12話 進軍、そして初めての手紙。
「北軍第三師団第四大隊長のジャック・エルメス少佐である!これより我が第四大隊はハーレバー王国戦に加勢する為に、北部辺境伯領に向けて進軍を開始する!
一同前進!」
ジャックの号令によりターメリック帝国軍北軍第三師団第四大隊600名が戦地に向かい進軍を開始した。
ソウも習っている事だが
帝国軍(80,000)
中央軍(30,000)
東西南北軍(12000〜15000)
第一〜第三師団(4000〜5000)
第一〜第四大隊(1000〜1200)
第一〜第五中隊(100〜200)
第一〜第十小隊(10〜20)
()は人である。
例としてソウが第一小隊に入れば『帝国軍北軍第三師団第四大隊〇〇中隊第一小隊所属ソウ二等兵』になる。
まるで住所のようだがそんなものだ。これを全て連ねて名乗る事はないので気にする事はない。
名乗るのは中隊長から上の人達。上に行けば行くほど名乗る事は増えて、所属の名前は短くなる。
閑話休題
帝国は常に戦争している。前回説明したように400人は新兵が加入する事になっている。
なってはいるが、10,000の軍に400の新兵ならわかるが4割が新兵の部隊などいくら帝国でもおかしい。
これには少し理由がある。
これはターメリック帝国が、元々力を入れていた軍事に近年さらに力を入れるようになった為に起こった弊害だ。
なぜそうなったのかは簡単に言うと、四年前の大戦でほぼ同じ国力の国を落とし、統合したからだ。
もちろんすぐに国力2倍とはいかず、少しずつ吸収していく。
軍も同じように少しずつ人を増やしているのだ。
そこで新たに作られた東西南北軍の第四大隊。
新たに作られた大隊に配属されるのは四割が新兵という特殊な試みである。
余談だが…
皇帝の提示したこの方策を失敗するわけにはいかない。
北軍の大将中将は誰か適任がいないか奔走した。
そして見つけたのだ。ジャック・エルメスという男を。
大将中将に目を掛けられている少佐を毛嫌いするモノは多い。
近い将来に自身の地位を脅かす存在だからだ。
そういう理由もあり、アトミラス領に閉じ込められていたのだが、結果が欲しい大将達によって戦場へと再び呼び戻される事となった。
話は戻り〜
「新兵が合流する事をどう思う?」
馬上からジャックが問いかける。
「どの職、どの時代にも新人はいるものです。しかし余りにも比率が…」
馬の横を歩きながらソウが答えた。
従者に馬など与えてはならない。これが行軍でなければ好きにすれば良いが、ここでは人の目が多すぎる。
まだ成人もしていない子供を歩かせて自分だけが馬上という事に、ジャックは居心地が悪いが仕方ない。
「そうだな。しかし愚痴を溢していても仕方ない」
「はい。隊の組み方…編成などで欠点を逆に長所にしましょう」
「ああ。上手く行く事を信じるしかないな」
ジャックは自身の周りを見渡す。
そこには歴戦の戦士がいた。皆表情は引き締まっている。不安や緊張からくるものではなく、それは自信と経験の表れである。
それを確認して、誰に向かってでもなく一つ頷くと、ジャックは再び前を向いた。
「では、やはりここに多く組み込む事にするか」
ここは天幕内。本日の野営地に着いた第四大隊は各々の役目に奔走していた。
ジャックは道中の懸念を払拭するためにも、ソウと信頼の置ける部下を呼び付けて軍議を行っていた。
「そうですね。深い経験を持っている中隊長に多くを任せるのは賛成です。
そして見栄が強い人がいる小隊に新人を配属すると」
「見栄は人を破滅に追い込みもしますが、使い方次第では計算以上の力を発揮させまします。新人に良い格好をしよう。恥ずかしい事は出来ないと。
面白いと思います」
「いや、お前達の言い方はあんまりじゃないか?」
ソウと同意見だと言ったのはレンザだ。
自身は剣の腕も人を率いる力も人並みだと考えている。尊敬するジャックを支えるなら参謀として。これは学生の時から考えていた事でもあった。
そんな二人の歯に衣着せぬ物言いを聞いて、ジャックは頼もしく思うも…『外で言うなよ?』と二人の良識に期待せざるを得なかった。
「そうですね…これでは新人の方に失礼でした」
人を道具のように考えていた事をソウは反省するが、ジャックの気にした方はそっちではない。
「ソウ殿。どうせ新人の三割近くは残らないのです。戦死か怪我か、戦後考えの甘さに気付いての除隊かは不明ですが。
なので残ったモノの方を大切に考えましょう」
元教官が教官らしからぬ物言いで元教え子に優しく指導した。
「はっ!」バッ
ソウのこれは条件反射である。もう軍人で良いのではないだろうか?
