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<短編>異世界恋愛

勇者と彼女は離島に幽閉されている

宮之みやこ様主催の腹黒短編企画に参加させて頂きました!

どうぞよろしくお願い致しますm(__)m


前半がヒロイン視点、後半からヒーロー視点となります。

 ザワザワと人の気配が騒がしい。

 だけど私の視界は真っ暗だ。石のように冷たい床、狭い檻のような所に閉じ込められて、一人為す術もなく座り込んでいる。


「さてさて、次の商品は……え?こ、これは凄いですよ!!本日、飛び入りの目玉商品はなんと、魔王を倒し忽然と姿を消したあの伝説の勇者の恋人でぇっっす!!!」


 やたらとテンションが高い男の声と共に、私の目の前を覆っていた布が勢い良く取り払われた。

 明かりに照らされ、眩しさに目を覆った。騒ぎ立てる人達の声が一層うるさくなる。

 まだ視界はハッキリしない。だからその様子を見ることは出来ないけど、どうせ好奇な目で私を見てるんでしょうね。


 どうやら私は、今から人をお金で買おうとする下劣な奴らの商品として競りにかけられるらしい。


 ああもう!せっかく今日はあの島から出られる貴重な日だったっていうのに、なんでこんな事になってんのよ!!


 ……でも大丈夫よ。

 絶対に()が――

 私のヴァイスが、助けに来てくれると信じているから。





――





 この世界には『勇者』と『魔王』が存在する。

 魔族を従え、強力な闇の力で人々の命を奪い、この世界を恐怖で震撼させる魔王。

 聖なる力を宿す聖剣を携え、この世界の人々を守るために戦う勇者。


 古来より、この世界では魔王と勇者の戦いが幾度となく繰り返されてきた。


 そして現在。


 ――ヴァイス・シュバルツ。

 歴代最強の勇者と(うた)われた彼は、たった一人で魔族らと戦い、魔王をも討ち取った。

 世界を救い、多くの人々から崇められ讃えられたイケメン。……じゃなくて勇者。


 彼は今、本土から遠く離れた、地図にも載らない様な離島に幽閉されて暮らしている。

 彼を陰ながら支えた、一人の女性と共に――




「朝だよ、リーチェ。そろそろ起きようか」


 耳元で囁く様な声に、私はゆっくりと目を開けた。

 なんか今、夢の中で語っていた気がするのだけど。

 まあいいわ。そんなことよりも……


 ベッドに横たわる私の目の前には、日に照らされ爽やかな笑顔で私を見つめる


「イケメンがいるわ!!」


 つい思った事が口から漏れてしまうのは私の悪い癖。

 それは目の前のイケメン……ヴァイスもよく知っているはず。それなのに、ヴァイスはなんだか納得がいかないような顔をしている。

 

「それは、僕の事で合ってるのかな?それとも」


 ヴァイスは少しだけ意地の悪い笑みを浮かべ、私のすぐ目の前までその美しい顔面を近寄せてきた。

 アメジストの様に透き通る紫色の瞳が私を見……近い近いぃ!!

 イケメン急接近の威力が半端ない!!あああ、でも美しい。目が幸せ。なんか良い香りもするし。くんくん。


「夢の中で僕以外のイケメンと会っていたのかな?」


 ……は!!?


「そ、そんな訳ないでしょ!?イケメンと言えばヴァイスの事に決まってるじゃない!っていうか、例え夢でもイケメンがそう簡単に現れるはずがないでしょう!?そんな事になったら夢から覚められなくなる女性が続出するわよ!!イケメンっていうのは奇跡みたいなものなのよ!!何千万分の一の確率で生まれるかどうかも分からない様な奇跡なの!!奇跡はそう簡単に起きてはくれないのよ!!」


 自分でもよくわからない言葉を並べて反論したけど、ヴァイスは満足そうにニコっと優しく笑った。


「そう。それなら良かった。おはようリーチェ」


 そう言うと、私の唇を撫でる様にキス落とした。

 一瞬で私の顔は火が付いたかの様に熱くなる。

 私は真っ赤になっているであろう自分の顔を両手で覆い、体中の酸素が抜けきる程の深いため息をついた。

 

「ありがとうございます」


 何が「ありがとうございます」なのかは自分でもよく分からない。

 だけど、寝起きでこんなイケメンにキスされるなんて、前世の私は一体どんだけ徳を積んだのよ。ありがとう。よくやった前世の私。


 その時、フワッとパンが焼ける香ばしい香りが漂ってきた。

 ああ、ヴァイスが朝食を作ってくれたのね。今日は何を作ってくれたのかしら?お出かけする予定があるから――


 状況を察した私は跳ねる様に起き上がった。


「ごめんなさいヴァイス!また寝坊しちゃったわ!すぐに支度する……わっ!?」


 勢い余ってベッドから落ちそうになった私を、ヴァイスが片手で受け止めてくれた。

 

「リーチェ、落ち着いて。時間はたっぷりあるから大丈夫だよ」


 ヴァイスは動じることなく、私を宥める様に穏やかな笑みを向けている。

 顔だけじゃなくて心もイケメン。はあ、好き。大好き。


「さあ、冷める前に朝食にしよう。今日は君の好きなパンを焼いたよ」


 ヴァイスは私の体を軽々と抱きかかえて立ち上がった。

 自分で歩けるけど、このまま素直に甘えさせてもらうおう。

 下から見上げるヴァイスの顔も、なんて美しいの。どの角度から見てもイケメンなのかしら?


 ああ、神様。寝起きにこんなイケメンにお姫様抱っこされる、この尊い喜びをお与えくださりありがとうございます。

 こんな離島に幽閉されていても、私達はとっても幸せに暮らしています。


「リーチェ、誰に何を祈っているんだい?」


 その言葉で我に返ると、自分が手を合わせて目を閉じ、お祈りポーズをしている事に気付いた。


「この世界の平和が末永く続くようにと、神様に祈っているの」


「そうなんだ。リーチェはやっぱり優しいね」


 流れる様に紡がれた私の嘘を、少しも疑うことなく信じてくれるヴァイスこそ、本当に心が清くて優しい人だ。


 ヴァイスと出会ったのは五年前。彼が私の住む村へとやってきた。

 当時の私はまだ十六歳。一生に一度会えるかどうかも分からない勇者様に会えた喜びに震えていた。

 そんな私に、旅のパートナーになってくれないかと声をかけてきたのはヴァイスの方だった。

 その時はイケ……勇者様と一緒にいられる喜びで舞い上がり即承諾したのだけど、私に戦う力なんてこれっぽっちもない。

 拠点となる街の宿屋に泊まり、魔族討伐に向かう彼を見送り、帰ってくる彼を出迎える。出来る事はそれだけだった。

 そんな役立たずな私を、ヴァイスはずっと見放さないで側に居させてくれた。


 彼の優しさと誠実さ、そしてイケメン。これで恋に落ちないはずが無い。

 未だにヴァイスと恋人同士だという事が信じられない。

 大丈夫?これ私、死んでないよね?


「天国で都合の良い夢見てるとか?はっ!まさか幸せ過ぎて腹上死しちゃったとか?あっはは!なーんてね!だって私とヴァイスはまだ」

「大丈夫。君はちゃんと生きているよ」

「……………ですよね」


 今まさに、恥ずかしくて死にそうになった。

 っていうか、なんで腹上死なのよ。欲求不満か!!




 食卓の上には料理が二人分、綺麗に並べられていた。焼きたてのパンの隣にはサラダとスープも付け合わせてある。

 こうして朝食が準備されているのは嬉しいのだけど、少し罪悪感もある。


「いつもごめんね。私が朝弱いから」

「謝る事なんてないよ。君が美味しそうに食べてくれる姿を想像しながら料理するのは楽しいからね」


 彼の優しい言葉と、うっとりする様な笑顔が私の心を救いあげてくれる。

 本当、私を甘やかす天才よね。


「さあ、冷めないうちに食べよう」

「うん、いただきまーす!」


 私はパンを手に取り、パクッとそのままかじりついた。鼻を抜けるようなバジルの香りと、パンの甘さが口の中に広がる。


「んん~~~~!!美味しい!!」


 このパンはヴァイスが小麦粉から作った物で、私達が育てたバジルが生地に練りこんである。私の大好物。焼きたて最高。はぁ、幸せ♡

 私達をこの島へ追いやった皇帝にも食べさせてあげたいくらいだわ。ああ、でもやっぱり勿体ないわ。やめよう。うん。



 ヴァイスとこの島で暮らし始めたのは三ヶ月前の事。


 この世界で随一の規模の大陸を支配下に置くマルダリアス帝国。

 その皇帝は魔王を倒したヴァイスに対して、「今後はこの世界の人間と関りを持たず、身を潜めて暮らす様に」と命じた。

 親切な事に、誰も住み着かない様な荒れた無人島まで用意して。


 ヴァイスからその話を聞いた私は当然、激しく憤った。 


「何それ!?そんな要求無視すればいいわ!!ヴァイスは今までこの世界の人達の為に戦ってきたじゃない!戦う理由もなくなって、これから自由に生きられるはずだったのに……。こんな仕打ちはあんまりだわ!!」


 怒りと悔しさで涙を流す私を、ヴァイスは優しく抱き締めてくれた。そして私を宥めながら静かに語り始めた。


「リーチェ、ありがとう。でもね、彼らの言う事も一理あるんだ。『魔王』という人類共通の敵がなくなった今、これからは人間同士の争いが目立ち始めるだろう。僕はね、魔王よりも人間が一番怖いと思っているんだ。優しい笑顔を見せていても、その裏側では何を考えているか分からないからね。中には『勇者』の力を悪用しようとする人達もいるだろう。皇帝は僕の力によってこの世界の均衡が崩れるのを恐れているんだ。強すぎる力は時には脅威にもなる。だから僕みたいな異質な存在はいない方がいいんだ」


