77話 五十路、伝える難しさを知る。
年明けてリアルが忙しくなってきて、一日遅れとなってしまいました……。
千金楽さんに怒られ指示され、私はこをろお嬢様の元に向かいます。
「あ、白銀ー! おつかれー! かっこよかったよー」
こをろお嬢様は笑顔で私を迎えてくださいました。ですが、
「いやー、びびったびびった。あははー、あ、あれ……?」
カップを持つ手が震えソーサーとぶつかりカタカタと音を立て持ち上げることが出来ないようです。
カメラも揺れてしまうからでしょう。テーブルに置いた状態です。
「あ、あはは……いやー、参ったな。思った以上にびびってたみたい……あはは……あ!」
こをろお嬢様がなんとか落ち着こうとカップを口に寄せた時、手が滑ったのか熱さのせいかカップが大きく揺れ、中が零れてしまいます。幸いこをろお嬢様はご無事の様でしたがテーブルはびしょ濡れです。
「火傷などはされていませんか?」
「だ、だいじょぶ、だいじょぶ。ご、ごめんね。あ、スマホ……無事か、よかった~」
こをろお嬢様が慌ててスマホを確認されますが、比較的遠くに置いていたこともあり、濡れている様子はありませんでした。ですが、それを持つ手も震えており、こをろお嬢様は苦しそうに口を歪めます。
「ご、ごめんね。白銀、ごめ……」
「こをろお嬢様、め、でございます」
「……はい?」
「お嬢様は我々執事の為に勇気を出して立ち向かって下さったのです。謝って頂く必要などございません。なので、め、でございます」
これも千金楽さんに教わりました。
『男女差別って言われたら何も言えねーけど、女性の方が基本の感情のコントロールが上手い分、予想外の出来事で思い切り突き抜けたら身体の方が勝手に反応することがある、と俺は思ってる。いきなり泣けてきたり、震えたり。そういう時は敏感だからな、ちょっとおふざけっぽく言うのがポイントだ。白銀なら、め、でございますとか言っとけば、なんとかなるだろ』
言葉としてはおかしいのかもしれません。
ですが、常に社会に正しいものが、その人にとって正しいものとは限らない。
あえて、間違うことで、正しく出来ることもある。
その証拠に、こをろお嬢様は笑って下さっています。
「め、でございますって……ふふ、変な日本語でございますな」
「失礼しました。私自身にめ、ですね。そうだ、お礼に一つお飲みいただきたいものが、ああ、その前にお席を移動しましょう。よろしければお手をどうぞ」
私はこをろお嬢様に手を差し出します。
こをろお嬢様は、少し迷われましたが、私の手をとってくださいました。
少し冷たくなっている手ですが、少しでもあたたかく、少しでも落ち着かれるように少しだけ強めに握ってみましょう。
「ふわあ、白銀の手思ったよりゴツゴツだね」
「しわしわのおじいちゃんの手でしょう」
「う~ん、そうだね、落ち着く手だね、へへ」
そのまま黒鶴さん達が準備して下さっていたテーブルへとエスコートさせていただきます。
流石、黒鶴さん達です。状況をしっかり掴んでおり、直ぐに整えて下さっていました。
そして、こをろお嬢様をそこまでお連れすると拍手が起きます。
「え?」
「お嬢様、さっきのかっこよかったですよ」
「貴方は撮影許可を貰ってるって私達は知ってるからね。しっかりここ宣伝してね」
「かわいいです!」
周りのお嬢様達がこをろお嬢様に声を掛けてくださいます。
こをろお嬢様は恥ずかしそうにはにかみながらぺこぺこと小さく頭を下げながら新しいテーブルにつかれます。
「へ、へへ……いやあ、褒められちゃった」
「それだけの事をしてくださったのです。私からも感謝申し上げます」
歩いたことで多少先程の緊張がほぐれたのか柔らかい笑顔を向けて下さるようになりました。良い傾向です。
「それでは、ちょっとお礼の品を……おや?」
テーブルを離れる事をこをろお嬢様にお伝えし、手を放そうとすると、ぐんとお嬢様に掴まれてしまいます。
振り返ると、こをろお嬢様ご本人も驚かれていた様で、
「あ、ご、ごめん! あの、えーと」
心細い気持ちがあるのでしょう。私はこをろお嬢様の手を両手で優しく握り、
「お嬢様、すぐに戻りますので。良い子でお待ち下さらないと、め、でございますよ」
そう言うと、こをろお嬢様は再び笑顔になり、
「待つでございますよ。でも、早く帰ってきてね」
私の手を今度はこをろお嬢様が両手でぎゅっと握り、そして、ゆっくりと放して下さいました。
