18話 部下に恵まれる。
その日もいつもの軍議が第四大隊に与えられた天幕で開かれていた。
「指名…ですか?」
「そうだ。これは上が出した命令だから拒否権はない」
そう言ったジャックが、一番苦い顔をしていた。
「では、伝えて参り『待て』…はっ」
「第一小隊を呼んでくるんだ。俺が自ら伝える」
「はっ!失礼しますっ!」
ジャックにそう伝えられてロイドは天幕から出ていった。
「他の中隊は全体の進軍と同じだ。以上!」
「「「「はっ!」」」」バッ
天幕にはジャックとその供回りの者達のいつもの顔を残すだけとなった。
「あんまりだよ。先日初陣を終えたばかりの奴に命じる事じゃないよ」
そう皆が聞こえるように呟いたのはイェーリー大尉。
「全員そう思っているさ。命令を出した奴もな」
「誰だったのですか?」
「さあ?俺が行ったらもう決まっていた。根回しが得意なんだろう」
レンザ大尉の質問に興味なさげに答えた。
しかし、ジャックの目が怒りを滲ませていた事を皆は気付いた。
暫く無言の時が流れると、外に待機している兵が来客を告げた。
「副隊長に残していただき礼を言うべきか迷いますね」
ここは戦地から副都までの街道。
流石に戦地とは違い手入れされている街道だが、見通しは頗る悪かった。
「そう言うな。俺もこんな予定ではなかったさ。自分達の命が掛かっているんだ。しっかり確認しろよ?」
ソウ達第一小隊は先見隊として、軍より先に進軍経路の異常や、物見、伏兵がいないかを確認する任務に当たっていたのだった。
副隊長だけは変わらず小隊に残り、その他のメンバーは総入れ替えとなった。
出て行く隊員達はホッとしていたので問題はなく、やってきた隊員達は選んだ通りの人材だった。
感情を出さない分、ソウにも隊員達が何を考えているのかはわからないが……
現在は副都まで歩いて1時間の所まで来ている。
森を切り拓いた街道は見通しは悪く、いつ襲われるかわからないようなところだった。
「流石に大隊規模の伏兵ならわかるが…いるなら俺達と同じく少数だな」
「はい。こうしてみると森の中も歩けなくはなさそうなので隠れるところは山のようにありますね」
「そうだな。小規模なら何らかの方法で北軍を妨害するか、狼煙のようなモノで伝達するんだろう。そういったモノも逃さないように」
辺りに目を凝らしながらソウは隊員達に告げた。
隊員達は声を出さずに頷きを返した。
これが何らかの意図により仕組まれた任務であるなら何も起こらない筈はない。
そう考えて辺りを見回す。
これまで騒がしかった戦地とは打って変わって、この森は恐ろしいまでの静寂に包まれていた。
ザシュッ
「うっ!?」ドサッ
静寂に包まれていた森の中で、一人の男の命が何者かの手によって奪われた。
「凄いな…」
「ええ。ですが小隊長はそれを見込んで彼を隊に入れたのでしょう?」
殺された男は全身真っ黒な装いだったが、持っていた布に王国軍章が包まれていた。
「そんな目は持っていない。偶々だな…」
事の始まりは警戒して街道を歩いていた時に、一人の隊員がソウに話しかけてきたのだ。
『私は故郷の森で狩猟をしていました』
森に入ると言ってきた隊員はソウにこう説明したのだった。
ならばやってみろと、ソウは任せてみる事にした。
するとものの30分足らずでソウの元に戻ってきて、伏兵が居たことを伝えた。
そして自分に任せてくれとも。
「良くやった。投げナイフも狩猟生活で?」
「いえ。これは子供の時に遊んで覚えました」
ナイフを片手に答えた隊員の名はパーカー。
平民なのでソウと同じく家名はない。
「この後も任せられるか?」
「命令であれば」
「よし。では命令だ」
ソウが告げるとパーカーは敬礼をして茶色に近い赤髪を揺らした。
「俺達は街道に戻る。アーノルドは後ろを頼む」
副隊長に殿を任せてソウ達は街道へと戻った。
時刻は夕方前。
ソウ達は全部で徒歩2時間の道のりを倍以上の時間をかけて走破した。
そう。ここからは副都とその前に布陣している王国軍が見える。
「結局六人だったな」
「はい。多いと見るか、我々が見逃していたと考えるかは別ですが」
「見逃しはないだろう」
