15話 なだらかだが起伏が多いとはこれ如何に?
「私にロイド曹長の第一中隊で小隊長を…ですか?」
国境から進んで2日目の夕方がやってきた。
最前線には明日の昼過ぎに着く予定である。
いつも通りの軍議が行われている場所でジャックに伝えられたのだ。
「そうだ。流石にソウ自身の人事だからな。いない所で決めさせてもらった」
「それは気にしていません。当然ですから。そうではなく、初陣の私に小隊長が務まるでしょうか?」
ソウは自信がないのではない。部下を持ち、自分の指揮のせいで死なせる事を怯えているのでもない。
「なるべく元気そうな新兵ばかりをつけた。ソウのやりたい様にやってくれて構わない。ただ命令は守れよ?」
「はっ!新兵ばかりなら色に染まっていなくてやりやすそうです」
「…程々にな?ソウが出世を目指すなら人がついてこないと難しいからな」
ソウは軍に染まっている。
しかし一指導員としては真っ白だ。
そんな自分にここでの普通の指導など出来はしない。部下を育てたことなどないのだから。
ソウを育てた二人の教官は変わっているし、ソウもそれは理解してきている。ジャックだけがまともな教えを与えてくれたが、ジャックのマネなど簡単には出来ない。たとえ優秀な二人の教官を上回ってきた自分であっても。
ソウはそう自身を評価していた。
「ソウ小隊長。私は第一中隊第一小隊副隊長のアーノルドといいます」
ガイルに案内してもらった所にいた人物がソウに名乗った。
「ソウです。年下でやりにくいかとおも『敬語はダメだ。行き過ぎた丁寧語もだ』…はい」
ガイルはそれだけ伝えるとその場を離れていった。
「と、いう感じで、軍ではまだまだわからない事が多い。よろしく頼む」
「はい。一つ宜しいでしょうか?」
ソウは頷いて先を促した。いきなりトラブルはやめてくれと願いながら。
「私は元々第四大隊所属です。ですのでソウ小隊長の噂も実際の稽古も見てきていたので、年下だからといえ、侮る様なマネはしません。
隊への合流は明日の朝でもよかったでしょうか?それまでに第一小隊員に小隊長のことを伝えておきます」
なるほど。アレを見ていた一人か。
ソウは副隊長の説明に納得がいった。
しかし続きの説明には納得がいかなかった。
「隊員とのやりとりに一々保護者が出てくるようなマネは向こうを増長させるだけだ。
俺が舐められるのを防ごうとしてくれた事には感謝する。だが心配は無用だ。
奴らが舐めるのは・・・」
バキッ「ぐはっ」
ドゴッ「うえっ」
新兵達が地面に倒れ伏した。
「どうした?口だけか?」
「ぐっ…」
「…小隊長。騒ぎがデカくなっています」
ソウの足元に倒れている新兵は六人。
ソウが自分の隊の隊員である新兵達に挨拶に行くと、案の定舐められた。アーノルドも二十歳と若いが、流石に新兵達とは顔つきも雰囲気も違った。
そしてソウだが、こちらは新兵にはよくわからない雰囲気を纏っていた。
それもそのはず。二人の鬼教官の指導を事もなげにやり通した男である。
しかし、新兵達はその雰囲気を見誤った。
『どうせ子供特有のやつだろ?』と。
そして文句があるなら一度だけ拳を上官である自分に向ける事を許した。というか、それがソウの狙いだった。
「何事だっ!!」
騒動を聞きつけて怒鳴り込んできたのはソウも知っている曹長。
その曹長をみて倒れていない…殴り掛からなかった新兵達は縮み上がった。
人を何人も殺して生き残ってきた風格が曹長にはあったのだ。
「しょ、小隊長が殴りかかって良いと…」
「誰が貴様に発言を許したっ!?腕立て100回!」
「は、はいっ!」
周りの新兵達が静かになったのを確認してからソウへと話しかけた。
「元気が良いな?」
「はっ!もう少し足りませんがこんなものでしょう」
「…ソウと一緒にしては可哀想だぞ」
歴戦の曹長がドン引きする相手だと知った新兵達は顔を青くさせた。
その時ソウは別の事を考えていた。
(懲罰は腕立てか…危うく木剣で殴る所だった…)
新兵達はこの恐ろしい曹長に命を救われていた。
「お前達。俺は初日に挨拶したから知っているな?この第一中隊のロイド中隊長だ。お前達は年下の下につかされてガッカリ思ったかもしれん。
