10話 五十路、占われる。
【登場人物】
福家 拓司。50歳。主人公。執事名【白銀】
白髪、老け顔、草食系、実は……。
未夜。??歳。オーナーの知り合い。
ピンクとグレーの左右ツートーン、背が高い、垂れ目。
若井 蒼汰。??歳。教育係。執事名【千金楽】
金髪、二枚目、チャラ風、仕事出来る。
南 詩織。30歳。執事喫茶【GARDEN】オーナー。
黒髪ロング、美人、活発、金持。
「お待たせしました」
私は未夜お嬢様の前に珈琲とセットのデザートを並べます。
お待ちいただいてる間は千金楽さんがお相手してくださっていたようで、とても盛り上がっていたのか、二人とも満面の笑みでした。
「うわ~、ほんとにアニメみたいな音」
「でしょう?」
どういうことでしょうか?
私の食器を置く音がアニメみたいというのは? アニメに詳しくないので分かりません。
「白銀は無自覚チートですから」
「なるほどね」
むじかくちーと? 無自覚はなんとなく分かりますがちーととは?
あとで辞書で調べましょう。スマホで調べろと千金楽さんには言われますが、難しいのです……。
「では、私はこれで」
「ありがとう、千金楽」
「ありがとうございました、千金楽さん」
「……良いですね、白銀。何事も程々に」
千金楽さんの圧ある微笑みが迫ります。
この圧には流石に逆らえません。背中に流れる汗を感じながら、口を開きます。
「かしこまりました」
千金楽さんが去って行くと、再び未夜お嬢様と二人に。
未夜お嬢様は、またじいっと私を見られています。
「どうかなさいましたか?」
「千金楽と仲が良いのね?」
「千金楽は私の教育係でして」
「知ってる。でも、それだけじゃない信頼関係があるような気がする」
「その通りです。私は千金楽をとても尊敬しております。千金楽から聞かれました?」
私がそう尋ねると、未夜お嬢様は首を傾げます。
「ん~、聞いたような聞いてないような……千金楽から聞いたのは、とにかく白銀はヤバイって話だけ」
何を話したんですか、千金楽さんんんんんん!
「でも、凄く楽しそうだったわ。千金楽が珍しく」
未夜お嬢様のその言葉を聞き、年甲斐もなく喜んでしまいます。
千金楽さんは本当に尊敬しているので、そんな千金楽さんが私の話を楽しそうに……
「嬉しそうね、白銀」
「未夜お嬢様は、よく見ていらっしゃいますね」
「……そう?」
「ええ、眼鏡もなくあまり見えていないように思いましたが」
私がそう告げると、未夜お嬢様は目を見開いて驚かれます。
こんな表情は今日初めてでした。
「知ってたんだ」
「いえ、最初にお会いした時、随分近くで見ていらっしゃいましたし、節々の動きからなんとなく」
「白銀もよく見てるね。わたしのこと。……じゃあ、眼鏡をかけてもっと見てあげようか」
未夜お嬢様は、そう言うと私を手招きされます。
「もっと?」
「もっと……私ね、元・占い師」
そうでしたか、道理で……。
「だからね、今日楽しめたお礼に見てあげる。白銀を」
「よろしいのですか?」
「白銀がよければ、見てみたい」
「では、お嬢様のお望みのままに」
私は眼鏡をかけたお嬢様と向かい合います。
お嬢様は、じいっと私の顔や手、身体を見つめます。
「私ね、占い師って探偵みたいなもんだと思うんだ」
「探偵、ですか?」
「そう。本人や社会、歴史の流れ、そういったものを踏まえて、推理するの。これから起きる事件、つまりは、出来事、や、犯人、まあ、占われる人が何をするか。白銀のここの皺はどうついたのか、そして、ここに皺がある人は今までどんな未来を迎えた人が多かったか、これからの社会はどうなるか、色んな情報を感覚的に捉えて推理するの」
「なるほど」
「勿論、第六感的な占いもあるよ。けどね、私は想像するの。その人をじっくり見て、世界をじっくり見て、どうなるか。その人がどういう道を選べば幸せになれるか」
「素晴らしいですね」
私がそう言うと、手をじいっと見ていた未夜お嬢様が顔を上げて、私の瞳を見つめます。
「白銀も持ってるよ。そういう力。ただ、白銀は占い師にはなれない」
「何故です?」
「白銀はね、真っ白だから。自分に自信がないのかな。占い師はね、ある意味人生を決めてしまうこともある。だから、自分の占いに自信が持てないのなら、それはもう占い師じゃないの」
「なるほど」
未夜お嬢様は小さく笑いながら、再び私の手を見始めます。
「うん、なるほどなるほど……」
未夜お嬢様は、夜空のような黒い瞳をいったん閉じて自分の中で何かを練り続けます。
そして、再び私の顔を見ると、眼鏡を外し、口を開きます。
「白銀は、面白いね」
「面白いですか?」
「面白い。今まで見てきた中でも断トツかも。面白さ」
それは喜んでいいのでしょうか?