「さて、では、黄河。お嬢様のお相手をお願いしますね」
「お任せください」
テーブルを黄河さんに任せ、私はキッチンへと向かいます。
元々、残りデザートだけでしたが、お飲み物も用意させていただくことにします。
「杉さん、あれをお出ししようと思います」
「おお、あれか! 了解だ!」
直ぐに理解して下さった杉さんが中身を、そして、私が容器を準備し、デザートと一緒にこをろお嬢様の元へ持っていきます。
黄河さんはこをろお嬢様と楽しそうにお話してらっしゃいます。
恐らく、話題はアニメ。
緋田が、私に耳打ちしてくれた、こをろお嬢様の鞄についたキャラクターの出ているアニメの話題でしょう。
【GARDEN】にお越しくださるお嬢様はアニメがお好きな方も多く、我々も勉強はしていますが、黄河の知識は段違いでどんなお嬢様ともアニメの話題で盛り上がることが出来るようです。
楽しそうに笑うこをろお嬢様を見てほっとします。黄河さんは私に気付いたようで、うまく話を纏め、私の方を手で指します。
「白銀!」
「お待たせしました。こをろお嬢様、こちらを」
そう言って私が置いたのは一つの茶碗。そして、その中には、
「なにこれ? 草?」
こをろお嬢様がそう仰ると、黄河さんが吹き出してしまっています。
まあ、そう見えてもおかしくはありません。
「こをろお嬢様、器の中の、その草をよくご覧になっていてくださいね」
こをろお嬢様がじっと覗く器の中にお茶を注ぎます。
すると、ゆっくりと美しく茶葉が広がっていき、中から花が咲いていきます。
「うわあ、きれー」
「工芸茶と呼ばれるものです。ジャスミンの香りづけはされていますが緑茶なので、飲みやすいかと」
本日、こをろお嬢様の為に用意させていただいていたのは緑茶でした。
こをろお嬢様は緑茶がお好きなようで、珈琲でも紅茶でもなく緑茶をずっとお飲みになられていました。
こをろお嬢様は一度私を見てにこりと微笑むと、両手で器を持ち、ほおーっと大きく息を吐き、そして、ゆっくりと飲まれます。
そして、一飲みされるとまた大きく息を吐いて器を置かれます。
「もう、震えは止まったようですね」
「あ、ほんとだ……」
歩く、話す、笑う、そして、手の平で温度を感じる、大きく香りを嗅ぐ、喉を潤す、出来る限りの事をさせていただきましたがうまくいったようです。
こをろお嬢様は穏やかに微笑んでいらっしゃいます。
そして、楽しそうにスプーンでお茶をかき混ぜ花を揺らし、その様子をカメラで撮っていた時、ふと思い出しました。
「そういえば、こをろというのは確か古事記、ですね。お好きなのですか?」
そうお伝えすると、こをろお嬢様はパッと私の方をご覧になられます。
確か、古事記に出てきた最古のオノマトペとかなんとか……専門ではないですし、ジジイなので記憶が曖昧ですが、確かそのようなものだったはず……。
「あ、うん……そう……。そう、なの……あの、塩こをろこをろという表現があって、国造りの話のところなんだけど、私、その表現が好きで……」
おや? あたし、から、私に……。なるほど、これがこをろお嬢様の素顔ということでしょうか。
「えーと、私の話してもいい?」
「勿論」
「あのね、私、凄く古文好きで、でも、周りあんまりそういう子いなくて、でも、いないからなんかさみしいなーと思って、ちょっと、動画で伝えたいと思って、でも、なんか、あんま伸びなくて、じゃあ、なんか流行りとかも伝えて登録者増やして、また、古典紹介するかあーってなってたんだけど、あんまり、それでも、伸びなくて……あれ? えーと、何を伝えたかったんだろ?」
こをろお嬢様は頭を掻きながら視線を彷徨わせます。
「なるほど、こをろお嬢様は古典のお話も動画でやっているのですね。私も古典は大好きなので、見させていただきます」
「あ……うん! そう! そうなの! 見て! よかったら見て!」
「お嬢様、よろしければ、周りのお嬢様にもお伝えしましょうか。お嬢様が見て頂きたいのであれば今日のお礼として」
「え……?」
そこでこをろお嬢様は止まってしまいます。それがこをろお嬢様にとっての『難しいところ』なのでしょう。ですが、一瞬目を伏せたものの、すぐに顔をあげ、
「私から伝えてもいい? 白銀」
「勿論でございます」
私は直ぐに黒鶴さんと千金楽さんの元へ向かい許可を頂きます。
千金楽さんはとってもいやらしくにやにやしていましたが何事でしょうか?
