17話 捨て駒を想定する。
「良くやった。流石神童と言われた者の采配だ」
後からの参戦だったが、一番重要で損耗が激しかった第四大隊は、敗走する王国軍への追撃は免除された。
そして帝国軍本陣では中将から直々にジャックが誉められていた。
「はっ!ありがたきお言葉にございます」
何名かの高官が苦い表情を隠して笑みを無理矢理貼り付けていた。
もう少し上手く隠せとジャックは思うも、潜在的な敵がわかったからいいか。と考える事にした、
「ソウ小隊長も聞きしに勝る活躍であったな。初陣とは思えん。これで第四大隊は安泰だな」
この世界にもガラスはある。という事は鏡もあり、それを使って作った単眼望遠鏡を使用して、ここから戦地の確認をしていた。
「はっ!まだまだ未熟なところが目立ちますが、閣下のもったいなきお言葉を伝えれば喜ぶ事でしょう」
「ディオドーラ将軍にはしっかりと伝えておく。しかと部下たちを褒めてやってくれ」
ジャックにとって、その言葉が何よりも嬉しいモノであった。
「被害を報告しろ」
ここは第四大隊に与えられた場所に設営した天幕の中。
中隊長以上と少尉以上が集まった軍議が開かれていた。
「被害は新兵460名中32名、既存の兵600名中4名になります。尚、この四名はどれも新兵を庇ってのモノです。怪我人多数の為、重症者のみお伝えします。・・・・」
戦争はまだ終わっていない。むしろここからが長いまである。
ジャックは現状の戦力を細かく把握する事に努めた。
「ロイド中隊長。ソウはどうだった?」
全ての確認を終えたジャックは一番知りたかった事を、間近で見ていた曹長に聞いた。
「はっ。初陣の硬さはありましたが…アレは軍神の化身か何かでしょうか?」
「普通の子供だ。ただ人より少し変わった考え方をして、人より目が良いだけのな」
ジャックは心の中で『折れない心を持った』と付け加えた。
流石に心ばかりは才能で片付けられなく、まだ14前の子供が持っていては、いらない憶測しか呼ばない為それを告げる気はなかった。
前線の全てを預かる中将が手放しで褒めたのだ。ソウの活躍は北軍全てに行き渡る事になる。事実と共に負の感情も添えられて。
「手紙ですか?」
軍議が終わり、既に休憩に入っていた第一中隊にロイドが戻ってきた。
ソウはそのロイドから手紙を渡された。
「ああ。差出人はわかるな?読んだら燃やせとの指示だ」
「…わかりました。ありがとうございます」
戦地に手紙が届く事は稀にあるが、高官以外に手紙がくるのはロクな報せではない。
戦地にいる一般の兵に態々手紙を出すのだ。殆どは家族の不幸がその内容だったりする。
慶事であれば帰ってからでもいいためだ。
ごく稀に赤子が無事に産まれたなどの知らせもあるが、それはある程度、わかっている事である。
手紙を開いたソウは上から視線を巡らせた。
『初陣を最大の戦果で終えた事、自分のことのように嬉しく思う。おめでとう。
もし、心の負担が大きければすぐにロイド曹長に伝えるんだ。
次の事は既にロイド曹長に伝えてある。
ソウ。ここで待っているから早く上がってこい。
いつまでもは待たんぞ? 名無し・家無し』
ジャックのセンスのなさを鼻で笑ったソウは、手紙を火に焚べて燃え尽きたのを確認してから、その場を後にした。
(天は少佐に全ての才能を与えたわけではなかったようだな)
かなりバカにしていた。
「そうだ。自由に選べと言われている。下手な遠慮はするなよ?」
ジャックから伝えられた事を確認する為に、ロイドを訪ねた。
そこで伝えられたのは、次の戦いに出発する前に自由に自分の隊に入れる新兵を選べという事だった。
「しませんよ。少佐の判断ですし、私について来れないモノは入りませんし」
戦争はスポーツではない。
スポーツであればチーム内の弱者に合わせるが、命懸けの戦争でそんな事は出来ない。
自身の力を最大限発揮できるメンバーを選ぶつもりだ。
喩えそれで割を食う部隊が出て、それが原因で死んでしまう事になったとしても。
ソウの目的は人を殺す事ではない。生き残る事だからだ。
偶々殺した方が生き残る可能性が高いからそうしているだけである。
初陣で悩んだ殺人への想いを、そう断ち切ったのだ。
全て娘に会うため。
言い訳もしないが譲る気は一切なくなっていた。たとえそれで同じ想いをするモノが出ようとも。
「よし。じゃあ早速だが誰にする?」
ソウは初陣で、目の前の敵を殺す事だけを考えていたわけではない。
確かに人を殺した時に感じた思いは相当堪えた。だが生き残る為にしなくてはいけない事はそれだけではない。
