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74話 明美、出会う。

【東雲明美視点】



「ふっ……! ふっ……! ふっ……!」


正拳突き。

空手の中でも王道の技。私はこの技が好きだ。

大会は近い。集中したいときに私はこれを繰り返す。

私は、深く深呼吸をし、身体を落とす。

そして、前へ出る。

――シュッ! と、風を切る音が誰も居ない道場に響いた。

そしてまた、同じ動作を繰り返す。

何度繰り返したか分からない。それでも飽きることなく、繰り返す。


耳を澄ませて、身体から心からいらないものをそぎ落として、打つ。


自分の今出来る最善に辿り着き、アタシは、ふぅーっと息を吐き、ゆっくりと構えを解く。


「相変わらず綺麗な動きだなあ」


声をかけられた方を見るとそこには、先生が立っていた。

いつから見ていたんだろう? 全く気が付かなかった……。


「ありがとうございます」

「大会も近いし、気合入ってるなあ」


そう言って、先生は微笑む。

いつものように優しい笑顔だった。

先生には本当に感謝している。

私がこうしていられるのは先生のおかげでもあるから。


「はい。絶対優勝します」


アタシがそう言うと、先生は少し驚いたような顔をする。


「お前がそんなこと言い出すとは……明日は雨かなあ! はっはっは!」


先生は大きな声で笑い出した。

この人のこの大きな笑い声に小さい頃から元気を貰ってた。

そして、あの人の優しい笑顔に……。


「絶対勝ちます」


アタシは噛みしめるように言葉を繰り返す。

大きな大会ではあるが、他の選手からすれば特別な大会じゃない。

けれど、アタシにとっては……特別な大会になる。してみせる。


アタシは、軽く汗を拭くと稽古を再開する。

何度も、何度も、体に染み込ませるために。

絶対に忘れないようにするために。

そして、絶対に負けられない戦いのために。


振りぬく拳の空を切る音だけが聞こえていた。

もっともっと澄んだ音を。

アタシは、あの時聞いた理想の音を追い求め続ける―。





元々アタシは、空手が好きだったわけじゃない。

父親がやっていて、自分の姿を見せたくてアタシを連れて来てただけだった。

兄貴は早々に行かなくなったし、妹はまだ小さかったから。


「ほー、これがお前の娘さんか。はっはっは! お前と違って美人さんだなあ!」


その頃から先生の声はデカかった。

初めて会った時からこんな感じで笑っていた。

そのせいでアタシは最初の頃、先生が苦手だった。

父親と同じ声のデカい怖い人だと思っていたから。

アタシは大きな声とかが苦手だった。

だから、みんなの掛け声や動きにびくびくしているような女の子だったと思う。

そんで、隅っこでじっとしてた。


けれど、一人だけ。

怖くない人が居た。


その人は、時々来ては、道場の端の方でずっと型をやっていた。

いつも静かに穏やかな表情で、淡々とこなすその姿に目を奪われた。

一つ一つの所作が綺麗で、無駄がない。

それでいて力強くて、思わず見惚れてしまった。

その時からだ。アタシが空手に興味を持ち始めたのは。


父親はアタシが空手をやってみたいと言うと諸手をあげて喜んだ。

だけど、コイツは見所があると家でよく言ってていやだった。

母さんは困ったように笑ってたし、兄貴は父親を睨んでたし、妹は寂しそうだった。

なんで、なんでこんなに無神経に家族を傷つけられるのか謎だった。


けど、あの時のアタシはそれに縋るしか出来なかった。

道場に通いたい。それだけだったから。

そして、アタシは稽古の日は休まず通い続けた。

あの人の型が見たかったから。

あの人みたいに綺麗に動けるようになりたかったから。


だけど、あの人は忙しい人らしく、いつも来るわけじゃなかった。

決まった曜日とかでもなくて、ふとした時に隅っこで稽古をして帰っていた。

だから、毎回行かないとあの人の空手が見られない。

アタシはそう思って、学校が終わったら父親を待たずに道場に一人で行って稽古した。

遠い道のりも苦じゃなかった。


「おおお! 早いな! 明美ちゃん!」


その日は珍しく先生しかいなくて一番乗りだった。

相変わらず先生は声がデカくて苦手だった。


「よーし! 折角だ! みんなが来るまでしっかり見てやろう!」


そう言って近づいてくる先生。

大きい身体で大きな声で、怖い。


父親みたいで、怖い。


アタシはビクッとなって後ずさりしてしまう。


その時、後ろに気配を感じた。

先生程ではないけど、アタシより背の高い男の人の、いや、おじいちゃんの匂い。

だけど、その気配はとっても柔らかくて……。


「いけませんよ、小山さん。いつもの癖で声のボリュームがばかになってますよ。この女の子、ちょっと怯えちゃってるじゃないですか。まったくもう」


その人がそう言うと先生は、今まで見たことないあちゃーみたいな顔をして、


「うわ! そうか! すまんな! 仕事柄声が大きくなっちゃうんだ! うん、んん、あー、ぁー……ぇーと、このくらいなら大丈夫か?」


先生は、一生懸命声の大きさを調整してから話しかけてくれた。

アタシは、それにちょっとびっくりして静かにこくんと頷く。

すると、先生は、


「ぉーけー、ぉーけー……これから、おれの声が大きかったら、しーってするか耳をこうやって塞ぐみたいにしてくれ。気を付けるから、な?」


先生は、ひそひそ話するみたいに、小さな声で、そして、お遊戯会みたいな動きでアタシに伝えてくる。

それが、可笑しくて思わず笑ってしまう。


「おーおー、やっと笑ってくれたなあ。いやあ、どうにも男ばっかりの家だからなあ。女はかあちゃんだけだし。道場も今は女の子、この子だけだから接し方がな、うん」

「小山さんは、東雲さんと仲良くなりたいだけですからね。やさしいおじちゃんですよ」


その人はそう言うと、アタシの方を見て笑った。

優しい笑顔だった。

助けてくれたんだ。お礼言わなきゃ。

アタシはそう思って、その人に、


「あ、ありがとう、おじいちゃん」


アタシがそう言うと、二人とも固まって、そして、笑った。


「お、おじいちゃん……! 福家さん、おじいちゃんって……!」

「あー、ははは……。まあ、そう見えますよねえ……」

「まあ、福家さんは達人だからそう見え……見え……ぶふー!」

「笑ってるじゃないですか……。いいですよ、見た目がおじいちゃんって分かってますから……」


困ったように笑う顔も穏やかで、アタシはまだ三十代のその人をおじいちゃん呼びしたのにも関わらず怒らずに許してくれた。


とても動きが綺麗なたつじんのやさしい人。


そして、後に何度もアタシを救ってくれたヒーロー。


そして、今度の大会で優勝できたなら想いを伝えたい大切な人。


それが、アタシと福家さんの最初の出会いだった。


お読みくださりありがとうございます。

また、評価やブックマーク登録してくれた方ありがとうございます。


よければ、☆評価や感想で応援していただけると執筆に励む力になりなお有難いです……。


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