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気になっちゃう、でしょ? 2


 知に長けるクレインは本来の目的を思い出した。やっと。

 アンナの風変わりな勘違いに振り回されてはいたが、それはさておき何がどうなってこうなったのかを聞かなくてはならない。


 つまり、現状、何もわかっていないのだから。


 もしかしたら、アンナはロアンや魔物討伐部隊などの政敵の駒なのかもしれない。こうして油断させ、補佐官である自分の警戒をかいくぐる密偵なのかもしれないのだから。たぶん。可能性は捨てきれない。万が一ってこともある。


 気を取り直し、お望み通り失恋した男の顔を作る。

 クレインは産まれてこの方、失恋などした覚えがなかったので想像だった。


「やはりアンナにはわかってしまったよね。敬愛する隊長が相手なら、俺も身を引こうとしていたんだが」

「ええ」


 アンナの真っ直ぐな瞳がぶつかる。

 その表情がどこか幼く見えて、頬が緩みそうになるのをぐっと堪えた。


「少し、気になることがあってね」

「やっぱり……! 女? 賭博? 隠し子? 実は人に言えない趣向がおありとか? 愛人は国内に何人いるのかしら?」


 ひどい言いぐさである。人に言えない趣向を共有する仲だとでも言いたいのだろうか。とばっちりだ。

 しかし、ここで突っ込んでしまったら負けである。


 クレインは己の職務に誇りを持っている。

 ロアンの補佐官として、この風変わりな令嬢に負けるわけにはいかないのだ。


 クレインは整った眉をぐっと下げ、弱ったように口端を持ち上げた。


「アンナは気付いているんだろう……?」


 ゴクリ、とどちらの喉が鳴ったのか。


*********



「…………確証はないの。証拠があったならば、すぐさまマリアお姉様につきつけるもの」


 でも、見つからないってことは無いという証拠にはならないわ。そうよね?と共感をえようとしたが、クレインは間の抜けた顔で「ハァ」と呟いた。やれやれである。


「でも、とにかく、騎士は信用出来ない。わたくしのお姉様は幸せにならなくてはならないの。騎士ではだめだわ」


 ギリッと音が出るまで歯を食いしばり、目の前に立つ騎士、クレインを睨みあげる。


「なぜ”騎士”はだめなんだ?」


 クレインは不可解だとでもいうように顔を曇らせる。


「そうね、クレインは派閥は違えど崇める神は同じ。お姉様の幸せを願うならば知っておいた方が良いわ────


 あれは幼い日のことだった。

 私には騎士の叔父がいた。


 叔父は偶然にも魔獣討伐部隊といわれる、第3騎士団に所属していた。


 強く、たくましく、国のために戦う。

 物語の騎士のような叔父を私は尊敬し、それはそれは深く慕っていた。


 幼い頃は叔父のお嫁さんになるのだと宣言し、父を泣かせていたほどだった。叔父もそんな私を可愛がってくれて、毎回爽やかな笑顔で応えてくれたのだ。


 ────『アンナが大人になったらね』と。


 そして運命の日。

 私がまた一歩”大人”に近づく、それはそれは大事な誕生日を控えた雨の日だった。


 東の森に魔獣の群れの報が入ったのだ。


 誕生日には私よりも大きなプレゼントを用意すると言っていた叔父も、討伐に出立した。

 『パーティまでには戻る』と約束をして。


 もちろん、私は駄々をこねなかった。

 叔父は国を、民を、守っているのだもの。

 それに、私と約束したのだ。誕生日パーティまでには戻ると。


 ────だから私は待ったわ。

 大きなプレゼントを抱えた叔父が、私のところに戻ってくることを。


 何年も、何年も」


*******


 今にも泣いてしまいそうに瞳を揺らすアンナに、なんと声をかけたらよいのだろうか。

 上滑りする言葉をかける気になれず、仲間を励ますようにアンナの華奢な肩に手を置いた。


 クレインは内心、少しアンナを見直していた。


 魔獣討伐部隊とは騎士団の中でも危険な職務である。

 血生臭く、危険極まりなく、有事の際は留守にすることから高位の貴族令嬢からはあまり人気がない。


 クレイン自身も見習いの少年だった頃、良い仲だった令嬢がいたが一月ほどの遠征から帰ってきたら別れたことにされていたことがあった。

 失恋、というほどではなかったが、そんなものかと冷めた心地だった。


 当時から女性に対してどこか熱くなれない少年ではあったが、初心だったクレイン少年は、この穏やかな関係は緩やかに進展してゆくのだと期待はしていた。


 だから、たった一月で無かったことにされる薄情さに失望したのだ。今なら手紙も伝言も無く待てだなんて酷なことは理解している。だが、その頃を境に『冷たい』と詰られることが増えたのは事実だった。