「何故でしょうか?」
これまで発見した王国軍の見張りは全部で6人。少ないように思えるが、見つからない事を優先したのであれば、とも思える。
アーノルドの疑問に隊員達も耳をすませた。
「もし、アーノルドが王国兵で、たった十人の敵国の斥候を見つけたらどう行動する?」
「それは…本体に連絡をして…指示を仰ぎます」
「そうだな。どんな指示だと予想する?」
「…待機です。見逃さないように見張り、排除に送られる部隊を待ちます」
「そういう事だ。これが大規模軍隊なら何かしらの罠が用意され、少数なら情報漏洩を防ぐ意味でも殲滅すると予想する」
相手が攻撃するほうであれば動きは様々だが、王国軍は敗走して、副都防衛に移ったのだ。
であれば敗走が偽装ではない限りは、ソウ達を見逃す理由がない。
「私達に何もなかったのが理由ということですか…」
「そういう事だ。ここに見張りを残して我々は戻る。誰か立候補はいないか?」
説明を終えたソウは隊員に告げた。
ソウは隊員達が顔を見合わせる光景を予想していたが、すんなりと決まる。
「私が残ります。目は良いので相手がこちらを見つける前に隠れます」
手を挙げたのは、銀よりも灰色に近い髪色をした170程の身長の隊員だった。
「わかった。アーリー隊員とアーノルド副隊長に任せる。
他の者達は俺と一緒に帰還だ。
恐らく軍はそう遠くないところまで来ているはずだ」
アーリーと呼ばれた隊員とアーノルドを残してソウ達は来た道を戻った。
「良くやった。早速報告に行く。着いてこい」
少しずつ進軍していた王国軍と合流したソウは、先頭の部隊の上官に報告すると部下に第一中隊に合流するように伝えて、後を追った。
進軍していた帝国軍は中間地点で小休憩中であった。
軍の中間よりもやや前方に位置している場所で椅子に座っている人達がいた。
中にはジャックもいるが立っていた。それを見て(少佐でも椅子がない時もあるんだな)と関係ない事を考えていた。
「偵察隊が戻って参りましたので連れてきました!」
「わかった。君は持ち場に戻りなさい」
ソウを案内したどこかの中隊長がいなくなると、一歩前に出る。
「只今帰還しました。第四大隊のソウです」
「うむ。覚えている。先の戦ではよく働いてくれた。
それで?どうだった?」
「はっ!この先を少し行きますと・・・・」
偵察してきた事をサザーランド中将に伝える。
報告が終わってもその場に残らされた。
軍議の最中に聞きたいことが出てくるかもしれないからだ。
しかし、話は変な方へすすんだ。
「確かにこのまま進めるかもしれません。しかし、偵察してきたのがあのような子供では…」
ジャックの足を引っ張りたいのだろうか?それとも純粋に自分が子供だからだろうか?
ソウは自身の事が話題になっても、何処か他人事の様に感じていた。
「マーラン大佐。それは彼を推薦してきたラニーニャ中佐に言ってほしい」
「い、いえ。決してそのようなつもりでは…」
マーランと呼ばれた男はサザーランドが割って入ると言葉を撤回した。
「彼を使う事にしたのはすでに総意で決めた事だ。誰のせいでもない。強いて言うならここの責任者である私の責任だ。
そして彼は失敗していない。
皆に言っておく。私もそうだが、ここにいる全員がライバルを蹴落としてこの椅子に座っている。
だがやり方を間違えるな。特に戦争中は結果のみで蹴落とせ。他の中将も大将も同意見だ。そんな者はいくら戦争で結果を出しても私達は認めないという事を肝に命じておけ」
普段こういうことを直接伝えないサザーランドの言葉に、各自黙り込んだ。
いくら軍隊に入っているとはいえ、孫に思える未成年のソウを使った軍内政治に怒りを覚えたようだ。
「ではいいな?他に意見が無いようなら、このまま進軍の後、副都を包囲する。我々が着いてまだ王国軍が展開しているようであれば防衛を整えた後、野営する」
ここで何か意見が言えるのならそれは頭がおかしいか、空気が読めないか、天才かのいずれかだろう。
軍議は静けさの中で終わり、それと共に休憩も終わった。
ソウは片道数キロの道のりから帰還したばかりだが、そんな事は表情に出さずにひたすら歩くのだった。