だが良い事を教えてやろう。ソウの部下になれた事を誇る日が、近いうちに必ずやってくる。
かくいう俺はソウが俺の中隊に入ってくれた事をすでに嬉しく思っているからな。
明日は戦場だ。さっさと寝ろ。ソウ。お前もな」
「「「「はっ!」」」」
新兵に混じりロイドに敬礼をしたソウは、殴り倒した新兵を起こして共に眠りについた。
これまでジャックに付き従っていたが、この日を境にソウがジャックにべったりになる事はなかった。
前述したように階級があまりに離れていたからだ。
翌日はよく晴れていた。
戦場へ向かったソウ達は無事に副都ミサンジェラード近郊に着いた。
「凄い…」
そう呟いたのはソウ。前世も含めて初めて戦場を目の当たりにしたためだ。
森の中に通された道を抜けるとそこは傾斜はなだらかだが起伏の多い丘が姿を現した。
こちら側からは敵軍の向こうに街らしきモノが遠くに見える。そしてその敵軍は低いところで平地になっている中央部を挟み、いくつもある丘の上の部分に散らばって布陣していた。
こちら側はそういう事はなく、この森の出口から近いところを中心に広がって布陣していた。
数は王国軍二万に対し、帝国軍北軍一万二千と北部辺境伯軍5000人。
ここで一つソウが習った事のおさらいだが、帝国に存在する四つの辺境伯家では独自の軍を持つ事が皇帝より許されている。
これは許しているというよりそうせざるを得ないからだ。
帝国の辺境伯の領地はそれぞれ帝都から見て東西南北付近の一番外に位置している。
つまり外敵となる他国と接しているのだ。
防衛の為の戦力として現在ではそれぞれ一万までの兵を動員出来ることになっている。
国境には普段この辺境伯軍と帝国軍が張り付いている。
今回のような敵国に攻め込むときは辺境伯軍からも援軍がやってくるのだ。
いつも国境で顔を合わせて、時には同じ釜の飯を食い、訓練さえも共にすることもある。よって連携は別の地方軍と取るよりも取りやすい。
ここで一つ問題が出てくる。
辺境伯が軍を維持するメリットは?
第一に一番初めに攻め込まれるのが自領なので防衛の為。
そして第一の理由と同じくらい大きいものがある。
その地方連合軍で他国を侵略して土地の切り取り又は国を落とせば三割から五割の土地が働きにより辺境伯へと賜られる。
これだけだと辺境伯家がでかくなりすぎる為、カラクリもきちんと存在している。
それが得た領地の半分の大きさ又はそれに準ずる辺境伯領を皇室に返還するというもの。
簡単に言うと、すでに安定している領地の一部とその倍の戦後間もない占領地との交換だ。
もちろんこの他にも理由はあるが、今はあまり関係の無い事なので割愛する。
ソウが戦場に圧倒されていると、第四大隊から一人の男が前に出て行った。
ジャックだ。
ジャックはこちらを迎え入れる為に本陣からやってきた10名程の人達のところへと向かった。
何やら話しているジャックを、ソウが遠巻きに見ると不意にこちらを指差して相手に何かを伝える仕草をした。
自分の事を話しているとわかったソウは恥ずかしく思いながらも、ジャックの評価に繋がると思い直してすぐに敬礼をしながら不動の体制をとった。
すると何やら手招きされた。
「俺なのか?」
ソウがそう独り言ちると、それに答える声が割と近くから聞こえた。
「ソウ。ご指名だ」
「はっ!行って参ります」
ロイドが割と確信を持ってソウに告げた。
恐らくソウを呼ぶ事になると、ジャックから朝の軍議で伝えられていたのだろう。
「ほう。君があのソウくんか。いや、すでに軍人であったな。くんは拙い。済まないな。どうもこの年になると成人前の人は孫と同列に見てしまう」
呼ばれてやってきたソウにそう告げたのはガレッシュ・サザーランド。北軍中将でスキンヘッド、日に焼けた肌をしている。好々爺然としているが見た目は恐ろしく見える。その白い太眉の下の糸の様な切れ長の目は何を映しているのか…
「はっ!どの様な話か存じませんこと申し訳ありません。第三師団第四大隊所属のソウであります!」
「うむ。何を考えているのかわからんいい目をしておる」
