42話 五十路、震える
【登場人物】
福家 拓司。50歳。主人公。執事名【白銀】
白髪、老け顔、草食系、実は……。
日中 正午。20歳。執事名【紫苑】
小柄、額に傷、大きな目。可愛らしい。
若井 蒼汰。??歳。教育係。執事名【千金楽】
金髪、二枚目、チャラ風、仕事出来る。
緋田。執事。運動大好き。
日中 真昼。正午の双子の姉。
黒髪ショート。小柄。大きな瞳。勝気。競技ダンス部。
下柳 朝日。21歳。白銀にとって二人目のお嬢様。
一重小さめの目、自虐的、でも、頑張ってる。
南 詩織。30歳。執事喫茶【GARDEN】オーナー。
黒髪ロング、美人、活発、金持。
「今日は、真昼姉さんがご帰宅されるので」
【GARDEN】で準備を始めていると、紫苑からそんな事を言われました。
「そうなんですね。お久しぶりのお帰りですね」
「ええ、本当はもっと頻繁に『ご帰宅』されたかったみたいですが、部活が忙しかったようで」
「競技ダンス部ですもんね」
大学の競技ダンス部に所属されている真昼お嬢様は、本当にダンスがお上手で驚きました。
「そんな真昼をリードできる白銀はもっと驚くべき存在ですからね」
「いえいえ、ご一緒にダンスさせていただきましたが、私なんてまだまだです」
「うわーん、千金楽さん~。白銀が怖い事言ってます~」
「おー、よしよし、紫苑。あのお爺さんは無自覚チートの極みですからねー。気にしちゃ負けですよー」
紫苑が、千金楽の元に駆けより泣きつくと、千金楽が紫苑を慰めながらこちらを見て小馬鹿にしたように笑っています。隣で緋田も頷いています。
何故?
あと、無自覚チート調べましたよ。誰が無自覚チートですか。
私は自覚未熟者です。
「まあ、ともかく。真昼、お嬢様がご帰宅されますので、白銀、よろしくお願いします」
何事もなかったかのように、ケロッとした紫苑が私に話しかけてきます。
「かしこまりました。ですが、紫苑の方が良いのでは?」
「いやいやいや! 何を言ってるんですか!?」
紫苑は、驚いたように大声をあげ、小さく溜息を吐きながら笑うと、こちらに近づいてきます。おや?
「いいですか、白銀。真昼姉さん、ずっと白銀に……」
「ここの執事は、お嬢様の情報を簡単に流出させるのかしら……?」
「ね、ねえさ……」
「お嬢様」
真昼お嬢様が、強張った微笑みで紫苑の肩を強く握っています。
それに気付いた紫苑もまた、顔を強張らせながら精一杯の微笑みを浮かべます。
「真昼お嬢様、お早いご帰宅で……」
「元気いっぱいのちびっこ執事の大声が聞こえてきたから、ちょっと小走りで来ちゃったわ。ねえ、紫苑? お水貰える?」
「は、はい……直ちに……!」
紫苑が去って行きそれを見送る真昼お嬢様と私の目が合います。
「お帰りなさいませ、真昼お嬢様」
「……あ、う、う~」
「真昼お嬢様?」
「ストップ! 今は、そこで止まって、あの、汗かいてるかもだし……た、ただいま、白銀」
そうですね。女性はご自身の匂いを気にされます。
偶然でもジジイに嗅がれたらいやでしょうから。
私は、立ち止まり、その場で真昼お嬢様に笑顔でご挨拶させていただきます。
「はい、ご帰宅お待ちしておりました。真昼お嬢様」
しっかりと礼をし、顔を上げると、真昼お嬢様は服の裾を握りしめ、なにやら口を動かしてらっしゃいます。
「真昼お嬢様?」
「ご、ごめんなさい、今噛みしめ……じゃなくて! 私のテーブルはどこ?」
「こちらでございますよ」
真昼お嬢様は一定の距離を保ちつつも、競技ダンス部らしいしっかりとした一定間隔の歩幅、いつも通り美しい歩き方でついてこられます。
そして、テーブルにつくと、誰もが見惚れるような微笑みを浮かべながら、
「ありがとう」
そう仰ってくださいました。
ひとまず、紫苑もお水を持ってくるでしょうから、私達はテーブルを離れます。
ホール外のキッチンに辿り着くと、緋田さんが驚いたような声で呟きます。
「真昼お嬢様って、美形ですよね」
「ま、今まではキツイお嬢様っていうイメージと眉間にずっと皺寄せてたからなあ。普通に美人だよ」
いつの間にか千金楽さんがいらっしゃいます。
お料理を受け取りに来たのでしょう。それだけ言うと、すぐに別テーブルの方へ向かってしまいました。
「千金楽さん……千金楽さんも大分、日本人離れした顔っすよね、あの、金髪めっちゃ似合いますもんね。いや、にしても、真昼お嬢様はアイドルって言われてもわかんな」
「緋田さん……! 姉さんに手を出したらゆるしませんよ……!」
またまたいつの間にか、お水を持った紫苑君が千金楽さんばりの圧ある微笑みで緋田さんを見ています。
「わ、分かってるよ」
「白銀はどんどん出してくださいね」
「わ、わかり、ました?」
どういう事でしょうか? ああ、おじいちゃんだと思われてるから、気にせず接してあげて下さいということでしょうか。おじいちゃんっ子だったんですね。
であれば、納得です。
「絶対、違う納得の仕方してると思うっすけど、突っ込みませんからね」
最近、緋田も千金楽みたいなやり方で私を置いてけぼりにしたりします。
何が原因なのでしょうか……?
