63話 五十路、鍋を囲む。後編
【登場人物】
福家 拓司。50歳。主人公。執事名【白銀】
白髪、老け顔、草食系、実は……。
北野結 W大ミスキャンパス。YUI。
明るい茶色、ポニーテール、活発。
東雲明美 美しすぎる空手家。Akemi。
暗めの茶、緩めパーマ、グラビアアイドル並のスタイル。
小山内凛音 注目の新人女優。りん。本名、凛花。
黒髪ロング、清楚、スレンダー、危険。
「さて、では、始めましょうか」
「は、はい、よろしくお願いします……」
私の隣で、明美さんがエプロンをつけ、緊張した面持ちで固まっています。
ジジイが隣だとやりにくいのでしょうか。
「あの、明美さん……私、やりますから、皆さんと一緒に待っていた」
「いえ! やりますから! ふう~……すう~……はあ。大丈夫です」
大きく深呼吸をした明美さんがこちらを見て頷きます。
明美さんは、わざわざお家からエプロンまで持ってきてくださって『手伝いたい』と申し出てくれました。
ほかの二人が、『しまった!』という顔をしていたのですが、皆さんお料理が好きなんですね。
残念ながら、私の家には私の分しかないのでお貸しできませんでしたので、料理担当は私と明美さんということになりました。
慌てて片付けたリビングの方で、結さんと凛花さんに待ってもらってます。
見て面白いものはないはずなのですが、お二人がずっとうろうろしていらっしゃるんですが、何故でしょう。
「それにしても手慣れていらっしゃいますね」
「ああ、まあ……ウチで料理するのは私しかいないんで。勝手に出来るようになったというか……」
明美さんは慣れた手つきで、野菜を切っていて、感心してしまいます。
「あの、福家さ……きゃ」
一人暮らしの狭いキッチンなので、明美さんの振り返ったタイミングと私が上の戸棚に身体を伸ばしたタイミングが運悪く重なりぶつかってしまいます。
「あ。大丈夫ですか? すみません」
「……」
慌てて反応したせいか、私の服を掴んだ明美さんが固まっていました。
驚かせてしまったようで、じっとしています。
「あの、」
「…………すう~、はあ~」
「明美さん?」
「へわ!? は、はい! あ、すみません! 大丈夫です!」
明美さんは、どうやらあがり症の様でよく深呼吸をされますね。ですが、先ほどの深呼吸は私の身体が鼻先にあったのですが加齢臭とか大丈夫だったのでしょうか。
「よよよよよっよし! 切りますよ!」
なんだか酔っ払いのように顔を赤くして、手つきが危ないのですが……
「明美さん、ちょっと落ち着いてからに……あっ……!」
「いっ……!」
包丁の先ではありますが、指を少し切ってしまったようで、薄く血が滲んでいます。
「明美さん、大丈夫ですか!?」
「いえ、あの、すみま……」
私は明美さんの手を取り、血の流れる場所に顔を近づけ
「いや、あの! 福家さん! 血が出てますけど、吸わなくていい……こともなくな……!」
「ひとまず、洗いましょう。消毒液と絆創膏はありますので……え?」
明美さんが何か早口で仰っていた様ですが、聞き取れませんでした。
「……い、い、いえ……なんでもないっす……!」
今度は顔を真っ赤にして俯いてぼそぼそと……どうされたんでしょうか?