 自分を健気に待っていたのは実家にいる犬だけだった。

 実家を離れて久しい今でも、犬は俺のことを忘れず遠くの方から走ってきては飛びついてくる。


 ────クレインは犬好きだった。


 いくら幼い頃とはいえ、アンナは叔父の職務を理解し、尊重し、帰りを健気にも待っていたのだ。それも何年も。


 健気に帰りをじっと待つ犬のように、アンナがじっと待ち人の帰りを待つ姿を想像してしまい胸が痛んだ。


 ────クレインは犬好きだった。無類の。


「それは……気の毒に」


 しかも、アンナの叔父は……もう……。

 何年も何年もじっと待ち人の帰りを待つ忠犬、もといアンナの一途さに胸打たれたクレインは本心から痛ましげに労りの言葉をかけた。


「あなた……優しいところもあるのね」


 アンナは柳眉を下げ、潤んだ瞳をクレインに向ける。


「あの浮気者の叔父とは大違いだわ」

「…………ん?」


 クレインの脳内に思い描いていた忠犬アンナが急に闇落ちした。


「叔父は討伐に向かった現地の村で家庭を作ったのですって!プレゼントなんてこの際いらないから、せめて命だけはと祈っては叔父の帰りを待ってたのに!ひどい裏切りよ」


 グルルルルと唸り声まで聞こえてくるような迫力だった。幻聴かな。


「裏切られているとは知らずに愚直に待ち続ける私を励まし、側に寄り添ってくださったのはお姉様よ。そして真実を知り嘆き悲しむ私を優しく慰めてくれたのも、もちろんお姉様。安定のアンナお姉様よ!

 『今回は裏切られてしまったかもしれないけれど、運命の人は必ずアンナの元に戻ってくるわ』と、お姉様は私を抱きしめてくださって……っ!」


「……ここまで君の思い出の話だったけど、お姉さんにとって騎士がダメな理由って何だったのかな?」


「お姉様は気丈にお過ごしでしたが、お姉様もきっと心の内では裏切りに悲しみ傷つき絶望したにちがいありません」

「そうなの?」

「ええ。『ひどいおじさまね』とおっしゃっていたもの」


 クレインは『言わせたんじゃないかな』と思いつつ、指摘しないでおいた。アンナがとてもつらそうな顔をしていたからだ。


「あんな気持ちをお姉様に二度と味わってほしくないもの」


 アンナの声が震えていた。


「それに、いつまでもわたくしがお姉様のお傍にいるわけにはいかないもの。だから、わたくしの代わりにお姉様をお守り出来る方でなければ……!」


 クレインの胸ぐらを、アンナの白い指が掴んだ。


「ロアン様は誰よりも勇猛果敢に先人を切ると聞いているわ。そして先日は伝説の魔獣を仕留め、国を守ったと」


 若草色の瞳からポロポロと涙が落ちていく。


「あぁ。そして報奨としてマリア嬢を希ったと」


 クレインは自然に動いた手を一瞬止め、諦めたように再び今度は意志を持ってアンナの涙を拭おうと手を伸ばす。


「ひどいわ。ロアン様は有事の時にはお姉様の傍にいない。ロアン様の1番は国、お姉様を1番にすることはないの!そんなのってないわ!」


 ぐいぐいと胸ぐらを揺さぶられるが、クレインは動かない。隊服が崩れてしまうのでそろそろ引っ張らないで欲しいと、小さな頭を胸に抱き込んだ。


 先ほどの話を聞いてアンナがきゅいんきゅいんと鼻を鳴らす犬に見えてきたし、それに人間のアンナの泣き顔が見ていられないから。それだけだと無意味に言い訳を思い浮かべ……やはり今の自分の顔も見られたくないからだと付け加える。


「……アンナは本当にお姉さんが好きなんだねぇ」

「好きだなんてちっぽけなものと一緒にしないでちょうだい」


 振り絞るような声に、つい笑ってしまう。

 アンナに出会ってから振り回されてばかりだ。


「…………疑って悪かったよ」

「お姉様への愛は本物よ。ロアン様と違って」

「種類が違うんだよな、愛の」

「うるさいわ!慰めなさいよ!」


 もっと気合い入れて撫でなさい! と、言われるまま華奢な背を撫で続けた。


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