そんな二人の微笑ましい(?)やりとりを見てジャックはため息を堪えられなかった。
ジャックも思考の中で兵士の事を物扱いする事が多いが、それを外に持ち出す事は絶対にない。
そんな恐怖政治を行うリーダーにはいずれ人は着いてこなくなるからだ。
しかし、ソウもレンザも自身が上に立つ気はない。
そんな二人がそこまで人に気を使えるかというと…難しいかもしれない。
行軍を開始して3日目の昼前、遂に第四大隊は北部辺境伯領にある目的地へと辿り着いたのであった。
「エルメス少佐。久しいな」
「バラン大佐。お久しぶりです」
ジャックと話しているのは新兵を連れてやってきた中央軍の大佐であるバランと呼ばれる男だ。
「時間は短かったが、戦場で十分な活躍が出来る様に育てた。
これが書類だ」
「はっ!確かに。何か注意事項はございますか?」
「細かいことはその書類に書いてある。強いて言うなら『鼻っ柱を折ってやれ』だな」
どうやら新人はやんちゃな人達が多いようだ。
「血気盛んな事は良い事だと思います。それに態々私が折らなくとも勝手に折れると思います」
「ははっ。そうだな。では、武運を祈っている」
そう告げると、400の新兵をその場に残して去っていった。
「あの方は俺の学生時代の教官の一人だ。今は軍に復帰されている。どこも人手不足という事だ」
去っていくバランの方に視線を向けたまま喋る。相手はもちろん…
「重心が左に傾いています。古傷でしょうか?」
「その気付きは凄いが、間違っても本人に言うなよ?名誉の負傷は下士官までに許された特権だからな」
高官の怪我は『無能な指揮のせい』と見られる事が多いようだ。
もちろん実際のところはわからないことである。
「さて。では仕事をしよう」
バッ
ジャックが視線を動かしたのを感じて、ソウはジャックに対して敬礼をした。
新兵達は自分達を連れてきたお偉いさんが、話していた相手であるジャックをすでに気にしている。
新人に甘い上官だとジャックが思われないように、ソウは普段より少し大袈裟に対応したのだ。
「よくぞここまできた!勇敢なる帝国兵達よ!これから皆は北軍第三師団第四大隊の中隊小隊にそれぞれ配属される!私がこの第四大隊を任されているジャック・エルメス少佐だ!
我が隊に入ったからには泣き言は許さん!しかし!必ずそれに報いる為にも勝利を約束しよう!
我が大隊が王国軍を蹴散らすのだ!剣を持て!
おぉぉおおおおっ!」
ジャックは大声をあげながら高らかに剣を掲げた。
それに呼応するように、大隊からも新兵達からも地鳴りのような声が鳴り響いた。
「私には出来ません」
新兵の配属を終えて、その日は予定通りにそこで野営をする事になった。
天幕の中では、先程のジャックの挨拶の話に。
「ソウなら出来るだろう。仮に出来なくても出来る様にならなければ上にはあがれん。
つまり戦死する可能性が高いままという事だ」
「!!その時は少佐に極意をお伺いに行きます!」
人の上には立たないと思っていた。
激しい訓練と職務で忘れていたのだ。
出世しないと死ぬ可能性が高いということを。
(何の為にイェーリー教官の訓練に耐えていたんだか…)
ソウの軍生活はまだまだ始まったばかりである。
生き残る為に目の前の事に集中しすぎていて、本質を見失いかけていた。
そんなソウはこの世界に来て初めて手紙を書くことにした。
『拝啓、最愛の娘へ。お父さんは何故か軍人になってしまいそうです。だけど、必ず生き延びて紗奈に会いにいくから、待っていて欲しい。
この手紙が貴女へと届きますよう祈りを込めて。
敬具』
そして書いた手紙を野営地にある焚火へと焚べた。
「目的を見失い掛けていたが、君の事を忘れていたわけじゃないんだ。許してくれ。これからも折を見て手紙を書くよ」
燃え盛る手紙を見つめ呟いた言葉は、娘へと届いたのだろうか?
ソウには知りたくとも知る由のないことであった。




