52話 五十路、教える。
【登場人物】
福家 拓司。50歳。主人公。執事名【白銀】
白髪、老け顔、草食系、実は……。
南 詩織。30歳。執事喫茶【GARDEN】オーナー。
黒髪ロング、美人、活発、金持。
横河 琉偉。南の大学生時代の知り合い。
ツーブロック。大柄。白銀に懲らしめられ、逆恨み。金と権力(父)を持つ。
小野賀一也。28歳。主人公を追い出した人。
茶髪、イケメン風、爽やか風。
小野賀 小鳥 元カルムのオーナー。
小柄。五十を越えてるとは思えない驚異の幼さ。一也の叔母。
『お行儀よく』、マナーを守って、食事できるかどうか。
それが、横河、いえ、『琉偉お坊ちゃん』に与えられた試験。
そして、それが出来なければ、明羅お坊ちゃん、そして、この辺を仕切っているという二宮の耕さんの所に連れて行かれ、しっかりを鍛えなおされる。
それを伝えた明羅お坊ちゃんは俯き、お料理に手を付けない『琉偉お坊ちゃん』に話しかけます。
「おい。冷める前に食べろよ。『琉偉お坊ちゃん』。シェフに『失礼』だからな」
「ひ、ひぃい!」
見ればこっそりスマホをいじっていたらしい『琉偉お坊ちゃん』が慌てて料理に手を付けます。ただ、
「アウト。一点」
「な、何故です?」
「『いただきます』くらい言えよ。……白銀、厳しくていいからあんたも判定頼む」
「かしこまりました」
琉偉お坊ちゃんは、小さく『いただきます』と言うと、目を彷徨わせ、南さんの方を向きます。恐らくヒントが欲しいのでしょう。
けれど、南さんはお飲み物のみなのでヒントにはなりません。
一也さんの方を琉偉お坊ちゃんが見ると、一也さんは小さく首を横に振ります。
分からないのでしょう。琉偉お坊ちゃんが苦虫を噛みつぶしたような声で一也さんを睨みながらスープの器に手を伸ばし持ち上げ食べようとします。
「いけません」
「な、なんでだよっ!」
「器は持って食べるのは洋食ではマナー違反です」
「二点」
明羅お坊ちゃんのカウントに、動揺したのかスプーンを落としてしまいます。
慌てて拾おうとする琉偉お坊ちゃん。
ですが、
「いけません」
「三点」
パンをそのまま食べようとする琉偉お坊ちゃんに
「いけません」
「四点」
その後も、精神的に限界に追い込まれたのか音を大きく立ててしまったり、そのことに対し大声で暴言を吐いたり、ミスを重ねていきます。
「七点」
「はあ……はあ……はあ……!」
琉偉お坊ちゃんは周りを見渡しますが、誰も見ようとしませんし、助け船を出そうとしません。
困り果てた琉偉お坊ちゃんは、南さんをじっと見つめ口を開きます。
「なんで、詩織……! お前、良いのか? この店がどうなってもいいのか……!」
「良いわけないでしょ。このお店は、【GARDEN】は私が作った夢の場所なの。この店だけは絶対に守る」
「だったら!」
「『今日一日あなたに付き合う事』。これが条件よね? 勿論、付き合ってあげるわ。これから貴方がどこに行ってどんなことをされようとも見ててあげる」
睨みつける横河を南さんが睨み返すと、ハッと何かに気付いてうろたえた様子を見せます。
「てめえ……! これを知ってて……」
「知らなかったわよ。でもね、福家さんなら、白銀なら……絶体絶命の時、なんとかしてくれるって信じてたから。私は私に出来ることをやっただけ。あんたの言ったこと、録音してるからね。仮に録られててもなんとかなるって調子に乗ってたんだろうけど、もうなんとかならないっぽいし、これはそこのお兄さんに『マナーの悪い証拠』として渡しておくわ」
そう言うと、南さんは鞄からレコーダーを取り出し、明羅お坊ちゃんに渡します。
明羅お坊ちゃんはそれに目を閉じ、耳を寄せ聞き始めます。
