79話 五十路、支える
「ほんっとーにごめんね! おじーちゃん!」
「スミマセンでした!」
「もういいのですよ」
カミュさんとカミュさんのお兄さんが【カルム】で頭を下げていらっしゃいます。
この前の映画館後のお食事でも謝罪されましたしもう十分なのですが。
夕方になり、カミュさんがお兄さんと一緒にお越しくださいました。
ですが、来られるなり私を見つけ駆け寄ってきて謝るのです。
「あらまあ、たくちゃん、何されたの? でも、もうゆるしてあげなねえ」
三雲のおばあちゃんにそう言われるのですが、私はもう責めるつもりも何もないのですが、そもそも、カミュさんのお兄さんは、カミュさんに説得され、すぐに従ってくれた上に、いっぱい謝罪を受け取りました。
「はいはい、あとでばあちゃんがたくちゃんに言っとくからね。もういいよ、はい、お菓子をあげるからね。ここで食べちゃだめよ」
「は、はあ」
「さあ、席におつきください。悪いと思うのならば、喫茶店らしくコーヒーでも楽しんでください」
流石三雲のおばあさんです。お菓子を渡すと空気が変わり、促しやすくなりました。
注文を受け、キッチンに戻ると、レカさんが微笑んでカミュさん達を見てらっしゃいました。
「レカさん、嬉しそうですね」
「あ……そうですね。カミュ、ずっとお兄ちゃんの事心配してたんで、最近はもうワタシといない時はべったりみたいで、よかったです……なんですか?」
レカさんが小さく眉間に皺を寄せてこちらを見て来ます。
「あ、いえ、レカさんは本当にステキな方だなあと」
「……! そう、ですか? なら、よかったです」
そう言うとレカさんは慌てて店内に戻って作業を探し始めます。
深く詰めすぎてしまったでしょうか。
「ぬぬぬ……レカちゃんめ……」
「手ごわいですね……って、小鳥さん、まだ帰らないの?」
「だ、だって、パソコンはここでも使えるし、たくさん、いるし……」
南さんと小鳥さんがごにょごにょとお話をされています。
小鳥さんは今日シフト終わったのに帰られないので心配してらっしゃるんでしょう。
私は、珈琲と紅茶を用意し、カミュさん達の元へ。
「あ、ありがとうございます」
「どうですか、耕さんの所の『お手伝い』は?」
「あ、はい……遣り甲斐あります……前やってたことに比べたらずっと……」
カミュさんのお兄さんは、今、耕さんの所でアルバイトとボランティアをしているそうです。ご両親からも頼まれたようで、今日も汗だくだったらしく、一度帰ってから態々お越しくださったそうです。
「明羅さんと同じ現場なんですが、みっちりしごかれてます。でも、自分のやってることが誰かの為になってそれが胸を張れることで、それで、みんなでそのことを分かち合えるのはすっごく嬉しいです!」
カミュさんのお兄さんがとても良い笑顔で答えて下さり、こちらもつい顔が綻んでしまいます。
「そう言えば、福家さん、知ってますか? この雑誌」
そう言ってカミュさんのお兄さんが取り出したのはあの雑誌。
明美さんのグラビアが掲載されている雑誌でした。
「ええ、拝見しました。先日、明美さんが【GARDEN】にお越しになられて」
「ええ!? 明美さんから受け取ったんですか? 明羅さん、買い占める勢いで買ったら怒られて捨てられそうになったって嘆いていたのに……」
「ああ、いえ、結さんが一緒にいらっしゃったので、結さんから」
「ああ、なるほど……」
「えー、ユイいたの!? 行きたかったー!」
カミュさんが残念そうな声で俯きます。どうやら、結さんとカミュさんは気が合うらしく、レカさんと三人で遊びに行くこともあるようです。
「また、是非来てください」
「うん! 絶対絶対行くからね!」
カミュさんがステキな笑顔を見せて下さったその時、からんころんといういつもの入店の音。【カルム】にご入店された方はとても目を引く方でした。
「かっこいい……」
思わず南さんがそう呟いたお客様、身長は私より少し高いくらいでしょうか。
パンツスーツの立ち姿が美しい黒髪ショートの女性でした。
直ぐにレカさんが女性の元へ向かいます。本当に優秀ですね。
「いらっしゃいませ、一名様ですか?」
「……ええ」
切れ長の鋭い目で店内を少し見渡された後に、レカさんにそうお伝えになられ席に案内されて行きます。座ってメニューを取り開く。全てが絵になる方でした。
「かっこいいよねえ、ねえ、拓さん」
小鳥さんがそう仰って私の袖を引っ張られます。
「ええ、そうですね」
私達の視線の先には先程ご入店された背が高く凛々しい女性の姿が。
朝日さんとはまた違った神経を全身に張り巡らせているようなぴしっとした姿勢の良さが美しい方です。
「ほお~、なるほどねえ~、ああいうのもいいよね~」
