66話 五十路、明美を送る。
【登場人物】
福家 拓司。50歳。主人公。執事名【白銀】
白髪、老け顔、草食系、実は……。
東雲明美 美しすぎる空手家。Akemi。
暗めの茶、緩めパーマ、グラビアアイドル並のスタイル。
東雲 明羅。とある事件で福家(白銀)に救われ、慕う男。
黒髪オールバック。高校時代狂犬と呼ばれていた元・不良。
「すみません、あたしまで送ってもらっちゃって……」
「いえ、私がそうしたいだけなのでお気になさらず」
明美さんが隣で申し訳なさそうな顔で仰るので、私も困ってしまいます。
確かに、明美さんは武道もやっていてお強いとは思いますが、何が起きるかわかりませんし。
「あの……私にも何かお勧めの時代劇とかないですか?」
突然明美さんがそんなことを言ってきて思わず隣を見ます。
「え? ああ、良ければ、いくつか見繕ってお勧めさせていただきます。ウチにはVHSとかないので」
「ぶいえいちえすはウチにもないです……」
そうでした。今は。DVDですよね。いえ、ぶるーれいでしたか。
私は、時代劇チャンネルには小鳥さんと悪戦苦闘しながらなんとか入れて、普通に見られるので、レンタルの必要もないのですが、そうはいきません。
「あの、よかったら、福家さんのお家で見てもいいですか……?」
明美さんが上目遣いでこちらを見てきます。
そして、ハッと何かに気付いたように手をパタパタし始めて慌てて口を開きます。
「あ、その、ほら、時代劇チャンネルだと色々見られるし、色々見てみたいと色々思ってまして」
「ええ、勿論。大丈夫ですよ」
私がそう答えると、明美さんはじっとこちらを驚いたように見て俯きます。
よかった。
昔、明美さんは一人でいたがる方でしたから。
一人でいいと言いながら、さみしそうに笑っていた明美さん。
そんな彼女がこんなことを言うなんて。
「福家さん、おじいちゃんの顔してますよ」
「え?」
じとーっとした目を向ける明美さん。
何かいけないことをしてしまいましたでしょうか?
「別に、いいですけど」
ちょっと不機嫌になった明美さんは少し早めに歩き始めます。
と、十字路で急に止まり、前を通り過ぎる酔っ払いを躱します。
酔っ払いは通り過ぎたかと思うとぴたりと止まり、明美さんを見て笑います。
「あは~、お姉さん、かわいいね」
顔の様子は暗くて分かりませんでしたが、大分酔っぱらっているような声です。
「どうも」
明美さんは、避けて通り過ぎようとしますがそれを阻みます。
「いやいやいや、つれないな~。ねえ、せっかくだし一緒に呑みにいかない? まだこんな時間だし。君もこれからでしょ?」
「いえ、もう帰るんで」
「嘘でしょ!? 君みたいな子が?」
「……!」
「貴方にはどう見えているか分かりませんが、彼女はしっかりした良い子ですよ」
私は、二人の間に割って入り、酔っ払いの男と向かい合います。
「ん? おじいちゃん……ああ、お孫さんと一緒ですか~? お孫さんが心配だったのかな? 孫離れしないとウザがられますよ~。なあ、ジジイ」
まあ、そう見えますよね。私は苦笑いしながらもそれでこの人がどこかへ行ってくれるならそれでもいいかと思っていると、明美さんが私の腕をとり、
「この人、私の恋人。あんたよりよっぽどいい男だから、ジジイとか言わないでください」
「はあ?」
明美さんの腕を巻き付けて身体を寄せ、そう言いました。
え?
馬鹿にされた私の事を思ってでしょうが、あまりに近くてドキドキしてしまいます。
ですが、男の方は何か癇にさわったようで声を荒げて近づいてきます。
「はあ!? なんでだよ! こんなジジイにこんな可愛い子が……パパ活かなんかかおい!」
「おい、あんた」
男が伸ばした手を掴もうと手を伸ばした瞬間聞こえてきた声。
それは、私にも、そして、明美さんにも聞き覚えのある声。
「兄さん」
「にいさん?」
男が振り返ると、ピシッと決まった明羅さんが立っています。
「どうも、福家さん。デートですか?」
「え、ええと、そうです」
「……!」
恋人と言われた以上話を合わせた方が良いのかと思ったのですが、明美さんが驚いた顔でこちらを見ています。
あれ? 違いました?