それは褒め言葉なのか…いや、褒め言葉なのだろう。この老人にとっては。
「あのバハムート少将が絶賛しておるのだ。其方の力量には興味がある。
エルメス少佐」
「はっ!」
「打開を頼みたい」
「はっ…必ずや期待に応えてみせます」
どうやらこの戦場は拮抗している様だ。
ジャックはすでに状況を聞いているようで、ソウを伴い隊へと戻る事になった。
隊へと戻る時、ソウは前と変わらずジャックに話しかけてもいいのか迷っていた。
その距離はごく僅か。答えが出る前に隊へと辿り着いてしまった。
「と、決まった」
ロイドが告げたのは今日の予定だ。
あの後すぐに中隊長以上が集められて話し合いが行われた。
そこで言われたのが、今日は行軍の疲れを癒す為にここでそのまま野営するという事。
戦地へ投入されるのは明日からだから準備が整い次第、各々自由に過ごすことが許可された。とのこと。
「「「「はっ!」」」」
ソウを含めた小隊長がロイドに敬礼をした。
「ソウ。小隊へ連絡後ここに戻ってこい」
「?わかりました」
少し不思議に思うが、ソウはしなければならない事の為に足を動かした。
「えっ?遊撃部隊ですか?」
ロイドの説明を聞いてソウは驚いた。
ここに来たばかりの第四大隊に遊撃を任せたのだ。確かに連携の所で新兵が多い大隊は不安を抱えている。
それにしてもだ。
「そうだ。中将と…大将が決められたことみたいだ」
「そうですか。私には断る権限もないのでなんとも言えません」
「それでも何か理由がわからんか?」
「…少佐…いえ、レンザ中尉ですか?」
ロイドは歴戦の戦士ではあるが軍略、知略には明るくない。短い期間でもそれを知っているソウは、何故それを聞いてきたのか当てようとした。
「そうだ。それで何かわかるか?」
「恐らく慣れでしょう」
「慣れ?どういう意味だ?」
これまで頭の切れる人達とばかり話していた為、言葉が足りない事にソウはやっと気付く。
「すみません。北軍はここまで来るのに同じ軍で勝ち進んできたのですよね?」
「それはそうだ」
「勝ち進むにつれて、侮りが出てきているのでしょう。もちろん見た目は一生懸命ですが、心のどこかで。
ここはこれまでとは違い、平坦な戦場ではありません。
向こうは恐らく沢山ある丘から動かないはずです。
やってきた帝国兵はこれまで楽に勝てていた侮りと、これまでの疲れのせいで坂を登りながら戦えていないのではと思います。
それで相手が強くなったと勘違いして戦いづらくなっているのではと」
「流石に坂道だとわかればそれは…」
「そうです。わからないのでしょう。ここから見れば一目瞭然でも現地でそうは見えない地形があります。恐らくここはそれなのではないかと。
しかも元々緩やかですしね」
人間の目は見る角度によって見え方が変わる。上から見たら飛び出して見えていたものが正面から見ると引っ込んで見える様に。
錯覚だ。
これは長いトンネルなどで日本でも未だによく起こっている。
渋滞で有名なトンネルの大半の原因は上り坂を認識出来ない事である。
ドライバーが上り坂に気付かずにアクセルを踏み込まなかった事が原因で減速して、後続車がブレーキを踏む。それの連鎖が長い渋滞の原因だと判明していた。
ソウはそれがここでも起こっていると思ったのだ。
完全な錯覚ではなくとも、同じ力で攻めても攻めきれなくては士気も下がる。
何故ならこれは既に勝ち戦なのだから。
勝ち戦で大変なのはしっかりと勝ち切る事である。
兵が功績を積んだ後は『死にたくない』という、蓋をしたはずの感情が出てきてしまう。
ここまで踏み込めば基本負けはない。ここで勝ちきれなくても兵としては出世などの褒美がある。
指揮官はもちろん別だが。
「まぁ、そういった事ではないでしょうか。どちらにしても心機一転ここで元気に動けるのは第四大隊のみ。
『上は私達が自由に戦場を引っ掻き回す事により、生まれる流れに期待している』程度に考えて気楽にやりましょう。
と、少佐にお伝えください」
「言えるかっ!!」
ジャックはこれまで沢山ソウに驚かされてきた。どうやら次はロイドの番なのかもしれない。