「そんなの嫌!ヴァイスと会えなくなるなんて嫌よ!私はヴァイスと一緒にいる!!」


 私は泣きながらヴァイスに抱きつき、彼を逃すまいと必死にしがみついた。

 

「リーチェ。君には自由に生きていてほしいんだ」

「やだ、絶対に付いて行くから!勝手にいなくなっても探しに行くから!絶対に見つけてやるんだから!!」

「ありがとう。その気持ちで十分だよ。だから君は僕の分も幸せになるんだ。これから素敵な出会いもあるだろう。その人と君は――」


 私はすぐに顔をあげてヴァイスを見つめた。涙でグチャグチャでも構わない。その先の言葉を聞きたくなかったから。


「そんな事言わないで!私はずっとヴァイスの事が好きだったの。ヴァイスが魔王を倒したら告白しようって決めてたのに……お願いだから、私から離れていかないでよ!」


 突然の私の告白に、ヴァイスは目を大きく見開きそのまま固まった。

 私達は暫く見つめ合い……やがて、彼も瞳を潤ませながら本音を語り始めた。


「……ごめん。僕も本当はリーチェと一緒に居たい。君が他の奴と一緒になるなんて絶対に嫌だ。そんなの許せるはずがない。僕も……リーチェの事がずっと前から好きだった。ずっと一緒に居たいって思ってたんだ。だけど、君まで巻き込みたくなかったんだ」


 振られて離れるなら少しは心が晴れると思った。だけど彼の告白を聞いて、離れられるはずがなかった。


「ううん、巻き込んでいいの。私はヴァイスと一緒に居られれば、それだけで幸せなの。だから、私も一緒に連れてって?」

「リーチェ――」



「そして私達は熱いキスを交わして――」

「誰と誰がキスをしたって?」

「はぁぁ!!」


 ヴァイスの声によって、私は三ヶ月前の回想シーンから現実へと引き戻された。


「え、えっとね、私達が恋人になった時の事を思い出してたのよ!あの、初めてキスした時の!」

「へえ?つまり、さっきのキスじゃ満足出来なかったって事かな?じゃあ次する時は心得ておかないとね。今でもいいんだけど」

「え?あ……ああ!!そんなことよりも早く支度しないと!!」


 ヴァイスの瞳が鋭くなったのを見て、私は慌てて残っているスープに手を伸ばした。

 いつもなら流れに身を任せていたかもしれないけど、今日だけは駄目。

 今日は私達がこの島から出る事が許されている特別な日だから。


 私達は三ヶ月に一度だけ、島から出ることを許されている。

 立ち入る事が出来る街は限定されているし、勇者である事はもちろん秘密にしないといけない。

 それでも恋人になって初めての街デートはずっと楽しみにしていた。


「ごちそうさま!片付けは」

「僕がやるよ」


 私が持とうとした皿がフワッと浮かび上がり、ヴァイスの周囲に集まった。

 ヴァイスの体を淡い光が纏っている。それは彼が魔法を使っている時に起きる現象だ。


「リーチェは着替えて出掛ける準備をしておいで」

「う、うん。ありがとう」


 本当に、この男はどこまで私を甘やかせば気が済むのだろうか。




 着替えを終えて出てくると、ヴァイスが椅子に座って待っていた。


「リーチェ、頼めるかい?」


 そう言うと私に一本の組紐を手渡した。肩下まで伸びた彼の長い髪を結ぶのは私の役目。

 私はヴァイスの後ろに立ち、そのサラサラな髪を手ぐしで撫でた。絡まること無くスッと手が通るその髪は淡い銀色と金色の二色の髪色が混在している。光が当たるとキラキラと輝き、何度見ても神秘的で凄く綺麗な髪色だ。


 一纏(ひとまと)めにくくっちゃうのもいいけど、上の部分だけ結ぶのも似合うのよね。

 私はその案を採用して彼の上部の髪を手に取り組紐で結んだ。


 「これで良し!」

 

 私は彼の前に回り込み、その容姿を確認する。


「はぁ……完璧。カッコイイ。イケメン最高」


 感嘆の吐息を漏らす私を、ヴァイスは嬉しそうに見つめてくる。そんな彼の前髪からは、チラリと黒い髪が覗いている。


「ヴァイスの髪ってほんと不思議よね。銀と金の二色なのも珍しいけど。この部分だけ黒髪っていうのも変わっ………あれ?また黒い髪が増えたんじゃない?」


 何故か最近、ヴァイスの前髪に黒髪が増えた気がする。


「どうかな。勇者としての役目を終えたからかな?」


 ヴァイスは私から顔を逸らすと、その黒髪を隠すように前髪を整えた。


「はぁ、何で皆そんなに髪の色を気にするのかしら?生まれた瞬間に優劣が決まるとか、ほんとくだらないわ」


 古くからの言い伝えで、髪の色が薄い人は魔力が高く、逆に濃いくなる程魔力が劣る、なんて言われている。

 私の腰まで伸びた長い髪も濃い藍色。

 小さい頃、王都に住むおじさんの家に遊びに行った時、すれ違う人達から蔑む様な視線を浴びたのを覚えている。

 特に黒髪の人に関しては、災いをもたらす存在、なんて言われて特に酷い扱いを受けていた。


 今どき、魔法を自在に扱える人間なんてほとんどいないっていうのに。

 あ、ヴァイスを除いてだけど。


「みんながリーチェみたいに思ってくれればいいんだけどね。そう簡単に人は変わってはくれないよ」


 ヴァイスは椅子から立ち上がり、私に手を差し伸べた。


「さあ、行こうか」


 私はその手をとり、ヴァイスの体にピッタリとくっついた。

 この島から出る手段はヴァイスが使う転移魔法しかない。だからこうして体をしっかりと密着させないといけない。


「はぁ、いい匂い。役得♡」

「ふふっ」


 ヴァイスの笑い声で、また思っていた事が漏れてしまっていた事に気付く。

 私は恥ずかしさで赤くなっているであろう自分の顔を隠す様に、彼の胸元に顔を埋めて転移魔法の発動を待った。




 ヴァイスの転移魔法により、私達は今日、立ち入りが許されている街へと降り立った。

 そこで事情を知る人間と軽く会話をして、勇者である事がバレないようにと念を押された。


 どうやらこの国の人達の間では、勇者はすでに死んでいると噂されているらしい。

 勇者を追放した皇帝としてもその噂は都合が良いみたいで、今更勇者が生きているのを知られるのは困るとか。

 はぁ、ほんと勝手なんだから。

 私達は顔を隠す様に、羽織っているローブのフードを深く被り、街の中へと足を踏み入れた。


「リーチェ、行きたい場所は決まってるかい?」

「うーん……せっかくだから、やっぱり市場に行きたいかな。可愛いアクセサリーも見たいし美味しい物も食べたいわね」

「そうだね。市場ならもう少し先にあるはずだよ。行こうか」


 私とヴァイスは手を繋いで笑顔を交わし、人が賑わっている方へと進んで行った。

 久しぶりの島の外、華やかな街の雰囲気に心が踊る。

 何よりも私の隣には愛するヴァイスがいる。

 彼が勇者の頃にも一緒に街の中を歩いて回った事はある。

 だけど、こうして手を繋いで恋人として街デートを楽しむのは初めて。ふふ。私の彼イケメンでしょ?って自慢したいけど顔見せられないのよね。

 まあいいわ。それより、彼に似合うアクセサリーが見つかるかしら?


 私達はよく、旅先でお互いのアクセサリーをプレゼントし合っていた。

 今、彼の両耳で揺れているピアスも私がプレゼントした物。強運の効果を持つと言われるターコイズが埋め込まれている。男の人にとっては少し大振りだけど、中性的で整った顔の彼にとても良く似合っている。

 私が着けているネックレスやピアスも全て彼からプレゼントしてもらった物。


 ……私達、これでよく付き合ってなかったわね。

 あの頃はとにかく傍に居られることが嬉しくて、特に関係をどうしようとかあまり考えてなかったわ。


 しばらく歩くと隙間なんてないくらい露店が立ち並び、それに集まるように大勢の人達がひしめきあっていた。

 足を止め、遠目にその光景を見つめた。


「この世界って、こんなにたくさんの人がいたのね」

「まあ、三ヶ月間僕と二人だけの生活だったからね。やっぱり人が多い方がいいかい?」

「いえ、そんな事は無いんだけど……とにかく、ヴァイスはしっかり顔を隠してね。あなたのそのイケメンが一番目立つんだから!」


 私はヴァイスの顔を隠すようにフードをグイグイっと引っ張った。その時だった。


「誰かぁ!!その人捕まえて!!」


 突然鳴り響いた叫び声。

 一人の男が行き交う人達にぶつかるのも構わず、こちらに向かって物凄いスピードで走ってきていた。

 えっ!?ぶつかる!!?

 そう思った瞬間、私はヴァイスに肩を掴まれて一気に抱き寄せられた。私が立っていた場所を、男が勢い良く通り過ぎた。


「泥棒ぉ!!誰か捕まえてぇ!!」


 泥棒ですって!?今の男が!?


「捕まえないと!!」


 私が動こうとしたその時、ヴァイスの体から一瞬だけ淡い光が放たれた。


「うわあああああああ!!?」


 聞こえてきた叫び声の方向へ目を向けると、さっきの男が派手に転んでいた。慌てて起き上がろうとするが、またツルっと足を滑らせて転んだ。

 これってもしかして……。

 私はこの現象を引き起こしているであろう人物にちらりと視線を向けた。

 ヴァイスはいつもの柔らかい笑顔を浮かべて人差し指を口に当てている。

 知らないふりしろって事ね。


「捕まえろ!!」


 やがて異変に気付いて駆けつけてきた警備の人間が男を拘束し始めた。


 人々がその様子を見守る中、一人の幼い少年がキョロキョロと辺りを見回しているのが目についた。もしかして迷子かしら?

