70話 特別編・五十路、Vtuberを知る。
もう本当にそろそろ更新していかないとと思い、キリのいい71話から第二部開始します。
まだ、全然出来てないんですが、もう追い詰められないと書けないので、毎週一話だけでも更新できるよう頑張ります……!
というわけで、今回挟んだ一話は、話数調整のためにということで、折角なのでやりたかったことやってみようかなと特別編でだぶんぐるの別作品と絡めて書きました。
次回から、第二部更新します……!
「教えてください! お願いします!」
「ちょっとるい! 恥ずかしいからやめてって!」
「は、はあ……あの、落ち着いてくださいませ、お坊ちゃま」
目の前では、私に深々と頭を下げる男性。そして、それを止めようとする女性。
おろおろとその間に挟まれ困っている女性。
えーと、私、何か、やってしまいましたかね?
********
遡る事、12時間前。
いつもの日課である早朝のお散歩。
「おはよう、拓さん!」
最近ではご一緒することの多くなった詩織さんと歩きながら色んなお話をします。
長くて綺麗な黒髪を纏めて、元気に歩く詩織さんを見ると、こちらも元気になれますね。
「しかし、いいんですか? 私はジジイですから、早朝なんて平気ですけど詩織さんは」
「え? 大丈夫大丈夫。大体、朝一で【カルム】行ってたくらいなんだから平気よ。それに、最近食べ過ぎだからちょっとは運動して痩せないと!」
そういって詩織さんは自分のお腹のあたりを両手で触られているのですが、太っていらっしゃるのでしょうか?
ハリウッド女優のような体型で全然問題ないように思えるのですが……。
「いやあ、最近、カルムのまかない食べ過ぎてて……胸もお尻も結構あるからそれっぽく見えないけど、腰回りヤバいんですよ」
「そ、そうなんですね」
そんな事を言われると、少し意識してしまって顔が熱くなってきました。
色ボケジジイと思われるかもしれないと必死で顔をそむけます。
「……あれ? も、もしかして、拓さん? 私の胸見てました? うふふ、いいんですよ、言ったじゃないですか? 私は拓さんの事好きなんだって、だか、らぁああ!?」
詩織さんがいたずらっ子っぽく近づいてきたのですが、意外とおっちょこちょいさんな詩織さん、何かに躓いて体勢を崩していらっしゃいます。
「っと、大丈夫ですか? 詩織さん」
私は咄嗟に、詩織さんの肩を掴み、身体を回しながら手を差し込み、背中を支えます。
間に合って良かった。
「は、はい……大丈夫、ですぅ」
目の前で顔を真っ赤にした詩織さんが震えながらこっちを見てらっしゃいます。
こけそうで怖かったんでしょう。
「あ、あの……! そうだ! ちょっと今日は用事があったの思い出しました! なので、先に行きますね! じゃあ、【カルム】で! おほほほー!」
そう言って詩織さんは競歩で慌てて帰って行かれます。またこけないと良いのですが。
あと、詩織さんは今日【カルム】お休みですよ。
「あ、おむすびどうしましょう……」
私は詩織さんに伝えるべきかと去って行った先を見ますが、もういらっしゃいません。
仕方なく一人ベンチに座り、リュックからおむすびを取り出します。
私は、お散歩のときには、外でゆっくりご飯を食べたいと思って、おむすびと水筒に入れたお味噌汁を用意していました。
それを見ていた詩織さんが
『あ、あのー、もしよかったら、わ、私の分も作ってきてくれたりしませんか?』
と、仰ったので、作るようにしてきたのですが、今日はいらなかったようです。
仕方なく一人で食べたのですが、いかんせん食の細いジジイの為、食べきれず、四個の内、一個だけ余らせてしまいました。
「まあ、お昼に【GARDEN】で食べますかね」
そう独り言ちながら、片付けてベンチを立とうとした時でした。
「はっはっはー! ルイジ、君のおむすびは私が頂いた! 安心してくれ! 大切に食べるさ!」
「ちょっと待て! お前! なんで……! まあいいや! 良く噛んで食えよー! っていうか、要るならいえー!」
ふと振り返ると、おにぎりらしきものを持って駆け出したお嬢さんとそれを見送る男性が。
「ったく、全部持っていきやがって……」
「あ、あの」
「はい?」
私は思わず声を掛けていました。
最近は少しずつ自信がついてきたせいか、今まではこんなジジイに話しかけられたら迷惑だろうと思っていたのですが、こうやって声を掛けることが出来るようになってきました。ジジイですが、成長しています!
