13話 最年少上等兵現る。
「着いたな。各自一旦休息に入れ!その後野営の準備だ!」
ソウ達は招集場所である国境へと辿り着いていた。
招集は国境だが戦地はハーレバー王国に入ってそこそこ奥にある副都ミサンジェラードの近くだ。
敵国に踏み込めたのはいいが、そこは相手の土俵。地の利を活かされて苦戦をしいられていると聞いていた。
部下に指示を出した後は供回りとしてソウを引き連れて、日夜軍議が開かれているであろう北軍臨時本部の軍幕内へと歩いて向かった。
この国境は何かがあるわけではない。むしろ何もなかった。
恐らく昔から戦地として使用されてきていたのだろう。草の一本も見当たらない大地が剥き出しの広場がそこには広がっていた。
ハーレバー王国との戦争での初当たりはここだ。所々に何かの破片や、血の跡が未だに残っているのが伺える。
帝国側の国境の関所は随分前に通過している。ここに辿り着くまでは山や森に囲まれた幅10mほどの道があるだけだった。
こうした国境の周りは敵に攻められづらく、守りやすい立地になっている事が多い。
逆に言えばそうではない所に国境があるとすぐに攻められてしまうのだ。
要は国の弱点である。
帝国にもそうした国境はあるが、そこは厳重に守られており、仮に攻められてそこが崩れても第二第三の罠や守りやすい工夫が随所に組み込まれているのだ。
これが可能なのは偏に帝国が常に戦い続けてきて、色々な策や罠、謀略、策略を肌で経験してきた名将と言われる者達が大勢いるからなのである。
王国も弱点を攻められた。
そして国の奥深くまで攻め込まれているのは帝国との国力差もあるが一番は経験値の差であった。
しかし、帝国も帝国でミスが目立った戦いであった。
国境で勝つまでは順調だった。しかし王国内に踏み込んでからが誤算の始まりだった。
戦線が延びたことで兵站を運ぶ輜重部隊が狙われてしまったのだ。
これはもちろん考慮に入れていた。
しかし王国は弱点を補う策でとんでもない事を実行した。
「自国を焼いたのですか」
ここは北軍臨時本部の天幕の中。
同行が許されたソウを伴い中へと入り、そのまま軍議へ移った。
「そうだ。国民を退避させた後、田畑だけではなく、住居まで燃やしていた。
井戸は土で埋められており、前線では物資が足りない状況が続いている」
ジャックの言葉に説明を続けたのは北軍大将のリゲル・ディオドーラだ。
短く切り揃えられた銀髪がカンテラの光でキラキラと瞬くのは、その半分に白い物が混ざっているからか。
見た目は筋肉質で歳を感じさせない体つきであるがその顔は深く皺が刻まれた年相応のものだった。
「我が隊の役目は物資を届ける事でしょうか?」
「流石軍学校で神童と呼ばれていただけの事はある。話が早いのは評価に値するぞ」
なるほど。新兵を減らさず活躍させれば陛下の機嫌もよくなるか…
ジャックはこんなくだらない事で呼ばれたのかと肩を落としそうになるが、仕事は仕事。
戦働きが一番出世に繋がるが、こういう上の者の機嫌を取る仕事も、そこそこには出世に繋がると、自身に上を向かせた。
そんな色々な思惑が交差しているジャックとディオドーラの話に割って入る者が…
「ディオドーラ将軍。宜しいでしょうか?」
「どうした?バハムート少将」
口を挟んだのはこちらもジャックからしたら雲の上の存在のミハイル・バハムートだ。
「エルメス少佐であればそのまま向こうの軍に加えても良いのではないでしょうか?」
「いや、しかし…」
ディオドーラは新兵をなるべく減らしたくはない。
「かの神童が加われば前線を支えている中将も楽になります。それに新兵に一戦も交えさせないというのは、中央にいらぬ波を立てる事になるかと」
バハムートの言葉に決まりかけていたジャック隊の今後が揺れた。
そして黙って聞いていたジャックに矛先が向く。いや、ジャックだけではない。
「エルメス少佐。そちらの少年が噂の?」
ジャックはここに来て自分の愚かさとこの男の狙いに気付いた。
おずおずと口を開く。
「…失礼ながら噂とは?」
「ああ。こちらの少年がエルメス少佐よりも優秀だと聞いてね」
「ほう?そうなのか?」
折角決まりかけていた軍議が少将の一言で振り出しに戻ってしまった天幕内。
そこにいるのは皆、階級が少佐以上である。
ジャックにとって味方の数より敵の数が多いここでは、この動向を皆がそれぞれの面持ちで見守った。
「ええ。初陣にはピッタリですな!そうだな。エルメス少佐?」
「いえ、まだ13の子供ですので…」
ジャックは軍人だ。反論は許されない。
その場の誰しも反論しないだろうと思っていたところで、間をおかずに断りを入れてしまった。
そのジャックの反応を見て笑みが深まるバハムート。
