29話 五十路、イチャつく。
【登場人物】
福家 拓司。50歳。主人公。執事名【白銀】
白髪、老け顔、草食系、実は……。
南 詩織。30歳。執事喫茶【GARDEN】オーナー。
黒髪ロング、美人、活発、金持。
若井 蒼汰。??歳。教育係。執事名【千金楽】
金髪、二枚目、チャラ風、仕事出来る。
腕をとった目の前の見た目怖そうな男性が顔を歪ませ笑っています。
「おいおい、南、マジか? お前のデート相手コイツ?」
腕を振り払いながら、大きめの声で男性は南さんに話しかけます。
「そうよ。何か文句でも?」
「いや、文句っていうか、お前、何? パパ活でもやらないといけないくらい困ってんのか?」
「はあ?」
ぱぱかつ? 聞いたことのない単語です。あとで調べましょう。辞書にありますかね。
「だって、そうだろ? こんなじいさんとデートする位なんだ。よほど金に困ってなきゃって話だろ? なんだよ、言ってくれれば、俺が融通してやるよ。自慢じゃないが、金なら持ってるぞ」
なるほど。何かしらの金銭関係ありきの交際のことなんですね。
まあ、年も離れているし、そう見られても仕方ないかもしれません。
ですが、南さんは、私の腕をとって、思い切り抱きしめてきます。
「そういうんじゃない! 私は純粋にこの人と一緒に居たいの」
「いやいやいや、大丈夫だって。そいつがどのくらい持ってるか知らないけど、服装の程度で知れる。かっこつけてるけど、そこまでのブランドでもない。お前、騙されてるって。俺にしとけ。何が不満なんだよ? 一流の大学出て、スポーツでも全国に出てるし、自慢じゃないが相当モテるんだぞ」
なるほど。怖めの顔ではありますが、キリっとしてますし、体つきはしっかりしてます。
こういう方が好きという女性もかなりいるんじゃないでしょうか。私の知り合いにもこういう雰囲気で非常にモテている方はいらっしゃいましたし。
しかし、この方は非常にはっきりと大きな声で喋られる方です。耳の遠いジジイとしてはありがたいのですが、周りの方にも聞こえているようですが、良いのでしょうか。
いえ、きっと周りの方にも聞いてほしいんでしょうね。
ただ、南さんはそれでも私の腕を離さず、というか、どんどん強く抱きしめるので、二の腕に当たる柔らかい感触に苦笑せざるを得ません。あの、私もこれでも男性なので、困ってしまうのですが……。という意味も込めて、私は南さんの腕をぽんぽんと優しく叩くのですが、南さんは男性の物言いに興奮しているのかこちらを向いて下さいません。
「だから何よ! この人だって、いいところいっぱいあるんだから!」
何か、嫌な予感がします。
「ほう? どこが? そんなジジイのどこがいいんだよ」
あなたも煽らないでください。
「顔が素朴でかわいいし、素敵! ずっと見ていたい! 笑顔になるとくしゃっとすごい皺が出来てすごいかわいい! なのに、微笑んだ時はめちゃくちゃかっこいい! 気配りがすごい! 今日も私が見るのに夢中になってたらさりげなく、腕を引いて子供とぶつかるのをよけさせてくれたし、体力あるはずなのに私が疲れる前にちょっとずつ休む時間作ってくれるし、気付けば私の買ったものを持ってくれてるし! 料理も珈琲も紅茶もおいしい! ただ、見栄えだけじゃなくて栄養も考えてるし、凄く優しい懐かしい味な上に、結構なんでも作れる! 動きが穏やかで一緒に居て落ち着く! ずっと隣でいたいくらい凄い穏やかな時間! 知識が凄い! 本とかいっぱい読んでるから物凄い物知りで素敵! 今も、色んな若者文化を頑張って勉強してるのもかわいい! そう! かわいい! 色々一生懸命なのはかわいい! なのに、普段は穏やかで優しくてスマートでかっこいいの!」
……えーと、最終的に南さんが満足そうに笑っているので、まあいいんですけど、私はとても恥ずかしいです! 褒められたのは嬉しいですが、照れますし、そんなにいっぱい言う必要があったんでしょうか。あと、なんでそんなに知ってるんですか?!
ほら、フードコートの皆さんも『あらまあ』『いいわね、若いわね』とかざわついています! 五十でこの状況は何と言いますが申し訳なさが……。
目の前の男性は呆気にとられてしまっていましたが、我を取り戻したのか、小さく笑います。
「は、はは……だから、なんだよ。そんなこと大したことねえよ。俺だって出来る」
「出来るとやってるのは天と地ほども違いますよ。あなたが南さんの腕を掴んでいたのはとても乱暴なやり方に見えました。あれは感心しません」
流石に注意しなければならないと思いそう告げると男性はキッとこちらを睨み、さらに指をさして叫びます。
「うるせえ! 大体、ジジイ! お前なんなんだよ! どうせ大学も出てないしょぼくれ爺さんなんだろ」
「大学は一応出ていますよ」
「はん! どこだよ! どうせ大したことない所なんだろ!」
「えーと、言わなきゃいけませんか?」
「言えよ! このままじゃ納得できねえ! 俺がお前なんかに負けてないことを南に理解させてやる」
無茶苦茶な言い分です。ですが、言わないと収まりそうにないので、小さく溜息を吐き、私は男性に告げます。
「T大です」
「「「「「「「は?」」」」」」」
男性がポカンと口を開きます。
あ、南さんの腕を抱きしめる力が弱くなりました。よかったです。
あと、なんでフードコートの皆様も聞き耳を立てていらっしゃるんですか?
