75話 五十路、動画配信者を知る。
「いえーい……噂の執事喫茶にお嬢様宣伝大使に選ばれた~」
棒先についたスマートフォンに向かってとても良い笑顔でそう仰るのは、今日私が使えさせていただくこをろお嬢様。
千金楽さんのお知り合いらしく、動画配信者をされている方だそうです。
「今日、執事喫茶【GARDEN】のことを教えてくれる執事さんの白銀でーす。よろしくね、白銀っ♪ いえーい、ぴーすぴーす」
「はい、こをろお嬢様、ピースです」
こをろお嬢様に促され、私もピース。
最近、というか、ピースなんてしないので、挙動不審になってしまいます。
大変元気なこをろお嬢様が今日は、宣伝のVTRを一日お嬢様体験と言う形で作って下さるらしく、そのご案内を仰せつかりました。
「それでは、こをろお嬢様、まいりましょう」
「うむ! くるしゅうない!」
こをろお嬢様の素敵なお返事を受け取り、ホールへとご案内いたします。
「ねえねえ、白銀。ここって予約制なの? ねえねえ、ねえねえ……」
こをろお嬢様はホールに着くまでの間も気になることをずっと聞いてこられるくらいお元気でした。
そして、席に着いても、他のお嬢様に配慮して小さくではありますが、隅の席でずっと話続け、隙あらば、回っている執事を質問攻めしていらっしゃいました。
「ね、ねえ、白銀。あの子、どうしたの?」
今日は出勤前にご予約されていた南さんが私に話しかけてくださいます。
「千金楽の知り合いで、動画配信者の方だそうです」
「へえ~、受付で、今日は特別許可で撮影するお嬢様がいるって言ってたのがあの子なのね。千金楽君も千金楽君なりに色々やり始めたのね」
そう言いながら、こをろお嬢様を見つめる何かを考えている南さんは、流石前の【GARDEN】のオーナーと言えるかっこよさが溢れています。
「え? なに? 白銀」
「いえ、前オーナー、いえ、南お嬢様は素敵でいらっしゃると思いまして」
「そ、そう……い、いやいやいや! でも、ほら、素敵なら、ねえ、明美ちゃんが、ねえ、グラビアに載ってたアレ、素敵だったよね?」
「ええ、あの明美お嬢様も素敵でした」
「う、うぅう~、そうだよねえ。でも、『も』って言ってくれたらいっかあ」
一人で何事かを呟き続ける南さんですが、小さな声でしかも俯いていらっしゃるので、耳の遠いじじいには聞こえませんでした。情けない。
「それより、南お嬢様、そろそろお出かけの時間では?」
「うっそ、もうそんな時間。あ、ほんとだ。……でも、うう~、もうちょっとだけ」
「いけません、南お嬢様はこれからお仕事でございましょう?」
カルムのシフトに入ってらっしゃるのを私知っているんですから。
それに、カルムは今、大繁盛し始めているのです。
小さくて可愛らしい小鳥さんに、スレンダーでかっこいい南さん、お若くて知性も感じさせる麗華さん、三人の美人・美少女が居る上に、接客も味も素晴らしいとなれば、当然のことでしょう。
「でも、次、会えるのが……」
「お嬢様、め! ですよ」
「………ぁ、ぅ……へへ、ごめんなさい……」
これは千金楽さんに教わりました。こう言えば南さんが大人しくなるからと。
だけど、千金楽さん達は誰も使わないのですが、どうしてでしょうか?
子ども扱いされてちょっと恥ずかしくなったのか南さんが真っ赤になって俯いてらっしゃいます。
「……わかった。じゃあ、頑張ってくるから白銀、応援して?」
美人の南さんの色っぽい上目遣いにドギマギしてしまいます。
ただでさえ、南さんは私に告白のようなものをされて、気恥ずかしい思いがあるのですが。
いえ、私は、今はお嬢様に仕える執事。よこしまな思いを抱いては行けません。
咳払いを一つし、こちらを潤んだ瞳で見ている南お嬢様に私は、
「いってらっしゃいませ、南お嬢様。今日という日を精一杯頑張る南お嬢様が白銀は大好きでございますよ」
これも千金楽さんから教わりました。というか、命令されました。
大好きという言葉は、その、少々難しいというか、言っていいものなのか迷ったのですが、オーナー命令で、言わされています。
ただ、あくまで執事白銀としてですので! 大丈夫です!