敵に囲まれて孤軍奮闘しなくてはならない状況ではないのだ。
大切なのは今後、そういう状況を作らないようにする事。
今回の曹長と大尉は今回だけの可能性が高いのだから。
そう考えた後、最初に必要だったのは如何に優秀な…もとい、戦場で自分について来れる部下を得られるか。
丘で見た第一小隊の隊員達は…ソウの眼鏡に適ったものはいなかった。
無理にソウ達についてこようとして、敵に斬られた部下もいた。
それを見て申し訳ないと思う気持ちと『俺が斬った王国兵とコイツとでは何も違わないだろ?』という気持ちがせめぎ合い、心に蓋をした。
それは異世界では必要のない考えだと。
部下への想いも斬り殺した敵兵への想いも関係ない。まずは言われた事をしっかりするだけ。
強い部隊を作る事が上からの指示で、自分が生き残る事に繋がるなら何も迷う事はない。
斬り殺されて転がっていた部下や同僚達を一瞥したソウは戦場を俯瞰していた。その時に目についた者達にまずは声をかけようと行動するのであった。
「第一小隊ですか。わかりました。ご命令とあれば」
ソウが選んだ隊員達は皆一様にこう返した。
「では頼む。ウチの元隊員達との配置換えは伝えておくから荷物を持って移動してくれ。場所はわかるな?」
「はっ」バッ
隊員は敬礼するとすぐに行動を始めた。
それを見送ったソウに声をかけてくる人物が。
「何故彼等なのです?」
「レンザ大尉」バッ
「誰も見ていないので気にしなくてもいいです。それよりも気になりました。何故彼等を選んだのです?彼等も決して悪くなかったのですが、他にいくらでもいたでしょう?例えばあそこで笑っている新兵は、四人もの王国兵の首を取ったようですし」
それは凄い。とソウは素直に思った。だがそれだけだった。
「笑っているからです。私が求める部下は自身の感情を表に出さずに、任務を忠実にこなせるか。
そして、足の速さと体力です。
彼等はまだ成人間もないです。まだ未成年の私が言う事ではないですが、剣技はこれから育ちますし、皆現状でも困るレベルではないです」
「なるほど。ソウ殿について来れる体力と速さがあり、頭が良く、使い勝手の良いもの達ですか」
「まぁ…言葉を選ばなければそんなとこですね」
ソウもズバズバ言う方だが、レンザの言葉はもっと鋭かった。
「しかし…少し意外でしたね。ソウ殿であれば自身の身を守れる者たちで周りを固めるかと思っていました」
ソウが選んだ者たちも弱くはない。
しかし、強者はたくさんいたのだ。
「剣術の大会に出るのであればそうしたでしょう。ですがここは戦場です。何が起こるかわからない時に生き残るのに一番重要なのは、剥き出しの感情ではなく折れない心と冷静さ。
そして逃げ足の速さと体力。
流石に部下を置いて逃げると軍法会議モノですよね?そうならないメンバーです」
勝ち戦のためではなかったようだ。
手柄は生き残れば必然的に積み上がる。
しかしまずは生き残らなくてはならない。
負け戦は勝っている戦争でも大隊規模なら頻繁に起こる。
戦争とは極端にいえば、最後まで旗頭が立っていれば勝ちなのだ。
第四大隊がいつ敵の王将を取る為に、捨て駒にされるのかわからない。
そしてその時こそ、一人の力では生き残れないとソウは判断したようだ。
「ふふっ。面白い判断です。確かに我々士官と呼ばれる者達は、戦争に勝つ事だけを考えて采配をとります。そこに部下の命を考慮しませんからね。
仮に考慮するモノがいたとすればその人は軍人失格です。
我々が守っているのは国であり民なのですから。そして奪っているのも」
「そう…ですね。どちらもあまり考えたくない事です。兵を多く生き残らせるのは戦う為に当然な事です。一度限りの戦ではないのですから。
そこに感情を殺せと教えてきた上官が、感情論を持ってくるのは卑怯の極みですよね」
「ええ。ですから本当の意味での捨て駒など存在しないのです。必ず意味があります。
その時に選ばれても良いように行動したわけですものね?
気をつけて下さい。少佐を慕う人は多いですが、敵もまた多いので、ソウ殿が危惧している事がおこるやもしれません」
そう言うとレンザはその場から去っていった。
レンザはレンザで最後の言葉を伝える為にやってきたようだ。
レンザと話し、感情の整理をつけたソウだが、苦笑を溢した。
(何だか守られてばかりだな…しかし、有り難く守られることにしよう)
ソウは危惧している事が起こらないように祈りながら、その日も淡々と業務をこなしていった。