「あ、また、お嬢様のご帰宅ですよ。……え、うわ、俺、初めて見るお嬢様です。なんか、小動物みたいでかわいらしいお嬢様っすね。行って来ます」
「あ、緋田。あの方は」
【GARDEN】で過ごすひと時に少しでも不快がないよう尽くすのが執事です。
私は、緋田のあとを早歩きで追いかけます。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「あ、は、はい……ただ今、かえりました」
黒髪を顔の横だけ垂らし、後ろ髪は綺麗に纏めていらっしゃり、服装は、とてもシンプルながらスレンダーなお嬢様に似合う淡い黄色のワンピースとカーディガン。
可愛らしいお嬢様に緋田が挨拶すると、お嬢様はびくりと肩を揺らし右手をあげかけたものの、すぐに相変わらずの美しい姿勢に戻り、微笑みます。
「お嬢様、あの、はじ」
「朝日お嬢様、お帰りお待ちしておりましたよ」
「え……?」
緋田が私を見ようとしますが、すぐに緋田の前に出たために、顔は前を向き私を見て固まってしました。
そのせいで、思った以上に近い距離で私と朝日お嬢様は向かい合います。
「あ、白銀……ただいま、帰りました」
「はい」
私と朝日お嬢様が微笑みあっていると、緋田も背後から現れ挨拶を
「ちょ、ちょっとちょっと! 何してるのよ!」
しようとしたところで、真昼お嬢様が何故か飛び込んできて遮られます。
「え?」
「あなた、そんな距離で、手にキ、キスでお出迎えとか聞いてないんだけど」
「キス? ああ、違いますよ。少し距離感を間違えて近づいてしまっただけで、こちらの屋敷ではそのような風習はありません」
「そう、なんだ……別にしてくれても……むしろ、され」
「え? なんでございますか?」
真昼お嬢様がごにょごにょと何か仰るのですが、年寄りには厳しいボリュームでした。
「な、なんでもないわよ!」
「あれ? 日中さん?」
「え……もしかして、下柳先輩?」
ひょいと真昼お嬢様の方を覗き込んだ朝日お嬢様が呼びかけられると、真昼お嬢様も驚いたような声で朝日お嬢様のお名前を。
「お知り合いですか?」
「ええ、あのアルバイト先のアニメイ……」
「『本屋』でね、先輩後輩なんですよね? しも、朝日先輩?」
「……うん! そうなんです、アルバイト先の『本屋』で」
「そうでしたか」
なるほど。アルバイト先がご一緒でしたか。
縁というものは不思議なものですね。
アニメイというのが本屋の名前でしょうか。ジジイの物覚えが悪いので、本屋に言い直して下さったんでしょうね。有難いことです。
「……あー、先輩? よければ、ご一緒しません?」
「え? 嬉しい! いいの?」
「お、おおう……私もその方が安心なので……」
思った以上の勢いで迫る朝日お嬢様に仰け反りながらも真昼お嬢様は私共に目配せをし、テーブルの手配を指示されました。
私は、その場を緋田に任せ、千金楽と共に席を動かします。
「あ、あの! 素敵ですね、朝日お嬢様」
「あ、ありがとぅござぃます……」
緋田が、あの時あんな事を言っていた緋田があそこまで驚き、大声で褒めていると私も嬉しくなってしまいます。だからといって、千金楽さんそんな変な顔で私を笑わないでください。
「ほんとに……そんなコンタクトにメイク、服も……先輩、いつの間に……」
「ありがとう、日中さん。あの、白銀さんに会いたいから、がん、ばったの……!」
「かわいすぎか」
「え?」
「いえいえ、なんでも? おほほ~。」
緋田が何やらお話をしているお二人をエスコートしながらこちらに来られます。
朝日お嬢様は、椅子を引いた私をじっと見つめ口を開きました。
「あの、白銀、わたし、どうですか」
「とても、お美しく、可愛らしいですよ。淡い黄色も素敵です」
「~~~! あ、ありがとう……!」
