71話 明美、逃げる。
第二部開始です。基本的に水曜か木曜更新を目指してやっていきたいと思います。
【東雲明美視点】
「お帰りお待ちしておりました、お嬢様」
今日もアタシは【GARDEN】にやってきた。
【GARDEN】はイイ。
変に洒落た香水の匂いもしないくて、木や花がいっぱいだから自然の匂いがする。
最近また改装してより庭でお茶を楽しむお嬢様という雰囲気になっている、らしい。
お嬢様の出てくる話なんてガラじゃないからあんまり読んだことはないので、お嬢様のお茶会なんてよくわかんない。
だけど、良い感じなのはすごい分かる。
「すぅううううう……」
思いっきり【GARDEN】の空気を吸い込む。それだけで心洗われる気がする。
「あははは! 明美さん、めっちゃ目が輝いてますよ!」
結がそう言って、アタシの隣で悪戯っぽく笑ってポニーテールを揺らしている。
「うっさい、久しぶりの【GARDEN】なんだし、いいでしょ」
二週間ぶりの【GARDEN】。
まあ、普通なら二週間に一回なんて多いのかもしれないけれど、アタシの数少ない贅沢だ。
許してほしい。っていうか、
「結は、いつぶり?」
「え!? えーっと、そうですねー……同じくらいですかね!」
「で? 具体的には?」
アタシが鼻くっつくくらい近づいて睨むと結は大人しく白状する。
「ふ、二日ぶりです……」
「ギルティ」
犯人は自白した。こういう時自分のキツめの顔って便利だなあとつくづく思う。
「いや、でもでも! りんちゃんなんて時間が空けば行ってるし、南さんなんてカルム休みの日は絶対だし、あの寛子さんだって忙しい合間を縫ってきてるんですよ! それに、別に犯罪を起こしているわけじゃ……」
「アタシを騙したから。アタシにとっては有罪です。……さみしいじゃん」
冗談でも友達に騙されるのは、ちょっといやだ。
「あ、あ、明美さーん! ごめんなさーい! もう騙したりなんかしませんからー!」
結が抱きついてくる。ふわりと桃みたいな香りが鼻をくすぐって、かわいいやつだなあと思って許してしまう。そうか、妹によく似てるんだな。
「も、もういいから。それより、紫苑君待ってるから早く行こ」
「いえいえ、いいんですよ、明美お嬢様。仲良きことは美しきことかな、です」
細くて綺麗な髪の毛をオールバックにして額の傷を見せるかわいい執事さんはこちらを優しく見守りながら小さく首を傾けた。
「……紫苑君、ジジ臭くなってないです」
「え!?」
「アタシも思った。『あの人』の影響受けすぎじゃない」
「そ、そうですかね……確かに、なんか最近和菓子とお茶が好きになってきてて」
ダメだ、こりゃ。どいつもこいつもあの人に毒されてきている。
「気を付けます。私には私の良さがあるからと言われたばかりですので」
紫苑君はそういって、オールバックを直してニコリと微笑む。
額の傷は彼のお姉ちゃんともみ合った時に出来たものらしい。
その傷が二人に溝を作り互いに遠慮しあってしまっていた。
その仲を取り持ったのが『あの人』だという。
あの人らしい。
アタシと、兄貴。そして、アタシの家族を守ってくれたのもあの人だった。
アタシにとって、あの人は……。
「ああ、お帰りなさいませ。お嬢様。外は寒かったでしょう。温かいものを直ぐに用意いたしましょうか?」
そう言ってあの人は柔らかく微笑んだ。
「ただいま、白銀」
「おかえりなさいませ、お嬢様」
美しい白髪で穏やかな表情の老執事がアタシ達を出迎えてくれる。
テーブルまで案内してくれる間、アタシは気付けば白銀の、福家さんの背中を見ていた。
決して大きくはない。でも、ピンと背筋がしっかり伸びた綺麗な背中。
この人に何度アタシは救われたんだろう。
クソみたいな人生だと思ってた。
両親が離婚し、好きだった空手も辞めさせられそうになって、貧乏で、兄貴はグレて、妹は何にでも怯えるようになって、母親は荒れていて。
でも、この人がいたから、アタシは……。
「明美お嬢様? お食事お持ちしましたよ」
気付けば、アタシは席についていて、お料理もやってきていた。
「あっはっは! 白銀さん、聞いてくださいよ明美さんぼーっとしたまま座って、ずーっと白銀さんの方見てたんですよ。もうほぼ習慣ですよ!」
結が余計なことを言う。顔が熱くなったじゃないか!