というか、皆様も耳が遠いのでしょうか。聞き返されました。
私は、はっきりと分かりやすいようフルネームでお伝えします。
「T大学です」
恐らく一番知られている大学名だと思うのでこれで分かると思うのですが。
「はあ!? お前が! T大!? なんで!?」
よかった。聞こえていた様です。
なんでといわれても、真面目に勉強したからとしか言いようがないのですが、まあ、祖父が厳しかったのと、私はコツコツやることは本当に好きなので、コツコツ積み重ねてやったら行けたということでしかないんですが。勿論、日本最難関の大学ですので、運が良かったというのも多分にあるのでしょう。
「ねえ、あんたが少なくとも偏差値で負けてるってことがはっきり理解できるけど?」
南さんがしてやったりという顔で笑っています。また、腕に力が入ってきて困るんですが。
「なんだ、ガリ勉野郎かよ。運動もせず勉強だけしてたわけだ」
「あの、私、合気道が一番やってますが、武道はいくつか段持ちです」
「「「「「「「「「「は?」」」」」」」」」」
……なんか、増えてません?
あと、若井さんの声が聞こえた気がするんですが、気のせいでしょうか。
まあ、ジジイの耳なので当てになりませんが。
武道も祖父に叩きこまれたので、それなりの腕にはなりました。あとは、やっぱりコツコツやっていったら気付いたら段をとっていました。
「か、金なんか持ってないだろ……?」
「色々やってるので、(自主規制)ほどは、ありますが……」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「は?(マジかよ)」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
あまり大声で言ったつもりはないんですが、あまりにも聞き耳立ててる人が多いので、少なめに言っておきました。というか、多すぎません? あと、若井さん絶対いますよね。こっそり後をつけてきてますよね。マジかよって聞こえましたよ。
お給料は、カルムのものだけでしたが、使うこともありませんでしたし、老後のたくわえをと思い、色々と勉強しコツコツやっていったら、少しずつ増え、今となってはかなり安心出来るくらい飛び越えて相当な額になったのですが、お世話になっている方の誕生日プレゼントくらいにしか本当に使うことがないので、たまる一方です。
「シュ、シュパダリしゅぎる……」
え? なんですって?
南さんがもにょもにょ何か仰いましたが、口がもにょもにょし過ぎていて聞き取れませんでした。
「は、早く言えよ!」
ハッと自分を取り戻した男性が良く分からないことを言って来ます。
「早く言え?」
「だ、だって、そうだろう! 何で言わなかったんだよ!」
「えーと、貴方の言葉を借りれば『自慢ではないので』」
「は?」
今度は男性の方がよく分からないという顔をします。何故?
「T大学も合気道も偉大な先輩方がいらっしゃり積み上げてきたものがあり、それ自体は誇らしいことです。ですが、大学を出たことも段をとったことも過去の話であり、今も尚そういった努力や誇らしい行動をとれているかが大切だと思いますし、昔の話、過去は自慢として人様にお伝えしたいことではありません。強いて言うならば、今、この人が私と一緒にいたいと思って下さっていることが自慢でしょうか」
私はそう言って南さんを見ると、南さんは呆気にとられた顔でこちらを見ていましたが、徐々に顔が赤くなって、最終的に湯気が出そうなほど真っ赤に。
あれ? 今、もしかして、結婚している夫婦みたいな物言いになってしまいました?
「うるせえ! 結婚してるみたいに言うな! 南はお前のものじゃない!」
ああ、よかった。お兄さんが訂正してくださいました。
ですが、私も訂正したいことが出来ました。
私は、少し前に出て、お兄さんにお伝えします。
「ものじゃないと仰いましたね? 一つだけ。もし、貴方が南さんを愛していて、お付き合いされたいというのであれば、ご自身の優れた点を見せつけるのではなく、どれだけ南さんを愛してらっしゃるのかを表現された方が良いと思います。少し厳しい言い方になってしまいますが、そのやり方では、相手からすれば、自慢のお高い装飾品の一つにお前も加えてやろうかと言っているように聞こえてしまいますよ。彼女を人として理解し、誇りに思い、一緒に歩みたいという気持ちがありますか?」
ここには私の願望も混じっているのかもしれませんね。
装飾品という意味では私は何の面白みもない古ぼけたものと言えるでしょう。
でも、そんなものにでも心はあり、努力はし、人を愛したいという気持ちはあるんだと、そして、傷つくこともあるんだと知って欲しい。
そう思ったのかもしれません。
お兄さんは頭を掻きながら苛立ち交じりに口を開きます。
「うるせえうるせえ! お前にはあるのかよ! その、理解して一緒に居たいって気持ちはよ!」
「勿論。彼女は困った人を見ると放っておけないくらい優しく、おせっかい焼きで、可愛らしい自慢の女性です」
ん? だから、これって私が南さんと結婚してるみたいじゃありませんか?