いずれにせよ、先ずは治療という事で、水で洗い、消毒液、絆創膏をつけてひとまず、結さん達と一緒に落ち着くまでいていただくことにしました。
「明美さーん、一人抜け駆けしようとするからー」
「うっさいなあ」
「明美さん、福家さんとキッチンに並ぶの嘸かし嬉しかったことでしょうね」
「うん……って、りんちゃん、何を……」
「夫婦みたいで、仲良さそうで……羨ましかったですよ……!」
「あー、今度はりんちゃんも持ってきな、ね?」
「私も私も!」
「あんた料理できるっけ?」
「出来ますよ! 私だって、花嫁修業中ですから!」
なんだか賑やかな声が聞こえてきて私も楽しくなります。
そして、もう大丈夫とやってきた明美さんと一緒にお料理を仕上げて、いよいよお鍋の時間です。
「出来たよー」
「わあ、待ってました!」
結さんが本当におなかペコぺコだったようで目を輝かせていらっしゃいます。
ここまで楽しみにしてくださると作り甲斐があるというものですね。
「……ねえ、なんでアンタ達両サイドで待ち構えてるの?」
明美さんが鍋を持ったままぼそりと呟きます。
お二人はよほど待ちかねていたのかもう準備万端で、向かい合って座ってらっしゃいます。
「いやー、なんとなく気付いたらこの形になってまして……」
「そうですよ、明美さん。何を疑っているんですか?」
なるほど、この位置であれば、お二人とも明美さんの隣になりますものね。
平等です。本当に明美さんがお好きなのですね。
「はあ、まあ、いいか。キッチンの時間は私だったし」
明美さんが仰ったことはよくわかりませんでしたが、一先ずは、全員座り手を合わせます。
「では、おあがりください」
「「「いただきます」」」
今日の献立は、すき焼きと、梅肉と豆腐の和風サラダ、酢の物、豆ごはん。
時間がなかったので、直ぐに出せるメニューとなったのですが喜んでいただけているようでよかったです。
ですが、お鍋に関しては少々揉めてしまいました。
「りんちゃん、いいよ。若い子は食べなって! わたしが福家さんのよそうから」
「結さんとそこまで変わらないんですけど。それに、私の方が福家さんの好きなものや胃腸の調子が分かりますから」
両サイドのお二人が、わざわざ私のためによそって下さるようなのですが、どちらがよそうかで揉めています。というか、何故凛花さんは私の胃腸の状態をご存じで?
「さあ、どーぞ! 福家さん!」
「「明美さん!!」」
明美さんがお鍋の向こうから器を差し出してくれます。
「あ、どうもありがとうございます」
「順番にすればいいでしょ。揉めないの」
「うう~」
「ずるい……」
明美さんの手元にあったお皿を使われたので私は自分の所にあるお皿を明美さんに渡します。
それにしても、驚きました。
皆さん、鍋奉行だったのですね。
しかも、小皿に入れるこだわりが凄いとは中々マニアックです。
私は大人しくしておきましょう。
そして、皆さんそこからは仲良くよそって下さるのですが、ローテーションで私のお皿だけに少量ずつ何度もよそってくださるのですが、なんでしょう。私そこまで老人ではないつもりなんですが……。
ですが、こういう老人を労わる心は大切ですから、素直に受け入れることにしましょう。
私は、多少明日の胃腸の心配をしながらわんこそば状態になり始めたお鍋を頂きます。
こういう賑やかなのも悪くありません。顔が綻びます。
「ん? 福家さん? どうされました?」
結さんに気付かれてしまったのか首を傾げられます。
「いえ、賑やかで楽しいですし、皆さんが」
「私達が……」
「結さんは本当に美味しそうに食べてくださいますし、明美さんは好きな食べ物を大事そうに少しずつ食べられるのが可愛らしいですし、凛花さんは凄く食べ方が綺麗で見惚れてしまいます」
「「「……」」」
そう言うと皆さん小さくなって静かに食べ始めてしまいました。
しまった。
ジジイの癖に見過ぎだと『キモかった』のかもしれません。
ですが、それは一瞬でした。
「は~い、福家さん。あ~ん☆」
結さんが、顔を赤くして私に差し出してきます。
ワインもあり、それを明美さんと飲んでいらっしゃったので、酔っ払っているのでしょう。
「あー! 結! ズルい! 福家さん、私もー! はーい!」