小鳥さんがぶつぶつと何事か言いながら、パソコンを打ち込み始めます。
もう勤務時間終わっているのですが、何をしてらっしゃるのでしょうか。
初めてここに来られた方の様ですし、何かあればすぐに伺おうとそちらを見ると、本を開き黙々と読んでいらっしゃり、本当に絵になる方だと感心してしまいました。
と、いけませんね。お水をお持ちしましょう。
「いらっしゃいませ」
私が声を掛けた瞬間、バッとこちらを見て驚いた表情を浮かべていらっしゃいます。
そんなに驚かれるとは思っていませんでした。たしかに、あまり足音がしないと千金楽さんにも言われる位ですが、こんなに驚かれるとは申し訳ない事をしました。
「あ、あの……お水をお持ちしました」
「あ、ああ……すみません……ちょっと、びっくりしちゃって……ありがとうございます……あの、ソイミルクをお願いできますか」
「かしこまりました」
お辞儀をし、キッチンに戻るまでもずっと彼女の視線を感じ、私は驚かせてしまったと反省しきりでした。
その後は、出来上がったソイミルクもレカさんに任せたこともあったせいか、視線も落ち着き、というか、もくもくと本を読んでらっしゃいました。読む姿もぴしっとしており、素敵です。
「拓さん、見過ぎじゃない?」
南さんがじとーっとした目で私を見て来られます。
「あ、あはは……すみません。あの、姿勢がとっても美しい方だなと……ただ、それだけで」
「ふーん、姿勢が美しいとみてもらえるのね、ふーん」
そう言いながら南さんは急に背筋をぐっと伸ばし歩き始めます。
子供っぽいその仕草がかわいく思わずくすりと笑ってしまいましたが、何故レカさんと小鳥さんも姿勢が良くなっているのでしょうか? いえ、姿勢が良いのは良い事なんですけどね。
「あの……」
あの女性がレカさんをお呼びになられて、何事かを聞き、席を立たれます。
「おや……?」
「なあに、拓さん? ただ、お手洗いに行くだけよ。そんなに目で追ったら駄目よ」
「あ、いえ、そういうつもりではなくてですね」
「見るなら、私を見てくれたらいいのに……」
そう言って南さんは恥ずかしそうに俯かれます。
いえ、あの……そうなられると、私もなんと答えていいか……こういう状況には慣れていないので困ってしまいます。
「はいはい、お二人こんな所でぼーっとしてないで、働いてください。南さん、ただ顔を赤くしてるだけならゆっくり休みますか? ワタシが福家さんと一緒に頑張ればなんとかなりそうですし」
「だ、だいじょうぶ! 大丈夫だから! うん!」
「そうですか、分かりました。じゃあ、お会計お願いします。ワタシデザート作りますんで。あ、福家さんさっきのお客さんソイミルクおかわりお願いします」
レカさんが間に入ってくれて指示を出してくださいます。一番若い子が一番しっかりしているとは恥ずかしい限り年長者である私が頑張らねばですね。
「うう……私、副店長なのに」
「そう思うんなら、働いてください」
南さんは肩の荷が下りたのか【カルム】では【GARDEN】と違い、表情がとっても豊かです。いえ、【GARDEN】でもそうだったのかもしれませんね。ですが、凄くいきいきとしていて、とても素敵です。
そんな事を思いながらソイミルクを準備していると、レカさんがこちらをじっと見ていることに気付きました。
「あの、レカさん? 何か?」
「女たらしですね、福家さんは」
「ええ!?」
何がどうでそう思われたのでしょう。
そのあとレカさんはぷいとデザート作りに集中してしまったので話しかけようにも話しかけられませんでした。
それに、先ほどの凛々しい女性の方がお手洗いから帰って来られ、再び席に着いて本を読み始められました。なので、出来立てのソイミルクを持って向かいます。
その時でした。
お会計をしているお婆様がお財布から五百円玉を零してしまいます。
そして、その五百円玉が、
「あらあら」
ころころと転がっていくではありませんか。そして、慌てて追いかけるお婆様。
そして、それに気付いたあの方が手を伸ばそうとされますが……。
「うっ……」
少しだけ顔を顰め呻くと、よろめいて、
「あぶなっ……!」
レカさんの声が途中で途切れます。間に合ってよかった。
「大丈夫ですか、おじょうさ、ん」
いけませんね、【GARDEN】の癖が出そうでした。
腕を差し出しお腹を支えながら、お嬢さんに話しかけます。ええ、お嬢さんなら問題はないでしょう。
お嬢さんは私の腕によりかかったまま顔だけをこちらに向けて目をぱちくりされてみていらっしゃいます。凛々しく格好良い目だと思っておりましたが、こうしてみるととっても可愛らしいですね。ですが、ずっと女性のお腹に腕を差し込んでいるのも申し訳ないので声を掛けさせていただきましょう。