「お前、ここ辞めて全部諦めたんじゃあ……」
「だから、諦めてないわよ。折角だから教えてあげる。私がオーナーを辞めるのは、あんたのせいじゃない。元々決めてたのよ。そろそろこの店を譲ろうって。ただ、タイミングが合っただけ」
「琉偉。お前随分やっちまってるな。八点」
聞き終えた明羅お坊ちゃんが冷たく言い放ちます。
「あ、あの!」
そして、その明羅お坊ちゃんの所に、カミュさんがやってきます。
今日はカミュさんもお嬢様としてお越しくださっていました。
「これ、ウチの兄貴のLIN○のトーク画面のスクショです! アイツのたくらみとか全部撮ってます」
「兄貴? その髪……お前、ユーゴの妹か!?」
「う……髪で目立ってた兄貴をいじめて無理やり色んな事させたって……わたし、知ってるから!」
「九点。何か言い逃れ……いや、理由があるって言うなら聞くぞ。そっちのお前、お前でもいい。なんかあるか」
明羅お坊ちゃんは一也さんに向かって問いかけますが、一也さんは何も思い浮かばないのか、じーっと動きません。
「おい! 一也!」
「大声出すな、琉偉。数えちまうぞ」
「う……!」
「っていうか、お前はなんかねえのか?」
「い、いや……その……」
明羅お坊ちゃんに睨まれ、横河は口ごもるしか出来ず、小さくなってしまいます。
その様子を見て、小さく溜息を吐くと口を開きます。
「助けてくれるダチは? いねえよなあ、待ち合わせにも来ない連中ばっかりだ」
「なんでそれを……? まさか、全部仕組んでたのか?」
「まあ、そうだな。白銀、が困ってたからな。しかも、白銀が力を貸してほしいってな言ってくれたんだよ。お前には分からんだろうが、この人は基本なんでも自分ひとりが犠牲になるなら構わないって突っ走っちまうお人だ。その人が力貸してくれって言われりゃあ、な」
明羅お坊ちゃんの言葉に苦笑いしてしまいます。
私は、ただ、祖父の教えである『人様に迷惑を掛けない』『社会の役に立つ』。
それを自分の出来る範囲でやっていただけです。
ですが、今回は、少しばかり欲張りになってしまいました。
【GARDEN】、カルム、小鳥さん、南さんみんなを救いたかった。
そして、私自身もみんなと一緒に居たかった。
だから、多くの人の力を借りました。本当に有難い。
「だから、みんな、白銀を助けにきた。みんなよ、白銀の為ならわざわざ時間とってくれたぜ。有休とるやつも、仕事辞めてまで行くって言いだしたヤツもいたよ。……お前はどうだ?」
「……お、俺だって」
「いないわよ。簡単に人を殴ったり蹴ったり道具みたいに扱うあんたの為に金や恐怖以外の理由で何かをしようなんて人は」
南さんがピシャリと言い放つと横河が何も言い返せないまま歯を食いしばっています。
「く……!」
「あんたは他人を利用するだけ利用して使えないなら簡単に捨てる。あの薔薇の花束のように」
そう、あの薔薇だって、捨てられる為に此処に来たわけではありません。
そして、横河に連れてこられた人の中にもいたはずです。望んでではなく無理やり連れて来られ捨てられた人だって。
「どんな人にだって育ててくれた場所があり、光となった人がいるはずなんです。貴方は、それを無視した。貴方は負けたんです。彼らの大切な人に」
「みんな、あんたが大切じゃないんだよ。あんたが大切にしてこなかったから」
「くっ、くっそおおおおお! 詩織ぃいいい!」
『琉偉お坊ちゃん』がフォークを逆手に持って飛びかかろうとします。
が、そんなことはさせません。すぐに右手首を掴み捻り上げます。
「『詩織』、には指一本触れさせません。これ以上、絶対に」
「いてえ! 離せ! 離せよ! くそ! しお、り……」
横河は、詩織さんの方を見ますが、そこには
「詩織! 大丈夫!?」
