後編 「青春短し、楽しめ乙女!」
※ 画像作成の際には、こんぺいとう**様の「こんぺいとう**メーカー」を使用させて頂きました。
大学祭の漫才コンテストへの積極的な参加や、下宿を構えている堺の名物スポットへの強い関心。
それらは全て、「日本での留学生活を余す所なく満喫しよう」という美竜さんの気持ちの現れだったんだね。
「要するに、『せっかく日本に留学したんだから、楽しくやらなきゃ損だ!』って事?」
「まぁね、蒲生さん!この服だって、その為に着たんだよ!」
そう言ってグッと胸を張った美竜さんは、自分の着ているチャイナドレスの生地を軽く摘まみ、誇らしげに私に示したんだ。
「確か…ビタミンカラーって言うんだっけ?こういう派手な色合いの服を着ていたら、気持ちだって明るくなるじゃない?」
上質なサテンで出来た半袖のチャイナドレスは、目の覚めるような明るい赤色だったんだ。
「そう言えば美竜さんったら、そのチャイナドレスで下宿から県立大まで来たんでしょ?『随分と大胆な事をするなぁ…』って思ったけど。」
「当然だよ、蒲生さん!何しろ学祭は、下宿を出た時から始まっているんだから!どうせなら、朝からお祭り気分といきたいじゃない?」
どうやら美竜さんは、何か楽しい予定があった場合、それを最大限に楽しめる為に事前の準備を怠らないタイプみたいだね。
そうやって楽しい思い出を能動的に盛り上げていくって、なかなか良い事だと思うよ。
「まあ…確かに私も、この服をステージ衣装に漫才をしている時は、楽しかったなぁ…」
先程の漫才の余韻に浸りながら、私は自分の装いを改めて確認したんだ。
光沢を帯びたグリーンのブラウスは、漫才用に誂えたって訳じゃないの。
鳳のアパレルショップで見掛けた時に、春物のオシャレ着にするつもりで買ったんだ。
生地の仕立ての良さと、若草を思わせる春らしい雰囲気に惹かれてね。
だけど美竜さんの赤いチャイナドレスと試しに合わせてみたら、色合いや生地の質感のバランスも良くて、そのままステージ衣装に決めたんだ。
「蒲生さんだって、その明るい緑の服を着ているとイキイキとしているように見えるよ!」
目にも鮮やかな真紅のチャイナドレスに身を包んだ美竜さんが、快活な笑みを浮かべている。
そして目の間の仮設ステージでは空手部が迫力満点の演武を披露しているし、行き交う来場客達はというと、模擬店で買い求めた箸巻きやアメリカンドッグを幸せそうに頬張っていたんだ。
時は正しく、友好祭の真っ最中。
そんな楽しいお祭りムード一色の中百舌鳥キャンパスの中で、私だけが過ぎた事をクヨクヨと引き摺っていたんだ。
服装だけは明るいビタミンカラーだから、余計に場違い感が際立っちゃうよ。
「こんな明るい色合いの服を着ているのに、塞ぎ込んでいたら変だよね…」
私は自分に言い聞かせるように呟くと、キュッと目を閉じ、そのまま頭を軽く左右に振ったんだ。
揺れた髪が頬や首筋に当たる度に、心の中に溜まった物が振り払われていく感じがする。
やがて再び目を開けた時、さっきまで感じていたモヤモヤは、綺麗サッパリ解消されていたんだ。
「よし!優勝を逃したなんてクヨクヨするのは、もうやめた!今日はトコトン、遊んじゃうよ!」
「おっ!良い心掛けだよ、蒲生さん!何しろ友好祭は、今日だけじゃなく明日もあるんだから!」
吹っ切れた事を祝福するかのように、台湾生まれのゼミ友が私の肩を軽く叩いてくれる。
今日は色んな意味で、美竜さんに元気付けられちゃったね。
鬱屈とした気分がスッキリすると、今度は小腹が空いてきちゃったよ。
一難去ってまた一難。
人間の身体って、厄介だよね。
「そうと決まれば、まずは腹拵えといこうよ!模擬店も風情があるけど、餃子のキッチンカーが来てるんだ!」
「おっ!良いね、蒲生さん!流石は堺っ子、餃子を見ると血が騒いじゃうかな?」
宇都宮や浜松程じゃないけれど、堺市では餃子がよく食べられていて、年間消費量は全国三位に食い込んでいるんだ。
ここは堺県立大学に留学している美竜さんにも、名誉堺っ子として餃子普及に貢献して貰おうかな。
「台北の実家では、黄色いニラがギッシリ詰まった餃子を、よく晩御飯に食べたっけ…そこへ行くと日本の餃子は、ニンニクがよく効いててビールに合うんだよね。」
だけど、それには及ばないみたい。
美竜さんったら、私が水を向けなくてもスッカリ餃子の気分になっちゃって。
餃子というよりは、むしろビールの気分なのかな。
「あのさ、美竜さん…盛り上がっている所に悪いんだけど、友好祭にはお酒を持ち込めないよ。」
「わ…分かってるって、蒲生さん…餃子でビールをやるのは、晩酌の楽しみにとっておくよ。」
アルコール厳禁の注意書きを見て項垂れたのも束の間、すぐに立ち直っちゃうんだね。
喜怒哀楽がコロコロと変わって、見ていて本当に飽きないよ。
「そうそう!それが良いよ、美竜さん。私で良かったら、相席してあげるからさ。」
「えっ、良いの?それじゃあ県立大の近くで、良さそうな店の候補を見繕っておくから!」
晩酌のことになると、美竜さんったら目の色を変えちゃうんだね。
そんな屈託の無い美竜さんの笑顔が、何とも愛おしく感じられるよ。
台湾に帰国するのか、或いは日本に留まるのか。
それについては分からないけど、いつかは美竜さんも県立大を卒業し、学生時代を懐かしく振り返る事になるだろうね。
私だって、今が何時までも続かないって事は分かってるよ。
だからこそ、「楽しい大学生活だったなぁ…」と笑顔で振り返る事が出来るように、一緒に楽しい思い出を沢山作っていきたいよね!