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16話 初陣は息苦しさの塊。

 




「我々は遊撃部隊として出撃することに決まった。

 新兵に伝える。足だけは止めるな。ビビって足を止めたら後続に踏まれて死ぬ事になる。

 優等生のような剣術に頼るな。初撃は上段から叩きつけるように打ち下ろすか、何も考えずに突っ込め!

 いいなっ!?」


 翌朝、整列後、ロイド曹長の言葉から戦争が始まった。


「「「「はっ!」」」」バッ


 ロイドの中隊は第一中隊である。それはどんな隊列の組み方でも、大隊内では先頭になるということだ。

 そんな中隊の中でもソウは第一小隊の長。つまり先頭の中の先頭ということ。


 徐々に鎮まっていく帝国軍陣営。

 全ての音が止み、辺りが静寂に包まれると大きな銅鑼の音が鳴り響いた。


「「「「突撃ぃぃいっ!」」」」


 大勢の指揮官の言葉に呼応して、帝国軍が怒声の中、進軍した。


 その中で遊撃部隊である第四大隊はイェーリー大尉の背を目標に突き進む。


 イェーリーは大尉である。決して先頭を任せていい役職ではない。

 普通は歴戦の曹長、軍曹が先頭を任される。

 しかし、今回はソウがいた。イェーリー曰くソウに剣で勝てる隊員は大隊内にはいない。

 その言葉を聞いてもジャックとレンザはイェーリーにソウのお守りを頼んだのだ。

 今回に限り、第四大隊内で一番死なせてはならないのはソウなのだから。


 戦闘狂のイェーリーからすれば、もう二度と任されないと思っていた一番槍…(剣だが)を任せられたので、二つ返事で快諾をした。



 ソウの視線の先には二人の漢の背中しか映っていない。少し後方を確認すると砂煙が上がっていた。

 どの兵士であれ視界は生命線なのだが、目に頼る戦闘が得意なソウにとっては、それ以上に生命線なのである。

 それに関して、『良かった』とソウは思いつつ、ここで自分を一番隊に配属したジャックの采配に感謝した。


 なだらかな坂を下り、平坦な広場に差し掛かる。

 ここにきて漸くソウにも理解出来た。


(坂の傾斜がきついところとそうではないところがある。恐らくそうではないところもそう見えているだけだろう)


 大した下り坂でもなく、平坦な場所に入るとすぐに勢いは殺された。

 そしてイェーリーはソウが想像していたルートを通る。

 態々キツそうに見える坂に向かったのだ。

 これは見た目通りの坂であればそれ相応の覚悟で登る事が出来るからだ。もし惑わされた事が原因であればこれで解決される。

 そして…


(ぶつかる)


 前を見据えていたソウの眼前には敵が迫っていた。

 知らぬ間にイェーリーが速度を合わせて隣に並んでいた。意外にも自分(おれ)緊張していたようだと、それを俯瞰して見れたことで、ソウは落ち着きを取り戻し、そして剣を上段に構え、敵陣に突っ込んだ。