「えと、今、様子を見ていたのですが、あの、もし、よければこれ……あの私のようなジジイが握ったもので申し訳ないのですが。何かお腹に入れた方が良いかと」
「え? くれるんですか?」
「あ、おイヤでなければ……」
「あ、いえ、別にいやってことは、あ、ありがとうございます」
男性の方は、戸惑いながらも受け取ってくださいました。
「あ、毒とか別に変なものは入っていませんので」
「あ、大丈夫です。貴方の声凄くやさしいし、おむすびうまそうだし。信じてますよ……っていうか、そんなに俺フラフラでした?」
「ええ……ちょっと瞬きが多くて眠そうですし、お腹押さえていらっしゃいましたので」
「あー、よく見てますねー。そうなんですよ、ちょっと昨日は記念配信が多くて無理しちゃいまして……」
男性は欠伸を噛み殺しながら、ぐっと背伸びをして身体をほぐしてらっしゃいます。
「配信、ですか?」
「ええ、Vtuberって知ってます?」
「ぶいちゅーばーですか? 聞いたことはあります。見たことはありませんが……」
千金楽さんや黄河さんが若者文化を知るなら絶対に押さえておけと言われた気がします。
しまった、勉強不足ですね。
「興味はあるんですが、まだ、」
「興味あります!? でしたら! あの! 【ワルプルギス】って事務所があるんで! 是非入り口はそこを見てみてください! 貴方なら、そうだなー。十川さなぎ、十の川に、ひらがなのさなぎで十川さなぎって子がいるので是非! ってやば! 朝のそーだの配信が……! す、すみません失礼します! おにぎりありがとうございました!」
そう言って男性は慌てて去って行きました。
ぶいちゅーばー、わるぷるぎす、そがわさなぎ、また時間のある時に調べてみましょう。
「と、私もそろそろ帰りますかね」
そして、【カルム】のモーニングを少し手伝い、執事喫茶【GARDEN】へ。
開店前ミーティングで、千金楽さんがオーナーとして挨拶をされましたが、流石私の先生、もう様になってきていました。
そして、黒鶴が、今日のスケジュールを伝えてくださいます。
「次に、本日のご予約で、初めてのお嬢様達がいらっしゃいます。担当は白銀にお願いしようかと思います」
「かしこまりました、お名前は?」
「天堂、様ですね……3名でのご予約です」
「光栄です。承りました」
最近は、リピーターの方も多いですし、また、新規の方も緋田さんや紫苑さんが担当することが多くなって、久しぶりなので年甲斐もなくわくわくしてしまいます。
「いいね、白銀。いつも通り、『ほどほどに』な? 君が、初来店のお嬢様達を振られない理由を理解していますよね?」
千金楽さんがニコニコとしながらも力強く私の肩を掴み、話しかけてきます。
「わかっております。力不足、もしくは、年寄りの体力を考慮してくださってということですよね? ご安心ください、最近は緋田さんや紫苑さんと一緒にジムも行ったりしてますから」
「ダメだ、こりゃ。まあ、お前に関しては諦めてる。もう好きにやれ」
「? はい」
千金楽さんに諦めてると言われてしまいました。これはいけませんね! 頑張らないと!