「そっか……明美、お前……!」
「ち! ちが……! わないけど、違うの!」
明美さんが必死に否定されていますが、いずれにせよ、信じていらっしゃらないでしょうし、あとで説明すれば明羅さんなら分かって下さると思っていました。
ですが、違ったのでしょうか。というか、何がどう違ったのかわからなくなってきました。
「まあまあ、にいちゃんには分かってるから。帰り遅くなってもいいからな。俺はこのお兄さんとゆっくりしてくるから」
「あ、あのー……自分、そろそろ帰ろうかなと思ってまして……」
「まあいいじゃねえか、妹をとられた兄の嬉しさと寂しさ混じった複雑な感情を持て余してるんだ。付き合えよ」
うめき声をあげながら男が明羅さんに連れて行かれます。
いや、明羅さんに説明するタイミングが……まあ、あとでLIN〇しておきましょうか。
覚えましたし!
「え、と……帰りましょうか?」
「……はい」
「え……」
明美さんはこちらを見ずに絡めた腕を外し、手を繋いで引っ張って連れて行かれます。
「あ、あの……明美さん?」
「……」
おうちに着くまで明美さんは一言も口を開かずにただただ手を繋いで引っ張って……外の空気が肌寒くなってきたせいか、手の平が妙に熱く感じられて……。
そして、おうちに着いたものの、明美さんは口を開かず、俯いたままでどうしたものかと途方に暮れ、こちらから話しかけようとすると、
「月が、綺麗ですね」
「え?」
「だから! 月が、綺麗だから! あの! ……お、おつ、おつき、み……お月見とかしましょう! 今度!!」
「あ、はい」
明美さんの勢いにびっくりしてしまいましたが、そうですよね。
一瞬、驚きました。
そのまま俯いてしまった明美さんは、何か待つようにじっとしていらっしゃいます。
なんでしょうか?
女性の機微が分からず、途方に暮れてしまいます。
そんな時はどうすればいいか、師匠である若井さんに言われたことを思いだします。
『多分、お前の中に、理想の男性像として【白銀】があるんじゃないかなと思うんだよ。だから、【白銀】だったらどういうか、想像してみ?』
若井さん曰く、【白銀】になる瞬間が私にはあるのだそうです。
確かにそんな感覚はあります。制服を着て、あの空間にいるとまるで違う人物になれたような。
白銀に……。
「月も綺麗ですが、明美お嬢様の方がお綺麗ですよ。月明かりに照らされてかぐや姫のようです」
すると、明美さんはパッと顔をあげ、ぷるぷる震えながら顔を真っ赤にして、背を向けてしまいました。
「じゃ、じゃあ!」
それだけ言うと明美さんはおうちの中に。
しまった。やりすぎました。
【GARDEN】という魔法の空間とここではやはり違いますものね。
急に白銀が引っ込み冷静になった私は、その場で頭を抱え自分の行いに恥ずかしくなります。
「あ、あの!」
気付くと、明美さんがドアから顔を少しだけ出してこちらを見ています。
「お、お、おやすみなさい!」
それだけ言うとまたドアを閉め引っ込んでしまいました。
けれど、その律儀な彼女にふと頬が緩みます。
今日は楽しかった。
月を見上げながら、私は若い知人と鍋を囲むというイベントが出来た満足感に浸ります。
「まだまだ、年をとっても、出来なかったこと、やれるもんなんですね。……うん」
私は、立ち止まり、月と沢山の星が浮かぶ空を見上げ口を開く。
「おやすみなさい、お嬢様達……良い夢を」
鍋のおかげか、彼女達のやさしさか、自分の身体の芯であたたかい何かを抱えながら、寒くなり始めた夜をゆっくりと歩いて帰ったのでした。
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