7 ティーパーティー
「あれ、今なんか……」
二階に上がってすぐ耳が音を拾う。
足音や風の音ではなく、話し声のようなものだった。
「あたしをからかってるつもりなら容赦しないわよ」
「違うって。ほら、また」
「……ほんとだ」
廊下の奥から微かに聞こえてくる何者かの声。
シーナにも聞こえていることから幻聴じゃない。
俺たち以外の誰かがこの洋館にいる。
「もしかしたら戦闘になるかもな」
「そうね」
「すこし離れてくれって言ってるんだけど?」
くっつかれるといざという時に一手遅れる。
「……しようがないわね」
不満げな顔をしつつ、シーナは半歩俺から離れる。
袖は握ったまま。
「わかった。じゃあそれでいいよ」
左腕が若干不自由なまま声がするほうへ。
足を進めるたび声ははっきりと聞こえ、言葉が聞き取れてくる。
「ミニケーキはいかが?」
「スコーンもどうぞ」
「紅茶のおかわりをくださいな」
混じって一つだった声は、複数人に解きほぐされて耳に届く。
「ティーパーティーでもしてるのか? 貴族らしいっちゃらしいけど」
「ねぇ。この先にいるのがハスターみたいな貴族の探検家って可能性は?」
「ないとは言わないけど、限りなく低い可能性だろうな」
ついに廊下を渡り切り、最奥にある部屋の前に立つ。
「開けるぞ」
「え、えぇ」
シーナも探検家だ。
自らの探究心が恐怖心を上回り、縦に頷いた。
ドアノブを捻り、音を立てて開く扉。
鼻腔をくすぐる紅茶の匂い。
天井を歩く犬。宙に浮かぶ人間。
そのいずれもが実体を持たない半透明であり、ゴーストに違いない。
彼らは手にミニケーキやティーカップを持ち、ティータイムを楽しんでいた。
そしてその中心には真っ白なテーブルにつく一人の少女。
彼女の視線がマカロンタワーやケーキスタンドからこちらに向かい。
そして――
「ひゃぁあぁああぁあああああ!?」
「きゃあぁあぁああぁああああ!?」
二重の悲鳴が木霊した。
「なななッ、なんなんですか!? あなたたちは!」
「驚かせて悪かっただから落ち着いてくれ」
「これが落ち着いていられますか!? 知らない人が入ってきたんですよ! まさか、泥棒!?」
「違う違う!」
天井を歩いていた犬が降り、宙を漂うゴーストたちは手にしていたティーカップを今にも投げて来そうなほど振りかぶっている。
第一印象はお互いに良くない形になってしまった。
シーナは悲鳴を上げたあと俺の後ろに隠れて服を鷲掴みにしている。
動きづらいんだけどな。
「探検家? なんですか? その、職業? 肩書き?」
「え、探検家をご存じない?」
「知りませんが」
彼女は警戒の色を強めている。
探検家を知らないって、いつの時代の人間だ。
「探検家って言うのは世界各地を旅して回る人のことだよ。目的は秘境を見付けることと旅を楽しむことだ」
「な、なるほど。それで、その探検家の人がどうしてここへ?」
「なにかと曰く付きの洋館だそうで。その真偽を確かめに来たんだけど」
周囲に浮かぶゴーストを一瞥する。
「まさか人が住んでるとは思わなかった。勝手に入って悪かったよ」
「……わかりました。ひとまず、そういうことで納得します」
なんとか敵対せずに済み、ほっと息を吐く。
「お名前、聞かせてもらっても」
「あぁ、俺はライト。で、後ろにいるのがシーナだ」
「どうして隠れているんですか?」
「照れ屋なんだ。シーナ、大丈夫そうだから。な? 皺になっちまう」
「え、えぇ」
服から手が離れシーナはそっと隣りに立つ。
部屋にいるゴーストたちの視線を一身に受け、その表情は引きつっていた。
「キミの名前は?」
「私はリリィ・ルルリクト。この館の主です」