ワインが入って陽気になった明美さんも差し出してこられます。
酔っ払いに理屈はありません。
祖父もそうでした。
なので、私は黙って受け入れていきます。胃腸薬を用意しておきましょう。
「あははー、おいしい? ねえ、拓司さん、おいしい?」
「あたしのもおいしいですか、ねえ、拓司さん?」
酒の席は無礼講です。下の名前で呼ばれるのは気恥ずかしいですが、構いません。
まあ、他の方にはともかく私には心許してくれている証拠ということで有難く受け入れましょう。
「すぅー……すぅー……」
そして、疲れていたのか、凛花さんは寝てしまっています。
私の膝で。
随分器用に身体を曲げて眠っていらっしゃるなと感心してしまいました。
そして、気付けば、お二人も私に身体を擦り寄せていらっしゃいます。
いけませんね。
酔っ払うと、こうなってしまうことは、後日ちゃんと教えておかないと大変なことになるかもしれません。
「ねえ、拓司さ~ん! わたし、今日かえりたくな~い」
「あ、あ、あたしも……帰りたく、な~い……」
結さん、明美さんがそんな事を言い出します。
仕方ありませんね。
「お二人とも……私も老人とはいえ……男ですよ。どうなってもしりませんよ?」
そう言うとお二人は酔いが一気にさめたのか、シャンとし始めて、
「えー……あー……すみません。今日は、あの、準備不足なので……」
「あ、あ、あたしも、今日はまだ……」
仰る意味は分かりませんでしたが、作戦は成功です。
勿論、そんなことをするつもりはありませんが、男性の怖さにも気づいてもらわねば。
お二人にはもっと男性との食事の席では気を付けてもらわないといけませんね。
娘のようにかわいがっている二人が何か悲しい目に遭うのはごめんですから。
そして、凛花さんも丁度目が覚めたようで……
「あー、めがさめたー。あれー、おふたりー、どうしたんですかー」
寝ぼけているのか随分ぼんやりした口調で、ちょっと心配です。
「ふむ、そろそろいい時間ですかね……」
「い、良い時間!? まだ20時ですよ!?」
「い、いや、その、福家さん?」
「え、あ、でも、私も今日は勝負したぎじゃ……」
「そろそろ帰りましょうか。順番にはなりますが皆さん送っていきますよ」
皆さん口々に何か仰っていた様ですが聞こえませんでした。
ですが、何故か驚きの表情です。
「まだ20時ですよ!?」
「福家さん……?」
「もう勝負し……ぎじゃなくてもいい気がしてきました」
「ああ、そうでした。デザートがまだでしたね」
「「「そっちじゃないです!!!」」」
私は、鍋を食べながら並行して作っていた柑橘ブラウニーと【GARDEN】の試作品として作っていた薔薇の林檎ゼリーを持ってきます。
「チョコレートはアルコール摂取時にいいので、ちょっと重いかもしれませんがゼリーと交互に食べれば食べやすいと思いますので……ああ、あと、さっき商店街で買った水筒にシジミ汁を入れておきますので、帰った後か明日の朝にでも飲んでください。水筒はいつもお世話になっているお礼で差し上げます。あ、いらなかったら返してもらって結構ですので」
「「「完璧か!」」」
三人そろって『ツッコまれて』しまいました。仲が良いですね。
ですが、完璧なんて恐れ多い。
もっともっと精進したいと思います。
デザートを食べて落ち着いたのか皆さん帰り準備を始めたのですが、何やら明美さんと結さんがゴソゴソとリビングで手間取っていらっしゃいます。
「明美さん、エプロン忘れないようにしましょうね……思っていた以上に諸葛孔明でしたね……明美さん」
「な、なんのこと?」
耳が遠いので聞こえませんでしたが、仲はよさそうで一安心です。
「では、行きましょうか。……ああ、今日は月が綺麗ですね」
玄関でそう言って出ると誰も付いてきていません。
……ん? あああ!
「あ、あの! そういう意味では……! さ、さあ、帰りましょう! あの、何もしませんから」
そう言うと何かがっかりしたような顔でこちらを見ていらっしゃいます。
ううむ、難しい……女性との交際経験がゼロに等しい私には若い彼女達の心情が読み取れません。
ジジイで、すみません。
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