前編 「台湾人留学生は、大学祭の漫才で何を得たのか?」
※ 挿絵の画像を作成する際には、ももいろね様の「もっとももいろね式女美少女メーカー」を使用させて頂きました。
私こと蒲生希望が通う堺県立大学では、毎年五月下旬に「友好祭」という春期大学祭が開催されているんだけど、今年の友好祭でも色々と印象的な思い出が出来たなぁ。
その中でも特に忘れられないのが、ゼミ友と一緒に出場したステージ企画の漫才コンテストだね。
−観光産業戦略研の協賛で、優勝コンビにはモニターツアーをプレゼントだって!私達でコンビを組んで、この優勝賞品をせしめちゃおうよ!
キャンパス内に掲げられた立て看板を食い入るように見つめるゼミ友の高揚した様子は、今でもハッキリ思い出せるよ。
その熱意に押し切られる形で、私は漫才コンテストに出場する腹を決めたんだ。
だけど、放課後にゼミ友の下宿でネタ合わせを重ねるうちに、私も段々と楽しくなってきちゃったの。
最初は何気無くやっていたツッコミも、そのタイミングや手の角度を自分なりに上手く出来ると嬉しくなっちゃってね。
それで冗談交じりで「この際だから、衣装にも凝ってみようよ?」と提案した所、ゼミ友の子は諸手を挙げて大賛成だったの。
いや、私が話を振らなかったとしても、ゼミ友はステージ衣装を着てコンテストに臨んだだろうな。
何しろ待っていましたとばかりに、下宿のクローゼットからステージ衣装にする服を取り出したんだもの。
−私はボケ担当だから、衣装も派手にいきたいよね!
こんな具合に意気込んじゃってね。
だから漫才コンテストで優勝を逃した時には、本当に残念で悔しかったよ。
だけどそれ以上に、相方であるゼミ友の事が心配で仕方なかったんだ。
誘われる形で出場した私ですら悔しいんだから、言い出しっぺであるゼミ友の悔しさは相当に激しいはずだもの。
何しろ表彰式の間中、俯き加減でブルブルと震えていたんだからね。
−零れ落ちそうな悔し涙を、必死で堪えていたんだろう。
そう信じて疑わなかったよ。
「あ、あのさ…優勝出来なかったね、私達…」
屋外ステージの赤い階段を降りたタイミングで呼び掛けた私の声は、自分でも驚く程に低く沈んでいた。
ステージ企画の邪魔をしないように声を潜めたのもあるけど、優勝を逃した悔しさが声色にまで出ちゃうんだね。
ところが、先の漫才コンテストではボケを担当していたゼミ友の反応は、私の予想を大きく裏切る物だったの。
「プッ…アッハハハ!」
小刻みな肩の震えがピタッと止まった次の瞬間、何と腹を抱えて大笑いを始めちゃったんだ。
「えっ…ちょっと、大丈夫?」
「ああ…ゴメンゴメン、蒲生さん。驚かせちゃったね。優勝コンビの顔芸を思い出したら、吹き出しそうになっちゃって…表彰式の間は何とか堪えていたんだけど、もう限界!」
唖然とする私をよそに、ゼミ友はケタケタと陽気な笑い声を上げていた。
思い出し笑いを堪えていただなんて、心配して損しちゃったよ。
「ちょっと!いつまで笑ってんの、美竜さん!」
「おっ!良いツッコミだよ、蒲生さん!蒲生さんがツッコミを入れたくなったら、この胸板をいつでも貸したげるからね!」
私のツッコミを嬉々として受け止めると、漫才コンテストでボケを担当していたゼミ友は誇らしげに胸を張ったんだ。
ステージ衣装である真っ赤なチャイナドレスに包まれた、形の良い胸元をね。
私を漫才コンテストに誘ってくれたゼミ友の王美竜さんは、台湾出身の留学生という事も相まって、チャイナドレスの着こなしも板に付いている。
