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94.一週間

 メリーの宮殿に滞在してから一週間が過ぎた。エルグラントが来るまで残り一週間。


 メリーからの嫌がらせがある日もあればない日もある。この前はいきなりメリーの部屋に呼び出され、他国の文献で見たという『ロシアンクッキー』なる遊びをさせられた(圧勝だったけど)

 最後の最後に一個残った何かが入ったクッキーをメリーが食べなくてはならない窮地まで追い込んだ時に、「ふん!残り物なんか食べられなくってよ!」と悔し紛れに侍女に捨てさせてたときにはあまりにも馬鹿馬鹿しくて口があんぐりと開いてしまった。

 メリーの背後に控えていたレイとハリスが無表情の中にも必死に笑いを堪えていて、それを見て噴き出さないようにするのが必死だった。



「レイモンド様からの手紙です」

 いつもの深夜のノック音の後、ハリスがそっと扉の下に手紙を差し込んでくれた。私は扉越しに礼を伝える。

「いつもありがとう、ハリス」

「いいえ。こちらこそ、レイモンド殿をあの夜以来お連れできず申し訳ありません」

「大丈夫よ、手紙を持ってきてくれるだけでありがたいわ。最近変わったことはない?」

「…」

 扉の向こうのハリスが突然黙った。どうしたのかしら?

「…エリクソンが、奇妙な動きをしています。時々城下に出向いて何かを仕入れてきているようです。また毒や薬の類かも知れません、お口に入れるものには充分にお気をつけください」

「…ありがとう」

「それでは私はこれで」

 ええ、と言って彼が去るのを確認して私は差し込まれた手紙を手に取った。


 いそいそと蝋燭に火を灯し、封を開ける。

 レイの字はとても綺麗だ。慣れない文字なのに丁寧に丁寧に書かれているのがとても好ましい。

 そう、慣れない文字。クーリニアの商業文字だ。もちろん読める人間もこの城内にはいるだろうけど、リスクは減らすに越したことはない。


『サラ様


 今日はどのように過ごしていましたか?先日のメリーのロシアンクッキー、お見事でした。

 エリクソンに命じて痺れ薬を仕込んでいました。最近わかったことですが、薬に隠語を使っていますね。

 痺れ薬は『粉砂糖』、睡眠薬は『ココナッツ』、もう一つ、『白砂糖』というものも何か隠語で使っているようです。何を指しているかまでは特定できませんが。これはエリクソンとメリーの間だけで通じるようです。どうやらメリーもエリクソンほどハリスが自分に傾倒していないのは気付いているようです。


 話は変わりますが、あなたの美しい瞳の色をした揃いのネックレスを見ながらこの手紙を書いています。あなたを抱きしめたあの夜を思い出します。あなたの春の花々のような芳しい香りを思い出します。心から幸せなひとときでした。


 エルグラントさんが戻るまで、全てが片付くまであと一週間ですね。あなたがエルグラントさんにどのような書状を義兄上の元へ運ばせたのか、最後まで教えてくれませんでした。また一人で色々抱え込もうとしていませんか?それが心配です。


 俺は、あなたのためなら何でもできます。使える権力全てを使う覚悟もあります。あなたが望むのであれば、今から王弟として生きることもやぶさかではない。頼ってください、使ってください。


 俺はいつでもあなたの御心のままに。



           レイモンド・デイヴィス』



 ん!も!う!


 手紙を読んで私は足をバタバタさせてしまう。どうしてこの人こんなに歯の浮くようなことを平気で言えるのかしら書けるのかしら!

 どうしたってこれは小さい頃からの教育の賜物よね…女性を喜ばせる紳士としての振る舞いの教育を存分に受けてきた上にあのド天然が加わるとこんな破壊力抜群のど天然人タラシ人間が出来上がるんだわ…


 もう〜〜〜!嬉しいけれど、嬉しいけれど!