物凄く良い運とかでなく、面白いというのは。
「えーっと、もう引退してるから話半分に聞いてね。まず、全体のイメージとしては、白銀は白い毛糸の玉」
「毛糸の玉?」
「そう。で、その毛糸の玉は一本が玉になったものではなくて、何本もの糸が巻かれてた玉になってる。今、ものすごい勢いで毛糸の玉の糸は引っ張られてる。冬にならないとみんな気づかないんだよね。毛糸が必要な事」
未夜お嬢様の抽象的な話ですが、私個人としてはとてもそういう話自体が面白く、ついつい前のめりに聞いてしまいます。
「運よく毛糸の玉を見つけられた人は幸運だね。でも、嫉妬も買う。毛糸は必要とされるから。探してる人もいる。諦めた人もいる。色んな人が白い毛糸玉のことを考えてる。って、ああ、ごめんごめん。ついつい……」
未夜お嬢様は、頭を触りながらちろりと舌を出して苦笑してらっしゃいます。
「えーとね、結論から言うと、白銀のこれからの運勢は非常に良いと思う。今までの不運の分、急に波がやってくる。けどね、さっきも言ったけど、嫉妬も買う。けれど、多分大丈夫。過去の清算も出てるね。昔の知り合いと会うかも。で、何かひと悶着ありそう。けど、それを乗り越えればきっと色んなことがうまくいく。注意することは、やっぱり自分に自信を持つこと。自分で選択すること」
「肝に銘じておきます」
「恋愛運は……白銀、今までいい恋してきてないね」
「恥ずかしながら、フラれてばかりの人生でして」
「見る目ないね、みんな。あ、でも……ううん。大事なのはこれからだよ。白銀、人生のモテ期って三度あるって聞いた事ある?」
「あります」
ただ、私は信じていません。なんせ私の50年で一度もモテ期を感じたことは……内野さんとお付き合いできた時は、もしかしたらと思いましたが、アレもいわゆる『嘘告』というものでしたからね。
「うふふ……白銀、よ~く、聞いてね? 白銀のモテ期は残念ながら一回。それが今」
なんということでしょうか。モテ期が知らぬ間に始まっていた様です。
「でも、一度の分、三倍」
「え? なんですって?」
年寄りはいけませんね。良く聞こえませんでした。三倍とか変な聞き間違いをしてしまいました。
散財とかそういうことでしょう。
「三倍よ、三倍。一度だけの分普通の三倍のモテ期」
……全然実感がありません。
私のようなジジイでは三倍もたかが知れているのでしょうか。
まあ、ゼロに三かけてもゼロですしね。
「うふふ、面白い。白銀の運命。でも、これだけは教えといてあげる。あなたのことを大切に思っている人は、あなたが思っている以上にいるわ。だから、自信を持って、あなたはあなたらしくこれからも頑張って」
未夜お嬢様のその言葉は私を優しく包んでくださるようでした。
今まで、私のようなジジイを相手にしてくださる人なんて……と思っていましたが、考えてみれば失礼な話でした。千金楽さんや南さん、カルムだって、小鳥さんや親切にしてくださるお客様、多くの人に支えられていました。
それを忘れていたなんて……情けない話です。
「ああ、そうそう。近くにいる人たちに優しくすると吉よ。南とかおすすめ」
「え? なるほど。かしこまりました」
未夜お嬢様の占いはかなり詳細なことまで言えるのですね。驚きました。
南さんに優しく……一体何をすれば。
「あはは……あ、そうだ。お給料入ったら、GARDENに入れてもらったお礼に何処かに連れて行ってあげたら?」
どこまでが未夜お嬢様の占いなんでしょうか?