「緋田さん、僕、もう白銀とジム行きたくないんですけど」
「俺だってそうだよ! お前、この前先帰ったから見てないだろうけど、あの人細く見えるのに身体バッキバキだからな」
紫苑さんと緋田さんが遠くで私を見ながら話してらっしゃいますが、はっきり聞こえません。
ほんといけませんね、ジジイは耳が遠くて。
そして、気合をいれて天堂様をお迎えしようと思ったのですが、
「ねえ、白銀。私を放ってどこに行こうとしてるの?」
「も、もう! 真昼ちゃん! ダメよ! す、すみません! 今日なんかすごく嫌なお客様に当たってナイーブになってて」
「いえ、朝日お嬢様、お気になさらないでください。優しい真昼お嬢様にだって、そういう時はあります、ね?」
真昼お嬢様と朝日お嬢様の席での話が盛り上がってしまい、案内を緋田に任せることになってしまいました。
「……ごめん、白銀。めんどくさいよね」
「いえ、真昼お嬢様がこうやって本音でお話しくださっていただけるような執事になれて、白銀は光栄です」
「……! も、もう! もう! 朝の事なんてどうでもよくなっちゃったじゃないの! すうはあ……ごめんね、白銀。なんかあるんでしょ、ウチの弟がアタシをじーっと見てる。行って、でも、また良かったら話を聞いて」
「勿論です、真昼お嬢様。朝日お嬢様もまた」
「あ、はい。また……」
「あ、そうそう。本日のお召し物も素敵です。真昼お嬢様の優しさを体現したようなやさしいクリーム色、朝日お嬢様の大和撫子な雰囲気に合った和柄で。素敵ですよ。では」
お二人がにっこりと微笑んでくださるのを見て、私は天堂さまのテーブルへと向かいます。
対応してくれた緋田をすれ違うと、
「ショートのお嬢様が由奈お嬢様、明るい色が寧々お嬢様、男性が累児お坊ちゃんです。由奈お嬢様は少々緊張してらっしゃいます。三人ともこういう執事喫茶は初めてだそうです」
「かしこまりました」
緋田から教えて頂いた名前を照らし合わせながらお嬢様お坊ちゃんの所へ。
「今日は誘ってくれてありがとな……るぅじゃなかった、観音寺さん」
「るい、寧々って呼んで」
「いや、でも」
「万が一、声でバレて苗字知られたら面倒だから。この子もしいどじゃなくて、由奈ね」
「分かった。よろしく寧々」
「うん!」
「えーと、由奈、さんもよろしくお願いします」
「はははははじめまして、ウテウト様」
「ちょっ……俺も、天堂、でお願いします」
「あ、わ、わかりました……!」
どうやら男性の累児お坊ちゃんと、黒髪ショートの由奈お嬢様は初対面、寧々お嬢様はかなり親しい関係のようですね。
「お待たせいたしました。本日、由奈お嬢様、寧々お嬢様、累児お坊ちゃんにお仕えさせていただく執事の白銀と申します」
「よろしくお願いします」
「お、お願いします! ふわああ! ロマンスグレー執事さんだ!」
「お願いします……って、ああ、あなた、あの時の!」
振り返ったお坊ちゃんは今朝、私がおむすびをあげたお坊ちゃんで……。
「教えてください! お願いします!」
「ちょっとるい! 恥ずかしいからやめてって!」
「は、はあ……あの、落ち着いてくださいませ、お坊ちゃま」
目の前では、私に深々と頭を下げる男性。そして、それを止めようとする女性。
おろおろとその間に挟まれ困っている女性。
えーと、私、何か、やってしまいましたかね?
「あ、あの……一体どういうことなのでしょうか?」
私が声を掛けると累児おぼっちゃんは顔を上げて戸惑いながら口を開かれます。
「あ、す、すみません! 俺、今、寮父みたいな事やってまして、暮らしてる子達に少しでも元気になってもらいたくて料理の勉強してまして、今朝頂いたおむすびめちゃくちゃ美味しくて……」
なるほど。今朝のおむすびでしたか。
食べて下さったのですね、しかも、これほど絶賛していただけるとは。
「然様でございましたか……では、後程レシピをお渡しいたしましょう」
「え、いいんですか?!」
「ええ……お坊ちゃんが私の料理を褒めて下さるなんて執事として光栄なことですから」
「あ、ありがとうございます!」
累児お坊ちゃんは嬉しそうに笑顔を綻ばせて下さっています。
「そんなに美味しいものを食べさせてあげたいだなんて……累児お坊ちゃんはお優しいのですね」
「え、いや、そんな……」
「そうなんですよ、この人、それに命かけてますからね。本当にばかなんですよ」
照れる累児お坊ちゃんの後ろから寧々お嬢様が呆れたように仰います。
ですが、
「寧々お嬢様は、累児お坊ちゃんのそういう所を誇りに思っていらっしゃるんですね」
口調は突き放すようでしたが、口元は笑っていらっしゃいますのでバレバレですよ。
「んなっ!? ま、まあ、そう、ですね……尊敬は、してます。その、かっこいいな、と思ってます……」
顔を真っ赤にさせながら照れる寧々お嬢様はとても魅力的で、ついついそんなお嬢様お坊ちゃんを担当出来て嬉しくなってしまいます。
