73話 五十路、グラビアに刺激される。
結お嬢様と明美お嬢様をお見送りした後も【GARDEN】は大忙しでした。
「白銀、あちらのテーブルのお嬢様達のお相手をお願いします。時間になれば、紫苑と交代させますので、今日は全テーブル回って下さい。大変だとは思いますが」
「いえ、大丈夫ですよ」
これでも体力はあるほうです。それに、お嬢様・お坊ちゃんとお話するのは大変刺激的で楽しいですから。
「そうでしたね、貴方はそういう人でした。では、お願いいたします」
黒鶴様は眼鏡をなおしながらそう仰ると、他の執事へテキパキと指示を出していきます。流石、黒鶴さんです。
「……お嬢様はバドミントンをされていらっしゃるのですね、道理で……」
緋田さんの声が聞こえます。緋田さんはすごく力強い声でかっこいいですし、動きもどんどん凛々しくなっているので最近ますます皆さんに愛されているようです。
「緋田はこう言ってますが、ネットを挟む競技は全部だめなんですよ。網が檻に見えているのかもしれません」
「紫苑、私はゴリラじゃないんですよ」
「おや、私はゴリラだなんて一言も言ってませんよ」
紫苑さんの言葉に、緋田さんがつっかかります。
あの二人のコンビはとても人気で、歌舞伎のように待ってましたと言わんばかりに二人が揃うとお嬢様達は嬉しそうに声をあげられます。
「お嬢様、本日のメインはネギと牛肉のすき煮白銀仕立てでございます。……ネギが入ってるからってネギらないでね」
「ぶふっ……!」
いけません、吹いてしまいました。
流石、緑川さん、本日も洒落が絶好調のようです。
緑川さんのお話は本当に面白く、ネギに纏わるお話を軽妙な語り口でお嬢様に聞かせていらっしゃり、お嬢様も洒落の時は苦笑いでしたが、どんどん引き込まれて行ってるご様子。流石です。でも、洒落も私は好きでしたが。
そういえば、今日は私の考案したメニューが使われる日でした。
執事喫茶で和食も随分なじんできたように思います。
今度、和装や着流しの日も作ろうかと藍水さんが仰ってましたね。
それはそれで私にとっては嬉しいですね。和服、ふふふ。
そんな事を考えていると、お嬢様の元へ辿り着いてしまいました。
他の執事の方々の情報は黒鶴さんから頂いています。
なるほど、確かに緊張されているようです。
初めて来られた方は多少なりとも緊張していらっしゃいますが、ここまでは朝日お嬢様以来でしょうか。
私は膝を折り、お嬢様より低い目線で話しかけさせていただきます。
「春香お嬢様、初めまして。執事の白銀と申します。少しばかり春香お嬢様は緊張されているご様子。よろしければ、私の魔法を少しご覧いただけませんか?」
そう言って私は何もない所からたんぽぽを取り出して見せます。
「流石、春の名を持つお嬢様、たんぽぽが咲いてしまったようです」
そう言うとお嬢様は、驚き、そして、小さく笑って下さいました。
さて、少しでもお嬢様にとってこの時間が良いものとなるよう、お仕えさせていただきましょう。
「やっぱり、俺も手品勉強した方がいいんでしょうか?」
仕事終わりに緋田さんがそう仰います。
「いやいや、緋田さんみたいな不器用人間が手品は無理でしょ。力任せにスプーン曲げした方がウケますって」
紫苑さんの茶々でみんなが笑います。確かに、緋田さんのようながっしりした方がマジックするイメージはありませんし、コメディ要素あるものの方が緋田さんらしいかもしれません。
私も思わず笑ってしまいました。
「おいぃいい、紫苑。お前、ほんと、俺に対してだけ遠慮ねえよなあ?」
「いたたたた! ちょっと、緋田さんだって、僕に遠慮ないでしょ!」
また始まりました。
お二人は仲良しさんですが、喧嘩するほどなんとやらとは言いますが、お二人のやり取りは見てて本当に飽きません。
「おい、仲いいのはいいが、余り遅くなるなよ。特に、緋田は明日も入ってるだろ。お前、最近がんばりすぎじゃないか?」
「そうそう、緋田さん最近めちゃくちゃ入ってますよね? 彼女でも出来たんですか?」
黒鶴さんの言葉に紫苑さんが乗っかります。
緋田さんは、そう、あれです。圧のある笑顔で紫苑さんの頭をぐりぐりされます。
「いないってお前知ってて言ってんだろうが。そんで、彼女いない緋田さんかわいそうだから、飯くらい付き合ってあげますよって言いながら毎回おごらせてんのはどこのどいつだよ……!」
その言葉を聞いて皆さんが大爆笑します。
「あー、そうでしたー。そういえば、そのご飯の時に聞いたんでした。緋田さん、最近フラワーアレンジメントの教室に通ってるんでしたね。美人の先生の」
紫苑さんがそう仰ると、緋田さんの顔が一瞬固まります。
「ばばばっばか! 美人とか関係ねえよ! 俺はただ、白銀さんみたいになりたくて……」
「そう思って通い始めたら、先生が凄く優しくて、もしかしたら俺の事……って思ってるんですよね」