ただ、南さんが嫌がらなければそれもいいのかもしれません。
というか、千金楽さんにも言われました、似たようなことを。
『いいか、白銀。俺は、この食器類を買いたい。だから、お前オーナーをどこかに連れて行ってあげろ』
意味は分かりませんでしたが、頷いてしまいましたし、お店の中心人物でもある千金楽さんが言うのですから間違いはないのでしょう。
そして、未夜お嬢様の占い? でも同じような事が。であれば、
「かしこまりました」
「ふふ……白銀はいいわね。本当に素敵な目……」
未夜お嬢様が私の頬に手を添え、顔を近づけてじいっと私の目を見つめてきます。
彼女の揺らめく黒い瞳に白髪の私が映ります。私は、私を、もっと信じなければならない。
未夜お嬢様の言葉を噛みしめていると、お嬢様の瞳が横にズレます。
どなたかが早歩きでこちらに来られているようです。この足音は南さんでしょうか。
未夜お嬢様が困ったように笑いながら私から離れます。
「ちょ、ちょっと! 未夜さん! ウチの従業員に、キ、キ……!」
き? なんでしょう? 未夜お嬢様が、私に『キモイ』と仰られると思ったのでしょうか。
未夜お嬢様はそのような方ではありません。
ですが、顔を真っ赤にしている南さんは未夜お嬢様をまっすぐ睨みつけズンズンと進んでいきます。
こんなジジイの為に……優しい方です。
ですが、心と動きが一致していないようです。すると、南さんが足を縺れさせて、バランスを崩します。
「えっ……やっ……! ……って、あれ?」
運良く早めに気付けた私が、飛び込み、そっと南さんのお腹辺りに腕を添え、支えます。
ジジイが腕とはいえ女性のおなかに触ってしまい申し訳ない気持ちでいっぱいです。
ですが、女性の身体に傷をつけさせるわけにはいきません。
あとで、いくらでもおしかりは受けましょう。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
「え、あ、の……ぅん、だいじょぶ……」
転びかけたのが恥ずかしかったのでしょうか、南さんは両手で真っ赤になった顔を隠して俯いてしまいます。
その仕草もまた、オーナーらしく可愛らしいと思ってしまいます。
「南、あたしは別に……スしようとしたわけじゃないわよ。ちょっと、白銀の瞳が綺麗だから見せてもらってただけ」
未夜お嬢様が、耳打ちされたところだけ、耳が遠いので聞こえませんでした。
私に気を使って下さったのでしょう。有難いことです。
「そぅ、なんですね……」
「そうよ。南も見せて貰ったら」
「ぃまは、むりです……」
南さんが顔を押さえたまま、ぼそぼそと呟いていらっしゃいます。
まあ、こんなジジイの目を見るには心構えくらいいるでしょうからね。
「そうそう、今度白銀が、お給料貰ったら、雇ってくれたお礼に南を何処かに連れて行ってあげたいそうよ」
未夜お嬢様のアイディアではと私が見ると、お嬢様はウィンクを返してくださいます。
私の手柄にしてくださるのでしょう。有難いことです。
「……はい、もしよければ、一緒に何処かへ」
「~~~~! そう、ですかっ……! 楽しみに、してます……!」
それだけ言うと南さんは、また早歩きで去って行きます。
今度は下をしっかり見てるので、大丈夫かと思いますが、結構おっちょこちょいさんなので心配です。
でも、楽しみにしていると言って下さると私もつい顔が綻んでしまいます。
「うふふ……南、可愛い……。あ、珈琲いただくわね」
未夜お嬢様はそう言うと、珈琲に口を付けます。
そして、目を見開きます。何か至らぬ点があったでしょうか。
「白銀。これ、白銀が淹れた珈琲よね?」
「はい。私が淹れた珈琲です」
私は未夜お嬢様の真剣な表情に、少し不安になりながらも、自分が淹れた珈琲であることをしっかりとお伝えします。
「あー、なるほど。これもまた、うん……ヤバいわね」
何がですか!? 未夜お嬢様がまた天井を見ながら口を押さえてらっしゃいます!
ヤバイヤバイって皆さん、私の何がヤバいんですか!?
私のようなジジイにはさっぱり分かりません!
ちょっと! そこの物陰に隠れて、私が粗相しないように見守ってくれている千金楽さん! 思いっきり噴き出す音が聞こえていますよ! 教育係なら教えてください!
私の珈琲の何がヤバいか! ねえ! 笑い噛み殺してないで、もうそこにいるの分かってるんですからね! ねえ!
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