 次の瞬間、なんと少年は貴婦人の鞄から財布を抜き取り走り出した。

 とっさに声を上げようとして私は踏みとどまった。目立つ行動は避けないといけない。

 だけどあんな小さな子が盗みを働く所をみてしまったら、勇者の彼女として黙っていられない。


「あ、リーチェ!?」


 突然走り出した私の後ろからヴァイスの声が聞こえる。

 ヴァイスごめん!!

 私は振り返る事無く少年の後ろ姿を追いかけ、薄暗い路地裏へと入って行った。


 光が差し込まないその場所は、まるで別の空間にでも入り込んでしまったかの様に冷たく淀んだ空気が漂っていた。

 少年の足は驚くほど早くて、すぐに見失ってしまった。

 何よりも私の体力もすぐ限界を迎えた。そんなに走った訳じゃないのに……っていうか完全に運動不足だわ。日頃からヴァイスに甘えてきたツケが回ってきたわね。


 私は足を止めて呼吸を整える。

 静かな空間で息を切らした私の吐息だけが響く。

 

『危ないから、路地裏や人がいない様な場所へは行ってはいけないよ』


 そう何度もヴァイスから忠告されてたのに、約束を破っちゃったわ。

 だんだんと湧いてくる罪悪感と孤独感。

 早くヴァイスの所へ戻ろ……。


「お?可愛らしい姉ちゃんじゃねぇか。こんな所に一人で来るなんて、お兄さん達と遊んでくかい?」


 俯いている私の前には、ガラの悪い男が二人。その内の一人の男が、ニヤニヤと下品な笑顔を浮かべて話しかけてきた。

 隣りにいる中年の男も品定めするかの様に、私の顔を覗き込む。……が、私と目が合うなり、表情が一転した。


「おい、やめとけ!そいつぁ勇者の女じゃねえか!!」


 どうやら私の事を知っているみたいだけど、私はその男に見覚えはない。

 ……なんでそんなに怯えた表情してるのかしら?

 怖いのは私の方なんだけど……。

 

「はぁ!?なんで勇者の女がこんな所にいるんだぁ!?」

「知るか!俺はもう行くぞ!」

「おい待てよ!!」


 二人組の男は慌てた様子で一目散に走り去って行った。

 っていうか、私ってそんなに有名だったの?

 勇者の女って……そうよね。男女が一緒に旅をしていたらそんな風に見えるわよね。

 まいっか。今は本当に勇者の女な訳だし。


「リーチェ」


 突然後ろから呼ばれて、ビクッと体が跳ねた。

 聞き慣れているはずの声。それなのに、いつもより少しだけ冷たさを感じて、私の額からは冷や汗が流れた。


「あー……ヴァイス……?」


 ゆっくりと後ろへ振り返る。ヴァイスはいつもと変わらない笑顔を浮かべているけど……やっぱりちょっと怒ってるっぽい。


「大丈夫かい?こういう場所は危険だから来ちゃダメだって言ってたよね?」

「うう、ごめんなさい。ちょっと気になる子がいて……。でも見失っちゃったわ」

「へぇ……」


 ヴァイスの瞳が少しだけ細くなる。その意味を理解する間もなく、ヴァイスの伸ばした手が私の目の前を通り壁に置かれた。

 私はヴァイスと壁の間に挟まれ追い詰められる様な形になった。

 いつもの優しい彼とは違う、少し怖くも感じるその姿にドキッと胸が高鳴った。


「君が僕に目もくれず追いかけて行くほど、魅力的な男でもいたのかい?」


 ……え?またなんでそんな勘違いするのよ!?


「そ、そんなんじゃないわ!!子供よ!子供が盗みを働く所を見ちゃったの!だから追いかけたのよ!!」


 慌てながら弁明すると、ヴァイスは鋭かった視線を少しだけ緩めた。


「そう……。それでも一人でこういう場所に来ちゃ駄目だよ。君に何かあったらと思うと、心配でたまらないんだ」


 その瞳がなんだか悲しんでいる様で、いたたまれない気持ちになる。


「心配かけてごめんなさい。ヴァイスの存在がバレるのはいけないと思って……。次からは気をつけるわ。ヴァイスの言う通り、ここは少し怖い所だったし。それに……」


 私は片隅で擦り切れた布にくるまり、座り込んでいる人物に視線を向けた。


 さっきは少年を追い掛けるのに必死で気付かなかったけど、ここには何人か人がいる。

 黒い髪は不揃いに伸び、擦り切れてボロボロの服を着ている人達。ゴミが散乱し、衛生的とは言えないこんな路地裏を寝床としているのだろうか。


 すぐ先では、煌びやかな衣装を身にまとった貴族達が行き交い、活気に満ち溢れているいうのに。

 まるで光と陰の世界が隣り合わせているよう。


「リーチェ、とりあえずここから出ようか」


 ヴァイスは私の手をとると、無言で来た道を戻っていく。

 路地裏から出ると同時に、視界は明るくなり、胸がつっかえるような息苦しさからは開放された。

 だけど、さっき見た光景により沈んだ気持ちはそう簡単には浮上しない。

 明らかな貧困差。そして黒髪の人に対する差別。それをたった今、目の当たりにしてしまったから。


「魔王がいなくなっても、この世界が平和になるとは限らないのね」

「……そうだね。何もかもが上手くいく訳じゃないからね」


 勇者の役目は魔王を倒すこと。それをヴァイスは既に果たしている。

 魔王を倒したその後の事は、この世界に暮らす人達がなんとかしていくしかない。


 それなのに、どうして誰も手を差し伸べようとしないのかしら。

 自分達が困ってる時は簡単に勇者に助けを求めて来たくせに。

 黒髪の人間だから?そんなつまらない事で?

 自分より劣る人間を作り出して、優越感にでも浸っているのかしら。


『一番怖いのは人間だよ』


 ヴァイスの言葉が胸に深く突き刺さる。


「はぁ……。平和な世界を作るって難しいのね。神様に頼りたい気分だわ」

「それもいいかもしれないね。気晴らしに教会でも行ってみるかい?」

「そうね。それもいいかもしれないわね。」


 もちろん、神様に祈ったからってどうにかなるとも思えない。

 だけど、私達に出来るのは、この世界の全ての人が平穏に暮らせる事を神様に祈る事くらいしかない。


 私はヴァイスと再び手を繋いで、教会の建物が見える方向へと歩き出した。 




 教会に着くと、同じ様に礼拝する人達が出入りしていた。その人達に混じって、私達も祭壇の前で祈りを捧げた。

 

 この世界に住む、全ての人々がありとあらゆる苦しみから解放され、平穏に暮らせますように……


「あと、私とヴァイスがいつまでも愛睦まじく暮らしていけますように」

「それは僕が約束するよ」

「はぁっ!!!」


 こんな時にまでつい本音が漏れていたわ!

 顔を上げると、ヴァイスはクスクスと笑いながらこちらを見ている。


「あ、あのね!ちゃんとこの世界の人達の平穏も祈ったわよ!?でもちょこっとだけ自分達の事もお願いしてもいいんじゃないかしら!?」

「大丈夫。ちゃんと分かっているよ。僕も同じことを祈っていたしね」

「え?そうなの?そうよね!よし、じゃあお祈りも終わったし、気を取り直してお買い物するぞぉ!!」


「お待ちください。勇者様」


 背後から聞こえたその声に、私の気持ちの熱は一気に氷点下まで下がってしまった。 


 え?

 今、『勇者』って言った?


 私は動揺を隠すように、なるベく自然を装って振り返った。そこには何かを期待するような笑みを浮かべた神父が立っていた。その目はやはりヴァイスしか見ていない。

 幸いだったのは、ここに私達しかいないこと。


「人違いでは?」


 ヴァイスはフードを深く被り、やんわりと神父に言った。


「いいえ。以前に貴方を見たことがあるので間違いありません。命を落としたのではという噂も流れていますが、本当は生きている事も極一部の情報網で知られています。まさかこんな所でお会いするとは。これも神のお導きなのかもしれません」


 神父は陶酔する様な笑みを浮かべ、神に感謝するかの様に両手を組んだ。

 ヴァイスが勇者として世界を旅した時に、何度この姿を見ただろう。

 こういう人達は、だいたい次のセリフが決まっている。


「勇者様、どうか私達を助けてください」


 ほらね。

 神父はヴァイスに(すが)るような目線を送り、予想通りのセリフを唱えた。

 ヴァイスと旅をしていた時、幾度となく聞いた言葉。

 誰もが勇者を見つけては、それいけと言わんばかりに助けを求めてくる。


 勇者様は困っている人を放っとけない。

 勇者様にお願いすればもう大丈夫。 

 みんなの憧れ。みんなの希望。みんなの勇者様。


 確かに、私も小さい頃はみんなと同じ様に思っていた。

 だけど、ヴァイスと旅をしていく中で、その事に違和感を感じ始めた。

 ヴァイスだって、一人の人間に違いない。

 過度な期待は重く負担に感じることだってある。戦いの中で命に関わるほど深い傷を負う事だって……。

 それなのに勇者というだけで、まるで慈愛に満ち溢れた神様がいるかの様に、都合の良いように扱うのね。

 

 本当、みんな自分の事しか考えてないんだから。

 ……それは私も同じだけど。

 

 ヴァイスは黙ったまま動かない。

 神父はヴァイスの反応を待つことなく、話を続けた。


「この街から少し離れた森の中に洞窟があります。そこに生き残りの魔族が潜んでいるのではという噂があるのです。夜な夜な現れて女性や子供達を誘拐すると。事実、ここのところ行方不明者が多くて……。どうか、その洞窟へ行って実態を調査して頂きたいのです」


 生き残りの魔族?魔王が倒されて魔族は消滅した筈じゃないの?

 でも行方不明者が多いっていうのは気になるわね。

 それに、もし本当に魔族が絡んでいるのだとしたら、確かに勇者の力が必要になる。


 だけど――

 今日はヴァイスがあの島から出られる特別な日。

 せっかく羽を伸ばして、恋人らしいデートを楽しめると思ったのに。

 ……ああ、私ったら。

 こんなこと考えちゃ駄目よ。目の前に困っている人がいるというのに!