「ふわああ……もう何もかもがてぇてぇですぅ」
涙ぐみながらそう仰るのは、由奈お嬢様。
「てぇてぇ、ですか?」
「ばっ……! あー、あははは、若者の間で使う言葉なんですよ、ねえ、るい」
「え、ええ! そうなんです! よかったら、調べてみてください」
寧々お嬢様と累児お坊ちゃんが慌ててフォローに入られます。
どうやら、あまり深入りをしない方が良い話題のようです。
でも、てぇてぇ、後で調べてみましょう。若者文化をジジイは学ばねばなりませんもの。
と、その時でした。
「す、すみません! 私!」
慌てて立ち上がった由奈お嬢様の身体がテーブルに当たり、大きく揺れ、グラスが……。
「あ! 落ち……!」
寧々お嬢様が仰られるように、グラスが落ちようとしています。
これが落ちて割れてしまえば、優しそうな由奈お嬢様は気に病まれることでしょう。
それでは、執事失格です。
「あ……! って、ええええ!?」
私はすかさず大きく一歩踏み出し、伸ばした手でグラスをぐるりと回しうまくキャッチしてみせます。少しばかり零れてしまいましたが、お許しいただきましょう。
「な、何今の動き……」
「すげえ……!」
寧々お嬢様と累児お坊ちゃんが感心してくださっています。
ですが、はっとされた由奈お嬢様が、震えながら頭を下げて来られます。
「す、すみません! 私、私……!」
涙が零れそうなくらい必死になって謝られる由奈お嬢様に声をかけようとした時でした。
「白銀さん! すげー! 今のなんですか!? なんであんなこと出来るんですか!?」
累児お坊ちゃんが興奮した様子で私に問いかけてきます。
ですが、その目は私に何かを伝えようとしており、私も即座に理解します。
「ええ、私、恥ずかしながら格闘技合気道を少々やっていて身体は年寄りにしては動く方でして、それと、趣味で手品もやってまして……ほら」
私は手でハンカチをゆらゆら揺らしながら見せた後に、水の零れたカーペットにハンカチを当てて持ち上げます。
そこには、
「あ、花……」
何もない所から現れた花に由奈お嬢様が驚かれます。
「この花は、ガーベラです。ガーベラの花言葉は『笑顔』。由奈お嬢様、この【GARDEN】はお嬢様お坊ちゃんの花のような笑顔を咲かせるために執事一同お仕えしております。なので、謝られる必要はございません。もし、言葉をおかけ頂けるのであれば、笑顔で言って下さる方が白銀は嬉しゅうございますよ」
そうお伝えすると、由奈お嬢様はガーベラに負けないくらい華やかな笑顔で、
「ありがとう、白銀」
優しい声でそう仰ってくださいました。
お見送りの時間となり、私は累児お坊ちゃんにレシピをお渡しします。
「ありがとうございます! これでまたおいしいもの食べさせてあげられます!」
「いえ、こちらこそありがとうございました。累児お坊ちゃんの言葉がなければ、あの場の空気はまた違うものになっていたかと」
「……ありがとう、白銀」
「累児お坊ちゃんにお喜び頂き光栄です。次回、お越しの時はぶいちゅーばーについて学んでおきますので、是非」
そうお伝えすると、累児お坊ちゃんは笑って、
「次は、多分、姉と来ることになると思いますので。その時はお願いします。【GARDEN】、そして、ロマングレー執事、てぇてぇっす」
そう言って累児お坊ちゃんはお出かけになられました。てぇてぇとは?
「いってらっしゃいませ、お嬢様お坊ちゃんのお帰りを白銀はお待ちしております」
その後、暫くの間、お嬢様お坊ちゃんのお帰りがとても増えたので、ぶいちゅーばーについて学ぶことが出来なかったのですが、どうやら、そのぶいちゅーばーさんが何か宣伝をしてくださったようです。
早く勉強しないと、ジジイは置いていかれてしまいます。
もっともっとお嬢様お坊ちゃんに喜んで頂けるよう、日々勉強です。
お読みくださりありがとうございます。
頑張って、少しずつ更新していきます……本当にすみません……。
少しでも面白い、続きが気になると思って頂けたなら有難いです……。
今回、登場した人物たちの作品も良ければ、
『クビになったVtuberオタ、ライバル事務所の姉の家政夫に転職し気付けばざまぁ完了~人気爆上がりVtuber達に言い寄られてますがそういうのいいので元気にてぇてぇ配信してください~』
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週一更新予定なので、その間よければ、その他のだぶんぐる作品も是非。
現在連載中はこちらです。
『神クラスの奴隷商人のハズが一人も売れません!』
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最新はエッセイ短編です。
『ざまぁ系の主人公に愛をください!』
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