紫苑さんがここぞとばかりに責め立てると緋田さんは顔を真っ赤にして反論しようとしましたが、結局何も言えずに口をパクパクさせています。
「そうか……だが、学ぼうとする姿勢はいいことだぞ。日々、勉強だ」
「黒鶴さんも今からですか。前の女の子とは違いますよね」
「ああ……! あの子は卒業した……! 幸せな未来を祈るばかりだ。今度のアイドルはすごいぞ! 男装執事アイドルグループだ! まだまだアイドルの世界は奥が深いぞ……!」
そう言って黒鶴さんは、真っ黒でかっこいい女の子が描かれたTシャツを着て出て行かれます。本当に黒鶴さんはアイドルさん達を一生懸命応援してらっしゃいますね。
「ういーっす。おつかれー」
入れ違いで入ってきたのは、千金楽オーナーです。
トレードマークの金髪を掻きながら、私達の方へやってきます。
「いやー、みんなマジでお疲れ。最近お嬢様・お坊ちゃんが多くて大変だと思うけど、ありがとな」
オーナーの労いのお言葉を頂いて、みなさんほっこりしています。
この方はいつも言い方はこうなのですが、本当に感謝して下さっているのが伝わってきます。
「でも、最近ほんと多いですね。なんかあったんですか」
緑川さんが独特な和風柄の入ったジャケットを羽織りながらそう尋ねられます。確かに、最近はお嬢様やお坊っちゃまが多い気がします。
「いやあ、まあ、君達のせいだね」
「「「「は?」」」」
私達は思わず声を合わせてしまいました。
えっと、どういう事でしょうか? 私達が何かしてしまったのでしょうか……。
不安げに私が見つめていると、オーナーはニヤリと笑って私を指さしてきます。
「特にお前、白銀! 最近マジで手加減なしか。最強か」
ん? 褒められて、ます?
「いやあ、最近さ、多いんだよ。口コミサイトとかSNS見て来ましたって人たちが。で、前はさ、白銀白銀白銀だったけど、今は、それぞれのファンみたいなお嬢様・お坊ちゃんたちが出てきて、軽く応援合戦みたいになってんだよ。まあ、今のところはポジティブな感じだ。伝えたくなるくらいの良さってことだ。誇りに思っていい」
私は、思わず感動してしまいました。
皆さんがそんな風に思ってくださっていたなんて。
「しかし、皆さんがどんどん成長しているなら、私も、お嬢様・お坊ちゃんに楽しんでいただけるよう、もっと頑張らなくてはいけませんね」
「「「「いやいやいや」」」」
また、皆さんの声が揃います。
何でしょう? 皆さんどうされたのでしょう? 不思議に思っていると、千金楽さんが私の肩に手を置いて仰いました。
その顔は、とても真剣な表情で、
「お前は、手加減を、しなさい、と、いつも、オーナーであり、君の教育係であった、私、千金楽さんが言っています。それに追いつこうとする、緋田や紫苑の心を、折るつもりですか? と、私、千金楽さんは何度も言っています。物忘れ激しすぎか、おじいちゃん」
千金楽さんは圧ある笑顔でそう言われます。
あ、はい。そうでした。
つい、皆さんに喜んで欲しくて、やり過ぎてしまう癖が抜けていませんでした。
反省します。
でも、皆さんがこんなにも頑張ってらっしゃるのですから、私も負けるわけにはいきませんね。こっそりがんばりましょう。
「でも、今のところはポジティブってことは何か心配事もあるってことですよね」
緑川さんのその言葉に、オーナーも難しい顔をされています。
「ああ、まあな。こればっかりはどうしようもないんだけどな。来るお嬢様・お坊ちゃんが増えれば、マナーの悪い方も来られる可能性があるし、目立てば一定数の批判は来るもんだ。勿論、対策はとるつもりだけど、みんなもあまりSNSとか噂に振り回されるな。お前らは素晴らしい執事だ。以上、オーナーからの有難いお言葉でした」
千金楽さんがそう締めくくられ、いきなりにやっと笑われます。
「じゃあ、こっからはみんなの大切な仲間千金楽さんな、おい、白銀見たか? あの週刊誌」
いきなりの話題転換について行けず、私は目をぱちくりさせてしまいます。
最近、千金楽さんはオーナーとして貫禄が出てきたのですが、やはり疲れるものらしく、オーナーモードが終わるととてもフレンドリーに絡んでこられます。
「あー! 見ましたよ、俺も! そして、買いました! これですよね! 明美お嬢様の!」
緋田さんがそう言って私も結さんに頂いたあの週刊誌を机の上に出しました。
「いやあ! すごいっすよね! 巻頭っすよ! めっちゃ美人ですよね!」
「ああ、しかも。水着とかなしで、がっつり特集組まれてるからな。すげー人気なんだろうな。このカメラマンも気に入った子しか撮らないって凄腕でこだわりのある人だしな」
緋田さんと千金楽さんがそう言いながら、雑誌を覗き込まれます。
「千金楽さん、詳しいですね?」
「ん? ああ、まあね」