「だめ…もう無理だわ」

 最近はレイの手紙のせいで顔の火照りが止まらない上に、メリーの背後に控えているレイを見るだけで頬が勝手に染まってしまうようになってきた。


「また、抱きしめて欲しいわ」

 ふ、と呟く声が広い室内にぽつん、と取り残される。



 次の日、私は侍女のマリとフローラと共に庭園に来ていた。あのあとフローラも話をすると、明言こそ避けたものの、明らかにメリーのことを大嫌いだと言葉の端々に現れていて私は笑ってしまった。


 スティーブンが、メリーに傾倒しているものもいる、と言ったけれど、よく見てみると割合的には八対二くらいの割合で、メリーのことを嫌っている人間が多かった。嫌っていたりもう仕事だと割り切って無の感情で接している人間が八割ね。

 残りの傾倒している二割は、圧倒的に男性が多かった。まぁ確かにあの美貌とスタイルの良さだもの。性格もああいうキツいのがお好みな人からすれば垂涎ものだし。


 まぁ、そんなこんなで私は今日果物を食べさせてくれるというスティーブンの誘いにホイホイ乗っていそいそと庭園に来たのである。庭園の裏の茂みの、一見誰からも見えにくいところにテーブルをセッティングしてくれていた。

「おう、サラ様よく来たな」

 人懐こい笑顔でスティーブンが声を掛けてくれる。

「お疲れさまスティーブン!!わぁー!美味しそうな果物!ここって果樹園もあるのね!」

「ここの宮殿の侍女や使用人はときには休憩や飯抜きで仕事させられっかんな。そいつらのために植えてたら増えちまった」

「お、思ったより重い理由なのね…」 

「まぁ、経緯は関係ねえよ。なんだかんだで俺も育てるの好きだからな!ほら食え食え。マリとフローラも」

「いえ、私たちは…」

 フローラが言い淀む。あれ?目は食べたいって言ってるんだけどなぁ?


 …あっ!

 そうかそうか。ごめんねまだ配慮が足りなくって。

「マリとフローラも食べましょう?小難しいこと考えないで、美味しいものは一緒に食べましょうよ」

 そう、平素であれば仕えられる人間と、仕える人間がテーブルを共にすることはまず無い。

「ここは公の場でもなんでもないわ。共に食べてくれた方が私も美味しくいただけるわ。ね、お願い」

 私のお願いに、フローラは先輩侍女であるマリに救いを求めるような目を見せる。


「サラ様がそう仰ってくださるのなら、甘えていいと思うわ。公の場では絶対にダメよ」

「…っ!はい!」


 うーん、可愛い。フローラは私と同じ歳か、一個上くらいだけれど、少女のあどけなさが残っていてとても可愛い人だ。


「それならいただきます!」

 フローラの言葉にスティーブンもにっこりしてたくさんの果物を勧めてくれる。

 そうやって皆で楽しく果物に舌鼓を売っている時だった。はっ、とスティーブンが何かに気付き、慌てて立ち上がってから、マリとフローラに立つように言った。すぐさま二人とも心得たように口を拭い、私の背後に立った。

「スティーブン?」

 私が問うと、スティーブンは声を潜めて言った。

「…エリクソンがくる」

 スティーブンの目線の方を追って振り向くけれど茂みの向こうにメリーの宮殿が見えるだけで誰も見えない。

「見えないけど…」

「俺、めちゃくちゃ視力がいいんだ。ずっと外仕事だからだろーな。五分もしないうちに奴が来る。今日ここにサラ様が来ることはメリーは知ってんだろ?」

「ええ、外出許可が必要だったから」

「偵察に来るんだろ…俺は席を外す。お前らも侍女としてきちんと振る舞えよ」

「…わかってるわ」

「エリクソンが帰ったらまた戻ってくる」

「ありがとうね、スティーブン」

 私が言うとスティーブンは人好きする顔で笑った。

「俺たちと仲が良いと知れてサラ様に変な火の粉が降るのはヤだかんな。じゃあな」

「ええ」

 そう言って器用にスティーブンは茂みを掻き分けて行く。あっという間に彼の姿が見えなくなった。


 それからしばらくして。

「おやおや、こんなところに可愛らしい野うさぎが紛れ込んでなにをしていらっしゃるのでしょうか?」


 ーーーまぁなんて白々しい上に失礼な。

 エリクソンの粘っとした声が私に降り掛かる。糸目から覗く瞳がなんだかとても気味の悪い光を放っている。

 メリーの後ろ盾がなければ、この男は本来身分的に私にそのような無礼な物言いをできる人間ではない。もちろん、それを傘に権力を振りかざすことなど絶対にしないけれど。

「野うさぎですから。庭園をちょこまかとして果物にありついていたところですわ」

「構いません。我が主が許可していることですから。ああでも…」


 ニヤァ、とエリクソンが笑う。その笑みに私は背筋がぞくりとするのを感じる。怖いとかそういう感情じゃない。


「ちょこまかとして迷子になられても、私どもは責任を取れませんので、充分にご注意なさってください」

 言葉に色んな含みを持たせてニヤァ、と笑うエリクソン。



 ーーーーただ、ただ気持ち悪い。

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