81話 特別編・五十路、バレンタインを迎える・その2
「じいちゃん! はい! ハッピーバレンタイン!」
そう言ってカミュさんがチョコレートをくださいます。
今日はカルムの勤務の日。バレンタインデーです。
私は、今日【GARDEN】の勤務はお休みです。千金楽さん曰く、
『今日お前が来たら大変だから』
という事でした。そうですね、おそらく最も忙しい日に、じじいが来ては邪魔でしょうし。
なので、今日は一日カルムでの勤務です。
朝からずっと皆さんから和菓子を頂いていたので、カミュさんのくれたお洒落なチョコレートが新鮮です。
「これは……フランスのチョコレートですか?」
「そ! 折角だしね! めったに食べたことないのがいいかなーって。おにいちゃんとお母さんと一緒に選んだの!」
とても高級そうな箱に入ったチョコレート。頂いてもよいのでしょうか?
私が不安になってカミュさんを見ると、カミュさんはにっこり笑って、
「それはね、アタシ達家族のありがとうの気持ちだから! いっぱい詰まってるから! 受け取ってほしいな!」
そう言ってくださいました。
カミュさんのお兄さんが悪い道に踏み入れた時、カミュさんを拒絶し始め、それに影響されたカミュさんもネガティブになってしまい、おうちの雰囲気はとっても良くないものになってしまっていたそうです。
ですが、あの一件でお兄さんも反省し、家族の前で謝り、互いに気持ちをぶつけ合い家族の仲が深まったと聞きます。その気持ちを誰かに伝えたいということであればうけとるべきですね。私はその美しくシンプルな紺の箱を両手で抱えお礼を。
「ありがとうございます。大切に頂きますね」
「うん! すっごいすっごい気持ちこもってるから! あ、でも……レカのには、負けるかなー」
「レカさんの?」
「カミュ、喋りすぎ」
そう言ってスタッフルームからレカさんがエプロンをつけながらやってきます。
少し慌てていたのか、髪が纏まりきらないまま来てしまったようで一房こぼれて目に入りそうです。
「レカさん、髪の毛が」
「ああ……あ。すみません、福家さん。ちょっとエプロン今やってるんで髪纏めてくれませんか?」
「私はかまいませんが……いいんですか? その、女性の髪を」
「……なんですか? 福家さん、もしかして、ワタシのこと意識しちゃってます?」
レカさんが目を細めながら悪戯っぽく微笑んでらっしゃいます。
若い子はやんちゃ盛りというか、ちょっと大人をからかってみたい時期というのがあるのでしょうね。時折、レカさんもこういう風に私を試してくるような事を言ってきます。
そうですよね。その通りです。年が倍以上違う子に対して意識しているような発言をするのは逆に気持ち悪いですよね。
「分かりました。では、触りますね」
「……はい」
レカさんがエプロンをもう一度解いたようでゆっくりしっかりと結び始めます。
私は、シュシュを一度取り、後ろから前に手をまわし持ち上げていきます。
が!
本当に、本当に、気持ち悪いのは重々承知なのですが、仄かなシャンプーらしき香りが鼻をくすぐって必死に息を止めてやろうとするのですが体がこわばって失敗してしまいます。
レカさんも私の動きが気になるのか、手が止まってしまっており申し訳ない限りです。
いけませんね。集中しましょう。
私は大きく静かに息を吐き、【GARDEN】を思い浮かべながら息をゆっくりと吸い込み、自分自身の中に、『白銀』を入れていきます。
情けない私、福家拓司とは違い、お嬢様達に対し真摯に振る舞う白銀を思い浮かべ自分に重ねていく。そして、目の前の『お嬢様』の為に。
「お嬢様、失礼しますね」
「え? お、お嬢様って……」
後ろから丁寧に髪を後ろに流していきます。
「ん……」
くすぐったそうな声をレカさんが出しているので出来るだけ急ぎましょう。
髪を纏めてシュシュでくくり出来上がり。こぼれた髪は……うん、ありませんね。
うまくできたと頷いていたのですが、ふとレカさんの耳が目に入りあっと声をもらしそうになってしまいました。
真っ赤に染まって震えてらっしゃいます。
流石に、遠慮がなさすぎたでしょうか!?
「す、すみません! レカさん! そ、その……」
前に回り込むとレカさんが耳と同じくらい顔を真っ赤にされていて……。
「あー……はははは……いやー、なんか……あははは……」
「んふふー、レカ真っ赤、あははは! レカ真っ赤」
「うるさい、カミュ」
その後私も真っ赤になってしまい、ほっぺたを子リスのように膨らませた小鳥さんにせっつかれて漸く私たちは夕方の業務に戻りました。
今日はいつもより忙しい夕方業務となりましたが、そんな中でもいつもの顔ぶれが来てくださるとほっとしますね。
「福家さーん! 来ましたー! ハッピーバレンタイーン!」
「結、はや……こんばんは、福家さん」
「福家さん、好きです」
「ちょっと待ってね、りんちゃん。まずは席に座りましょうね」
結さん、明美さん、りんさん。寛子さんが揃ってお越しくださいました。
「皆さん今日はお揃いなんですね。四人とも揃うなんて珍しいですね」
「あーははは……まあ、今日だから揃ったといいますか」
「結、余計なこと言うな」
「去年からスケジュールは空けてました。社長もですねよね?」
「んんん? なんのことかな? 大体、私は仕事も入ってきちゃったから急いで終わらせただ……ごほんごほん! とにかく、席につきましょう」
【GARDEN】の三人とはまた違うこう遠慮のない関係の四人を見て羨ましく思います。
私も【GARDEN】の執事皆さんとこういう関係になれればなとは思うのですが、今のところは千金楽さんとは近しい関係になれている気はします。一方的に『イジられる』だけですが。
四人をお席に案内すると、何やらこちらを見ながらちらちらと相談をしてらっしゃいます。
何かお伝えしたいことがあったのでしょうか。
「ん~、これはあれね。作戦会議ね」
詩織さんが珈琲を淹れながら四人の方を見てそうおっしゃいます。はて? 作戦会議?