 イェーリーは横だがロイドは速度が出せず、急加速した二人に一歩遅れる。


「しっ!」


 ソウの走りながらの斬撃が目の前にいた敵兵の首に吸い込まれた。

 ソウの速さについていけなかった敵兵は、その速さに驚愕の表情を残し、半ば断ち切れた首から血を噴き出しながら絶命した。


 しかし、ソウはすでにその敵兵を見ていない。

 正面から迫り来る別の敵兵の剣を、死地に向かい一歩前に動いて出来た半身で交わし、すれ違いざまに脇の下に剣先を入れて、名も知らぬ王国兵の命を奪った。


 ソウが孤立しないようにイェーリーが左を、そして速度が遅れたロイドであったがその豪剣で敵を薙ぎ払いソウの右に躍り出た。


 丘の上に少しばかりの陣地を作った三人はその後も剣を振るい、その陣地を広げていった。


「王国軍に援軍なし!他の王国兵は我らの仲間が抑えてくれている!一気に落とすぞ!」


 ロイドが声を張り上げて第一中隊を鼓舞した。


「ソウくん。呼吸して」


「ふっふっふっ」


 陣地を切り拓き、周りに味方が増えた事により余裕が出来た。

 その余裕のせいでソウは自身が人の命を奪った事実を咀嚼しなくてはならなくなった。

 自分の鼓動がやけに煩い。

 息は上がっていないのに呼吸が落ち着かない。


「し、死んでも…転生するだけ…もしかしたら死後の世界に…」


 ブツブツと()()()で呟く。

 そのソウを見てイェーリーの表情が曇る。が…


「ふー。イェーリー大尉。ありがとうございます。もう大丈夫です」


「…そう。ソウくんをこんな事で挫折させられる余裕はないから助かるよ」


 その言葉にソウは苦笑を返した。


 王国軍は今までとは勢いの違うこの部隊に少しずつ押されて下がっていく。自身が気付かぬうちに。


「さ、下がるな!ここが崩れれば一気に負けてしまう!故郷(くに)に残した家族が蹂躙されてもいいのかっ!?」


 敵の指揮官も文字通り必死だ。


「我らが死のうとも王国は不滅だ!皆で守るぞ!かかれーっ!!」


 戦争で実際に殺し合いをしている人達は必死であり、善悪などここにはなかった。

 勝った方が善であり、一度でも負けるとどんな英雄も悪になる。

 悪になったところでその時には命がないから知りようもないが。


 次々にこの丘に登ってくる帝国軍を押し戻そうと王国軍が踏ん張りを見せるが…


「う、後ろだー!!」


 正確には後ろまでは回っていないが、前がかりになった王国兵からすると後方を取られたと思ってしまう。


 やって来たのは第四大隊第五中隊であった。

 敵が前のめりになったところをより傾斜のキツい坂を登って来た。

 第五中隊は一番後ろにつけていて、敵に悟られないタイミングで丘を迂回していたのだ。


 こんな事が出来るのも遊撃として自由を許されていたからだ。


 ジャックが出したこの作戦は成功すれば儲け物程度だったが、第四大隊の勢いにこの丘の上にいた王国軍が予想以上に動揺した為、成功を納めた。


 ギリギリ戦意を保っていた第四大隊の相手の王国軍は、背後を…正確には斜め後ろを取られた事で統率を失った。


 この丘は王国軍の最右翼だったので援軍は左からしかやってこない。

 そもそもそこは他の帝国軍が睨みを効かせているので問題はない。


 第四大隊は潰走していく王国軍を深追いはせずに、陣地の一つを完全に掌握した。


 これにより膠着状態だった戦地に大きな波がたった。

 まだまだ小さな波であるが、歴戦の将であるサザーランド中将がこの機を逃すはずはない。ただでさえこの波を心待ちにしていたのだ。


 ゴーンゴーン


 帝国軍の本陣から銅鑼の音が二度響く。


 この音がこの戦場に広がった小さな波を大波へと変えた。


 まず左翼の丘に張り付いていた帝国軍が引いた。

 事態の飲み込めない王国軍左翼は後退していく帝国軍を攻め立てる事が出来ない。

 王国は我慢し切れば勝ちだと思っている為、唯一の好機を逃す。


 下がった帝国軍は広場に降りると部隊の半分が右翼へと向かう。

 遅ればせながら王国軍本陣から銅鑼や太鼓の音が鳴るが、間に合わない。広場に陣取った帝国軍は盾を構えて防衛陣を完成させていた。


 左翼にいた帝国軍は右翼へと集まっていた。


「突撃ぃぃいいっ!!」


 副都ミサンジェラード近郊の戦地に帝国軍の怒声と王国軍の悲鳴が鳴り響く。第四大隊が作った王国軍の綻びの右翼から、波のように帝国軍が左翼に向かい蹂躙したのだった。




「我々は何故いかないのだ?」


 丘の上で倒れている部下を介抱しているソウに上官である方のロイドが聞く。


「私は軍議にも参加していませんよ?」


「俺は参加していたが、ここまでしか命令されていないからな。でもソウなら少佐の考えがわかるだろう?」


 ロイドは戦巧者ではあるがその他は…。


「わかるわけないですよ。これはあくまでも普通の考えですが、手柄を取りすぎないようにここまでとしたのだと思います」


「なんだかんだ言ってもわかるのだな……それで?なぜみすみす手柄を?」


 やっぱり答えを持っているんじゃないか、とロイドは続きを促す。


「私達も北軍ですが、この戦場に関しては途中参加ですからね。手柄は一番槍で十分と考えたのでしょう」


「なるほどな。流石少佐。こんな面倒な事まで考えていたとは。…これは内緒だぞ?」


 言いませんよ。とソウは返しながら、本陣に居るであろう少佐を探した。

 丘は若干ではあるがこちらの方が高い。しかし、本陣は見えても人一人を探す事は叶わなかった。

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