 

 邪念を振り払い、私はヴァイスをチラリと見上げた。

 ヴァイスはどう思っているのだろう?

 この人の要求に応えて、人助けに行きたい?

 それとも、無視して私とデートを楽しむ?

 そんなの決まってるわ。みんなの勇者様だもの。私が独り占めする訳には――


「リーチェ、君は僕にどうしてほしい?」

「え?」


 突然言われたその言葉に、私はパチパチと瞬きしながらヴァイスを見上げた。


「僕は君が望む方を選ぶよ。君が行けと言うならそうするし、行って欲しくないのならどこにも行かない。このまま君と一緒に街を歩いて回ろう。」


 え?助けを求めている人が目の前にいるのに、放っておくの?


「でも、ヴァイスは助けに行きたいんじゃないの?だってヴァイスは勇者だから――」


「僕が知りたいのは君の本当の気持ちだよ。君が望むのは勇者としての僕かい?それとも、恋人としての僕?」


 その表情に、いつもの笑顔は見られない。

 真剣な眼差しで私に明確な答えを求めている。


「なっ!?勇者様、私達を見捨てるのですか!?それなら私も黙ってはいられません!ここで断ると言うのなら、貴方の存在を世に――」

「ちょっと君、黙っててくれないかな?」


 ヴァイスは突き刺す様な冷たい声で神父に言い放った。神父は口を開けたまま言葉を失っている。


「さあ、リーチェ。君の本当の気持ちを教えて?」


 私の……本当の気持ち?

 私がここで行かないでって言えば、ヴァイスは私を選んでくれるっていうの?


 だけど、本当にそれでいいの?

 あなたは困ってる人を放ってはおけないはずでしょ?

 今までだってそうだったもの。あなたはとても優しい人。顔だけでなく、心もとても綺麗な人だから。

 私はそんなあなたに惹かれたのだから。


 でも、私はあなたとは違う。

 私はそんなに優しい人間じゃない。

 だって本当は私が一番喜んでいるの。

 この国から追放されて、二人だけの世界で暮らせている事を。


 だってみんなの勇者様じゃなくて、私だけのヴァイスになったのだから。

 ヴァイスがそばにいてくれるなら、本当は他のことなんてどうだっていい。


 だけど、そんな私はあなたに相応しくない。

 お願いだから、必死に隠してきたこの醜くて黒い本音だけは探らないで――


「ヴァイス、私の事は気にしないで。困っている人達を助けてあげて」


 私は精一杯の笑顔を貼り付けて、明るく言い放った。


「そう……やっぱり君はそう言うんだね」


 一瞬その瞳が曇ったかの様にも見えたけど、ヴァイスはすぐに顔を伏せ、私に背中を向けた。


「分かった。行ってくるよ。リーチェはここで待っているんだよ」


 そう言うと、ヴァイスは神父と共に外へと出て行った。


「うん……いってらっしゃい」


 遠くなるその背中に向かって投げかけた私の声は、消えそうな程小さかった。




 「はぁぁ……」

 

 あの後、私は教会の中にある別室へと案内された。

 用意されたティーカップのお茶を一気に飲み干し、深いため息をついた。


 これで良かったのよね?

 勇者の彼女なら、この答えが正解のはずよね?


 一人残された私は、孤独に支配されそうな心を慰める様、必死に自分に言い聞かせた。


 その時、コンコンとノック音が聞こえてきた。

 扉を開けるとそこには一人の少年が立っていた。

 見覚えのある顔に、私は息を飲んだ。


「あなた!さっきの盗みの少年じゃない!!」

「あ、やっぱりバレてた?お姉さん目がいいんだねぇ!」


 少年はそう言うと、何の断りもなくズカズカと部屋の中へ入ってきた。

 悪気なんてかけらも感じていないその笑顔が無性に腹が立つ。


「よくこの神聖な場所に入ってこれたわね。どうせここにも忍び込んで来たんでしょ?神様に懺悔でもする気だったのかしら?」

「あっははっ!勘違いしないでよ。僕はここに住んでるんだ。孤児のところをここの神父さんに拾われたんだ。あ、ちゃんとお茶も飲んでくれたみたいだね」


 ここに住んでるですって?一体どういう……


 突然、視界がグラりと揺れて、立っていられなくなった私は膝をついた。

 

 何?これ?

 まさかさっきのお茶に何か…?


「あと、こう見えて僕、本当はもう成人済みなんだ。体の成長を止める薬を飲んでるからね。子供の姿だと何かと便利なんだよ。大人は油断するし、女の人はすぐに同情してくれるからね。これも神父さんが教えてくれた、この世界で生き残る方法だよ」


 そう話す少年は悪魔の様な笑みを私に向けている。

 激しい眠気に襲われた私は目を開けていられず、床へと倒れた。

 

 ヴァイス、あなたの言う通り。見た目に騙されちゃ駄目ね。

 一番怖いのは人間だわ――


 そのまま私の意識は深い闇へと沈んでいった。





「リーチェ……僕は本当は、そんなに強い人間じゃないんだ」


 それはヴァイスが魔族との戦いに明け暮れていた時、私にだけ見せてくれた、彼の本当の姿だった。

 何かに怯える様に「死にたくない」「殺したくない」と、時には涙を流しながら震えていた。

 私はそんな彼に寄り添い、励まし続けた。


 「二人だけで誰も居ない所へ逃げちゃおっか」


 そんな事を言ってみた事もあった。

 

 「それは無理だよ。僕は、『勇者』だからね」


 そう返してくると、ヴァイスは弱々しく笑った。


 歴代最強の勇者と言われた彼の心は、こんなにも脆くて今にも崩れ落ちてしまいそうだった。 

 それでも、ヴァイスはこの世界の人達を見放さなかった。

 どんなに傷だらけで心も体もボロボロになっても、最後まで『勇者』であり続けた。


 だから私も、そんな彼に相応しい彼女でないと――




 目を覚ますと辺りは真っ暗だった。

 カビ臭い。それに冷たい床。手を伸ばすと棒のような物が並んでいる。

 これもしかして、檻の中なんじゃ……?

 

「はい!では次の商品はこちらでぇーす!!黒い髪の美少年!!奴隷として好きに働かせるなり、愛玩として夜のお供にするなり使い方は自由!さあ、欲しい方は札を上げてください!!」


 聞こえてきたのはハイテンションな男の声。その内容に激しい嫌悪感を感じる。

 すぐに次々と数字を叫ぶ人達の声が響いてくる。


 前に、聞いたことがある。

 この世界には人をお金で買う人身売買をしている輩がいると。

 ……ってことは……私のこの状況って、そういう事?


 はあぁぁぁ。本当に。この世界の人達にはうんざりさせられるわね。




――





 そんな訳で、私も商品として皆の前にお披露目された訳だけど。

 勇者の恋人だからどうっていうのよ。

 どっかの誰かに自慢でもするの?勇者の彼女を奴隷にしてるのーって?そんな事されたら目の前で噛みついてやるわよ。ふんっ。


 さて、視界もはっきりしてきたし、私を買おうとする奴らの顔をしっかり拝んでやろうじゃないの。

 その卑しい笑みなんて、ヴァイスが現れたら凍りつくに決まって……あら?


 私が睨みつけた相手は、笑うどころか目を見開いたまま固まっている。

 その表情はまるで魔王でも見るかの様に酷く怯えた様子で、絶望感さえ見て取れる。


「うわぁぁぁぁああああ!!!!」


 突然、別の男が絶叫と共に立ち上がり、外へと逃げ出した。

 その人だけじゃない。一人、もう一人と次々と立ち上がり逃げ出し始めた。

 必死の形相で我先にと逃げ惑う人と、そんな人達を不思議そうに見ている人。

 大半の人がすでに会場から姿を消した。


 どうゆうこと?まだヴァイスは来ていないはずだけど――


「おい!!誰だこの女を連れてきた奴は!!」

 

 その声の主は、さっき路地裏で出会った男だった。


「はい!私ですけど。神父から勇者の女が手に入ったって聞いたから高く売れると思ったんですが」


「馬鹿野郎!!お前なんてことしてくれたんだ!!この裏の社会ではなぁ、絶対に手を出しちゃいけない奴がいるんだよ!!皇族の人間と、勇者の女。いや、例え皇族の人間に手を出したとしても、勇者の女だけは駄目なんだよ!!」

「え、でも勇者は魔王との戦いで死んだんじゃないです?」

「そんなはずがねぇだろが!!お前は新人だから知らないんだろうが、あの恐ろしい男がそう簡単に死ぬはずが無い。だってあの男の姿はまるで……あああああ!!もう俺は逃げる!!奴がここへ来る前にな!!!」

 

 その時、逃げようとした男の頭上から鋭く尖った黒い光が降り注ぎ、刃へと姿を変え男を取り囲むように次々と突き刺さった。


「ひいいぃぃっ!!!」


 次の瞬間、ドッガゴオオオオオオ!!!!と、落雷の様な音と共に天井を突き破って何かが猛スピードで落ちてきた。

 

 何!!?隕石でも降ってきたの!!?