それより、
「詩織さん、手元は見て下さいね。危ないですから」
「あ、ごめんなさい。そうよね……私ったら」
「ええ、詩織さんの綺麗な手が火傷しては大変ですから」
「はう……! しろが……拓さんは、すぐそういうことを言う……」
詩織さんが、眉間にしわを寄せてプルプルしながらこっちをにらんできます。
そうですよね、最近は、こういう事もセクハラに当たりますものね。
「すみません、以後気を付けます」
「ああ! その……私は、言ってくれていいから……その……拓さんに褒められるの嬉しいから。あ、でも、今後はちゃんと手元見てやるからね。ごめんね、拓さん」
「あ、は、はい……その、お願いします」
「はいはい! イチャイチャしてないで! 二人! 拓さん、あっちの四人が呼んでるから行ってきて! もう! レカちゃんも詩織も油断も隙もないったら」
小鳥さんに怒られてしまいました。
そうですね、今は勤務中。お仕事に集中せねばなりません。
気を取り直して四人の元へ。オーダーはいつものもの。
身体が覚えている皆さんのオーダーは勝手に出来上がるような感覚でなんとも楽しくなってしまいます、それだけ、四人が此処を愛してくださって通ってくださっている証拠ですから。
そして、注文をお持ちすると、りんさんが急に席を立って、
「福家さん……大好きです。これ、チョコレートです」
私にチョコをくださいます。
まるでドラマのワンシーンから飛び出してきたような……いえ、女優さんですものね、そう、ドラマのワンシーンを見ているかのような美しい笑顔で私にくださいました。
「ありがとうございます。うれしいです。渡される時もドラマのワンシーンのようでドキドキしました」
「……! 私、いつか、そのドラマ実現させます。主演は私と福家さんで、結婚、子育……」
「りんちゃん、それはちょっと今回の方向性と違うから落ち着いて……」
慌てて寛子さんが止めに入ります。まあ、リップサービスという奴でしょうね。私がドラマに出演なんて恐れ多いです。あ、でも……時代劇であれば、こう町人役とかで出てみたい気はしますが。そういえば、りんさんはまたドラマに出演されるそうで詩織さんから聞かされました。まるで詩織さんが出演するような口ぶりだったので驚いてしまいましたが。
そんなことを考えていると、結さんがこちらを見て口をぱくぱくさせていらっしゃます。
何事かと思って首を捻っていると、結さんの隣にいる明美さんが、
「がんばれ」
「うう~、あけみさ~ん! はいっ! あの! ロマグ……福家さん! これ! 手作りの愛情たっぷりチョコレートです! どぞ!」
ポニーテールをこれでもかとぶんぶん振り回しながら結さんがチョコレートをくださいました。赤と透明の縞々の隙間から見えるチョコレートはトリュフでしょうか。とっても美味しそうです。
「とても美味しそうですね。有難く頂きます」
「~~~~! はい! 食べてください!」
そう言って勢いよく椅子に座られたので、ちょっとバランスを崩し明美さんに腰を抱えられていらっしゃいます。大学でも色々と頑張っていらっしゃっているという事でしたのに、手作りとは本当に感謝しながら食べましょう。
「あー、アタシもこれ、バレンタインです。福家さん、いつもありがとうございます」
結さんを支えていた明美さんがそう言いながら白いシンプルな包みに入ったものを下さいました。
「あの、一応、アタシも手作りなんで、その、感想とか聞けたらウレシイデス……」
「はい、ではまた頂いたら感想お伝えしますね」
「え? 明美さん、そんなんでいいんですか?」
「うん、今は、これでいい……」
何やら結さんと明美さんがお話してらっしゃいますが、女の子同士の秘密の話でしょう。
明美さんも大会が近いのに手作りだなんて……そうですね、日ごろの感謝を込めて、妹さんの分もホワイトデーのお返しで作りましょう。
「あの……私は、若い子達みたいに手作りではないんですが……こちら、よければ……」
そう言いながら、寛子さんが渡してくださったのは何やら高級そうなチョコレートの入った紙袋。
「そんな……こんな高そうな……」
「いえいえ! 全然……その、普段から私、達、みんな福家さんには感謝しているんです。その感謝の分だと思ってください。あの、その……福家さん、いつもありがとうございます」
寛子さんは紙袋を落とさないようにかしっかりと私の手を包みながら渡してくださり、そして、じっと私の目を見て……いえ、あの、感謝の気持ちというのは重々承知しているんですが、なんだか寛子さんの手のひらが熱くて……私もなんだか気恥ずかしい気持ちが……。
「社長、手を触るのは反則じゃないです?」
「どわー! 寛子さん! 大胆すぎです」
「意外とこの人が一番天然というか感情型なのよね」
三人が寛子さんを放してくださり、私もほっと息をつくことができました。
「あ、あら……? あ、あはは……ごめんなさいね、あの、あー、熱いですね。ここここ珈琲頂きますね、あつっ!」
ちょっとおっちょこちょいな寛子さんのその一言で場がふわっと緩み、みんなで笑ってしまいました。ですが、ちょっと、手に寛子さんのぬくもりが残っている気がして、なんだか少し汗をかいてしまいました。いやはや……。
その後は、四人で楽しく談笑されて帰って行かれ、私もホワイトデーには必ずお返ししますのでとお伝えしお見送りさせていただきました。
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