色白の細面は目鼻立ちが整っているし、スタイルだって悪くないから、チャイナドレスみたいに身体のラインがクッキリと出る服なんて着た日には、同性である私ですら見入ってしまうよ。
それでいて冷たさや近寄り難さを感じさせないのは、彼女が南国生まれ特有の大らかな陽気さを備えているからだね。
「私、美竜さんが項垂れているのを見て心配したんだよ!『優勝を逃してショックだったんだなぁ…』って。なのに思い出し笑いを堪えていたなんて…」
笑い過ぎてヒクヒクと痙攣しているゼミ友を見ながら、私は半ば呆れたように呟いたんだ。
「そりゃ私だって、優勝出来るに越した事はないよ、蒲生さん。台本だって考えたし、ネタ合わせにも時間をかけたからね。」
ひとしきり笑い転げてから私の方へ向き直った美竜さんの白い美貌は、幾分か真面目そうな面構えになっていた。
彼女なりに優勝を逃した事を悔やんでいる事が確認出来て、正直ホッとしたよ。
「それに優勝賞品だって欲しかったからね。蒲生さんと一緒に和歌山へモニターツアーに行けたら、きっと面白かったろうなぁ…」
「美竜さん…」
私とのモニターツアーを、そんなに楽しみにしていたなんてね。
いつか機会を改めて、和歌山旅行に誘ってあげようかな。
「だけど、私なりに目的は達成出来たからね。クヨクヨしたって仕方ないよ。」
「目的?それって敢闘賞で貰った、みさき公園の招待券の事?」
茶封筒に入った遊園地のチケットを示すと、チャイナドレスを纏った台湾人留学生は微笑を浮かべて小さく首を振ったんだ。
「まあ、それもあるんだけどね…」
「『それもある』って…他にも何か達成出来た事があるの、美竜さん?」
私の質問に答える代わりに、美竜さんは屋外ステージの方に視線を向けたんだ。
さっきまで私達が漫才を演じていた、仮設のステージをね。
「私達の漫才…優勝は出来なかったけど、結構ウケていたよね?地元ネタを盛り込んだオチの辺りなんか、特にさ。」
「まあね、美竜さん。何しろ蘇鉄山での遭難は、堺っ子の鉄板ギャグだから。」
大浜公園の中にある蘇鉄山は、一等三角点のある山の中では日本一低い山として有名なんだ。
標高七メートルにも満たない小さな築山だから、「余程の事が無い限り遭難しない山」として、全国の好事家と堺っ子達から親しまれているの。
だけど蘇鉄山の地元ネタは美竜さんにとって、私が思っていた以上に深い意味があったんだね。
「台南産まれの私が生え抜きの堺っ子の蒲生さんと一緒に漫才コンビを組んで、地元ネタで堺の人達に笑って貰えた。こういう楽しい思い出を作れたって事が、私には嬉しいんだよ。」
「えっ…!」
この言葉に、私はハッとさせられたね。
堺で生まれ育った私にとって、県立大の友好祭は「毎年五月の恒例イベント」という認識だったの。
県立大への入学なんて特に意識していなかった小学生の頃にも、お母さんに連れてって貰ったっけ。
だけど台湾人留学生である美竜さんにしてみれば、この友好祭は「日本での留学生活を彩る、掛け替えの無い思い出」なんだ。
だからこそ、ただ漫然と模擬店や展示企画を冷やかすだけじゃなくて、イベント企画に積極的な関心を示していたんだね。
それに蘇鉄山だって、堺っ子の私にしてみれば「地元の公園の築山」だけど、留学生の美竜さんには物珍しく感じられたんだろうな。
仮に私が台湾に留学したとして、下宿先のご近所に面白スポットがあったとしたら…
きっと、物凄く意識しちゃうだろうな。
地元の人達が、「これがそんなに珍しいのかなぁ…」って感じてしまう程にね。