「お嬢様、では、どうぞ」
「うん。【GARDEN】にお集りの皆さん! こんこをろ~! あたし、動画配信をやっているこをろって言います~! 今日はここのオーナーさんにお話を貰って、紹介動画を撮りにやってきました! もしよかったら見てください! そして……あの、あたしのチャンネルで古典とかも紹介してるので、もし! 興味あれば! 是非見てください! んで、楽しかったらいいねとかチャンネル登録もよろしくお願いします!」
すると、フロアは拍手喝采。
こをろお嬢様もここまでは予想してなかったのか、カメラを持ったままぺこぺこと周りにお辞儀をしてらっしゃいます。私も楽しみです。【GARDEN】の紹介動画も、古典の紹介動画も。
「こをろお嬢様、素敵でしたよ」
「うひー、いやー、白銀~。好きなものを好きって言えるのは気持ちいいね! あたし、もっともっと頑張って、好きなものを伝えていくよ! ここも勿論! 好きなものだから!」
こをろお嬢様は顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに笑って下さるので、私も笑みがこぼれてしまいます。好きなものを好きというのさえも難しいというのはおかしな話なような気もしますが、そういうものなんですよね。
好きといってもうまくいかず破れる恋もあれば、家庭や色々な事情によって好きと言えないこともあります。
それでも、少しでも好きが守れるのなら、こんな嬉しい事はありません。
私は、こをろお嬢様にもっと好きになって頂けるよう、【GARDEN】のおもてなし、お花のプレゼントをお届けします。
「おお! これが噂の【GARDEN】のお花のプレゼントですね! なんと、追加料金で執事がお嬢様に似合うお花を選んでくれるんですって! って、でも、えー、紫陽花……かあ。でも、紫陽花ってなんか……」
お嬢様がPRして下さった時の勢いが、緑の紫陽花を見たことでがくっと失速されてしまいます。このままではいけません。なので、しっかりとお伝えせねば。
「怖い花言葉が多いイメージがありますよね……色が変わることから、『移り気』や『浮気』など……ですが、ポジティブなものもあるのですよ。小さな花が集まっているからでしょう。『和気藹々』、『家族団欒』など……」
「そう、なんだ……家族団欒、和気藹々」
「それに、色が変わる事も考え方次第のようで、色によって違いますが、『辛抱強い愛情』や『寛容』など変化を受け止めるような言葉も多いのですよ。この緑の……アナベル、セイヨウアジサイと呼ばれる緑の紫陽花は『ひたむきな愛』や『辛抱強い愛情』です。こをろお嬢様がどんなに変わっても、変わらないものがきっとあると白銀は信じております」
「うん……! うん! ありがと! 白銀!」
こをろお嬢様の好きなものをこをろお嬢様がずっと好きでいられるよう願いを込めてお送りさせていただきました。どうやら伝わったようで何よりです。
「えへへ、伝えなきゃね。こをろね、白銀の事好きだよ!」
「ええ、私もこをろお嬢様の事は大好きでございますよ」
「へばっ!」
あら? こをろお嬢様が固まってしまいました。
「白銀ぇ~、こうなったら貴方の笑顔や言葉の危険性を親切丁寧に教える必要がありそうですね……私の姪を誑かさないでください~」
伝えるって難しいですね……というか、千金楽さん、それも先に伝えておいてください。全くもう。
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