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3/7

3 霊鹿


「そう言えばハスターになんて言ったんだ?」

「次の街に行こうって言っただけよ。あと禁酒しなさい、とか。金銭感覚を直したほうがいい、とか。横柄な態度は身を滅ぼす、とか。性格の悪さが顔に滲み出てる、とか」

「どんだけ言ったんだよ」


 すべて事実とはいえ、ほんの少しだけハスターに同情する。


「でも、お陰で踏ん切りがついたわ。あいつの下にいるより今のほうがずっと気が楽」

「それはそう。いちいちハスターのご機嫌取りをしなくて済むしな」

「ほんと! あいつ思い通りにいかないとすぐ癇癪起こすんだから!」


 まぁ、その役割の大半は腰巾着のキリアの仕事だったけど。

 太鼓持ちが板についてた。


「あいつ、もうあの街を出たころよね」

「たぶんな。資金力がある分、人数の補充は簡単だろうし」


 俺はともかく、シーナの代わりがいるとは思えないけど。


「追い付かれないように急がないとな。お、見えて来た」


 踏み固められた土の道の先に現れる今度こそ機能した村。

 ディアル村と記された手製の門を潜ると、のどかな雰囲気に出迎えられた。

 植物が這う家屋、耕された畑、今し方水がくみ出された井戸。

 少ないけれど人の往来を見られてほっと安堵の息が出た。


「まだ日が高いな。路銀もまだあるし、物資を補給して素通りも出来るけど」

「後ろのハスターのことを思うと先を急ぎたいけど。気にしすぎて旅を楽しめないのも本末転倒よね」

「とりあえず、村を見て回るか。それくらいの余裕はあるはずだし、泊まるか素通りするかはその後ってことで」

「そうね。この村の特産品とかも見てみたいし」


 それなりに大きな村のようで、探せばすぐに露店が見付かった。

 そこで食糧や日用品の補充は早々に済ませられ、あとは目当ての特産品探しに。


「それらしいもんは見当たらないな」

「特産品がない、なんてことある? この探検家で溢れた時代に」

「大事な収入源のはずだし、どんなクオリティーだろうとあるはずだけど……あれは?」

「どれ?」


 視界の端に見付けた露店に立ち寄ると、店頭に置かれたそれを手に取る。


「木彫りの……鹿?」

「にしては物々しい雰囲気してるわね」


 雄々しく伸びた角、髭のように伸びた毛並み、荘厳な出で立ち。

 彫り込みの一つ一つをとっても丁寧に仕上げられた芸術品だ。

 ただこの動物だと言い切れるような造形はしていないように見える。


「それはディアル様と言うんですよ」


 そう教えてくれたのは露店の主である老婆だった。


「ディアル様? 村の名前だっけ」

「そう、この村の守護精霊なんですよ」

「へぇ、珍しい。守護精霊がいるんだ、この村」


 守護精霊は土着神のようなもので、その地域のみに伝えられる神様のような存在だ。

 土地を愛し、人を愛し、悪しきから守ってくださる神聖。

 これまでの旅でも何度か守護精霊のいる村や街を見て来たけれど。


「でも、その割りには」


 今一度、村の様子を見渡す。


「感謝が感じられないでしょう?」


 老婆のは寂しそうに話す。


「私が子供の頃は村を挙げてディアル様を奉っていたんですよ。でも、時の流れにほとんど押し流されてしまって、今はその名残がこうしてあるだけ」


 木彫りのディアル様を老婆はそっと撫でる。


「今ではディアル様もすっかりお隠れになられて、そのお姿を見た者も少なくなってきました。ですからディアル様を忘れないように、こうした物を造っているのですよ」

「そういう事情が……じゃあ買っていこうか」

「これも立派な特産品だし、二つお願い」

「ありがとう。小さなディアル様をよろしくお願いしますね」


 代金を払い、木彫りのディアル様を雑嚢鞄にしまう。


「物資も補給したし、特産品も買った。ほかに何かある?」

「個人的にはもうちょっとディアル様について調べてみたいけど」

「なら書庫ね。人に聞くのも効率悪そうだし」

「廃れかけてるもんな。このままだと歴史に埋もれて消えそうだ」


 街の書庫を訪ね、閲覧の許可をもらう。

 古い建物の匂いの中、立つ埃をすこし鬱陶しく思いつつ、背表紙を視線でなぞっていく。


「あったわよ」


 本棚からひょっこり顔を見せたシーナの手元に一冊の本。

 この村の成り立ちを記したもので、早速テーブルの上に開いた。


「古くより霊鹿れいろくあり、人を愛し、土地を愛するモノなり」

「霊鹿を奉り、ここにディアルの村を成す。悪しき近寄らず、安寧の日々を送る」

「霊鹿を忘れることなかれ。日々感謝し、奉れば、平穏無事は永遠なり。か」


 記されていた重要な箇所を読み終えて本を閉じる。


「概ね、あのお婆さんが言ってた通りだな。昔はかなり霊鹿、つまりディアル様に頼って生きて来たけど……」

「魔法技術の進歩に加えて異文化の流入、探検家の急増で村の維持は昔よりもかなり楽になったはずよ。村人にとってディアル様はもう必要不可欠な存在じゃない」

「責任を感じる話だな、どうも」

「あんたのせいじゃないでしょ。時代の流れって奴よ」


 だと良いけど。


「信仰を失った守護精霊か。消えるのも時間の問題かもな」


 本を本棚の空いた隙間に押し込み、その背表紙を指先でなぞる。

 どこか物悲しい感情を抱えていると、書庫の扉が音を立てて開く。


「ここに探検家はいるか!?」

「あたしたちのこと?」

「よかった、見付かった! 来てくれ! 頼みがある!」


 シーナと顔を見合わせ、すぐに書庫を後にする。

 先を行く村人の後を追うと、人集りが見えて来た。


「道を開けてくれ!」


 その中心まで辿り着くと、状況が見えてくる。

 騒ぎの中心にいたのは腕から血を流した少年だった。

 側にいる大人から魔法による治療を受けているが痛そうだ。


「村長! 連れてきました」


 案内役の村人と入れ替わり、村長が姿を見せる。

 露店の老婆よりすこし若い世代のようで、顎には白髭が蓄えられていた。


「探検家のお二人。折り入って頼みが」

「魔物でしょ?」

「流石は話が早い」

「こういう状況には慣れてまして」


 長く旅をしていれば似たような状況には幾らでも出くわす。


「実は村近くの森に魔物が出たようで。見付けたのはそこにいる子供と、その兄です」

「……兄貴はどこに?」

「弟を逃がすために森の奥に逃げたとか」

「不味いわね、それ」


 森からここまで逃げて来るまで子供の足でどれだけかかる?

 現時点でその子の兄が生きている可能性は限りなく低い。

 それを踏まえた上で弟を一瞥し、聞き取られないように村長と話す。


「わかってると思いますけど」

「はい。ですので、依頼は魔物の討伐ということで。もちろん、生きていれば連れ帰っていただきたい」

「わかりました。魔物の詳細は?」

「なにぶん子供の言葉なので容量を得ないのですが、大きな角が生えていたと」

「角……」


 思わず雑嚢鞄に触れる自分がいた。


「直ぐに――」

「お願い! お兄ちゃんを助けて!」

「……行こう」

「えぇ」


 返事をすることなく、俺たちはその場を後にする。

 魔物退治だ。

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