「あの、お嬢さん、大丈夫ですか? お怪我は?」
「え……あ、ああ! はい! いえ、あの、だい、じょうぶです……ありがとうございます……い」
慌てて立ち上がろうとしたので、そっと肩に手を添えさせていただきましょう。
これくらいであれば、『せくはら』になりませんよね。
「足を、痛めていらっしゃるのでしょう? 慌てず大丈夫ですので」
「あ……はい、ありがとう、ございます……あの、知っていたんですか」
「あ、あの……失礼ながら化粧室にお立ちになられる時に、足を少し庇っているように見えましたので」
「……! そうでしたか、いえ、助かりました。ありがとうございました」
立ち上がると綺麗なお辞儀をされたその方は、ゆっくりと無理ないように席に戻られます。
ですが、
「あの、本が」
先程まで読まれていた本が落ちているので拾い上げると、
「本、落とされまし……」
「ぁりがとうございますっ」
驚くほどの速さで回収されました。
ジジイが触るのが嫌だったのでしょうか。
私は、お婆様に五百円をお返しし、手を洗っていると、小鳥さん達が興味深そうに近づいてこられます。
「ね、ね、拓さん。あの美人さんって何読んでたの? タイトル見えたんでしょう」
「はあ、見えるには見えましたが」
「えー、あんな美人って何読んでるの? ねえねえ、なんてタイトルだった?」
まあ、カバーもしていませんでしたし、私も知らない作品だったので、皆さんが知っていれば是非教えていただきましょう。
「確か……『籠の中の鳥は白髪執事を閉じ込めたい』」
「ぶふぉおお!」
小鳥さんが急に咳き込み始めます。ええ!?
「だ、大丈夫ですか? 小鳥さん」
「あ、だ、だ、だ、大丈夫、オールオッケーいえー。ふーん、そっかあ、そんなタイトルの本を読んでいたんだ、ふーん」
「小鳥さんはご存じですか? その本」
「ま、まあ、知ってるっちゃあ知ってるかな……」
「そうですか? どういったお話ですか? 面白そうであれば私も」
「いやああああ! いや、いや、あの、女性向け、女性向けだから、拓さんは読まない方が助かるかなあ」
助かる? まあ、あまり女性についてだとしても知らない方がいいということでしょうか?
いえ、もしかしたら、ジジイ排除のような姥捨て山のようなお話という事かもしれません。
「分かりました。読まないようにしようと思います」
「そう、そうだね、そっちのほうがいいよ、うんうん! あーうん、よし、わたしはそろそろ帰ろうかな! じゃ、じゃあね! 拓さん、またね」
そう言って慌てて小鳥さんが帰られます。急用でしょうか?
ノートパソコンを片付けて足早に去って行き、その様子をレカさんや南さんに呆れたように見られていました。
「もういっそ言った方がいいんじゃないです? ワタシ、結構好きでしたよ」
「いや、でも、流石にモデルにこんな妄想してると思われたらいやじゃない? しかも、本人をお嬢様にしてるし」
「ああ、まあ……」
お二人が何かお話されていらっしゃいますが、先ほどの本の内容についてでしょうか。
知らない方が良いようですし、私はお掃除でもしておきましょう。
そう思って、店内の補充や掃除を行っていると何やら視線が。
見れば、あの女性がこちらを見てらっしゃいます。
私の視線に気づくとすぐに本へ再び目を落とされましたが、やはり、警戒されているのでしょうか。
あまり人を見過ぎないように、あとは、発言に気を付けねばなりませんね。
そうこうしている間に、あの女性も本を閉じ、席を立たれます。
お会計を終えると、女性は何か言いたげに口を動かしていらっしゃいましたが、
「あの……とても静かで落ち着くお店だったので、また、来ます」
「ええ、またお越しください」
そう仰って帰られて行きました。しかし、あのお顔どこかで見たことが……【GARDEN】? いえ、お嬢様ではないようでしたが……。
「あー! やっぱお兄ちゃん、さっきの人、この人だって」
そう声をあげられたのはカミュさんでした。
明美さんが載っている雑誌を広げてお兄さんに見せてらっしゃいます。
「ほ、ほんとだ」
「どうされました?」
私も彼女がどなたなのか思い出せず気持ち悪いので、カミュさんの元へと向かうと広げられていたのは、明美さんの特集のところでした。
「あ、おじーちゃん! 見て! ここ、ほら! これってあの人だよねえ!」
そこには『美しすぎる空手家最強ライバル! 土屋絵里奈』
そう文字が書かれていた傍には先程と同じように凛々しく立っていらっしゃるあの人の写真があったのでした。
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