「帝国の成人の年齢は15。しかしそれは成人であって軍人ではない。
この場では将軍が法だ。
どうでしょうか?こちらの少年の力量も測れますし、何より新兵も一当て出来ましょうぞ」
「うぅむ。新兵は陛下から賜った新たな戦力…うむ。少将の言う事に一理アリだな。
今回の戦にはあまり関係のないことかもしれぬ。しかし今後の帝国軍を担う若き芽を育てる意味合いとしては非常に有意義である。
よってエルメス少佐には輜重部隊の代わりを担ってもらい、前線に辿り着いたらそのまま中将の軍に加わるのだ。
その少年はワシの一存で、入軍を認める。名は何という?」
あれよあれよという間に物事はすすんだ。
結局上が決めるのだ。軍議など半分は飾りである。
バッ
「ソウと申します。閣下」
「ほう。すでに敬礼も様になっておる。さらには体躯もいい。期待しておるぞ。ソウ上等兵」
騒つく天幕内。
当たり前だ。身体が少し大きいだけの子供にいきなり上等兵の階級を与えたのだ。
驚く将校達とは違い一部の者達はほくそ笑んでいたが。
「ご期待に添えるよう精進して参ります」
「ソウ…」
二人は天幕を後にした。
「済まなかった」
すでに設営が終わっていた第四大隊の天幕に二人はいた。
いきなり謝罪から始まった話に二人以外の人達は着いていけなかったが、ソウも苦笑いしているだけである。
「ジャック少佐の責任ではありません。仮に別の目的でワザと噂を流していたとしてもです」
ソウはジャックのセリフを先回りして制した。謝罪合戦は無駄だからだ。ここは上が言えば下はイエスの世界だと重々理解している。
「知っていたか…どうやら今回は策が裏目に出てしまったようだ。
それで?ソウ上等兵はどうみた?」
その言葉に訳の分からなかった者達はさらに訳が分からなくなってしまった。
「その前に皆さんに説明しましょう。唖然とされてますよ?」
「む。済まなかったな。実はな・・・」
ジャックは臨時本部天幕内の出来事を周りの者達に伝えた。
いつもの二人と、レンザ、信頼が置ける中尉が二人だ。
「その様な事が…」
「理解できた様だな。それで?」
促されたソウは自身の考えを伝えた。
「恐らくですが、少将はシロです」
「やはりそう思ったか……理由は?」
「少佐を最前線に送ったからです。シロと言いましたが本人が気付かない間に黒が少し混じった白よりの灰色ですね」
「ソウ殿にはどんな黒が見えたのでしょうか?」
これに食いついたのはレンザだ。
「恐らく少佐を上に上げたい少将は部下に少佐を調べさせたのです。
少佐を上に上げたい理由は一つくらいしかないのでここではいいませんが、その部下が黒と繋がっていたか、そもそも黒だったか。
恐らく少佐が流した私の噂は頭が良いとかくらいで剣の事に関しては流していないはずです」
「…一応聞いておこうか?なぜだ?」
「剣はあれだけ目立つ場所で訓練していたので噂を流す意味がないからです。
少佐は私がみんなに認められるように噂を流したのですね?」
「…そうだ。ソウには早く出世してもらわねば困るからな」
二等兵や一等兵が少佐にくっついているのは側からみれば異様である。軍曹でギリギリ。理想は少尉以上だ。
「話を戻します。私の噂は賢いということ。もちろん第四大隊内部にその人と繋がりを持つ人がいればこの推測は外れますが、向こうの黒い人達は『ソウは賢さを少佐に買われている。では手塩にかけて育てた才能を奪えば良い。ソウは賢いだけだ』
少佐のアトミラス領でしてきた事を潰そうと考えたのでしょう。『奴は遊んでいただけです』とでも、上の人達に進言する為にも」
「いいか?それだとソウは死んだのだから少佐は言い訳出来るんじゃないのか?」
この人物はダニエル・バーニー中尉だ。黒に近い青髪の短髪で身体は大きいが文官の能力も優れているオールラウンダーだ。
「大将閣下を巻き込んだ時点で向こうは私が死ねばどうとでもなるでしょうが、『優秀ではないから死んだ』とでも言えるでしょう。逆に相手が『そんな国の宝をみすみす死なせたのは少佐だ』とでもいえば……嘘でも自分の事を優秀だの宝だの言うのはいやなので…この話はもういいですか?
伝わったかと思いますが、大将を巻き込んだ時点で敵の策は少佐の出世の道を断つことと、少将の大将からの信頼を無くす、もしくは失脚させる二つの効果を狙った策です。以上が私の推測と憶測です」
「ああ。わかった。ソウが俺達の宝だということがな」
ジャックの冗談に流石に天を見上げたソウであった。
天幕の外では満天の星空が瞬いているはず。
その中のどれかに娘がいないか探したいところだが、ソウ達第四大隊に残された時間は少ない。
明日の予定に話は切り替わり、また天幕内が騒がしくなった。




