶対に死なないぞ!』


 この世に生を授かっていの一番に考えた事がこれだ。

 それから時が経ち…


『過去を引き摺ってばかりだと、今世の父さんと母さんに申し訳ないから今世は今世としてしっかりと生きよう』


 両親の愛情をしっかり受け止めてきた10年がそう思考させた。


「魚取りは得意みたいだよ!明日も獲ってくるから期待しててね!」


「まぁ!この子ったら。ふふふっ」


 今日も明日も明後日も…この幸せな時が続いていく。ソウはそう思っていた。

 前世ではその幸せが急に奪われたのにも関わらず。





 12歳の初夏。

 いつも通り猟に出ていたソウは大きな牡鹿を捕らえていた。


 一年前までは手伝いの時間以外を川で魚を獲ることに費やしていた。

 しかし一年前に魚に飽きていたソウは肉を欲していた。どうすれば肉を手に入れられるのか考えたソウは罠を考案した。


 弓があれば仕留められるかもしれないが弓の腕は素人だ。弓自体は試行錯誤すればそう遠くない未来に作る事が出来ると考えたが、我流で野生動物を仕留められる腕に自分が簡単になれるとはつゆほども思わなかった。


 ハマったのは次案の罠だ。

 前世のインターネットで興味本位で一度調べた事があったソウは、記憶を掘り起こしてそれを形にした。


 初めて罠を作った後はそれを鹿のフンが落ちていた所へ設置して辺りに野菜の屑をばら撒いておいた。

 そして翌朝、日が昇ると共に山に入ったまだ11歳の息子が帰ってくるなり夫婦は驚愕した。


 ソウは鹿の血抜きのせいで頭から血だらけになっていたのだ。

 何せ何もかもが初めての事。

 くくり罠のような獲物の足を捕らえて捕獲する罠。それに掛かったままの暴れる獲物の首を押さえ付けて至近距離でナイフを使い切り付けたのだ。


 頭から血を被ったソウを見て両親は大層肝を冷やした。もちろんソウはその後二人からお説教を受けるのだが、それ以上に沢山褒められた。

 この家は…いや、この村はそれ程貧しいのだ。



「また捕らえたのか!良くやった!これで飢えずに済む」


 村に帰るとソウの事を村人が総出で迎え入れた。


「うん。だけど明らかに数が減ってるよ。秋には獲れなくなるかも…」


「そうか…しかし秋になれば今年こそは収穫出来るやもしれん。それまでソウには頼りきりになる。済まんな」


「いいよ。村人はみんな家族だからね」


 ソウに話しかけてきたのはこの村の村長。少し白髪が茶髪に混じりだした40半ばの男だ。

 この村の人達は皆茶髪である。外部から血が入る事も少ない田舎の村なので皆遠い親戚になるからかもしれない。

 その中でソウだけは黒髪だった。異国の血を持った古い先祖が黒髪だったのだろうと村の誰しも気にも留めなかった。


 ここで疑問が出てくる。

 何故ソウだけで狩猟をしているのか?

 それは元々この山に野生動物が豊富にいるわけじゃ無い事が大きな理由になるだろう。

 ソウが捕まえられない鳥などは普通にいるのだが、鹿や猪、兎などは数が少ない。

 この村に猟師がいなかったことからも、今だけ少ないわけではなく、元々何かしらの理由で獣が少ないのだろう。


 そういった理由から村人達が山に入って事故に遭う可能性や、せっかく仕掛けた罠を誤って壊されたり、人が多すぎて少ない獲物が逃げてしまわない為に得意なソウだけで狩りをしているのだ。



「父さん。本当の所どうなの?」


 家に帰ったソウは村の現状を父に問い質した。


「拙いな。去年果樹に取り付いた虫が今年も散見された。恐らく今年も果樹に実がなることはないだろう…」


 この村の唯一の収入源にして、主食の麦を買う為の命の実。

 それが収穫できない事が偶発的に起こった事は過去にもあったらしい。

 その原因が冷害か台風かはソウにはわからないがそんな所だろうと思っている。


 しかし二年続けては拙い。この村の蓄えは前回の冬を越す為に全て吐き出してしまった。

 例外中の例外が今、まさに起こっているのだ。


(俺は飢え死にするわけにはいかないんだっ!)


 娘に会う事を諦める事は出来ない。

 しかし、現実は村の外のことを何も知らないただの子供。

 大人ですら町に行った事が無い人さえ珍しくない。

 前世の記憶があろうとも、そんな閉鎖された空間で出来ることなど、案外少ないのかもしれない。





 運命の秋。

 山は紅色に染まり、心地良い風が吹いている。

 気候も穏やかで、過ぎ去った夏も猛暑でも冷夏でもなかった。本来であれば実りの大きな秋になり村も活気付いているはずであった。


「どうにかして冬を越さねばならん。今募りたい。誰か手を挙げてはくれないか?」


 この国は身売りをする事ができる。所謂奴隷というヤツだ。しかし、村長が村の会合で言っているのはそのことでは無い。


「う、ウチの婆様が…うっ…まずは…うっ。ワシからだって…」


「…済まない。ありがとう。これで子供達を食わせてやれる」


 口減らしだ。

 身売りは誰でも出来る訳ではない。

 男であれば30まで、女であれば40までが基本だ。

 所謂借金奴隷であるが、それは売られる人に価値が無いと買われないという事。男であれば屈強であったり、計算などが出来れば30以上でも買ってもらえるかもしれない。余程の美女であれば40以上でも売れるかもしれない。しかしここは田舎の村。皆朗らかで人は良いが、勉学をするところもなく、また絶世の美女も残念ながらこの村にはいなかった。


 ソウは口減らしの事実を知らされていない。

 赤子の時、畑仕事で忙しい両親の代わりに世話をしてくれた近所の老婆が、恩を返す前に返しきれない恩を残し、秋の夜空に散った。



 ソウは守られる側の子供なのだ。








 それから数ヶ月後。

 久しぶりに吹雪が止んだ冬の朝。珍しく起きてこない父を起こす為にソウは隣の布団を揺すった。冬の天候が良い時間は貴重な為だ。


「父さん。朝だよ。…もう!早く起きないとまた吹雪いて外に出られなくなっちゃうよ!」


 しかし、父はピクリとも動かない。


「と、父さん!父さんっ!!つ、冷たい…」


 息を引き取ってからすでに時間が経っていたようだ。


「か、母さん!父さんが…母さん!?ひどい熱だ…」


 母は病に蝕まれていた。


「そ、そんな…なんで!?」


 昨日は吹雪いていて3日に一度の食事が一食の日。昨日の昼頃には、母は()()()食事を準備してくれて、父は横になったままであったが話をしてくれていた。


 ズキッ

「うっ…」


 急な頭痛に襲われるソウ。これには覚えがあった。


「紗…奈の時と同じ…?今死ぬわけには…いかないんだ…冷静になれ…落ち着け…」


 興奮のあまり毛細血管が切れたのかもしれない。

 前世での脳出血、所謂『この世界の不条理に憤慨しながら死ぬ』憤死をすれば、また最愛の娘に会う事は出来ず、最悪は二度と会うことは叶わない。


「よし、深呼吸出来たな」


 呼吸は何とか整えたが、未だに心音は煩く鳴っている。


「母さん。すぐに戻ってくるからね」


 高熱で意識のない母にそう告げると、家の扉を開けて銀世界へと飛び出していった。

タイトルの『戦地からの便り』部分を消そうか悩み中です。

作者の構想外へと話が向かった場合は消すかもしれません。

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