「え、えへへ……いってきま~す」
にこやかにそう仰って小さく手を振り去って行かれる南お嬢様は大変可愛らしく年甲斐もなくどきどきしてしまうのですが……後ろからとっても視線を感じます。
「白銀、わたしにも、さっきの言ってね?」
「あ、私もお願いします!」
と、周りのお嬢様達が皆様口をそろえて仰います。
いえ、言うのは構わないというかなんというか、正直、この年で大好きはちょっと照れてしまうのですが。
周りの2テーブルのお嬢様にお出かけの際に応援の言葉を掛ける約束をし、キッチンへと向かいます。
今日は、精進料理に近いヘルシーなメニューがランチメニューで、初めての杉さんとの合作です。
「白銀、くくくく……」
「杉さん、ふふふふ……」
二人でこのメニューの完成、そして、好評の声を噛みしめているので、目が合うと互いに笑みが零れてしまいます。
「はいはーい、おっさんとじいさんが見つめ合って笑って誰得なんで、さっさとしごとしてくださーい」
檜さんに怒られてしまいました。
最近、新メニューの考案の為にキッチンに入ることが多かったのですが、それに伴ってキッチンの方たちの遠慮がなくなってきているような、いえ、こういうのは嬉しいんですけどね。
「ほら、動画配信者きてるんでしょ。ああいうのって下手に隙見せたら本人以外でもめっちゃ叩いてくるんですから、さっさと持って行ってあげてください」
「そうなんですか?」
「SNSは怖いっすよ。顔が見えない分、自由ですから。自由過ぎる位」
そう言って渡されたお料理を持って、こをろお嬢様の元へと向かいます。
こをろお嬢様のお相手をしていた緋田さんがお辞儀をし、こちらに向かって来ます。
そして、すれ違いざまに。
「すっごい色々聞かれました。白銀もお気をつけて。あと……」
緋田さんからの引継ぎを受け、こをろお嬢様の元へ。
「お待たせしました。こをろお嬢様、ランチをお持ち致しました」
「うむ、ありがとうなのじゃ」
変わった言葉遣いで頑張って主人の雰囲気を出そうとしているこをろお嬢様に思わず笑みがこぼれてしまいます。
「くぅ~、ロマンスグレー執事の微笑み。モナリザ級、ころころしちゃうぜぇ! いただきました!」
そう言って、私とこをろお嬢様がカメラに収まる角度に身体とカメラを動かすこをろお嬢様。やはり、カメラはちょっと照れますね。
「くうぅううう! お料理も美味しそうだし、さっきの緋田っちに聞いたところ、めっちゃヘルシーなんでしょう? もお! こをろこをろしちゃうぜ!」
こをろこをろというのが、恐らく感極まった表現なのでしょう。
こをろお嬢様は、ずっとこをろこをろ言いながら、お食事をされます。
「メインこをろこをろ! お皿も食器もこをとこをろだし! 白髪執事もこをろこをろ!」
とっても楽しそうに撮影されていらっしゃいます。
その時でした。
「なんで、あの子が良くて、私が駄目なのよ!」
一人のお嬢様が大声をあげられました。
「いえ、ですから、受付時に説明しました通り、あちらのお嬢様の撮影は、【GARDEN】から許可を出したものでして。それ以外のお客様は受付でのみ撮影可能と……」
黄河さんが必死に説明してらっしゃいますが、聞く耳持ってくださらないようですね。
現在【GARDEN】では、ホール内での撮影は完全禁止とさせていただいています。
受付のみ撮影は可能で、お見送りするは希望出来て、その執事と写真を撮ることは可能ですが。
『SNSに対応していかないとな』
今は、悪意のある切り抜き? というのが多いらしく、大量の情報の中から小さな穴を見つけそれが全てであるかのように伝え、炎上してしまうのだそうです。
また、個人情報対策でもあるとのことでした。
そして、それについてはしっかりと説明させていただいているはずなのですが、どうやら話をしっかりと聞いて下さらず、更に、それを誤魔化す為に突っかかっているようにも感じられます。
「だから! そんな話は聞いていないの!」
そんなはずはないと思います。千金楽さんが考え、優秀な彼らがやっているのですから。
文書にも同意のサインをしていただいてるはずです。
「ああもう! じゃあ、なんであの子は……あ!」
フォークでこをろお嬢様を指し示そうとしたその瞬間でした。勢いあまったのでしょう。
手からフォークが離れて、こをろお嬢様に向かって飛んでいきます。
「きゃああ!」
こをろお嬢様がそれを躱そうと身体を思い切り動かしてしまい、椅子が傾き落ちそうになっていらっしゃいます。
私は、
「こをろお嬢様、失礼します」
飛んできたフォークをこをろお嬢様の膝の上にあったナプキンを右手で持ち上げ、フォークを受け止めます。そして、左手でバランスを崩し倒れかけた椅子の背を持ち、くるりと回します。こをろお嬢様はその勢いと重力で椅子から落ちることなくぐるんと一回転。
その間もスマートフォン付棒を真上にあげ撮影してらっしゃるのは流石、動画配信者様という所なのでしょうか。
ですが、怖い目に遭わせてしまったことは事実です。
私は、こをろお嬢様の表情を窺い、動揺はあれど、意識ははっきりしているようでしたので。
「こをろお嬢様、このような事になり申し訳ございません。ご無事でしょうか?」
「ひゃ、ひゃい、し、白銀、かっこよ~……きゅんきゅん、するわ~……」
おや、こをろこをろではないのですね。
この場合は、どちらの方が私にとってお褒めの言葉になるのでしょうか?
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THE HANGED MAN~肉壁用ネタNPC(10962体目)はバグったAIにより自我を得たので、12011人のプレイヤーと8人の賢者に復讐を開始します~
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