「洋館の主? そんなまさか。そいつは大昔に」
「えぇ、そうみたいですね。ゴーストたちが言うには」
「どういう意味だ?」
「私はかつてこの館で起こった事件の生き残り、らしいんです」
俺が聞いた洋館の話は少なくとも数十年は前の話だったはず。
その生き残りなら実年齢は決して若くない。
だが、目の前にいる少女の姿は十代のそれにしか見えない。
血色のいい肌、艶やかな銀髪、綺麗な碧眼。
やや子供っぽい印象を受けるほどだ。
「あはは。そういう反応になっちゃいますよね」
「まぁな」
「順を追って話ましょう」
ゴーストたちがテーブルの椅子を引く。
「席へどうぞ」
空のティーカップ二つに紅茶が注がれた。
「まずはっきりさせたいんだけど、生きてるのか? リリィは」
「えぇ、私はゴーストではありませんし、心臓もきちんと動いてますよ。ただ心と体の成長は止まってしまっていますが」
「どういう意味だ?」
「端的に言いますと、私は同じ日を何度も繰り返しているんです」
「……ループしてるってことか」
「はい。この館に村人たちがやって来たあの日を境に」
ということは、おっちゃんの話は事実か。
貴族の娘が生きていた、という点を除いて。
「飲んだ紅茶も食べたスコーンも、翌朝には元の棚に。片付けた部屋も荒れていて、私たちの一日はまず壊れた家具や破れた絨毯を片付けることから始まるんです」
「なら、その村人たちはどうなった?」
「それは……ゴーストたちによれば全員亡くなったそうです」
「そうです? 憶えてないのか?」
「ループが始まってからの記憶は一年分くらいしか憶えていられないんです。日が進むごとに古い記憶は消えてしまっていて。小さな頃の思い出なんかは憶えていられるんですけどね」
「なるほど……話を戻すけど。なら、村人はどうして死んだんだ? 一緒にループしてる訳じゃないのか」
「ゴーストが言うにはループから弾き出された村人たちはこの館から出ること叶わず、そのうち亡くなったと」
「……ゴーストが村人をこの洋館に閉じ込めたのか? そしてリリィをループさせてる」
「それは違うと思います。ゴーストたちにそう言った特別な力はなくて。ただこの館の居心地がいいから居着いているだけなんです」
「じゃあ、ほかに何か原因があるわけか。それを取り除かない限り、ずっとリリィはこの洋館に囚われたまま。俺たちがリリィを連れて遠くまで逃げたとしても、明日にはここのベッドの上だろうし」
「そもそもこの館から出られませんけどね、私」
「……まぁ、大した違いでもない、ことはないか」
毎朝連れ戻されるのと、そもそもこの館から出られないのとではかなり違う。
外に出て村と交流を持てば少なくとも毎日に変化が付けられる。
と思ったけれど、リリィの両親は村人に殺されているんだった。
数十年前とはいえ、親の敵の子孫たちと接するのは感情的な課題があるか。
「事情はだいたいわかった。じゃあ、ちょっとループの原因を探ってみるか」
「え、いいんですか? そんなことを頼んでしまって」
「あぁ、謎を解き明かしたい気持ちもあるしな。ループから出たくないなら話は別だけど」
「私は……」
彼女の視線が周囲を漂うゴーストに向かう。
「正直なところ特に不満はないんです。ゴーストたちが話し相手になってくれますし、ティーパーティーは楽しいですから。でも、なんの進歩もなくただ同じ毎日を繰り返すだけの日々はもう終わりにしないと」
視線が俺と合う。
「私、この館から出たいです」
「わかった。全力を尽くすよ」
席を立ち、リリィと共に部屋の外へ。
俺たちは黄金郷を目指しているんだ、ループの一つくらい解除してやる。
よければブックマークと評価をしていただけると嬉しいです。