やってしまいました。
隣にいる南さんの潤んだ瞳の視線が気まずいです。
あと、周りの方たちも顔を真っ赤にしながらざわついていて恥ずかしいんですが!
「もういい……! 俺は何を見せつけられてるんだ! 砂糖吐くわ! ……はあ~あ、分かったよ、悪かったな騒い、で! ……ってぇえええええ!」
私に左手で肩を叩こうとしていたお兄さんが急に右拳を叫びながら痛そうに持ち上げたので周りの方が驚いていらっしゃいます。まあ、お兄さんの自業自得なんですが。
肩を叩くために近づくお兄さんに不穏な空気を感じた私は、お兄さんの動きを注視していました。緩くではありますが右拳を握っていたことを察し、咄嗟に手を出し、お腹をへこませ、お腹への衝撃を減らします。テイクバックのないパンチなのでここまですれば衝撃はかなり減ります。
そして、そのまま親指をぐいとまげて差し上げました。
多少痛いとは思いますが大げさな気もします。
「くそくそくそ! ふざけんなあ!」
「ふざけているつもりはないんですが」
もう周りが見えていないのでしょう。大きく振りかぶって殴りかかってきます。
こうなれば遠慮はいりませんね。もう少し痛い目を見てもらいましょう。
拳を手刀で流し、肘を肚に、屈んだところで、足を払って転ばします。
「あが!」
頭も打ってしまったようで、悶絶していらっしゃいます。
「大丈夫ですか?」
パチパチパチパチパチパチパチパチ!
周りから拍手が。流石にこんな所で騒ぐこの方の態度に腹を据えかねていたのでしょう。
お兄さんは顔を真っ赤にしながら震えていらっしゃいます。
それにしても、本当にこの方の顔、どこかで……
いけませんね、ジジイは忘れっぽくて。
「ヨコさん!!!」
聞こえた声は覚えのある方の声でした。
この声は、
「一也さん……」
「福家のジジイ、お前……なんなんだよ」
カルムで私を辞めさせた小野賀一也さんが知り合いなのかお兄さんに駆け寄っていました。
どうやら今までの一部始終を見ていたようです。
今までの私を見る目と違うのが明確に分かります。
ですが、それよりもっと気になることが。
「一也さん、カルムは? 営業時間では?」
「……客が来ないんだよ。客が! お前がいなくなってから、どんどん悪くなる一方だよ! お前の、せいで……!」
「違うでしょ」
一也さんが振り絞って出した私への悪口を、南さんがばっさり切り捨てます。
「福家さんのお陰で、いや、福家さんと小鳥さんのお陰でカルムはあんなに繁盛していたのよ。あなたにはそれが出来なかった。あなたには、福家さんに出来ていたことが出来なかった。これで分かったでしょう。あなたは間違っていた。あなたのやり方も、福家さんへの評価も」
「う、うわああああああ! くそ……! くそ……!」
やってきた警備員さん達に連れられて、去って行きます。
私達も、責任者の方が来られて話を聞かれるようですが、一旦落ち着くまでとその場で待たせていただくことになりました。
南さんは震えていました。
「ごめ、ごめんね……私、ほんとに、ああいうことに、大学時代とかも男性避けてたし、【GARDEN】は仕事場だし、事務の女の子がいるから……あんな風に迫られるなんて……なくて……」
震える南さんにどう声を掛ければいいか、私は……
「詩織お嬢様、よく頑張りました。ご立派ですよ。私は、お嬢様を誇りに思いますよ」
「え……白銀」
「はい。あなたに仕える白銀です」
「……ぷ、あははは……あは、ありがと、白銀。福家さん」
南さんが笑顔を見せてくれ。ほっとしました。ほっと?
いえ、ほっとしました。心配でした。私を、救ってくれた人が。
今はまだ、その思いが強いのです。ですが、それ以外の感情ももしかしたら僅かにあるのかもしれません。
ただ、今は、自分の気持ちよりも、この人の心を大切にしてあげたい。
「今、何かして欲しいことはありますか?」
「……頭撫でて……落ち着くまで…………白銀」
白銀であれば、すべきでしょうか。
いえ、今は主の為に。
『私』は、そっと南さんの頭を撫で続けました。
少し熱くなった頭をそっと。
よく頑張ってくださいましたと感謝を込めて。
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