千金楽さんはそう言って、にかっと笑いました。
まあ、千金楽さんはダブルと言う事ですし、顔もとても整っていますから、もしかしたら、そういうお仕事もされていたのかもしれませんね。
「いやあ! 今度の空手の大会も盛り上がるんだろうなあ、ライバルの土屋さんも凄く調子あげてますからね!」
緋田さんが興奮気味にそう仰います。
「土屋さんと言う方がライバルなのですか?」
「そうです! 土屋絵里奈! 東雲明美さんより四つ年上なんですけど凄く大きくてパワフルな女性なんですよ。『女傑』って呼ばれてて、明美お嬢様に比べると、どっちかというと男らしい感じで、めちゃ強いんです。この前の大会も明美お嬢様に惜しくも敗れての準優勝だったんで、今度こそはって気合い入ってるみたいですよ」
へえ、そんな方がいらっしゃったのですか。
「良いライバル関係なんですね」
「あー、いや、でも……」
緋田さんが困ったように頭を掻きます。
ん? どうされたのでしょう? 緋田さんは少しため息をつかれ、 それから、意を決したような表情で仰いました。
「結構、土屋サイドは明美お嬢様を非難してて、髪が明るいとか言動がよろしくないとか、ライバルではあるし、二人の試合は面白いんですけど。場外戦と言うか、それがちょっとひどいんですよねえ」
緋田さんはそう言って、苦笑されます。
なるほど。もしかしたら、今日の明美さんの様子はそういった話が関係しているのかもしれませんね。
「まあ、人の注目を浴びるってのは結局そういうことになる。特に今の時代はな。また、明美お嬢様がおかえりになられた時にはそう言った所もちょっと気にかけて差し上げろ。……と、こ、ろ、で、白銀くーん、君はこのグラビアを見てどう思ったかね?」
千金楽さんがそう言って私に話を振ってきます。
顔がいやらしい感じがしますが気のせいでしょうか。
「そうですね、構えがとても凛々しいですし、しっかりと鍛錬されているのが感じられる美しい姿だと思います」
私が素直に答えると、 千金楽さんの口角がぐいっと上がり、 その笑顔のまま、私の肩に手を置かれました。
「そう言うんじゃない。もっとなんだろ、女性として、どう?」
女性として。
そう言われた時に、明美さんの私服のような姿の写真が目に入ります。
穏やかな笑みを浮かべこちらを見てるその姿は、そう、言わば、恋する乙女と言うのでしょうか。
とても可愛らしく……。
「そ、そうですね。とても可愛いくてどきどきしたかもしれません」
私は照れながら、正直に答えてしまいます。
すると、千金楽さんはにやりとした顔をして、 うんうんと頷いてらっしゃいます。
「そっかそっかー、いいねいいね。……これであの人に情報流せば恩を売れるし、南元オーナーを焚きつける素材にもなるな、ひっひっひ」
一人でぼそぼそと千金楽さんが呟いていますが、私にはよく聞こえませんでした。
再び、グラビアに目を落とすと、写真の明美さんが目に入り、その、年甲斐もなくどきどきしてしまいます。
いけません! 明美さんは二回り近くも違う、いわば孫でもおかしくない方なんですよ! この煩悩を振り払わねば! そうだ!
私は緋田さんの方に向き直ります。
「緋田さん、紫苑さん。この後、ジムに行きませんか!? なんだか、身体を動かしたい気分なんです」
そう言って、私は二人に迫ります。
そうです。こんな邪念など振り払い、己を鍛えるのです。
すると、緋田さんと紫苑さんは顔をひくつかせ、
「あ、あー、でも、なあ、紫苑?」
「えー、そうですね、その白銀さんとジム行くと自信を失うって言うか……あ、あー! そうだった! 緋田さん、今日は僕にご飯おごってくれる約束だったじゃないですか! お店予約してましたよね!」
「てめ……!」
緋田さんが何かを言いかけましたが、すぐにお互いの顔を見合わせ頷きます。
「というわけで、僕達はごはんに行くのでまた今度誘ってください」
そう言ってお二人は、足早に立ち去って行きました。
うーむ、残念です。
緑川さんは……いつの間にかいなくなっていました。不思議な人です。
「千金楽さんは……?」
「あー、悪い。俺は本当に用事があってな。今度ウチに取材に来るトコロに知り合いがいてな。その人と呑みに行ってくるんだ」
「そうですか」
一人でジムに行くと、若い人ばかりでちょっと気後れしてしまいます。
なので、そうですね、久しぶりにあそこへ行ってみましょうか。
私はそう考えて、千金楽さんに挨拶をして、その場を後にしました。
その後、何故か南さんから、私服姿の写真が送られてきました。
『どう思う?』って……。
『とっても素敵ですね』と返したら、返って来なくなりました。
『既読スルー』というヤツですね。覚えました。
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