 その衝撃で私を囲う檻が激しく揺れて、バランスを崩して倒れかけた。が、何かに包まれる様に体が浮いている。

 この感覚には覚えがある。私がこけそうになったり、屋根から落ちそうになったりした時、決まって彼はこの浮遊魔法で私を助けてくれるのだ。


 ああ、来てくれたのね。

 私のヴァイスが――


 舞い上がる煙と塵で視界は覆われているけど、穴が開いた天井の下には人影が見えた。

 その影がゆっくりと近付いてくる。ずるずると両手で何かを引きずりながら。


「あれ?おかしいな。君、前に会ったことがあるよね?なんでまた僕のリーチェと一緒にいるのかな?もしかして、リーチェの事が好きで付き纏っているのかなぁ?」

 

 その声はいつものヴァイスと変わらない。柔らかく親しみやすい声色だ。

 だけどそれに反して、この場の空気は完全に凍り付いている。時間でも止まったかの様に、誰も動けず固まったまま。この世の終わりかとでも思わせる様な表情で。

 ヴァイスは引きずっていた何かを放り投げるように手放した。そこに横たわっているのは気絶している神父とあの少年だった。


「ひいぃぃぃ!!とんでもございません!!私と勇者様の愛する彼女様とは天と地ほどの身分の違いがありこんな私なんかがどんなに頑張ろうともとても手の届く存在ではございません!!どうかお許しください!!!金輪際、勇者様の彼女様には一切関わりません!!視界に一ミリも入りませんから!!」


 男は床に頭を擦り付ける様にひれ伏せ、懇願する様に必死に声を絞り出している。


「それ、前にも聞いた気がするけどなぁ。まあいいや」


 ヴァイスが指を鳴らすと、男を囲む刃は消え失せた。男は腰を抜かした様にその場にへたりこんだ。


 っていうか、この状況は一体何?

 この人は、本当に私が知ってるあのヴァイスなの?


 ヴァイスはゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

 その表情はいつもと変わらない笑顔……いや、顔はいつもの笑顔なんだけど、纏ってるオーラがなんだか黒いような……。前髪の黒髪も若干増えてる気がするのだけど?


 ヴァイスが私を閉じ込めていた檻に触れると、檻は一瞬で塵と化して消えていった。


「リーチェ、怪我はしていないかい?」

「ええ……ありがとう、ヴァイス」


 いつも通りの優しい声に安心する。私は差し出されたヴァイスの手を掴んだ。

 次の瞬間、グイッと力強く引き寄せられ、今度は彼の腕の中に閉じ込められた。


「え!?ヴァイス!?」


 私を取り囲む強い力に息苦しささえ感じる。

 それでも、その力は少しも緩む気配はない。


「リーチェ、僕は君にも少し怒っているんだよ」

「え?」


 怒ってる?私、何か悪い事でもしたかしら?


「僕は君の正直な気持ちが知りたかった。それなのに、あんな風に僕の事を突き放すなんて」

「だって、ヴァイスは勇者だから。困ってる人を助けるのは当然のことでしょ?」

「君も知っているはずだ。僕はもう勇者じゃない。聖剣は折れてしまったのだから」


「はぁ!?聖剣が折れただァ!?」 


 淡々と話す勇者の言葉に、先程の男が驚愕の声をあげた。


 聖剣は魔王との激しい戦いの中で折れて消えてしまったらしい。

 それは私達と、皇帝を含める限られた人間しか知らない極秘情報だ。


 本来なら、魔王を倒した勇者は聖剣を元の場所へ戻さなければいけない。

 いつか新しい魔王が誕生した時、新たな勇者が現れるためにも。 

 それなのに、その聖剣は折れて消滅してしまった。


 つまり、もう()()()()()()()()()()()()()。という事だ。

 

 この事実は誰にも知られてはいけない。

 だってこの先、新たな魔王が現れたとしても、魔王を倒す勇者なんて現れないのだから。

 そんな絶望的な事、知らないほうが良いに決まってる。


「たとえ聖剣が無くても……それでも、あなたの心は勇者だから――」

「僕が聞きたいのは君の僕に対するイメージじゃないよ。君が必死に隠している本当の気持ちが知りたいんだ」


 私の……本当の気持ち?そんなの――


「そんなの言えるわけないじゃない!」

「なぜ?何をそんなに怖がってるんだい?」

「だって、私の本音なんか聞いても引かれるだけだもん」

「あれだけ本音がダダ漏れる君の事を、僕が一度でも引いたことがあるかい?」


 うっ、確かに。


「だって……ないじゃない」

「なに?」

「だって、私の事を、最後まで抱いてくれないじゃない!!!!」

「……んん?」


 ずっと胸につっかえていた気持ちが一気にこみ上げてくる。


「確かに、私は優しいあなたが大好きよ。だけど優しいだけじゃ嫌なの!!たまには激しく求めてほしいのよ!なんなら言葉でももっと攻めてみて欲しいし、興奮して我を忘れて無我夢中になって私を求める姿も見てみたい。それなのに……それなのになんで途中でやめちゃうのよ!!もしかして焦らしてるの?そういうのが好きなの?でも焦らしすぎだわ!!イケメンならイケメンらしく最後までキメなさいよ!!私の方はいつでも受け入れ準備万端なんだからーー!!!……ってそんな変態みたいな事を考えてるなんて言えるはずがないじゃない!!!」


 言ってるわああぁぁぁぁ!!!!って、ちょっと待て私。

 多分ヴァイスが教えて欲しいと言ってる本音はこっちじゃない。

 本音って言われて、つい日頃の欲求不満が爆発したわ!!

 ほら、ほら!ヴァイスもなんだかキョトンってなってるし……

 いや、この人笑いこらえてちょっとプルプルしてるわ!

 誰のせいで欲求不満になってると思ってんのよ!!


 あー!!もう知るか!!!


「そうよ!本当はみんなの勇者様じゃなくて、私だけの恋人でいてほしいのよ!常に私の事だけ考えていてほしいし私だけを見ていてほしい。ぶっちゃけ世界の平和とか全部そんなのどうだっていい。私とヴァイスが誰にも邪魔されずに二人だけの世界で生きられたら、他の事なんてどうでもいいのよ!!そんな事を常に考えてる女なの!!勇者に相応しい女性であろうと取り繕ってただけで、本当は自分の事しか考えていない、こんな腹黒い女なのよ!!」


 こんな事を言ってしまって、幻滅されても仕方がない。

 さすがに自分の事しか考えていない様な女を傍にいさせたいとも思わないでしょ?


「ごめんねヴァイス。こんな卑しい私なんかと一緒に暮らしていくなんて、きっと嫌に決まってるわよね。安心して。私はあの家を出ていくから――」


「なんだって?」


 優しかったヴァイスの口調が一変した。驚くほど低く、冷たい声に。

 それも当然よね。


「やっぱり怒ってるわよね。こんな自分勝手な女だったなんて」

「そうじゃない。僕は嬉しかったよ。君の本音が聞けて。君が僕だけを望んでいる。それだけで僕は舞い上がる程に嬉しかったのに……僕の傍から居なくなるだって?それだけは許さないよ」

「……ヴァイス?」

「残念だよ。そんなことで僕が君を手放すとでも思ったのかい?どうやら君への愛が十分に伝わっていなかったみたいだね。これからはもう少し、分かりやすく伝えていく様にするよ」


 ヴァイスが私を見据えるその瞳は、まるで目の前の獲物を狙うかの様に鋭くなる。

 本能的に危険を予感する。だけど私の体はヴァイスに捕らわれたまま。それに私自身も、これから起きる事に少しだけ期待をしてしまっている。


 彼の顔が近付き、その唇が私の唇を捕らえた。

 それは今まで幾度となく交わしてきた優しいキスとは全く違う。まるで一方的に唇を奪われる様に、更に口の中に侵入してきた彼の舌が、私の舌に絡みつく。


「……んっ」


 私の意志とは関係なく、自分の声とは思えない色のある声が口から漏れて、恥ずかしさで泣きそうになる。

 こんなキスは知らない。口腔内を支配され、息を吸うこともままならず、私の体から力が抜けても、彼の腕にしっかりと抱き留められていて逃れられない。

 周囲の視線を気にする余裕を与えられないほど、彼に激しく求められる感覚に私は身を委ねるしか無かった。


「ふぁ……っはぁ……」


 ようやく解放された私の唇からは吐息が漏れた。

 何も考えられず、ただ酸素を求めて呼吸が荒くなる私の姿を、ヴァイスが満足そうな笑みを浮かべて見つめている。


 なに?今の……正直……すごく良かった……


「良かった。君がこういうのも好きみたいで」


 え、何も言っていないのにバレてるじゃん?


 もしかして、ヴァイスは最初から私の気持ちなんて全部お見通しだったんじゃないの?

 私がどういう人間なのかも、本当は私が彼に何を求めていたのかも?

 ニコニコと私を見つめるその瞳が、なんだか全てを物語っている様にも見える。


「でもごめんね。もう少しだけ、君の優しい恋人で居させてほしいんだ。僕が我慢出来なくなってしまうからね」

「え?」

「おやすみ、リーチェ」


 その言葉を聞いた瞬間、私の意識はプツっと途切れた。









(side ヴァイス)





 僕の髪色は、生まれつき真っ黒だった。

 父親と会ったことは無い。母は僕の髪色のせいで周囲の人間から疎まれ蔑まれた。

 それでも必死に僕を育ててくれた母は、僕が八歳の時に病に倒れ帰らぬ人となった。


 黒髪の僕を引き取ってくれる親族なんていなかった。

 災いを招くとまで言われて村から追い出された僕は、一人であてのない道を彷徨い続けた。

 飢えに苦しみ、食べ物を盗み、追われ、殴られる、そんな日々の繰り返し。

 助けてくれる人なんていなかった。皆、僕に同情するような視線を送りながら手で隠すその口元は笑っていた。


 空腹で動けず、地面に寝そべる僕の目の前に、一匹の小さい魔族が現れた。

 その魔族は僕に真っ赤なリンゴを見せつけてきたので、それを奪い取り無我夢中で食べた。

 リンゴを貪る僕に、その魔族は含みのある笑いを浮かべながら語りかけてきた。


「オマエ、闇の力をモッてる。その力、今の魔王よりツヨい。アナタが新しい魔王にナレ。我々はツヨい王に従う」


 それ以来、その魔族は僕に付き纏い、僕の中に眠っていた闇の力の使い方を教えた。


 十二歳の時。

 闇の力をある程度コントロール出来るようになった僕は、盗みも上手くなり、食べ物に困る事はなくなった。

 黒髪の事で絡んでくる輩も、簡単にねじ伏せ追い払う事が出来るようになった。

 あの小さい魔族は変わらず僕の側にいて、ことある事に魔王になるよう囁いてきた。

 