「ふふふ、型が出来上がっているのですかね」
「型?」
「明美さんは空手をやってらっしゃいますから。繰り返しの修練によって動きが最適のものに変わって、そして、更に繰り返すことで身体が覚えていき、無意識でも最適の動きがとれるようなるのです。それだけ、【GARDEN】に来てくださっているという事なんでしょう。執事としては嬉しい限りです」
白銀さんがそう言って、アタシの真横で微笑む。
近いって! いや、近いのが悪いわけじゃないし、嬉しいけど近いって!
「ほほ~、ワタシの方がいっぱい通ってるはずなんですけどね~」
「アンタは雑念と妄想が多いからじゃないの」
アタシは少しでも気を紛らわそうと、持ってきてくれたパンケーキにナイフを入れようとする。横に置かれたシロップが多めでまた顔が熱くなる。
アタシが甘いの好きなのを白銀さんは知ってくれて、気遣ってくれている。
それがまた、嬉しくて……熱くなる。
「ああー! そんな事言うー! ねえねえ、白銀さん、どう思いますー! あの人、厳しくないですー?」
「そうですね、結さんだから、厳しくなれるのではないでしょうか? 家族のように思っている方だからこそ厳しく出来る。明美お嬢様はそういう方だと思いますし、そういう方にそんなにまで思われている結お嬢様は素敵な方なんだなと再認識出来ました」
「あ、ぅ、そ、そうですか……あの明美さん、ワタシも、好きですょ……」
結が両手で顔を隠してポニーテールを横に大きく揺らす。
ああ、もうかわいいなあ!
「そ、そういえば、明美さんってもうすぐおっきな大会なんですよね!」
結がもう冬だというのに顔を仰ぎながらこっちを見てくる。
大分赤いぞ、アンタも。多分、アタシもだけど。
「そうなんですか?」
「ええ、大会近づいてまして……もしかしたら、こっちには暫く来れないかもしれません」
「まあ、空手界のスターですもんね。期待値高いから優勝目指して頑張んないとですもんね」
「ま、アタシなんて客寄せパンダみたいなもんだからね」
「え、いやいや! 実力もあるじゃないですか! 謙遜しないでくださいよー!」
結が焦ってるけど気にしなくていい。そんなもんなんだから。
そう。アタシなんて。顔がちょっと良いから取り上げられる選手。
でも、それでも。
「……どうされました?」
思わず、白銀さんを見てしまう。
アタシの型だ。
一番最適な方に無意識に流れるように動いてしまう。
白銀さんは、ちょっと困ったように微笑むと、アタシの方に顔を寄せ耳打ちしてくる。
「明美お嬢様は、仮に泥にまみれてしまっても美しいと白銀は思いますよ。お嬢様のシンは本当に美しい。胸を張って。お嬢様の戦ってきた勇姿を、白銀は何度も見てきておりますから」
そう囁いてくれた。
それは、アタシと福家さんしか知らない泥みたいなきったないもんがこびりついた思い出の話。
でも、アタシにとって宝物の話。
あの思い出があるから、アタシは立ち上がれる。戦える。
「ありがとう、白銀。アタシ、負けないから」
「ええ、明美お嬢様の『勝利』を白銀は信じておりますよ」
「なんですかなんですか、二人で良い感じになっちゃってー。……あ、そう言えば、にっひっひ、白銀さーん。これ、知ってます?」
結がそう言って取り出したのは、一冊の週刊誌……って、ばか! それはヤメロ!
「なんですか? 雑誌?」
「これの最初の方のここ……見てくださいよー」
「アタシ、ちょっと、席を外します!」
そう言って、アタシが立った瞬間、ちらりと結の開いたページが目に入る。
どっかの誰かが思いっきり汗だくの空手着で写っている写真が見える。
ああああああああああああ!
「これ、凄くないです? キャッチコピーも!」
アタシは足早にトイレに向かう。
「キャッチコピー? というか、もしかして、この女性……」
「そう! これ、あ、ねえ、明美さん? 一緒に見ましょうよー」
見なくても分かるにやにやしながら結がこっちに向かって言ってる。
アタシは見なくていい! だって、チェックの時に何回も何回も見たから!
『美しすぎる空手家、東雲明美! グラビア初登場! 空手と一蓮托生美女の戦う姿は美しい!』
そんななんか凄いキャッチコピーで、アタシは週刊誌のグラビアを飾ってしまっていた。
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