「し、詩織さん下がっていてください!」
「オーナーを守れ!」
「み、みんな……」
小鳥さんや結さんや真昼さん、未夜さん達、今まで助けて下さり、今日の結末を見守る為に、やってきてくださった【GARDEN】のお嬢様、お坊ちゃん、そして、執事達が詩織さんを囲みます。
「なんだよ……なんだよ! ソイツはもうオーナー辞めたんだろ? 【GARDEN】とは無関係の女だろ?」
「無関係ではない。彼女が、私達執事に、そして、お嬢様お坊ちゃんの為に、どれだけ心を痛め、歯を食いしばり、今まで頑張ってきてくれたか。私達はちゃんと見ていましたから」
黒鶴さんが一歩前に出て、横河をしっかり見据え、言い放ちます。
「それに、私達なりにあなたの事を調べさせていただきました。もみ消せばなんとかなると思っていたんでしょうね。色んなところから出てきましたよ。あなたの迷惑行為が、個人・店、随分恨みを買っているようですよ」
皆さん、早く帰っていらっしゃると思ったら、そんなことを……。
南さんも知らなかったようで、驚きの表情を浮かべてらっしゃいます。
「私達は、南さんと協力して、アイツの悪事を暴いてやろうってしてましたけどね。マジであの男、すぐ手を出そうとするから店員さんも私達もいつでも飛び出せるようにずっと気を張り続けてしんどかったですよー」
結さんがそう仰り私も驚きます。どうやらそれぞれがそれぞれで誰かに負担をかけないようにと黙って動いていたようです。
「そんな……!」
「いいか? 琉偉、俺らもよ、お前の言う仲間が来るのをただ邪魔したわけじゃない。家族や知り合いが説得したり、まあ、ちょっと可愛い女の子が話しかけたり、その程度だ。もし、お前の方が大切なら、断ることも出来た。その位の事なんだよ。でも、お前にはその価値がなかったってわけだ」
横河の力が弱まるのをしっかりを感じます。足に力が入らないのか震えています。
さて。私も、執事として、一つお伝えしましょう。
「琉偉お坊ちゃん」
びくりと身体を震わせた『琉偉お坊ちゃん』ですが、すぐに顔を上げ、睨みつけてきます。
「マナーとは、思いやり、愛情表現だと私は考えます。同じテーブルを囲む上で楽しく食事をする為に同じ我慢、同じ努力をすること。それによって、相手が自分の事を思い努力してくれることを知り、自分が相手の事を思い努力していることを知る。その思いやりを感じる。その喜びが何よりも美味しい調味料となる。もし、あなたに少しでも周りの人の為に我慢をすることが出来ていたなら、こうはならなかったでしょうね」
そう、音を立てない。暴言を吐かない。苛々を表に出さない。それだけで違っていたでしょうに。
『琉偉お坊ちゃん』の行動言動全てが、残念ながら思いやりに欠けていたように思います。
恵まれていて、全てが自分に与えられるモノだと思っていて、ただただそれを受け取り喰らい遊んできたのでしょう。
誰かに何かを与えることをしてこなかった。
誰かの為に耐えることをしてこなかった。
きっとこの人には、人を思いやるという事が分からないのかもしれません。
手に持っていたフォークが零れ落ちます。
カラン
この人の為に、拾ってくれる人はいないでしょう。
「十点」
明羅お坊ちゃんが立ち上がり、死刑宣告のように冷たく言い放ちます。
力なく椅子に座り込んだ彼は一人でした。
誰も手を差し伸べることなく、彼の孤独をただただ見つめるだけです。
彼のテーブルにはもう彼以外、誰一人として席についている人はいませんでした。
誰かを大切にする。
ただ、それだけ出来れば、きっと一人ではなかったはずなのに。
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