 だけど僕は勇者に憧れていた。

 僕の母は、小さい頃に魔族に襲われた所を勇者に助けられた事があるらしく、僕に勇者の武勇伝をたくさん話してくれた。


 誰でも等しく助けてくれる勇者。

 この孤独という深い闇に捕らわれた僕を、いつか勇者が現れて救ってくれるかもしれない。

 それが僕の持っていた唯一の希望だった。

 だけど、いつまでたっても勇者は僕を助けてくれなかった。

 魔王が復活したのにも関わらず、新しい勇者はまだ現れていなかった。


 気付くと、僕は歴代の勇者の石像がズラッと並んでいる広場に立っていた。

 そこにあるのはただの石の塊。それなのに、陽の光を浴びた勇者の石像は神々しい輝きを放っている様に見えた。


「勇者サマ……イ・ケ・メ・ン♡はぁぁぁ……最高ね」


 初代勇者の石像の前で、一人の女の子が頬を赤らめながら手を合わせていた。

 よく分からない言葉を呟き溜息を洩らすと、今度は二代目勇者の石像の前に移動した。

 再び手を合わせ、これ以上にないほど食い入るように勇者の石像を見つめている。


「ああ!こっちも本当にイケメンね!この目のバランスと鼻の位置…なんて黄金比率なの!!?こんなイケメンをこの世に送り出した神様に感謝しなくっちゃ!神様ありがとうございます!!」


 ……イケメンってなんだ?


 女の子は石像一つ一つによく分からない言葉を投げかけながら、順番に拝んでいった。

 その不思議な光景をしばらく見ていると、女の子と目が合った。

 びっくりした様に僕を二度、三度見したその子は、僕の近くまで駆け寄ってくると、さっきと同じ様に手を合わせた。


「こんな所にもイケメンが!!あら?珍しい髪色ね?いやでもイイ……いいわよ!!黒髪イケメン最高ね!!まだちょっと幼いけど十年後は化けるわよ!!」


 何を言っているんだろう。十年後って、君まだ十年も生きていないと思うんだけど。

 もしかしてこの子今、僕に話かけてる?


 だけど、人とまともに話をした事がない僕は、とっさに言葉が何も出てこなかった。


「……」

「……は!!!?ごめんなさい!!!あなたがあまりにもイケメンだったから、つい癖で拝んじゃったわ!!!」


 僕が……イケメン?ってなんだ?


「い……イケメンって、なに?」

「え?ふっふふふふ…イケメンっていうのはね、『とても言葉では()い表せないほど()算され尽くした美しい顔()』略してイケメン!!イケメンを前に語彙力が死んでしまうのはそのためよ!いい?イケメンはただカッコいいだけじゃなくて、ちゃんとイケメン比率っていうのがあってね?これは私と叔母さんが勝手に言ってるだけなんだけど、この比率が少しでもずれてしまうとイケメンではなくなってしまうわけで――」


 興奮気味に熱弁してくれているが、何を言っているのかはよく分からなかった。


 人は嫌いだ。あの僕を虫けらでも見るかの様に見下し嘲笑うあの目が。

 だけどこの子は違った。

 黒髪の僕に対して、何の偏見も持たずに話し掛けて来たのはこの子が初めてだった。

 僕の中を埋め尽くす闇に、少しだけ明かりが灯った様に感じた。


「黒髪イケメン君はこの街に住んでるの?」

「え……あ……うん」


 嘘だ。僕に住む場所なんて無かった。誰とも関りを持たず、色んな場所を転々としてきたから。


「そう!じゃあ明日も会える?私、おじさんの家に来てるんだけど、遊んでくれる子がいないのよね。だからこうして勇者様の石像を拝みに来てるの。せっかくだからもっとお話しましょうよ!イケメンについて、もっと詳しく教えてあげるわ!」


 正直、イケメンの事について知りたいとは思わなかった。

 だけど、この女の子の事はもっと知りたかった。もっと話をしてみたいと思った。


「うん。明日もまた来る」


 そう言った僕の胸は心地良い温もりに包まれた様な、なんだかくすぐったい様な、よく分からないけど初めての感覚だった。


 次の日、朝早くから女の子は勇者の石像に手を合わせていた。

 僕の姿に気が付くとニッコリと笑いかけてくれて、嬉しそうに手を振ってくれた。

 その姿を見て、懐かしい気持ちが込み上げてきた。


 僕の母もそんな風に笑いかけてくれていた。

 忘れかけていた感覚を思い出し、少し泣きそうになった。


 それから女の子は、歴代勇者のここがイケメンという特徴を長々と熱弁し始めた。

 内容はよく分からなかったけど、表情豊かに話しかけてくる女の子を見ているのは楽しかったし、もっと見ていたかった。

 次の日も、僕達は勇者の石像の前で会って話をした。

 いつも女の子の話を聞くだけだった僕だけど、ずっと気になっていた事があった。


「き、君は僕の髪色が気にならないの?」


 ギュッと手を握り、勇気を絞り出して聞いた僕の声は震えていた。

 だけど女の子はなんでもない様に、特に表情を変えず口を開いた。


「え?ああ、髪色?ここの人ってホントくだらない事で差をつけたがるわよね。どんな髪色で生まれてくるかなんて、ただの運次第じゃない。それを何を勘違いしてんだか。自分が偉いみたいな態度で難癖つけてくるんだから、ほんと馬っ鹿みたい。」


 そう言う女の子の髪色も濃い藍色をしていた。

 もしかしたら、その髪色の事で何か言われた事があるのかもしれない。

 だけど僕と違って日の光を浴びて青く透き通るその髪は、青空に溶け込むようでとても綺麗だった。


「あなたのその黒髪、私は素敵だと思うわ!イケメンが良く映える。私はその髪色好きよ。」


 何の迷いもなくそう言う女の子の姿が眩しくて、嬉しくて、視界が歪んだ。


 だけど、僕の髪色は太陽に照らされても光を通さず真っ黒だ。

 歴代の勇者は皆、淡い銀色か金色の髪色をしていた。

 勇者から一番遠く、魔王に一番近い存在。

 君が目を輝かせながら好きだと言う勇者になんて、僕はなれない。


「ねえ、いい事教えてあげるわ!」

「うん」

「勇者になる素質はね……ずばり、イケメンなのよ!」

「……え?」

「この歴代勇者の石像達を見て!!みんなイケメンでしょう!?」

「う、うーん」


 何度説明をされても、結局イケメンの事はよく分からなかった。


「つまり、イケメンのあなたは勇者になる素質を持っているの!」

「僕が……勇者の?」

「ええ、間違いないわ!あなたが十八歳になったら、聖剣を手にする事が出来るかどうか試してみるといいわ!」

「聖剣を――」


 王都に隣接した森の奥深く。神域と呼ばれる場所にある神殿。そこに聖剣は眠っている。

 成人を迎える十八を過ぎ、台座に刺さる聖剣を引き抜くことが出来た人物が新たな勇者となる。

 そう聞いたことがあった。


「あ、私そろそろ行かないと!明日の朝にはこの街を出ないといけないのよ。残念だけど、黒髪イケメン君と会うのもこれで最後ね。私の事、忘れないでね!またね!!」

「あ、待って!!君の名前は!?」

「私はリーチェ!きっと勇者になって魔王を倒してね!黒髪のイケメンくん!!」


 弾けるような笑顔で大きく手を振り、リーチェは走り去っていった。

 その姿をドキドキと胸の高鳴りを感じながらいつまでも見届けていた。

 彼女の姿が見えなくなると、再び僕の心は孤独に塗りつぶされそうになった。

 だけど彼女の残した灯は、いつまでも僕の心を照らしていた。


「バカな女。魔王のソシツを持つ者が聖剣ヌケルはずナイ」

「僕、勇者になりたい」

「はァ?」



 

 そして十八歳になった僕は、聖剣がある場所へと辿り着いた。

 闇の力を持つ僕は、相反する聖剣の力によって強く拒まれ、聖剣を抜く事なんて出来なかった。

 だけど力を使い、聖剣が刺さっていた()()を破壊する事は出来た。

 

 聖剣の力は僕の闇の力と反発し合っていて、なかなか厄介な代物だった。

 手袋を装着し、闇の力で聖剣の力を押し込める事で、何とかそれを手にする事が出来た。


 次に邪魔になったのはこの黒髪。

 闇の力を自在に使える様になった僕は、その力で自らの髪色を染めた。

 色の調整がなかなか難しく、銀色と金色を混在させることで、染め直した時の違和感を解消させる事にした。


 僕に付き纏っていた魔族はそれ以来、僕の前に姿を現さなくなった。




 聖剣を手に入れた僕の噂は、瞬く間に世界中に広まった。

「新たな勇者の誕生!!」「人類の希望現る!!」そんな新聞の見出しが世間を賑わせた。


 僕の姿を前に、人々は神でも崇めるかの様な視線を送ってきた。

 目を輝かせながら、時には涙を流しながら歓喜に沸いている彼らに、僕は慈しみの笑みを浮かべて応えた。

 なんて滑稽な景色だろうかと、心の中で嘲笑いながら。

 目の前にいる勇者は、君達がずっと蔑んできた黒髪の少年だというのに。

 

 だけど、その気持ちはよく分かるよ。

 自分より劣る人を見るのは楽しいね。

 僕は今、君達のその間抜け面を見るだけでとても楽しいよ。

 君達が勇者と信じて疑わない相手が、いったい何者なのか、知りもしないで喜んでいるのだから。

 でも安心していいよ。

 ちゃんと魔族も魔王も倒してあげるから。

 だって、僕は勇者だからね。

 



