2 星空
「あらら、村があるって話だったけど」
「随分前に壊滅してたみたいね」
かつて村だったものの残骸。
崩れた建物、掘り返された畑、涸れた井戸。
月明かりに照らし出された廃墟に人の気配はない。
「今晩はここに泊まろうと思ってたのに、当てが外れちゃったわ」
「魔物の仕業みたいだな。爪痕もあるし。これだから人伝の話は当てにならないんだよな。言ってもしようがないけどさ」
「通り掛かった探検家もここで野宿したみたいね。そしてそのまま目的地に」
「結局、村が壊滅したって情報は街に入らない、か。」
「元々人通りの少ない道だし、当分の間は伝わらないでしょうね。あたしも伝えに戻る気はないし」
「この道を通って街にいく探検家を待つばかりだな」
それも望み薄そうだけど。
「てなわけで」
「はいはい。あたしの出番ってわけね。ほら、ちょうど良い場所捜して」
「オッケー。えーっと……あ、あそこなんてどうだ? ちょっと瓦礫を退かせば」
手早く瓦礫を片付けてある程度のスペースを確保する。
「うん、良い感じ。それじゃ」
発動するのは結界魔法。
「バリアクラフト」
硝子のように透明な膜が現れ、折紙のように折れ曲がり、形を成すのは一軒家。
土台となる柱が立ち、壁が張られ、屋根が降りる。
透明な膜は色を得て夜の世界に浮き上がり、あっという間に結界建築が完了した。
「何回見ても凄いな。こんな一瞬で家が建つなんてさ」
「ふふん。そうでしょう、そうでしょう」
「シーナを追放するなんて、やっぱりあいつは馬鹿だよ」
シーナとハスターなら迷いなくシーナを選ぶ。
魔法だけでなく、人徳としても圧勝だ。
「あれ、一軒だけ?」
「前から言おうと思ってたけど、二軒造るの面倒なのよ」
「そうだったのか……」
「そ。それにあんたが変な気を起こしても結界の中なら平気だし」
「そんな気は起こさないけど、たしかにな。結界の構造はシーナの意のままだし、俺を弾き出すことだって簡単か」
「そういうこと。じゃ、入るわよ」
結界住宅に足を踏み入れ、靴のまま室内へ。
内装は見慣れたもので、キッチン、寝室、バスルーム、トイレ、どこになにがあるかは把握してる。
「本当に革命的だよ、この魔法陣」
キッチンに立ち、蛇口の上に設置された円盤に触れる。
その円盤には魔法陣が刻まれていて魔力を流せば水が流れる優れ物。
隣りの魔法陣で調節すればお湯も出てくる。
同じ要領でいつでも風呂に入れると来た。水洗トイレも完備。
この利便性は他の追随を許さない唯一無二なもの。
やっぱりハスターは大馬鹿野郎だ。
「あたしお風呂入るから、夕飯の準備しといてくれる?」
「わかった。やっとく」
「お願い。長風呂はしないから」
流した水で手を洗い、キッチンにあるフライパンを手に取る。
結界製で油を布かなくても綺麗に焼けるいいフライパンだ。
「さて、何にしようか。まぁ、出来るのは限られてるけど」
食糧は足の早いものから食べるのが鉄則。
という訳で鶏の生肉と道中で取った山菜で香草焼きにしよう。
結界製のまな板に結界製の包丁。
細かく刻んだ山菜と鶏肉が焼き上がる頃、髪を下ろしたシーナがバスルームから出てくる。
赤らんだ頬に濡れ髪のせいか、いつもより気が抜けているような気がする。
「ちょうど出来たところだ」
「そ。ありがと」
テーブルに運んで席につく。
「いただきます」
「イタダキマス」
明らかに言い慣れていない言葉遣いを微笑ましく思いつつ香草焼きを口に運ぶ。
下味がしっかりついてて良い感じだ。
§
「ふぅ」
街から離れた場所での野宿でシャワーを浴びられるのは素晴らしい贅沢だ。
そのことを噛み締めながら風呂から上がり、結界製のドライヤーで髪を乾かし終える。
リビングに戻ると、ちょうどシーナが椅子から立ち上がった。
「あたしはもう横になるけど、ライトは?」
「俺ももう布団に入るよ」
「そ」
「あぁ、そうだ。俺の部屋の天井は」
「透明に、でしょ。もう耳にたこが出来るくらい聞いたわ」
「ありがと」
階段を上って二階へ。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
部屋に入るとすぐにベッドへと飛び込み、長く長く疲れをすべて出すように息を吐く。
それからゆっくりと体勢を変えて見上げた天井には満天の星空が映っていた。
「あれとあれを繋げたら……」
天井に指先を伸ばし、星をなぞるように動かす。
「ちょっと形が崩れてるけど、うん。いい感じ」
「ねぇ」
「わぁ!?」
跳ね起きて周囲を見渡すと壁に大穴が空いていた。
その向こうから寝そべったままのシーナがこちらを覗いている。
「びっくりした。なにしてんだよ」
「あんたがいつも透明な天井に向かってなにしてるのか気になって」
「はぁ……心臓が止まるかと思った」
倒れるようにベッドに身を預ける。
「星座を造ってるんだよ」
「星座を?」
「そ。故郷のな。例えば、あそこに赤い星があるだろ? あれとあそこの青い星と繋げて――」
指先で星空をなぞり、星座を造る。
「で、最後に紫の星に繋げると蟹座の出来上がり」
「蟹に見えない」
「星座なんてそんなもんだ」
指先を下ろして造った星座をじっと眺める。
この時間が好きだ。
「やっぱり故郷の星空とは違うの?」
「そりゃな。まぁでも同じだったとしても違って見えただろうな」
「どうして?」
「俺の故郷じゃ夜でも明るいからだよ。見えないんだ、星が」
星が見えない理由はそれだけじゃないけど。
「ふーん、興味が出てきた。いつか機会があったらあんたの故郷にも行ってみたい」
「その時は案内するよ。でも、まずは黄金郷が先だ」
「そうね。明日も早いからもう寝るわ。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
壁の大穴が閉じ、視線を天井へと向けた。
またしばらく自作の星座を眺めてからゆっくりと瞼を閉じる。
「いい夢が見られそうだな」
いい気分のまま眠りについた。
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