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6 洋館


「大きな村だ。宿はどうにでもなりそうだな」

「これから何かするって時間でもないし、ここの郷土料理を食べたら今日は終わりね。馬車に乗せてもらえて助かったわ」

「本当なら今日も野宿だったからな。まぁ、シーナのお陰で辛くはないけど」


 日が暮れないうちに村を見て回ることに。

 予想通り宿屋はすぐ見付かり、部屋も二つ空いていた。

 ルームサービスで夕食を終えるのも味気ない。

 取った部屋には向かわずそのまま宿屋を出て再び村へ。

 名産品がどこで売られているかの確認もしていると、雰囲気の良さそうな飲食店が見付かった。


「いらっしゃい」


 店内は落ち着いた雰囲気で、ほかの客も美味しそうに料理を口に運んでいる。

 それを横目にしつつカウンター席に並んで腰掛け、メニュー表に手を伸ばす。


「さて、どんなメニューかな」


 ずらりと並んだ料理名に目を通し、見たことのないものを探す。


「トゥリティーラ? 聞いたことない料理だな」

「そいつはこの村でしか食えないもんだよ。魚がこの近くの川にしかいないんだ」

「へぇ、そいつは食べとかないと損だな。ありがと、おっちゃん」


 隣りの客の助言を聞いて、このトゥリティーラに決める。

 おっちゃんの話だと魚料理らしいし、得体の知れないものではないはず。


「シーナは?」

「あたしもそれにする。一通り目を通したけど、それが一番冒険できそう」

「なら、決まりだな。すみません」


 注文を済ませ、お冷やを口に含む。


「あんたたち見ない顔だし、探検家だろ?」

「そうだよ。こう見えて結構やるんだ、俺たち」

「なら、こんな話に興味はないか? 村からすこし離れたところにある洋館についてだ」

「洋館か、興味あるね」

「ただこいつは酒のつまみにちょうどいい話でな」


 おっちゃんは指先でちょいちょいと空いたグラスをつつく。


「わかったよ。すみません」


 空のグラスに酒が注がれ、おっちゃんはそれを嬉しそうに眺めていた。


「その洋館が建てられたのは八十年くらい前のことらしい。当時はこの村も小さくてな、洋館はどこかの貴族の別荘だった。年に一度やって来ては都会の喧噪から離れてのんびりしてたってわけだ」

「いたって普通の話」

「本番はここからだ。洋館が出来て何年かした後、村が壊滅するほどの飢饉に襲われた。まだ命のある村人は食糧と水を求めて知恵を絞り、あることに気がついた。貴族の洋館から金目のものを奪おう。それで水や食糧を買えるってな」

「へぇ」

「そうと決まれば話は早い。生き残った村人数人で洋館に押し入り、一切合切を持ち帰ろうとした。ただ誤算だったのは、洋館の持ち主がそこに居合わせていたことだ」

「随分と不味い状況だな。どうなったんだ?」

「殺したのさ。親も子も見境なく」

「胸くそ悪い話だ」

「ところが、だ。貴族を殺して金目の物をすべて奪った村人たちが村に帰ることはなかった」

「なんで?」

「洋館から出られなくなったからさ」


 おっちゃんは酒を煽る。


「殺された貴族の怨念のせい、だとか。元々魔法使いの家系でネクロマンサーだった、とか。色々と言われちゃいるが、なんにせよ罪を犯した村人たちは洋館に囚われ、生き残ったのは外で見張りをしてた一人だけだったそうだ」

「その生き残りはどうなった?」

「数年後に謎の奇病にかかって苦しんで死んだそうだ。知るはずもない事件の詳細を譫言うわごとのように話ながらな」

「なるほど……」

「お待たせしました。トゥリティーラです」

「あぁ、どうも」


 運ばれてきたトゥリティーラは予想通りの魚料理。

 煮込み料理のようで皿の上はトマトや木の実で彩られている。

 美味しそうだ。


「まぁ、そういう話だ。酒をどうも、兄ちゃん」

「こっちこそ。興味深い話をどうも」


 互いに酒の入ったグラスを持ち上げ、各々の料理に向き合う。


「行くの? 洋館」

「もちろん。あんな話を聞かされたらな。事の真偽をたしかめないと」

「なら、明日の昼間にしてよね。そんな曰く付きの洋館を夜に訪ねるなんて御免だわ」

「心配しなくてもそうするつもりだよ。流石に不気味すぎるからな」

「ビビり」

「そっちが言うな」


 言い合いつつ、この村の郷土料理に舌鼓を打つ。

 大満足で飲食店を後にし、その足で宿屋へ。

 洋館の話を頭の中で反芻しながら眠りについた。

 明日の昼頃には洋館を調べに行こう。

 