 勇者になって二年が経った時。

 ついに僕は、ずっと探し続けていたあの時の女の子を見つけた。

 八年ぶりに見たリーチェはすっかり女性としての気品を兼ね備えていて、とても美しい令嬢になっていた。

 大人になった彼女の姿に、僕は暫く見惚れて動けなかった。

 高鳴る胸の鼓動を感じながら、なんて声をかけようかと、ドキドキしながら小一時間悩んでいた。


 だけど急に不安が襲ってきた。

 僕の姿はあの時の黒髪ではない。

 僕があの黒髪の少年だと知られたら、偽りの勇者だとリーチェにバレてしまうかもしれない。

 大人になった彼女が、黒髪の僕を受け入れてくれるかも分からない。


 リーチェに嫌われたくない。


 不安になった僕は、力を使って彼女の記憶から、僕と出会い、過ごした三日間の記憶を全て消した。

 その時、「忘れないでね」と言ってくれた彼女の言葉が頭を過ぎった。


 大丈夫。僕は君と過ごしたあの三日間を忘れはしない。君が忘れても、僕がずっと覚えているから――


 そして僕達は再び出会った。

 僕を見るなり、リーチェは目をキラキラと輝かせながら手を合わせた。


「も、もしかして勇者様!?なんてイケメンなの!!!イケメン黄金比率の極み!!神様、この奇跡をありがとうございます!!!」


 彼女は深々と拝むと、真っ青になって顔を上げた。


「…………ハッ!?ごめんなさい!!あまりにも感動してしまって…!!私ったら勇者様になんて事を…。えっと…イケメンって言うのはですねぇ――」


 そんな彼女の姿に僕は内心ホッとしていた。

 あの時と変わらない彼女の姿が嬉しくて、偽りのない笑顔を彼女に向けた。

 

「ふふっ…『とても言葉では言い表せないほど計算され尽くした美しい顔面』略してイケメンだよね?」

「え?ええ。だけどなんでそれを?私が勝手に言ってる言葉なのに?」

「なんでだろうね。それよりも君、良かったら僕と一緒に旅をしないかい?ちょうど旅のパートナーが欲しいと思ってたんだ」

「へ?なんで私?」

「嫌かい?それなら、残念だけど諦めるよ」


 僕は余裕を見せてみせたが、内心は気が気じゃなかった。

 再会してほんの少しだけ会話をしただけで、もうどうしても彼女の傍から離れたくなくなった。

 もしここで同意してくれないのなら、勇者としての使命を放り投げてでも、彼女が住むこの村を拠点にしようかと思う程に。


「嫌?イケメンと旅が?いや、いやいやいや嫌なはずが無い!!最高かよ!!行きます!行かせてください!!ていうか、もう勝手に付いて行きますね!!」


 そう目を輝かせながら承諾する彼女の姿を見て、僕はこれ以上にない程の幸福感に包まれた。


「僕の名前はヴァイス。これからよろしくね。リーチェ」

 

 リーチェはなんで名前を知られているんだろう?と不思議そうにしていた。だけど、返事は早かった。


「はい!こちらこそよろしくお願いします!イケメン様!!……じゃなくてヴァイス様!!」


 そう言って真っ赤な顔をする彼女が可愛くて、愛おしくて、抱きしめたい衝動を必死に抑えていた。

 八年前には気付かなかった恋心は、自分が思うよりもずっと大きく成長していた。





 リーチェ、僕も同じだよ。

 君が僕のそばにいてくれるのなら、他の事なんてどうでもいいんだ。


 腕の中で眠る彼女に、転移魔法をかける。転移先は僕達が住む家のベッドの上。

 ここを片付けて家に帰ったら、服を着替えさせてあげないと。あとは湯浴みも念入りに。汚い男が触れた服はもちろん処分しないと。忙しくなりそうだから、さっさと片付けてしまおう。


 僕が力を解放させると、会場内にいる人間の足元から出現した闇が彼らを包み込む。


「うわああああああ!!!」

「きゃあああああああ!!?」


 必死に逃れようとする者も、恐怖で動けず固まっている者も全て、闇は容赦無く飲み込んでいく。


「安心するといい。それは君達を殺しはしない。何処までも続く闇の中で恐怖と苦しみを味わう事にはなるけど、いずれは解放されるはずだよ。その時に正常な精神で保てているかは分からないけどね」


 以前にも、リーチェは勇者の女だという理由で目を付けられ、僕の力を悪用しようとする連中に誘拐された事があった。

 あの時もすぐに駆け付けた僕が、彼女に危害を加えようとした連中に怒り任せに闇の力を発動させた。

 同じ事が二度と起きないよう、一部の人間をわざと生かして、彼女に二度と関わらない様にと徹底的に叩き込んだのだけど、またこんな事が起きるなんてね。

 ほんと、役に立たない奴らだな。


 その時の出来事も、リーチェの記憶から消しているから彼女は覚えていない。

 勇者と一緒にいるから狙われた。それが怖くて僕から彼女が離れていくんじゃないかと、気が気じゃなかった。


 僕だけのリーチェ。

 彼女の傍にいられればそれで良かったのに。

 彼女と一緒に過ごすうちに、僕はどんどん欲が出だした。

 彼女の喜びも、悲しみも、怒りも、すべて僕が生み出すものでありたい。


 僕が弱っている姿を見せれば、彼女は僕に寄り添い、抱きしめて慰めてくれた。

 それが嬉しくて僕は時々、彼女に弱い部分を見せた。


「二人だけで誰も居ない所へ逃げちゃおっか」


 リーチェのその言葉を聞いた時、僕は心の中で激しく同意した。

 その時の僕は、彼女となるべく長く一緒にいるために、のんびりと魔族を狩りながら勇者としての地位を保っていた。

 だけど、もしも二人だけの世界で暮らせたのなら――

 ああ、なんて幸せなことだろう。

 彼女を誰の目にも触れさせる事無く、僕だけのリーチェに出来るのなら……


 そうだ。

 それなら、二人だけの世界を作ればいい。


 それから、僕は一気に魔王を追いつめ討ち取った。

 そして皇帝が一人でいる時に彼の部屋へと侵入し、闇の力を見せつけながら話をした。

 皇帝の命令で、僕を誰も寄り付かない離島へ追いやるように命じろ、と。

 僕の本当の姿を知った皇帝は、恐怖で顔を歪ませながら、その首を縦に振るだけだった。


 優しいリーチェの事だから、そんな話を聞いたら必ず僕と一緒に暮らすと言ってくれるだろう。

 その思惑どおり、彼女は僕の為に怒りながら悲しみ、離れたくないと言ってくれた。

 予想外の嬉しい告白までしてくれて。

 

 そして彼女と僕、二人だけの世界を作り上げる事に成功した。


 全ては僕が望むままに――



「魔王様」


 突如聞こえてきたその声と気配にうんざりする。

 振り返ると膝をつき、僕の顔色を伺うように見上げる男の姿。赤い瞳を持ち、褐色の肌に尖った耳。人の姿に近いのは、魔族の中でも高位な証。


 どうやら強い闇の力を使ったせいで、魔界から魔族を呼び寄せてしまったようだ。


「僕は魔王じゃないって言っただろ」

「あ……すみません。ただ……あの聖剣をなんとかしてもらえませんか……?あれがあると、新しい魔族が生み出せない様で……」


 ああ、そういえばそうだった。


 魔王を倒したあの日、魔族達は僕を新たな魔王としてひれ伏せた。

 だけどそんなつもりは無い。僕に倒されたくなかったらさっさと魔界へ帰れと追い返した。

 その時に、折れた聖剣も一緒に魔界へと放り込んだ。ここにあっても邪魔だし、良いゴミ箱を見つけたと思った。


 本来なら使えないはずの聖剣を無理やり使っていたせいか、魔王との戦闘中にパキンっと間抜けな音と共に聖剣は折れた。

 そのおかげで僕は本来の力を出す事が出来て、魔王をあっさり倒してしまった。

 折れた聖剣は力の大半は失っていたが、それでも強力な力を宿していた。


「僕にとってもあれがあると邪魔なんだよね。ちょっとそっちで預かっててよ。僕はリーチェと一緒に居る限り、魔王になる事なんて無いから」

「では、あの女が死んだ暁には――」


「は?」


 何?何て言ったんだ?このゴミは?


 彼女のいない世界なんて、存在する意味がない。

 彼女がいるから、こんな世界でも美しく見えるんだ。

 それなのに……。


「そうか……僕とした事が、迂闊だったよ。リーチェと早く二人で暮らしたくて忘れていたよ。勇者としての使命をね」


 僕の中で膨れ上がる怒りと共に、魔界への入り口が大きく開き、その先へと僕は降り立った。


「え……?あ、聖剣を回収してくださるのですね!ありがとうございま……いや、絶対そんな雰囲気じゃなかったですよね?魔王さ――」


 うるさい奴。僕は魔王じゃないと言ってるだろう。

 僕は勇者だ。


 だから、魔族は一匹残らず消滅させて、この世界の平和を僕がきちんと守ってあげないとね。




――




「ヴァイス!!!」


 家に戻ってきた僕を、転げそうな勢いでリーチェが走って出迎えた。


「ねえねえ!!私なんで家に戻ってきてるの!?教会は!?あの少年は!!?なんでこんな夜になってるの!!?どうゆう事!!?ああ!でもヴァイスが帰ってきて良かったぁ!!」


 リーチェは早口で一通り言い終えると、安心した様に僕に抱き着いてきた。

 そう混乱するのも当たり前だ。リーチェの記憶は教会の所で途切れているはずだから。

 本当は目覚める頃には僕も戻っているつもりだった。だけど、予定外のゴミ処理をしないといけなくなったから、おかげですっかり遅くなってしまった。


 僕は少し冷えてしまった彼女の体をギュッと抱き締めた。


「リーチェ、心配させてごめんね。あの教会は裏の組織と繋がっていたんだ。僕に洞窟の探索をさせて、その間に君を誘拐しようと目論んでいたんだ。だけど異変に気付いてすぐ戻ったから何事も無かったよ。ただ、君をあの場に置いておくのは危険だったから、転移魔法で先に家に戻ってもらってたんだ」


