82話 特別編・五十路、バレンタインを迎える・その3
「おつかれさまでしたー」
「おつかれさまー」
「お疲れさまでした」
「お疲れ様でした」
レカさん、小鳥さん、詩織さん達と片づけを済ませ今日の業務も終了しました。
やはりバレンタインのせいか、男性のお客様が多くなんだかそわそわしてらっしゃいましたね。まあ、従業員からお渡しするということはないので残念そうに帰って行かれましたが。
というか、今日も小鳥さんは夕方までのシフトだったのに居残りをされてパソコンとずっと向かい合ってらっしゃいましたが、何かお店で心配事でもあるのでしょうか。
そう思って小鳥さんの方を向こうと振り返るとちょうど小鳥さんが私の後ろにいて目が合うと固まってしまわれました。
「あの、小鳥さん?」
「あ! ひゃい! えーと……あの、そのね……こ、これ……あの、バレンタインのチョコレートなんだけど」
そう言って小鳥さんは、今年も手作りのチョコレートをくださいます。
「毎年ありがとうございます」
「あの! それでね! ま、毎年あげてるけど、今年はすっごく気合い入れて作ったから!」
そう言って小鳥さんはぎゅっと両手に拳を作ってその気合いをアピールしてくださいました。
「そうなんですね、では、心していただきます。ありがとうございます」
「あ……え……うー……」
小鳥さんが唸っていらっしゃいます。
「すみません。小鳥さん何か私に至らぬ点がありましたかね? 差し支えなければ教えていただけると、すみません、察しが悪いじじいで……」
「あ、いや、そのー、っていうか、拓さんがじじいだとわたしババアじゃない?」
「あ、いえ! そういうことではなく! 小鳥さんは私と違っていつまでもお若いですよ」
「あ、いや、そういうことじゃなくてね」
「オーナーは、回りくどいからダメなんですよ」
そう言いながら着替えを済ませ、帰り支度をしたレカさんがやってこられます。
「あ、福家さん。これ、バレンタインのチョコです。それで、福家さん、私は」
「おや、レカさんも。ありがとうございます。うれしいです」
感謝の気持ちを出来るだけ表情に込めてお礼を伝えます。
すると、レカさんはぴたっと固まってしまい……
「あ……うぅうう、へぃ……ょかったです。お、おつかれさまでした!」
そう言って去って行かれます。ご近所という事なんで大丈夫だとは思いますが……。
ん? それより、
「レカさん、あの、髪纏めたままですが」
レカさんが珍しくうっかりしてらっしゃったようで、髪がシュシュで纏めたままで帰られたんですが良かったのでしょうか。
「ふふ、レカちゃんも乙女だねー。ねえ、拓さん?」
そう言って詩織さんが気づけば私の隣に。
仕事終わりで気が抜けているのか少し気だるげというかリラックスされている詩織さんの雰囲気にどきっとしてしまいます。
「さ、帰りましょう。小鳥さんも帰りましょうよ」
そう言って詩織さんは私と何やら服の裾をずっともじもじ触っていらっしゃる小鳥さんと一緒に戸締りし、帰って行かれます。
詩織さんを車まで、小鳥さんをおうちの近くまでお送りし、家へと。
そして、お風呂に入り、今日の日記をつけ、勉強をしていると連絡が。
「拓さん、ごめんね、遅くに」
外に出ると詩織さんが。
車で来られたせいか随分と薄着です。それにしても寝る前にしてはとても可愛らしい服装で。
これからお出かけなんでしょうか。
「あの、大丈夫ですか? 薄着ですが」
「ああ、うん……すぐだから大丈夫。それに、出来るだけかわいい格好で会いたかったから」
そう言って詩織さんは照れ臭そうに笑います。
その笑顔と言葉にどきりとしてしまいます。
情けない話ですが、好意を伝えて下さっていた詩織さんに対し今日少しばかり期待してしまっている自分がいました。そして、貰えずに落ち込んでいる自分も。
そんな私にこんなことを仰ってくださるのですから恋愛経験が皆無に近い私にはどう対応していいのかただただ照れるばかりです。
「あのね、拓さん。はい、ハッピーバレンタイン」
そう言って詩織さんは真っ赤な包みの、詩織さんの口紅と同じような色の包みを下さいました。
「あ、ありがとうございます」
「ふふ! 拓さんのそんな顔が見れてうれしい! 私がんばるからね! もっともっと拓さんにそんな顔させられるように! じゃ、じゃあね!」
そう言ってあっという間に去っていく詩織さん。
私は部屋に戻り、ドアをしめ……
「いやあ、参りました……」
入る際に吹き込んできた風は冷たくて、それがより自分の顔の熱さを教えるようで……。
この熱さで頂いたチョコレートが溶けないよう、いや、溶けないんですけど、頬の熱さが消えるまで私はドアにもたれかかりじっと心を鎮めるのに暫くの時間を要したのでした。
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