§


「これが噂の洋館か」


 枯れた植物が巻き付いた大きな門は、誰の出入りも妨げることなく開かれている。

 その奥に鎮座する朽ち果てた洋館。

 壁の塗装は剥げ、雨と土で汚れ、ボロボロに朽ち果てていた。


「人が住んでるようには見えないな」

「この洋館、本当に築八十年? ボロボロだけど、そんなに古いとは思えないわね」

「それに……気付いているか? 窓が一枚も割れてない」

「……そうね、不自然なくらいに」


 洋館の窓は曇っているが亀裂の一つも入っていない。

 外観がこれだけ朽ちていれば窓の一つや二つ割れていなければ可笑しいのだが。

 もっとよく見て見ればこの洋館は朽ちてはいるが欠けてはいない。

 壁が崩れていたり、穴が空いていたり、天井が落ちていたり。

 そう言った大きな破損がどこにも見当たらない。

 まるで外側のメッキだけが剥がれているような、そんな印象を受ける。


「期待させてくれるな。絶対、なにかある」

「無駄足にはならなそうね。じゃあ、行く?」

「行こう」


 古びた扉に手を掛けると、鍵は掛かっていなかった。

 扉が擦れる不気味な音がやけに大きく聞こえつつ洋館に足を踏み入れる。

 窓から差す日差しによって内部は思ったよりも明るい。


「意外だな。埃も蜘蛛の巣もない」

「外の窓といい、誰かが手入れでもしてるって感じね」

「庭はあんなに荒れてるのにな」


 洋館の内部は綺麗と言ってもいい状態だった。

 誰かが毎日掃除でもしているのでは、と思うくらいに。


「まずは一階から見て回るか」

「そうね」


 二階へと続く階段を一瞥しつつ、まずは一階の探検へ。


「それにしてもシーナ」

「なに」

「距離近くね?」


 先ほどからシーナは俺の側にぴったりと張り付いている。

 片手で俺の袖を握り、視線はどこかせわしない。


「もしかして」

「違う」

「最後まで言わせろよ。というか、そんなに苦手ならなんで言わないんだ」

「だって、こう言う経験も旅の醍醐味だし。あんたは行く気満々だし!」

「この前のアンデッドは平気そうだったのに」

「アンデッドには実体があって斃せんでしょ! ゴーストはダメじゃない! 結界すり抜けてくるし!」

「心配しなくてもゴーストが出てきたら俺がどうにかしてやるって」

「だからあんたに引っ付いてんの」

「あぁ、そういう」


 まぁ、昼間にゴーストは出てこないと思うけど。


「おっちゃんの話が本当ならどこかに村人の死体があるはずだよな」

「脱出を試みたなら玄関や窓の側にいそうなものだけど」

「少なくとも玄関にはいなかったな。窓の側かも。窓割れてないし」

「飢餓状態だったとしても大人数人がかりで割れない窓なら、今の状態も可笑しくないのかもね。内から壊れないってことは、外からも壊れないってことだし」

「果たして村人たちは死ぬ間際まで金目のものを離さなかったのか」

「とっくにほかの探検家に先を越されてそうだけど」

「それならそれでいい。事の真実を確かめられれば満足だ。金目のものはあくまでおまけ」

「それで思い出したけど。村人はここに押し入ったのよね? それにしてはやけに」

「そう言われて見ればたしかに綺麗すぎるな」


 いくつかの部屋を回ってみたが、いずれも綺麗に整っていた。


「荒らされた形跡がない。いや、部屋の広さに対して妙に家具が少ないな」

「前の部屋にあった絨毯がここにはない。ということは……」

「誰かが使えなくなった家具や絨毯を撤去して、毎日洋館中を掃除して回ってるってことだな」

「いったい誰がそんなことするって言うのよ」

「そりゃあ……殺された貴族のゴーストとか?」

「この洋館にいる間は絶対にあんたから離れないから」


 よりぴったりとくっつかれ、若干の歩きづらさを感じつつ一階を捜索し終わる。

 特に目立った成果はなし。

 そんなものだと割り切って二階への階段に足を掛けた。

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