「あ……ああ、そういう事だったのね。神聖な教会までそんな事になってたなんて。本当、せっかく魔王がいなくなったっていうのに、この世界の人達は何をしているのよ。はぁ……ああ、もう。せっかくヴァイスが自由に動ける貴重な日だったのにぃ」


 リーチェはガックリと肩を落としてしょんぼりしている。彼女には悪いけど、その姿も可愛くて仕方ない。別に僕は彼女の側にいられるなら、島の中でも外でもどちらも変わりはないんだけどね。


「……ねえ、ヴァイス」


「?なんだい?」


 いつになく思い詰めた表情で、リーチェは僕を見据えた。


「もし……もしもね、新しい魔王が誕生したら、ヴァイスはまた、戦いに行くの?」


 そう聞く彼女の瞳は少し潤んでいる。まるで行かないでと訴えかけるように。

 ここでまた、君はどうしてほしいの?なんて聞いたら無理やり笑って嘘を言うんだろうね。

 あんなに本音を隠せないくせに、そこだけは隠し通すんだ。

 まあ、君の考えてる事は丸わかりなんだけどね。


「どうかな?もう聖剣も無いし、僕が戦う必要も無いんじゃないかな?リーチェに危害が及ばない限りは、僕が君の傍から離れる事はないよ」


 そう告げた瞬間、リーチェはパァァっと輝く様な笑顔を浮かべた。

 ほんと、反応が正直すぎて可愛くて困る。


 新しい魔王。その心配は無いだろう。

 魔王は魔族によって生み出されていた可能性が高い。闇の力を秘めた人間を探し出し、その力の使い方を教え、人間を憎み魔王になるようゆっくりと洗脳していく。僕に絡んでいた魔族のように。

 だけど、ついさっき魔界の魔族を一匹残らず掃除してきたし、聖剣も放置している。


 多分この先、新しい魔王なんてもう現れないんじゃないかな。

 そして聖剣が無くなった今、新しい勇者も現れない。

 繰り返されてきた勇者と魔王の戦いも、これで終わりを迎えたという訳だ。


 だとしても、この世界が平和になるとは限らない。

 この世界の住人達は、また勝手に新たな火種を自ら作っていくのだろう。


 ここにいる僕達には関係ない事だけどね。


「あれ?また黒髪増えた?」


 リーチェは不思議そうに僕の前髪に触れている。

 偽り続けた僕の髪色は、だんだんと染めにくくなってきている。

 いずれ、僕の髪色が元の黒髪へと完全に戻ってしまうのかもしれない。


 その時、リーチェはどんな反応を示すだろうか…。

 

 僕はずっと懸念していた事を、意を決して彼女に問いかけた。


「リーチェ。もし、僕達の間に生まれた子が黒い髪色をしていたとしたら、君はどう思う?」


 リーチェは僕の言葉の意味をすぐには理解出来なかった様で、首を傾げると、次第にその顔が真っ赤に染まっていった。


「え!?子供!?私と、ヴァイスの!?子供が出来るの!?」

「まあ、そういう事をしたら出来るかもしれないよね」

「そ……!!?」

 

 リーチェは口を開けたまま固まってしまったが、次第にその口元が緩みだしている。

 リーチェは思った事をつい口から出てしまう事を気にしているけど、その表情からも考えている事がだだ漏れだ。

 そんな彼女の嘘がつけない所も、素直で可愛いくて大好きなんだけどね。


「んっんん!そうね……黒髪ね。ヴァイスにそっくりの黒髪の子なら、きっと綺麗な子になるわ!男の子なら、勇者の素質を持つ黒髪イケメンになってたわね!最高じゃない!!」


 そう言い放ったリーチェのキラキラと光る笑顔が、初めて出会ったあの日の彼女に重なった。


「あ、勇者にはなれないか。聖剣はなくなっちゃったもんね。残念、イケメンは勇者になるための素質で……へ?ヴァイス?」


 リーチェは僕の顔を見た瞬間、目を見開き固まってしまった。

 なぜ彼女がそんな反応を見せたのかは分からない。

 だけどなんだろう……この胸の奥がつっかえる様な感覚は?


「どうしたの?なんで泣いてるの?」


 え……?


 リーチェの言葉を聞いて、僕は目から頬を伝う様に濡れている感覚に気付いた。

 泣いている……?なんで……。

 リーチェはハンカチで僕の涙を拭いてくれているけど、溢れ出す涙は止まらない。

 今までにも、彼女の前で涙を流す事はあった。

 だけどそれは彼女の気を引きたくて……つまり嘘泣きだった。


 だから自分の意思とは関係なく溢れ出るこれは一体なんなんだ?

 リーチェはどんな時に泣いていた?

 悲しい時。悔しい時。嬉しい時――感情が大きく揺さぶられた時――

 

 ああ……そうだ……僕は――



 僕はなんで、あの時の彼女との記憶を消してしまったんだろうか。

 


 リーチェは、初めて出会ったあの時から、少しも変わっていなかった。

 それなのに、僕は彼女を信じられず、自ら彼女との思い出を消してしまった。


 あの日、彼女は別れ際に「忘れないでね」と言った。

 その本当の意味を僕は分かっていなかった。僕さえ彼女の事を覚えていれば良いと思っていた。

 だけど、忘れられるという事が、こんなにも寂しくて悲しい事だったなんて……僕は知らなかったんだ。


 リーチェと過ごしたあの三日間は、偽る事のない、本当の僕の姿で彼女と過ごしたかけがえのない時間だった。

 たった一度しかない彼女との出会いを、彼女の記憶から消してしまった。

 あの時の思い出を、彼女と共有することはもう出来ない。


 僕は取り返しのつかない事をしてしまった。なんて愚かだったんだろうか……


「大丈夫?あ、もしかして私がいない間に誰かに嫌なことでも言われたとか!?」

「いや、違うんだ。自分のせいで、大事な物を無くしてしまった事に気付いたんだ」

「え!?なにそれ!?もしかしてさっきの街で無くしちゃったの!?すぐに探しに行きましょう!!私も一緒に探すから!!」

「ありがとう。でも、ずっと昔の事だから……いいんだ。君の傍にいられるだけで、僕は十分幸せだから」


 そう、これは僕の罪に対する罰でもある。

 自分の思うがままに、全てを偽り続けた自分への――


「じゃあ、それと同じくらい大事な物を作ればいいわ!それが物でも、思い出でも、なんだっていいわ!二人でいれば、これからなんだって出来るわよ!!」


 リーチェはニッコリと笑って僕をギュッと抱きしめてくれた。

 彼女の温もり……優しさが伝わってくる。締め付けられていた心まで彼女に抱きしめられた様だった。

 

「そうだね、作ろうか。僕達の子供を」

「ええ!そうね……っては!!?え……そ、それってつまり…………ちょっと今すぐ湯浴みしてきまっす!!!」


 バタバタと走りまわる彼女は、自分の部屋がどこだったか分からなくなるくらい混乱しているらしい。

 僕はそんな姿を微笑ましく見つめながら、先程まで激しく襲ってきた後悔が和らいでいる事に気付いた。


「ありがとう、リーチェ。君に出会えて、本当に僕は救われたんだよ」

「え?何を言ってるの?救われたのは私の方だけど……っていうか、ヴァイスがみんなを救ったんでしょ?」

「違うよ。僕を救ったのも、この世界を救ったのも全部、本当は君だったんだ」


 リーチェは動きを止め、僕の顔を見つめながらウルウルと瞳を潤ませた。


「ヴァイス……かわいそうに。きっと大事な物を無くしちゃったショックで、混乱しちゃってるのね。待ってて、今私が慰めてあげるから!!」


 そう言ってリーチェは湯浴み場へと駆け出して行った。

 うん、そうだね。一体どうやって慰めてくれるのか、期待しておこう。


 僕はカーテンを閉めようと、窓の前に立った。夜空に浮かび輝きを放つ満月が、街灯の無い島を明るく照らしている。


 リーチェ、さっき言った事は本当だよ。

 君がいなければ、きっと僕は魔王になっていただろう。

 こんな無意味な世界、一瞬で滅ぼしてしまっていたかもしれない。

 孤独という闇に捕らわれ寂しさに震える僕に光を灯し、手を差し伸べ、助け出してくれたのは君だった。

 僕を救い、この世界を救った本当の勇者は君だったんだ。

 

 

 僕はもう、君の前では何も偽らないと誓う。ありのままの姿を見せるよ。

 髪の色も、すぐに元の色に戻るだろう。

 それでももう、何も恐れることはない。

 

 「黒髪イケメン最高ね!!!」


 そう言って、君は笑ってくれるだろうから。


最後まで御愛読いただき、本当にありがとうございました!

二人の物語はいかがだったでしょうか?

少しでも皆様の『記憶』に残るお話になってくれると嬉しいです。

ちょっとした裏設定を活動報告の方に載せる予定です。

もし気になる方がいらっしゃれば、そちらもよろしくお願い致しますm(__)m

貴重な時間をいただき、ありがとうございました。


そして「腹黒短編企画」がなければ生まれなかった物語とキャラクター達。

私の大事な宝物がまた一つ増えました。

宮之みやこ様、素敵な企画をありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても良かった 思い出を消した事を後悔する部分とか お笑い要素も入れながら、深さもあったし [気になる点] 勇者は生まれなかったのかな? 魔王は生まれたけど。魔王2人? [一言] とても…
[良い点] ハッピーエンドおめでとうございます! リーチェのキャラが最高ですね!www クソデカ感情なヒロイン大好きなのでめちゃくちゃ好感度大です! 欲望に素直な女の子は可愛い(*^ω^*) やはり大…
[一言] 腹黒恋愛短編企画、お互い文字も絵もお疲れさまでした! 最後に回してごめんなさい。感想イラストのお届けに上がりましたヽ(´ー`)ノ 2枚です。 https://36529.mitemin.n…
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