朝日お嬢様は、そのまますとんと座り拳を握りしめ、自身の成長を噛みしめていらっしゃるようでした。
そして、それをほほえましく見ながらお料理の配膳をすべくキッチンへ向かおうとすると、不意にズボンを掴まれます。
真昼お嬢様です。
「白銀、私は?」
真昼お嬢様はこちらを向かずにテーブルを見つめたまま聞いてこられます。
「ピンクの差し色が可愛らしい真昼お嬢様にぴったりで素敵です。良くお似合いですよ。」
「……そ。ありがと」
真昼お嬢様はテーブルを見つめたままズボンを放して下さいました。
「お水、お持ちしました」
紫苑がお水を持ってきます。
まだ、ぎこちないところはありますが……
「紫苑」
「は、はい、いかがなされましたか? 真昼お嬢様?」
「かっこいいわよ」
「……! ありがとうございます。真昼お嬢様も今日も素敵です」
「ありがとう」
真昼お嬢様が素直に紫苑をお褒めになり、紫苑もまた。
二人の間に合った、二人が作り出してしまっていた存在しないはずの靄はすっかり見えなくなったようで、目頭が熱くなってしまいます。年寄りなもので。
「……真昼お嬢様、白銀はいかがですか?」
「は?」
「私はお褒め頂きましたが……白銀は? いかがですか?」
「は? え? は?」
紫苑さんが態々私にもお褒めの言葉を、と真昼お嬢様を促します。
真昼お嬢様も困っていらっしゃるので、あまり『無茶ブリ』はしないで欲しいのですが。
「いかがですか? 白銀? かっこいいと思いませんか?」
「か……かっこいい、わよ! 何? 態々口にいう程の事?」
真昼お嬢様が紫苑に屈し、呻くようにお褒めの言葉を仰ってくださります。
最近気づいたのですが、紫苑は自信を取り戻してから、本来の性格なのか、強かな甘え上手でありながら少し辛口な印象があります。
勿論、一生懸命さは変わらないのですが、中々侮れない執事に成長しつつあります。
例えるなら、千金楽さんに近い気がします。
うまく相手のツボを突いて、言葉を引き出させる。
それでいて幼い、若い印象があるので、嫌味っぽくならない。
向こうで金髪を揺らしながら言葉巧みにお嬢様を楽しませる千金楽が目に入ります。
やはり、凄い。
(お前が言うな)
なんでしょう。一瞬、こちらを見た千金楽の心の声が聞こえた気がします。
「真昼お嬢様、他に何かいう事はないんですか?」
「し、え、ん~……! お嬢様を揶揄う執事っていう新しいジャンルを開拓したいならヨソでやってくれるかしら~?」
周りのお嬢様達がほほえましくその様子をご覧になってします。
朝日お嬢様も。そして、私の視線に気づくと一瞬俯いたものの小さく手を振ってくださいます。
その強くなられた様子にまた目が少し潤んでしまいます。
「あー、おじーちゃーん!」
入り口から飛んできた声に振り向くと、そこには、赤みがかった茶の髪色と青みのあるシルバーというんでしょうか二人の女子高校生がこちらを見ていらっしゃいます。
「お、おじいちゃん?!」
ガタガタガタといくつかのテーブルが揺れます。
何かあったのでしょうか?
「白銀、あなた、おじいちゃんって……!?」
「孫いるなんて聞いてない! 結婚して子供、孫!?」
真昼お嬢様の言葉をリレーするように南さんが叫びます。
勘違いです。
というか、皆さん忘れていませんか? 私まだ五十なんですけど。
「あ、いえいえ。この方はカルムで……」
「おじーちゃーん!」
私の言葉を遮るように赤みがかった茶色髪のお嬢様が飛び込んでいらっしゃいます。
なんでしょうか、気温が上がった気はするのですが、ゾクッと寒いです。
自律神経がおかしくなっているんでしょうか。
「えへへ! ただいま!」
なんでしょう、寒気が止まりません。
加齢による冷えでしょうか。
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